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貴族達の多くは、たとえ王が平民の娘を寵愛したとしてもどうと言うことはない、と考えていた。その子供は決して高貴な紫を手に入れることはないのだ。それよりも、己の差し出した娘が産んだ子をどうやって王位のつけるか。そのことの方が重要だった。 しかし、その考えはあっさりと覆されてしまった。 先日、第九十八代国王シャルルが娶った平民の娘、マリアンヌが子を産んだ。 その子供は他のどの王子や王女達よりも深くて濃い紫の双眸を持っていた。 「……そんな、馬鹿な……」 先に王の妃になっていた者達や、その親族はその事実に驚きを隠せなかった。 「ただの平民の小娘が産んだ子が、何故……」 シャルルと同じ――いや、それ以上に濃い色の瞳を持っているのか。 「そんなはずはないわ!」 これは何かの間違いだ。そうでなければ、マリアンヌが何か細工をしたに決まっている。そう言い出す者も現れたほどだ。 だが、髪の毛の色ならばともかく、瞳の色を変えられる方法はまだ見つかっていない。 つまり、その子供にとってこの色が本来の瞳の色なのだ。 「どこの馬の骨ともわからない娘なのに!」 そう言うことで、その子供を貶めることが精一杯だったと言っていい。 「いっそ、流行病か何かで死んでくれればいいのに」 そんなことを口にしているという噂も流れ始めていた。それは当然、マリアンヌとシャルルの耳にも届いていた。 「まったく、あやつらは何を考えておるのだぁ!」 何故、くだらないことで自分の身を守ることはおろか寝返りをすることすら出来ない赤子を殺そうとするのか。そう彼は続ける。 「仕方がありませんわ。私はただの平民ですから」 その一点が彼等にとっては認めがたいのだろう。マリアンヌは苦笑と共に口にした。 「大丈夫です。この子は私が守ります」 自分が産んだ子だから、と言うだけではない。シャルルの血をひく子供だから、と彼女は言葉を重ねた。 「この子は、きっと、この国を大きく変える存在になりますわ」 それが良いことなのかどうかはわからないが、と彼女は小さな声で呟く。 「仕方があるまい。この子は魔女に予言された子供だからな」 自分の子供の誰かがそれに該当するはずだった。しかし、この子だとは思わなかった……とシャルルはため息を吐く。 「まぁ、よい。我が命が尽きるまでは守ってやろう」 愛し子よ、と彼は子供の顔をのぞき込む。 「ルルーシュ、だ。お前の名は」 そして、静かな口調でそう言う。 「よい名前です」 彼の言葉に、マリアンヌは静かに微笑んだ。 己を取り巻く環境がそんな状況だったから、だろうか。 ルルーシュは己の住む離宮以外の場所を知らずに成長をした。 それでもいやだとか哀しいとか思ったことはない。籠の中の鳥が自分の境遇を不思議だと思わないように、それ以外の環境を知らない彼が自分の境遇をおかしいと思ったことはない。周囲の者達も、また、そんな彼に自分の境遇の異常さを知らせないようにしていた。そのために彼らがどれだけの努力をしているかも、だ。 だが、それを苦痛だと思っている者は誰もいない。この離宮にいる者は皆、マリアンヌの人柄に惹かれ、集まった者達だ。 そして、何よりもルルーシュの持つ瞳の色が彼等に畏怖の念を抱かせていた。 そんなある日のことだった。 「ルルーシュ」 微笑みながら、マリアンヌが彼の名を呼ぶ。 「はい、母さん」 どうかしましたか? と問いかけながらルルーシュは彼女の元へと駆け寄っていく。 「あなたにお話が二つあります」 そんな彼と視線を合わせながら、マリアンヌは言葉を口にする。 「お話?」 「そう。一つ目は、もうじき、あなたはお兄さんになります」 母のここに赤ちゃんがいます、といいながら彼女はルルーシュの小さな手を自分の腹部へと当てた。 「ここに?」 「そうですよ。あなたもここにいたの」 十月十日の間、母親の体の中で大きくなって生まれてくるのだ。 「その間、母さんは今までのようにあなたと一緒に過ごせません。いえ、その後も、ですね」 赤ちゃんはとても弱いから、母が傍にいてあげなければいけないのだ。この言葉に、ルルーシュは首をかしげる。 「母さんは、僕がいらなくなったの?」 だから、そういうことを言うのか……と真顔で問いかけた。 「そんなことはありません。ただ、あなたと同じ事をこの子にもしてあげたいだけ」 必要なら、いつでもこうして抱きしめてあげるから……と口にしながら、マリアンヌは彼の体を抱きしめてくれた。 「それに、この子もきっと、あなたが大好きになるわ」 だから、我慢してね……と彼女は言う。 「母さんが、僕をいらなくなっていないなら、いいです」 兄弟というものがどんなものかわからないが、と心の中で付け加える。 「いい子ね。だから、もう一つ。お父様があなたのお友達を捜してきてくれたの」 これからは、その子と過ごしなさい。そう言われて、ルルーシュは目を丸くした。 「子供? 僕と同じ?」 「そうよ」 何故ルルーシュが驚いているのかわかったのだろう。マリアンヌは優しく微笑む。 「あなたと同じ年の子よ」 その言葉に、ルルーシュは小さく笑った。 「陛下も無駄なことをなさる」 小さなため息とともに言葉を吐き出す。 「ですが……噂が本当であればあの子供を傷つけることは……」 「わかっています」 忌々しいが、この国の人間である以上、妥協しなければならないことも多い。 「ですが、あのお子はまだ幼い。そして――申し上げては何ですが――陛下はそれなりにお年を召しておられる」 彼が成人するまで、その命があるかどうか……と相手は言外に告げてくる。 「あのお子が王位に付くかどうかはともかく、必要なのは実権を手にされることではないかと」 「確かに」 そう言うとゆるりと扇を揺らす。 「機を待ちましょう」 どれだけ隠そうとしても無駄だ。いずれは表に出てくるだろうから……と付け加える。 「勝負はそれからでしょう」 我が意を得たり、と言うように相手も笑って見せた。 目の前の子供は名前をスザクと言った。 「……変わった名前だな」 この国の人間ではないのか? とルルーシュは問いかける。しかし、彼は直ぐに言葉を返しては来ない。 「僕の言っていることがわからないのか?」 この問いかけに、少し考えた後で彼は首を横に振ってみせる。 「……ひょっとして、言葉がよくわからないのか?」 そう言えば彼は頷いて見せた。 どうやら、この国の人間ではないらしい。 「お前は、どこから来たのだろうな」 小さなため息とともにルルーシュはそう告げる。 この離宮の敷地以外にも世界があることは知っていた。そして、そこで様々な人が住んでいるのだ、と言うこともだ。父も父の騎士であるビスマルクも、そこからここへとやってくる。 だが、自分はここから出ることは許されない。 もっとも、出ようと思ったこともないのだが……とルルーシュは心の中で呟く。 「……お前がもう少し言葉がわかれば、色々と聞くことが出来るかもしれないのに、な」 それとも、あまり外のことを話さないように、彼を連れてきたのだろうか。 「……話せないと、ダメ、か?」 そんなことを考えていたときだ。スザクが初めて言葉を口にする。それは微妙にたどたどしい発音だった。 「そんなことはない。僕は、僕と同じ年の相手にあったのは初めてだ」 そして、これからずっと一緒にいてくれるのだろう? と逆に問いかける。いてくれればうれしい、と心の中だけで付け加えたのが聞こえたのだろうか。彼はしっかりと頷いて見せた。 「他に、行く場所もないから……」 さらに小さな声でそう付け加える。 「それは僕も同じだ」 自分だって、この離宮から出られない。他に行く場所もないから……とルルーシュは彼にもわかるように、とゆっくりと言う。 「だから、我慢してくれると嬉しい」 いつかはここから出られるかもしれない。 それまでは、ここで色々と勉強すればいいだろう……と言って笑った。 「そうする」 ここで初めてスザクは笑みを浮かべる。そうすれば、とても魅力的に思えた。 「とりあえず、案内をするから付いてこい」 少なくとも、自分の部屋と彼の部屋は覚えて欲しいから。そう言えば、スザクは小さく頷いてみせる。 彼のことは、後でビスマルクにでも聞いてみよう。心の中でそう呟きながら、ルルーシュは歩き出した。 スザクはどうやらそれなりの家柄の子供だったらしい。食事のマナーもきちんとしているし、挨拶も出来る。他のことも、教えればだいたい一度で覚えた。 それなのに、どうして……と思わなくもない。 「外では、何が起きているのだろうな」 そう言うことも、誰も教えてくれないから。ルルーシュは小さなため息とともに付け加える。 「知らなくていいこと、だから?」 それとも、まだ教えない方がいいと判断してのことだろうか。 「昔はそんなことを考えたこともなかったのに」 やっぱり、スザクの存在のせいだろう。そんなことを考えていたときだ。 「ルルーシュ」 スザクの声が耳に届く。 最初にあったときと比べて、かなり滑らかに話せるようになった彼の声は母のそれの次に耳になじんだ。 「何だ?」 そう言いながら、視線を向ける。そうすれば、彼がお盆の上に何かを載せて立っているのが見えた。 「おやつだって……食べるよね?」 メイドに渡されたのだろう。とっさにそこに二人分あるかどうかを確認してから頷く。 「食べ終わったら、外に行くか?」 自分は木陰に座って本を読んでいるから、スザクは好きなだけ体を動かせばいい……とルルーシュは付け加える。 「それは嬉しいけど、いいの?」 その間、ルルーシュは暇ではないのか……とスザクは言外に問いかけてきた。 「だから、本を持っていくんだって」 それとも、一緒に読むか? と問いかければ、彼は首を横に振って見せた。 「午後だけでいい」 いやでも午後には家庭教師が来て本を読まされるから、と言いたいのだろう。しかし、だ。 「本を読めば、それだけ言葉を覚えるのに」 自分はだいたい想像が付くから、とりあえず会話に支障はない。だが、もっと細かいことまで話してみたいと思う。 「……なら、ルルーシュが読んでくれればいい」 そうすれば、大人しく聞くから……とスザクは言い返してくる。 「それも良いかもしれないな」 代わりに、スザクの国の言葉を教えて欲しい……とルルーシュは言う。 「いいのか?」 「構わないだろう。その位」 ここから出なければ良いだけのことだ。それよりも色々と新しいことを覚えたい。ルルーシュはそう言い返す。 「ビスマルクも、それはかまわないと言ってくれたし」 覚えたら、あれこれ探してきて貰ってもいいのではないか。そう言って笑う。 「もっとも……実際にスザクの国に行くことは出来ないだろうが……」 ここから出られる日があるのかどうかはわからないから、と少しだけ悔しげに言う。 「でも、母さんとスザクがいてくれれば多分我慢できる」 自分はここしか知らないから。そして、近いうちに弟か妹も出来るだろうし……とルルーシュは思う。 でも、その子も同じようにここだけしか知らずに育つのだろうか。 それとも、それまでには父が何とかしてくれるのか。 何とかしてくれれば嬉しいな……とルルーシュは心の中で呟いた。 スザクがかなり上手に話せるようになった頃、離宮が慌ただしくなった。 「何かあったのかな?」 それにスザクは不安そうに問いかけてくる。 「わからない」 今日は父が来るとは聞いていない。かといって、ここに誰も来ないと言うことは不審者が迷い込んできたわけでもないはずだ。 「誰かに聞けばいいのだろうが」 しかし、この様子では捕まえるのも難しいのではないか。そう思わずにいられない。 「とりあえず、廊下に出てみる?」 誰か一人ぐらいは話を聞いてくれるかもしれないよ、とスザクは言った。 「あぁ、そうだな」 確かに、それが一番良いだろう。そう思って立ち上がる。当然のようにスザクも椅子から立ち上がった。そして、一足先にドアへとかけていく。 「自分で開けられるぞ」 ドアぐらい、とルルーシュは言う。 「俺がやりたいんだから、いいんだよ」 そう言ってスザクは笑った。 「だって、ルルーシュは王子様なんだし」 さらに彼はこう付け加える。 「……そんなの、たまたまだ」 たまたまあの二人の子供として生まれただけだ、とルルーシュは口にした。 「状況が変わっていたら、お前が王子様で、僕がその遊び相手だったのかもしれないぞ」 それはそれで楽しいだろう。しかし、振り回されて次の日は起きられなくなるかもしれないが……とルルーシュはこっそりと付け加えた。 「そんなことはないだろう?」 「いや、あり得る。僕はお前の体力にかなわないんだから」 「……ルルーシュがちょっとひ弱なだけだろう」 それはスザクにしてみればかなり気を遣った表現なのだろう。 「お前は自分が規格外だとは思っていないのか?」 ため息とともにそう言い返す。そのまま彼の返事を聞く前に廊下へと出た。その次の瞬間、彼の足が止まる。 「……お前は……」 そこに見知らぬ相手を見つけたのだ。 「ルルーシュ!」 スザクが彼を守ろうとするかのように前に出てくる。 「心配するな。お前達をどうこうする気はない」 そう言って目の前の相手は笑う。 「私は、シャルルとマリアンヌの知り合いだからな」 そして、お前の守り手でもある。そう言われて直ぐに納得できるほど、自分は素直ではないことをルルーシュは自覚していた。 「だから、お前は誰だ!」 名前も知らない相手を信用できるか、とルルーシュは言い返す。 「そうか?」 知らないのか、と彼女は驚いたように呟く。 「シャルルもマリアンヌも何をしているんだ?」 自分のことを教えていないとは……とさらに言葉を重ねる。 「まぁ、マリアンヌはそれどころではなかったからな。仕方がないのか」 それに、と彼女は表情を和らげる。 「自分でお前達に名乗れるか」 それで良いことにしよう、と彼女は勝手に結論を出したようだ。 「私はC.C.だ。『灰色の魔女』と呼ぶ人間もいるがな」 この言葉にルルーシュは目を丸くする。 「……ルルーシュ?」 知っているのか? とスザクが問いかけてきた。その言葉で、彼がこの国の創世神話を知らないのだ、とわかる。もっとも、彼の場合、この国に生まれた人間ではないから仕方がないのかもしれないが。 「ブリタニアの王を選ぶのが魔女だ」 何故、そうなっているのか。自分は知らないが……とルルーシュは言い返す。 「ってことは、それが諸悪の根元?」 自分たちがここに閉じ込められている、とスザクは即座に口にした。 「スザク……」 そんな彼を諫めるようにルルーシュは彼の名を呼んだ。いくらそれが本当のことでも、本人の前でいうのは違うのではないか、と思ったのだ。 「……だって、本当のことだろう?」 ここから出られないのは、と彼は言い返してくる。 「それは違うぞ」 目を細めながら彼女が口を挟んできた。 「私は王を選ぶだけだ。その他のことは周囲の人間が決めること」 その差は大きい、と言いながら彼女はスザクの頬をつねる。 「ルルーシュがここから出られないのは、周囲にバカが多いだけだしな」 それを何とかするのはシャルルの役目だ、と彼女は言い切った。 「うふふぁい!」 それにスザクが何か言い返そうとしている。だが、頬をつねられているせいでまともな言葉になっていないようだ。 「まぁ、お子様にはまだわからないのだろうが」 それが面白かったからか。彼女は笑い声を立てながらスザクの頬から手を放す。 「とりあえず、今騒がしいのはバカが来たからではない。マリアンヌが産気づいただけだ」 明日にはルルーシュの弟か妹が生まれているはずだ、とC.C.は言った。 「だから、安心して部屋に戻っていろ」 今の二人に出来ることはない。それは間違いではないのだろう。 「……赤ちゃんが生まれるのか……」 それ以上に衝撃的だったのは彼女のこの言葉だ。 「……ルルーシュ。部屋に戻ろう?」 スザクがこういいながらルルーシュの手を取る。それに頷くことしかできない。 「ゆっくりと休めよ」 そんな彼の背中に、C.C.はこんな言葉を投げつけてきた。 続きは本へ |