「……ガチホモ?」
 先ほどの一言でかなり機嫌を損ねていたらしい井上がそう囁いてくる。
「残念だが、否定できんな」
 こう言ってきたのは朝比奈と同じ四聖剣の一人である千葉だ。
「あいつは、私が藤堂さんと話をしていると、決まって邪魔をしてくれるんだ」
 さらに付け加えられた言葉で、彼女が何故そんな態度を取ったのか、わかってしまった。というよりも、女性としては切実だろう。彼女が藤堂にどのような感情を抱いているか、知っている以上、なおさらだ。
 もちろん、そんなカレン達の会話は藤堂の耳には届いていないらしい――あるいは、届いていても聞き流されているのか――彼は朝比奈に厳しい視線を向けている。
「つかぬ事を聞くが、その子どもとどこで出会ったんだ?」
 声音に剣呑なものを滲ませながら藤堂が問いかけた。
「どこって、藤堂さんの同情の近くですよ。いくらブリタニア人の子どもとはいえ、大の大人がよってたかって暴行をしていたので、見過ごせなかっただけです」
 これがもう少し大きければ無視してもよかった。だが、十歳前後の、自分で自分の身を守れるかどうかわからない子どもに複数で危害を加えるのは違うのではないか。そう思って割って入ったのだ。朝比奈はそう言う。
「その時に『助けて貰ったお礼だ』といって食事をごちそうになったんです」
 だしからしっかりと取られたみそ汁が死ぬほどおいしかった、と彼はうっとりとした口調で付け加える。
「他にも、肉じゃがとかきんぴらとか……まさしくお袋の味、って感じでしたよ」
 あれがおいしくて、ついつい食材とレシピを持って遊びに行くようになったのだ。そう締めくくる。
 十歳前後という事は、やはり自分と同じ年代か……とカレンは思う。
 そして、そんな子どもに複数の大人が暴行を加えていたというのであれば、朝比奈でなくても助けたかもしれない。
「確かに……子供に危害を加えるのはちょっとなんだな」
 千葉がこう言って頷いている。
「宣戦布告後ならともかく、話を聞いているとその前みたいだし」
 井上も、だ。こう言うところはやはり女性だからなのかもしれない。子供と言うだけで、憎しみの度合いが薄まるものらしい。
 だが、そう考えていたのは女性陣だけではなかった。
「……大人はともかく、子どもに危害を加えるのは、最低だな」
 扇もそう言って眉を寄せている。
 だが、一人、藤堂だけがさらに渋面を深めていた。
「……どうかしたのかよ?」
 こう言うときだけは、玉城の存在がありがたい。誰も聞こうとして聞けなかった疑問を口にしてくれるのだ。
「俺の記憶が間違っていないのなら、その子は男の子だったはずだが?」
 それに直接答えを返す代わりに、藤堂はこんなセリフを口にしてくれる。
「知っていますよ。でも、美人だったじゃないですか、ルル君」
 にこやかな表情で朝比奈は言い返す。
「あのころ、あんなに美人だったんだから、今はもっと美人になっているだろうなぁ」
 さらに彼は、どこか陶酔しているような口調で続ける。それは藤堂に向けるのとは微妙に異なっていたが、同時に同じ響きを持っていた。
「……やっぱり、本物?」
「しかも、ショタ?」
 ぼそぼそとこう言い合っている井上と千葉を尻目に、カレンはある疑念に頭を抱えたくなった。
 体の悪い妹。
 料理上手。
 しかも美形。
 そして『ルル』という愛称。
 この条件を兼ね備えている相手を、彼女は知っていた。
「……まさか、ね」
 そんなはずはない。あいつがそんな風な過去を持っているとは思えない……と心の中で付け加える。
 しかし、スザクと幼なじみだと言っていたし……とカレンが悩んでいた間にも朝比奈の『ルル君の手料理がどれだけおいしかったのか』という自慢――と言っていいのだろうか――は続いていた。聞いているうちに、ものすごく食べたくなってしまったのは、その味がものすごく具体的に説明されていたからかもしれない。十歳前後でそれだけの料理――記憶が美化されていたとしても――を作っていた相手はもちろん、それを覚えていた朝比奈にも感嘆するしかない。同時に彼に恨みに近い感情すら抱いてしまう。彼の言葉のせいで、今までは満足できていた食事が急に味気ないものになってしまったのだ。
 本当にどうしてくれよう。
 カレンが心の中でそう呟いたときだ。
「藤堂。食事中、すまないが」
 言葉とともにゼロが姿を見せる。
 そう言えば、彼は食事をどうしているのだろうか。あの仮面を付けている以上、人前で取ることは出来ないはず。だからといって、C.C.のように食堂に食べ物を取りに来ることもない。もちろん、C.C.が取りに来ている食事が彼の分ではないと言い切れないが。しかし、彼女の食欲を見ているとその可能性は低いように思えてならない。
 ひょっとして、朝から何も食べていないのだろうか。
 そんなはずはない。そうわかっていてもついついこう考えてしまうのは、きっと、自分が食べたりないと思っているからだろう。そうに決まっている、とカレンは心の中で呟く。
 だが、そんな彼女の目の前で予想外の事態が起きた。
「ほわぁぁぁぁぁぁっ!」
 間抜けな声を周囲に響かせながらゼロが転ぶ。
「ゼロ?」
 それだけならまだしも、からからと音を縦ながらあるものがカレンの足元に転がってきたのだ。意識に彼女はそれを拾いあげる。
「紅月君、それは……」
 それが何なのか、認識したのだろう。藤堂が頬を引き攣らせた。
「ゼロの仮面、だよな」
 恐る恐るおそるというよう扇が言葉をしぼりだす。つまり、今、ゼロは素顔を曝しているということだ。
 いったい、ゼロはどんな容貌をしているのか。興味がない人間は誰もいない。だが、普通であれば他人が隠そうとしているものを──それが事故だったとは言え──本人の許可なしに見ようとしようとするはずがない。
 だから、多くの者はさりげなく視線を反らしていた。もちろん、さりげなく注意を向けていたのは言うまでもない事実だったが。
 しかし、ここにはそんな気遣いが出来ない人間が二名ほど存在していた。
「ひょっとしなくても、今ならゼロの素顔が見られるんじゃねぇ」
 一人は、もちろん玉城だ。
「線が細いから女性かと思っていたけど、ひょっとして若いだけだった?」
 こう言ってきたのは朝比奈である。
「肌の色から判断して、ブリタニア人? それとも紅月君と同じでハーフかな」
 さらに彼はこう付け加えるとゼロを起こそうとする。
「朝比奈!」
「朝比奈さん」
 カレン達の制止も間に合えばこそ、だ。彼はさっさとゼロの体を抱き起こしていた。



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