ルルーシュがその大地を踏んだのは、まだ初夏というには肌寒いと感じられる頃だった。
「……さて、どんな反応を見せてくれるか……」
 この国の首脳陣は、と続ける。
「大丈夫です、ルルーシュ様」
 そう言ってきたのは、マリアンヌがルルーシュの護衛と身の回りの世話を任せるために見つけてきた篠崎咲世子だ。
「何があろうとも、私が必ずルルーシュ様をお守りさせて頂きます」
 きっぱりとそう言いきった彼女のその言葉が、どこか母に似ているような気がする。
「咲世子さん」
 そう考えながら、ルルーシュは彼女の顔を見上げた。
「おまかせください」
 自分と十も離れていないのに、この力強さは何なのだろうか。だが、考えてみれば母も彼女と同じくらいの年齢の時にはもう、ラウンズに選ばれてたはず。その身体能力をどうして自分に与えてくれなかったのか……と心の中で呟いたのは、普通に歩いていても何もないところで躓いてしまうからだ。
 もっとも、母の身体能力はナナリーに受け継がれたのだと思えばまだ我慢できる。少なくとも、外見に関しては自分が受け継いだのだし……と自分に言い聞かせるように付け加えた。
「……父上のことはなかったことにしよう」
 その理屈で言えば、シャルルの外見がナナリーで中身はルルーシュと言うことになる。だが、それすらも気持ち悪いかも……とため息とともにはき出したときだ。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下、でいらっしゃいますな?」
 こう問いかけられる。
「あなたは?」
 自己紹介ぐらいして欲しい、と言外に言い返す。
「これは失礼。自分は日本軍少佐の藤堂ともうします。お出迎えに参りました」
 彼がそう言った瞬間、咲世子が眉をひそめる。
「……ブリタニアの皇族を出迎えるのが、少佐お一人ですの?」
 そのまま、彼女は少し棘を含んだ声音でこう問いかけた。
「確かに、殿下はまだお小さいですが、間違いなく皇族ですわよ。それも、皇位継承権をお持ちの」
 決して高いとは言えないが、低いとも言えない第十七位だがな、とルルーシュは心の中で呟く。これだけ大げんかをして国を飛びだしてきたにもかかわらず、それが奪われていないのも不思議と言えば不思議だ。もっとも、マリアンヌを本気で怒らせたくないシャルルが妥協をしたと言うことも十分にあり得るが……と付け加える。
「それに関しては……私には何とも答えられません」
 命じられたことを行っているだけだ、と藤堂は言い返してきた。その言い分はルルーシュも理解できる。
「まぁ、そうですの」
 しかし、咲世子は違う。いや、わかっているのかもしれない。きっと、相手の出方を見ているのだろう。
「咲世子さん」
 それも自分のためとはわかっている。だが、ここで彼を追いつめることで敵を増やすのはまずいのではないか。そう考えてルルーシュは口を開く。
「藤堂少佐は命じられたことをされておいでだ。そうである以上、彼への文句は間違いと言うことになる。後で兄上に報告しておけばいいだろう?」
 そちらから文句を言って貰えばいい。言外にそう告げる。
「そうですね。それがよろしいでしょう」
 ルルーシュの言葉だからか。彼女はあっさりと引き下がった。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ない。ただ、彼女も私のことを考えての行動です。その点、ご考慮いただければありがたいのだが」
 そのまま視線を藤堂に移すとこう告げる。
「わかっております。こちらこそ、申し訳ありません」
 彼は即座にこう言い返してくる。その言動から判断をして、やはり彼は一流の軍人だ。もし、ブリタニアであれば、無条件で騎士に選ばれるだろう。
「いや、貴公の咎ではない。それよりも、案内をお願いします」
 微笑みながらこう言えば、彼は頷いてみせる。
「お若いのにしっかりしておいでだ」
 そのまま、口元に淡い笑みを浮かべるとこう告げた。
 それは当然だろう。ブリタニアでは、少しでも隙を見せれば足をすくわれる。何よりも、母のことを考えれば優秀さを見せつけておいた方がいい。そう考えていたから、この程度は当然だといえる。
 それでも、ほめてもらえて嬉しくないはずがない。
「世辞でも嬉しいです」
 彼はブリタニア人ではないのだし。そう思って、ルルーシュは素直に感謝の言葉を告げた。
「お世辞のつもりはないのですが……」
 困ったように彼は頬をかく。
「ともかく、こちらです。車を用意しておりますので……」
 そのまま体の向きを変えると歩き出した。
「咲世子さん」
「参りましょう、ルルーシュ様」
 ルルーシュの問いかけに彼女は促すように口にする。それに頷き返すとルルーシュは歩き出した。

 彼等がたどり着いたのは、どう見ても個人の邸宅だ。
 それに関しては問題はない。
 だが、この建物は何なのだろうか。
「……本当に枢木首相はこの建物をルルーシュ殿下にお使い頂くよう、おっしゃったのか?」
 予想外だったのか、藤堂がここまで案内してきた使用人に問いかけている。
「……はい……」
 蚊の鳴くような声で、彼女はそう言葉を返しているのがわかった。
 しかし、彼等はいったい何をここまで困っているのか。
「咲世子さん?」
 とりあえず、日本の風習は彼女に聞くのが一番いい。そう判断をしてルルーシュは声をかける。
「どうやら、枢木首相は本気でブリタニアを怒らせたいようですね」
 そうすれば、彼女はこう言い返してきた。
「その前に、マリアンヌ様とそのシンパの軍人方に暗殺される方が先でしょうが」
 あるいは、シュナイゼル田近もしれない。彼女はそう続ける。
「これは、ただの古くて小さな建物ではないのか?」
 そこまで彼女が言うとは、と思いながらさらに疑問を彼女にぶつけた。
「……いいえ、ルルーシュ様。これは土蔵でございます」
 本来であれば荷物を置いておく場所だ。もっとも、ここで生活をする者がいないわけではない。外聞が悪く、決してその存在を知られたくないようなものをここに閉じ込めておくと言うことは、古来からあったことだ……と彼女は怒りを必死に押し殺しながら口にする。
「つまり、枢木首相はルルーシュ様をそのような存在だ、と認定さてたわけですわ」
 人目に付くような場所には置いてはおけない存在。
 なら、何故彼はここにルルーシュを引き取ると言ったのだろうか。
「……とりあえず、今日の所は仕方がないだろうな」
 ここを出て行くにしても、他に住む場所を見つけてからにした方がいいだろう。送った荷物のこともあるし、とルルーシュはため息を吐く。
「そうですね。お荷物の無事を確認しなければ」
 こう言いながら、咲世子は建物の中へと駆け込んでいく。その彼女の後をルルーシュは追いかけた。中がどうなっているのか、興味を持ったからだ。
 しかし、だ。
「うわっ!」
 中に入ろうと踏み出したところで、誰かに突き飛ばされる。体勢が悪かったのか――決して、運動神経が劣っているからではない、と本人は信じている――バランスを崩してそのまま後ろへと倒れた。
「ルルーシュ様!」
 おくから咲世子の声が響いてくる。しかし、いくら彼女でもこれだけ距離があればどうすることも出来ない。
 こうなれば、頭を打たないようにするのが先決か。
 そう判断をして、ルルーシュは両腕で己の頭を抱え込んだ。そのまま、次に訪れるであろう痛みを覚悟する。
 だが、いつまで待ってもそれは襲ってこない。逆に、何かしっかりしたものがその体を支えてくれた。
「……スザク君……」
 いったい、誰が自分を……と確認するために目を開くよりも早く、ルルーシュの頭の上から低い声が振ってくる。それは確か、ここに案内してくれた藤堂のものではなかったか。そう思いながら目を見開けば、予想通りの顔を確認できる。
「いったい、これはどういうつもりなのか。俺が納得できるように説明してくれ」
 ルルーシュの体を彼は軽々と抱き抱えた。そう思った次の瞬間には両の足の裏がしっかりと大地を踏みしめていた。
「そう言っても、悪いのはそいつらじゃないですか!」
 ここは自分の場所だったのに、と自分とそう変わらない声がルルーシュの耳に届く。視線を向ければ、くるくるの癖毛に綺麗な緑色の瞳の少年の姿が確認できた。藤堂の言葉から判断して、彼が《スザク》なのだろう。そして、ここが自分の場所だったというのであれば、枢木の関係者ではないか。そこまで考えたところで、枢木ゲンブには自分と同じ年の息子がいたことを思い出す。
「だが、それを決めたのは君の父君だ」
 そして、それは愚行としかいいようがない。藤堂はそう言い返す。
「いったい、どこに、友好を深めるために来た方を土蔵に押し込めようとするものがいる?」
 しかも、スザクとそう変わらない年齢の子供を……と彼は続けた。
「だって、そいつらが勝手に押しかけてきたんじゃないですか!」
 だから、悪いのは自分ではない……と言う理屈にもなっていない理屈は何なのだろう。しかし、ユーフェミアやカリーヌはよくこんな訳のわからない事を言って周囲の者達を困らせていたことも覚えている。と言うことは、この年齢の子供にとって、それが普通なのだろうか。
 年相応の振る舞いが出来ていない、と言うことを自覚しているルルーシュには逆に新鮮に思える。
 だが、藤堂や咲世子は違うらしい。
「……咲世子さん。やめておけ」
 あなたが本気になれば、相手を殺しかねないから……とルルーシュは己の護衛兼メイドに声をかける。
「藤堂少佐のおかげで、僕は無事だ」
 だから、と続けた。
「……駄犬のしつけは早ければ早いほどよいと思いましたが……」
 静かな――いや、静かすぎる声で彼女はこういう。
「駄犬……」
 それが誰のことを刺しているのかはルルーシュにもわかった。おそらく、そう言われた本人にもわかっているだろう。
「……それは俺のことか?」
 こう問いかけながら振り向く。だが、その動きは咲世子の姿を見た瞬間止まった。おそらく、それは咲世子が《日本人》だからだろう、とルルーシュは推測する。
「そうです」
 違うのですか、と咲世子は首をかしげた。
「……どこがだよ」
「自分よりも弱いであろう相手を問答無用で突き飛ばすところが、です。しかも、あの角度であれば、最悪、頭を打ってなくなられていたかもしれません」
 幸い、藤堂が抱き留めてくれたから大事にならずにすんだが……と彼女は言葉を重ねる。
「ルルーシュ様がお怪我をなさっていたなら、無条件で本国へ報告しなければなりません。その結果、日本とブリタニアの関係がどうなるか。お考えになりませんでしたか?」
 ブリタニアがその気になれば、日本に勝ち目はないとまでは言わないが、多大な被害が出るのは目に見えている。その責任を取れるのか、と彼女はスザクに問いかけている。
「そんなこと、俺には関係ない!」
「十分関係があります。それとも、あなたは他人にケガをさせてはいけないという基本的なことも知らないのですか?」
 だとするならば、人間として最低だと言わなければいけない。彼女の言葉は、ルルーシュにしてみれば当然の常識だ。少なくとも、ヴィ家の子供は母にそう言われて育ってきた。
 しかし、彼は違うのだろうか。
「篠崎さん。そこまでにして置いてくださいませんか?」
 ため息とともに藤堂が口を開く。
「藤堂先生?」
 期待に満ちた表情でスザクが彼へと視線を向ける。
「君にはあとでじっくりと説明させて貰おう。道場で」
 しかし、その期待を藤堂はあっさりと打ち砕いた。
「それと、枢木首相のこの判断は、皇と桐原に報告をさせてもらう」
 この所行は、いくら何でも許し難い。彼はそう続ける。
「藤堂先生!」
 これは予想外だったのだろうか。スザクがびっくりとしたような表情で彼に呼びかけている。
「それはブリタニアの皇族ですよ?」
「そして、君と同じ年の子供だ」
 そんな子供が国を離れ見聞を広げようとしているのに、最初から悪印象を抱かせてどうするのか。藤堂はそう言う。
「君はもう少し、自分が周囲に与える影響について正しい認識をすべきだろう」
 と言うことで、と口にしながら、彼はルルーシュから離れる。そして、真っ直ぐにスザクの元へ向かった。
「そのことについても、しっかりとたたき込んでやろう」
 言葉とともに彼はスザクに手を伸ばす。何かを感じたのか、スザクはその手から逃れようとした。しかし、それを背後にいた咲世子が邪魔する。
「いってぇ!」
 確かに、あれ敗退だろう。スザクの耳を藤堂がしっかりと掴んでいる。
「申し訳ありませんが、殿下。私はこれで失礼をさせて頂きます」
 そのまま彼はルルーシュにこう告げた。
「あ、あぁ。案内をしてくれて、ありがとう」
 そんな彼にこう言い返す。
「いえ。お気になさらず。またお会いできるのを楽しみにしております」
 スザクの悲鳴と共に遠ざかっていく背中を、ルルーシュは静かに見つめる。そして、それが見えなくなったところで、呆然と立ちつくしていた枢木家の使用人へと視線を向けた。
「迷惑をかけるかもしれないが、当面、よろしく頼む」
 かけた言葉は日本語だ。しかし、彼女は言葉を返してこない。咲世子に教えて貰ったから、間違ってはいないと思うのだが、と思いながらルルーシュは首をかしげる。

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