マリアンヌが遠征から帰ってくる。その報告に、ルルーシュは心密かに嬉しく考えていた。
 それなのに、だ。
 今目の前にいる母は何故か、まるで猫の子を持つかのように、子供――その肌の色から推測して日本人だろう――の襟首を掴んでつり下げている。その光景が現実だと認識した瞬間、ルルーシュの中から出迎えのための挨拶の言葉が綺麗さっぱりと吹き飛んだ。
「今度は何を拾ってきたんですか!」
 代わりに、こう問いかける。
「おみやげ」
 それに、彼女は満面の笑みと共に言い返してきた。
「あなたのお友達候補よ」
 確かに、友達が欲しいといった記憶はあるが……とその場にへたり込みたくなる。
「俺は、仲良しこよしをするために、ここに来たんじゃない!」
 それを止めてくれたのは、その子供のこんなセリフだった。
「五十回までは殺しに行っていいって言うから、来たんだ!」
 この言葉に、ルルーシュは深いため息を吐く。
「また、ですか」
 そして、こう付け加えた。
「また?」
 どういうことだ、と少年が呟いている。
「君だけじゃない、と言うことだよ。僕が把握しているだけで、もうじき二桁だ」
 さらに呼びかけようとして、彼の名前を知らないことにルルーシュは気付く。
「スザク君よ。枢木スザク君」
 日本の最後の首相の一人息子、とマリアンヌは続けた。それで、何故彼女が彼を連れてきたのか理解できた。
 確か、最後の首相は戦争の責任を取って自決した、と聞いている。ルルーシュからすれば、全ての責任を投げ出して自分だけ楽になろうとしたのではないかと侮蔑の対象になる行動も、日本の軍人達から見れば正反対のものになるらしい。
 その遺児となれば、旗印にするには十分だといえるだろう。
 マリアンヌを殺しに行ってまだ生きている――もちろん、その理由の一つに、目の前の相手が自分と同じくらいの年齢だ、ということもあるだろうが――というのは、それなりの技量を持っているからではないか。そんな子供をバカに渡すのはもったいない。マリアンヌはそう判断したのだろう。
「とりあえず、あなた達には手を出さないと約束したわ」
 だから、仲良くして上げてね……とマリアンヌは微笑む。
「母さんがそうおっしゃるなら、努力します」
 それよりも、とルルーシュは話題を変える。
「陛下にご報告にいなくていいのですか?」
 昨日からうるさいくらいに帰国時間を確認されたが、と付け加えた。
「……まったく。親子の会話の時間ぐらいくれてもいいでしょうに」
 一日ぐらいゆっくりさせなさいよ、とマリアンヌはため息を吐く。
「まぁ、いいわ」
 そのまま、スザクの襟首を掴んでいた手を放した。
「さっさと終わらせてくるわ。夕食はみんなで一緒に取りましょう」
 それまで、スザクのことを頼む。そう言い残すと彼女はきびすを返す。すかさず執事が彼女の肩にマントを掛けた。
「行ってらっしゃい、母さん」
 そんなマリアンヌの背中に向かって、ルルーシュはこう言葉を投げかける。
「すぐに帰ってくるわ。いいこで待っていてね」
 彼女は即座にそう言い返してくれた。それに、ルルーシュはふわりと微笑む。その瞬間、スザクが何故か息をのんだ。その理由も気になるが、確認するのは後でもいいだろう。
「はい、母さん」
 この言葉を合図に、マリアンヌは歩き出す。その姿が見えなくなったところでルルーシュはスザクへと視線を移動させた。
「立てるか?」
 そのまま、静かな声で問いかける。
「……立てるに決まっているだろう」
 即座に彼はこう言い返してきた。それから判断をして、かなり負けず嫌いの性格らしい。
 そうでなければ、息子の目から見ても人外としか思えないあの母を殺すためにブリタニアまで付いてこないだろう。
「なら、部屋に案内をする。付いてきてくれ」
 言葉とともにルルーシュは体の向きを変える。
「その前に」
 そんな彼の背中に向かってスザクが言葉を投げつけてきた。
「なんだ?」
 いったい、どうしたというのだろう。そう思いながらルルーシュは顔だけ彼へと向ける。
「お前って、男?」
 この言葉を耳にした瞬間、ルルーシュは何もないはずのところで盛大に足を滑らせてしまった。しかし、ここで無様にしりもちをつくわけにはいかない。その思いだけで、必死に体勢を立て直す。
 スザクはその間にしっかりとルルーシュの傍に歩み寄っていたらしい。
 背後から胸のあたりに腕を回してくる。
「……ない……」
 だから、何がだ……と言い返そうとした。だが、それよりも彼の行動の方が早い。ルルーシュの胸におかれているのとは反対側の手が下腹部へと移動していく。
「こっちは、ある」
 と言うことは、本当に男なのか……と本気で残念そうな口調で彼は呟いた。

以下、発行予定の本へと続く。