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「ルルーシュ。いやになったら、すぐに戻ってくるんだぞ」 コーネリアが不安そうな表情を隠さずにこう言ってくる。 「そうよ、ルルーシュ。別に日本などと縁組みをしなくても困らないのだからね? あの馬鹿な貴族達が何を言ったのかは知らないけど」 ギネヴィアもそう言って周囲を見回した。 「全く……わたくし達の気持ちも知らないくせに勝手なことをして」 さらに彼女はこうはき出す。 「兄上やシュナイゼルを押しとどめるのにどれだけ苦労したと思っているのかしら」 「ユフィとカリーヌもですよ、姉上。あの二人が来ていれば、ここは破壊されていたでしょうね」 それは少し大げさではないか。ルルーシュは心の中でそう呟く。 だが、すぐに『あり得るかもしれない』と思い直す。 「大丈夫です、お姉様方」 ルルーシュはそう言って微笑みを作る。 「咲世子さんも一緒ですし、日本は縁がある国ですから」 だから大丈夫、と彼女は続けた。 「それに、今は私があの国にいることが重要なのではありませんか?」 ブリタニアと日本の関係は悪化していない。むしろさらに強いつながりを作ろうとしている。それを周囲に知らせることがブリタニアの益になるのではないか。 「それはそうだが……」 コーネリアもそれは否定できないらしい。 「ジェレミアもあちらに配属になっています。だから、心配いりません」 自分のわがままだと言うこともわかっている。それでもあの父が認めてくれたのだ。この機会を逃すわけにはいかない。おそらく、今回の機会を逃したら自分は二度とこの国どころか皇宮から出られないだろう。夫を与えられて離宮で一生を終えることになる。いや、前者はない可能性も否定できない。 「あの国に私の居場所がないとわかれば帰ってきます」 さらにそう付け加える。 「その日が一日でも早いことを祈っているわ」 ギネヴィアはそう言ってため息をつく。 「そうすれば、みんな丸く収まるもの。結婚なんて、いやならばしなくていいし」 政略結婚の駒なら山ほどある。そう言い捨てるところは、さすがブリタニアの第一皇女だ。 そんな彼女に向かって、ルルーシュは少し困ったような笑みを向ける。それを合図にしたかのようにメイド服に身を包んだ女性がそっと近づいてきた。 「お時間でございます」 そして、ルルーシュの耳元でそうささやく。 「咲世子さん、ありがとう」 このまま話を続けていれば、予定をしていた飛行機に乗れないところだった。だが、それが姉たちの目的だったのかもしれない。 「姉上。そろそろ時間ですので、これで失礼をします」 見送りに来てくれてありがとう、とルルーシュはギネヴィアとコーネリアに頭を下げる。 その瞬間、二人がかすかに眉根を寄せたのが見えた。と言うことは、ルルーシュの予想は外れていなかったと言うことだろうか。 「せめて専用機を仕立てればいいのに」 その方が安心なのに、とギネヴィアは言う。 「目立ちます。私があちらに向かったことはまだ知られない方がいいでしょうから」 もし、破談になったときに、とルルーシュは続ける。 「ぜひともそうなって欲しいところだ」 真顔でコーネリアが言う。 「本来ならば叩きつぶしてやりたいがな。だが、お前が帰ってきてくれるなら妥協できる」 彼女らしいと言っていいのだろうか。 「コゥ姉上……」 「あぁ、そんな困った表情をするな。ただの冗談だ」 「そう聞こえなかったから困っているのです」 コーネリアなら無条件で日本を制圧できるだろう。他のきょうだい達が協力をすればなおさらだ。ルルーシュのこの言葉にコーネリアは笑いを漏らす。 「大丈夫。相手を殴るだけでとどめておいてやる」 それはそれで問題のような気もする。しかし、これ以上、ここで時間を使うわけにはいかないのだ。 「それでは、失礼します」 言葉とともにルルーシュは頭を下げる。 「気をつけて行ってきなさい。何かあったらすぐに連絡をするのよ?」 「大使館に信用できる者達を派遣しておく。だから、一人で抱え込むな」 二人はそれでもあきらめずにこんな言葉を投げかけてくる。それに微笑み返すとルルーシュはきびすを返す。そして、まっすぐに歩き出した。 人々が次々と窓口へと移動していく。自分もその後に続こうとルルーシュは隣にいる人物へと視線を向けた。 心得たというように咲世子は先に立って進む。そこでいくつかの問答を行えばいいだけだ。さて、うまくできるだろうか。そう考えながら係官の元へと近づく。 「……過保護きわまりないだろう」 いったい誰の采配なのか。自分に与えられていたビザは外交官待遇のものだったらしい。入国審査はあっさりと終わった。 「咲世子さん」 「用意はできております」 それと、と彼女は続ける。 「ロビーで皇の姫君がお待ちだとのことです」 彼女の言葉にルルーシュはうなずき返す。そのまま歩き出した。 「神楽耶様に実際にお目にかかるのは久しぶりだ」 自分が日本に来たのはこれで二度目だが、神楽耶は違う。年に一度はブリタに来ていた。その時には極力、直接顔を合わせるようにしていた。アリエスが無事だったときには何度も泊まりに来てもらっていたのだ。だから、彼女に会えるのは純粋に嬉しい。 それに、とルルーシュは心の中で呟く。 彼女からであれば《彼》の情報を得られるのではないか。そうできれば、あれこれと心構えができるだろう。 「こちらですわ、ルルーシュ様」 迎えに来てくれると言っていた友人の声を耳にして、ルルーシュは視線を向ける。そうすれば、人混みの間につややかな黒髪を腰まで伸ばしている少女の姿が確認できる。無意識に笑みを浮かべると、ルルーシュはそちらへと向かった。 しかし、だ。 まさか彼女に不意打ちを食らうとは考えてもいなかった。 「お久しぶりです、ルルーシュ様」 微笑みながら声をかけてくれる神楽耶の隣にスザクがいた。 しかも、だ。いやそうに顔を背けている。 その光景に、ルルーシュは一瞬、凍り付いてしまう。それでもすぐに復活できたのはブリタニアでの経験があったからだろう。 「お元気そうで何よりです、神楽耶様」 笑みを作ると日本語でそう声をかけた。そんな自分の態度に彼女がかすかに眉根を寄せる。その表情のまま、隣にいるスザクへと視線を向けると、思い切り彼の足を踏んだ。 「神楽耶様?」 「いてっ!」 二人の声が同時に響く。 「ちゃんと挨拶されたらいかがです? みっともない」 これで自分よりも年上だなんて、とあきれたようなセリフを神楽耶は口にする。 「別に、気にしていませんけど?」 もう一度、日本語でそう言った。それに彼は驚いたように視線を向けてくる。 「……日本語?」 「必要になると思って、覚えました」 スザクの疑問にルルーシュはこう言い返す。 「おかしいですか?」 逆にこう聞き返した。 「……いや、そう言うわけじゃ……」 ないけど、と告げた彼の声が小さくなる。 「そうですか」 では何なのか。そう問いかけるべきなのか、とルルーシュは悩む。これがブリタニアなら、遠慮なく追求できるのだろうが、とそうも付け加える。 「きれいな日本語を使っておいでですから」 神楽耶が場を取りなすようにこう言ってきた。だが、スザクはあくまでも無関心を貫いている。 「本当に? おかしい言葉遣いをしていたら、教えてくれると嬉しいんだけど」 作り笑いとともにルルーシュはそう言う。 スザクが自分を歓迎してくれていないことはわかった。しかし、それがどうしてなのかがわからない。やはり、子供の頃の約束など簡単に忘れられるものなのだろうか。それとも、別の理由なのか。それを推測するには材料が足りない。 それよりも『悲しい』という感情の方が強かった。 皇族である自分を必要としてくれる人はいる。だが、自分という個人を『愛して』くれる人がどれだけいるのだろうか。 少なくとも、あのときのスザクはそうだったと思っていた。 だが、実際は違っていた。 その事実が悲しいのだろう、と冷静に分析している自分がいる。それも悲しさを増幅してくれる。 ユフィのように感情を爆発させることができれば、もう少しかわいげが出るのだろうか。だが、何故か自分はそうすることができない。間違いなく、それは母の教育のせいだろうな、とぼんやりと考えてしまう。 「ルルーシュ様ならば大丈夫ですわ。お従兄様やそのご友人よりも正しく使えておられます」 神楽耶はそう断言する。 「それよりも、お疲れでしょう? まずは移動しませんか?」 話はその上で、と言いながら彼女はまたスザクの足を踏みつけた。 「神楽耶!」 「自己紹介ぐらいしてください。本当にみっともないですわ」 全く、と彼女は呟く。 「それとも、お従兄様は『日本人は礼儀知らずだ』と思われてもよろしいのですね?」 さらに付け加えられた言葉に、彼は深いため息をつく。 「初めまして。枢木スザク、と言います」 次の瞬間、吐き捨てるように彼はこう言った。そんな彼の態度に傷つかなかったと言えば嘘になる。 「……ルルーシュ・ランペルージです。これからよろしくお願いします」 それでも笑顔を崩さなかった自分をほめるべきなのだろうか、とルルーシュはぼんやりとした頭で考えていた。 続きは本へ |