「ひどいな」
 目の前の光景を見つめながら、その人は悲しげにそう呟いた。
 それも当然だろう。
 この地は、つい先日まで花々で埋められた瀟洒な離宮が建っていた場所だ。しかし、可憐な花々は軍靴で踏みにじられ、白く輝いていた建物は炎で黒くなっている。そのあまりの変わりように衝撃すら受けるのではないだろうか。
「あれほど、綺麗な場所だったのに」
 しかし、この言葉を耳にした瞬間、己の中に怒りが沸き上がってくるのを感じていた。
 いったい誰のせいでこうなったと思っているのか。そう思わずにはいられない。
 そうでなければ、自分は……
 そう考えた瞬間、体が勝手に動いていた。
 彼の目の前に飛び出す。そのまま、この怒りを相手にぶつけようとしたときだった。
「お前……スザク、か?」
 彼はいきなりこう問い掛けてくる。この言葉にスザクは思わず動きを止めた。そうすれば、彼はひざを着き、何かを確認するようにスザクの顔を覗き込んでくる。
「若葉のような綺麗な緑色……」
 間違いなく《スザク》だ、と彼は微笑む。
「そうか。ずっとユフィの側にいてくれたんだな」
 こう言って微笑む彼の瞳が綺麗な紫だとスザクはようやく気付く。そして、その色に見覚えもあった。
「俺を、覚えているか?」
 こう口にしながら、彼はそっと手を延ばしてくる。スザクはそれを威嚇することも逃げることもなく黙ってまっていた。
 ユーフェミアのものとは違う感触。だが、同じくらい優しい動きで彼はスザクの毛を撫でてくれた。
「どうする?」
 背中だけでは物足りなくなったスザクは彼の手にぐいぐいと頭を押し付ける。そんなスザクの仕種に苦笑を浮かべつつ彼は言葉を唇に載せはじめる。
「ここでユフィを待っているか」
 彼女は殺されたわけではない。コーネリアと向こうの話し合いの結果では戻ってくる事ができるかもしれない。だから、ここで待っていればあるいはまた会えるかもしれない、と彼は続けた。
「それとも、俺と一緒に行くか?」
 自分の離宮に、と彼は問いかけてくる。
「ここほど綺麗な場所ではないが、それでも、一応屋根はある」
 妹もいるから、その相手をしてくれるとうれしい。そうも続ける。
「お前の好きなようにしろ」
 自分に選択権を与えてくれるつもりらしい。それはどうしてなのだろうか。強引に物事を進めることも出来るだろうに。
 それでも、自分の希望を聞いてくれるのはうれしい。彼女もそうだった――そう言うところは似るものなのだろうか――だから、一緒に行ってもいいと思う。
 それを告げるかのように、スザクは彼の掌に頭をすりつける。
「そうか」
 一言こう呟くと、彼はスザクをそっと抱き上げた。
「大丈夫。必ず、ユフィに会わせてやるよ」
 心配するな。そう言いながらそっと鼻先に自分の鼻を近づけてくれる。その深い紫の瞳をのぞき込んだ瞬間、スザクの体を貫いた感覚はなんなのか。その時はまだわからなかった。

以下、発行予定の本へと続く。