「お久しぶりです、ルルーシュ様」
 そういいながら、ジノが跪く。そうすれば彼の大きな体を覆っている緑色のマントがはっきりと目に入った。
 その背中に記されているのは、帝国の紋章と父であるシャルルのそれだ。
「ご機嫌は……」
「よくない」
 ジノ言葉を途中で遮ってルルーシュはこう言い捨てる。
「ルル」
 そんな彼の行為をとがめるようにスザクが呼びかけてきた。
「いいわけ、ないだろう? 俺にはこのエリアでやらなければいけないことがある。クロヴィス兄上が本国に戻られるなら、当然だ」
 第一、自分はまだ、公的には家出中ではないか。そんな人間がのこのこと宮殿に顔を出してどうする。そうも続けた。
「……それに関しては、陛下とシュナイゼル殿下がなんとでもしてくださる、と」
 おずおずといった口調でジノが告げる。
「とりあえず、ルルーシュ様は現在、人生経験を積むために留学をされていることになっていますから」
 だから、戻っても誰も何ともいわないはずだ。
「それに、ナナリー様が、たまにはゆっくりとお話をされたいと……」
 切り札、とばかりにジノはさらにこう言った。
「……それなら、クロヴィス兄上頼んで、式典が終わったらナナリーを連れてきて頂こうか」
 日本のお盆の行事はなかなか見応えがあるぞ、とルルーシュは笑いながら口にする。
「あの、灯籠流し、だったか? あれなら、ナナリーも楽しめるだろうし……あぁ、それに花火はこのエリアの職人が作ったものの方が美しいな」
 他にも、ナナリーに見せたいものをたくさん見つけた。だから、そうした方がいいかもしれない。ルルーシュは素直にそう考える。
「神楽耶も、ナナリーに会いたい、と言ってくれていたような気がするし」
 違ったか? とルルーシュはそのままスザクを見上げた。
「確かに、そういっていたね」
 彼女も自分よりも年下の少女を飾り立ててみたいのだろう。ルルーシュで出来なくなりそうだから、と言うこともあるのではないだろうか。彼はそうも付け加える。
 だが、ナナリーならそれなりに楽しめるだろう。
 綺麗な衣装は、マリアンヌやコーネリアですら『いやだ』と言わずに身につけているのだ。
「なら、クロヴィス兄上にお願いしておこう」
 そういうことだから、自分はブリタニアに戻る必要はないな。ルルーシュはそう言って笑う。
「ルルーシュ様!」
 一応、勅命ですけど……とジノはこう言ってくる。おそらく、それでもルルーシュが簡単に頷かないとわかっているのだろう。そして、自分がそうしても、シャルルは最終的には許してくれるだろう、と言うことも彼は知っているはずだ。
 何よりも、とルルーシュは笑う。
「母上からは俺の好きにしていい、と言われている」
 帰りたくないなら、帰らなくてもいい。そう彼女は言っていた。
「……マリアンヌ様……」
 よりによって、そういうことを……とジノはその場で頭を抱える。
「ジノ」
 苦笑と共にスザクが彼に声をかけた。
「……黙っていてくれないか、スザク……」
 今、自分の不幸をかみしめているところだ……とジノは言い返す。
「ようやく、ナイト・オブ・スリーの地位までたどり着いたのに……私の騎士としての人生はこれで終わりだ……」
 ルルーシュを連れて帰れないなら、その時点でクビを言い渡されそうだ。彼はわざとらしい口調で付け加える。
「……父上は……何、くだらないことを言っておられるんだ……」
 ジノほどの騎士をクビにしたら、ブリタニアにとって大きな損失になるだろうに。ルルーシュはこう呟く。
「そういってくださいますか?」
 ルルーシュにそういわれるのは嬉しい。ジノはとりあえず、こう付け加える。
「本当のことだろう? 母上もビスマルクも、そういってほめていたぞ」
 しかし、それとこれとは別問題だが……とさりげなく言葉を続けた。
「ルルーシュ様!」
 そんな、とジノが思い切り衝撃を受けたような表情を浮かべつつ詰め寄ってくる。
 どうやら、本当に自分を連れ帰らなければ彼はラウンズから追放されかねないらしい。今回彼がここに一人で来た理由も、それに関わっているのだろうか。
「大丈夫だ。母上に取りなしてやる」
 でなければ、自分の騎士に取り立ててやるから……とルルーシュは笑った。
「……ルル」
 そんな彼にあきれたようにスザクが声をかけてくる。
「何だ? いけないことを言ったか?」
 そんな彼に、ルルーシュは真顔で問いかけた。
「じゃなくて……たまにはブリタニアに帰った方がいいよ。カレンのこともあるでしょう?」
 マリアンヌが認めているから、彼女がルルーシュの騎士になることは誰も文句は言わないだろう。だが、せめてビスマルクにだけは直接紹介しておいた方がいいのではないか。
「その方が、後々楽だと思うんだよね」
 帝国最強の騎士にも認められたとなれば、カレンの足を引っ張ろうとする人間はいなくなるのではないか。そうも彼は付け加える。
「……そう、かもしれないな」
 スザクの存在が認められたのは、自分のワガママのせいだ。それでも、それから彼がどれだけ努力したのか――そして、マリアンヌをはじめとした者達がそれを手助けしていたのか――はよく知っている。だからこそ、彼を自分から遠ざけようとする人間はいないのだといっていい。もっとも、そんなことを考えた時点であの優秀な二番目の異母兄やビスマルクがきっちりと対処をしてくれているのだろう。
 そんなスザクよりもカレンの方が条件はいい。半分だけとはいえ、彼女はブリタニアでもそれなりに有力な家柄の血をひいているのだ。
 だが、それだからこそ困った状態に追い込まれかねないというのもわかる。
「……だが、帰ったら俺が酷い目にあう」
 あそこには父だけではなく三番目の異母姉もいるではないか。
 シャルルの誕生日に便乗して何を画策してくれているのかわかったものではない。
「パーティの間だけ我慢してください。それ以外は私たちが体を張ってでも阻止しますので」
 流石にシャルルの生誕のパーティだ。そこまでは自分たちの立場ではどうも出来ない。しかし、それ以外は、とジノは本気で土下座までしそうな勢いで口にする。
「マリアンヌ様には、僕からも頼んでおくから」
 ついでに、しっかりとシャルルに釘を刺して貰おう。スザクもまたそう告げた。
「母上に?」
「そう。大丈夫。藤堂さんに頼んで、賄賂を探しておいてもらうから」
 日本酒、とりあえず一ダースぐらい? と彼は首をかしげる。
「それとも、一斗樽の方がいいかな」
 ビスマルクもいるから、と真顔で悩まないで欲しい。ルルーシュは本気でそう思う。
「……母上とビスマルク、それにおそらくダールトンが来るぞ。一斗樽一ダースはオーバーでも半ダースぐらいは用意しておいた方がいいんじゃないのか?」
 あの三人が揃ったら、その位の飲みかねない。出なかったとしてもあれこれ引きずり込んで宴会になるに決まっている。
「……それは、きっと、付き合わされるんですね、私も」
 飲めなくても、雑用係として……とジノは別の意味でため息をつく。
「そういえば……スザクは、飲める年齢になったんだな?」
「……幸か不幸かね」
 ジノではないが、別の意味で怖いことになりそうだ。スザクはそう呟く。
「でも、カレンも……何だよね」
 そういえば、と今思い出したというように彼は口にした。
「そういえば、そうだったな」
 それはそれで非情に怖いことになりそうだ。ルルーシュは思わず頭を抱えたくなる。ひょっとして、自分の騎士は二人とも母に酒で潰されるのだろうか。
「……母上には、せめてお前とカレンを別の日に呼び出すように頼んでおくか」
 そうすれば、少なくともどちらかは自分の側にいてくれるだろう。
「ルル!」
「俺にパーティでの苦痛を強いるんだ。スザクも妥協しろ!」
 せいぜい二日酔いになるくらいだろう! と付け加えたのは、間違いなく八つ当たりだ。
 だから、気付かなかったのだろうか。
「……しかたがないね。その分、ジノに走り回ってもらうか」
 スザクはさりげなくとんでもないセリフを口にする。
「自業自得だな」
 ルルーシュはあきれたような表情と共に言葉をはき出した。
 だから、気付かなかったのだろうか。スザクとジノが何やら意味ありげな視線を交わしていたことに。
「……ともかく、父上とユフィ姉上から逃げ回るための根回しだけはしておかないと」
 あるいは、こちらの方に既に意識が向けられていたからかもしれない。
 ともかく、ルルーシュの三年ぶりの帰国はこうして決まったのだった。

以下、発行予定の本へと続く。