ブリタニアに戻れば、そこもやはり雪に覆われていた。
「……それでも、彼の地とはやはり違うな……」
 気候風土の違い、と言えばそれまでだろう。だが、それ以上にその場にいる人々の意識が違うのではないか。
 それでも、と心の中で呟く。
 ルルーシュはどこにいようとも真っ直ぐに前を見つめている。そして、今、彼女の隣にはそんな彼女を支えてくれるであろう存在がいた。
 だから、大丈夫ではないか。
 自分に言い聞かせるようにそう繰り返す。
「ともかく……クロヴィス殿下に面会を申し入れなくては……」
 ルルーシュのことを報告しなければいけないだろう。何よりも、預かってきた手紙を彼等に渡さなければいけない。ただ、自分ではクロヴィスには直接渡せるだろうが、他の殿下方には無理だ。だから、クロヴィスに頼むしかない。
「だが……ルルーシュ様がお幸せそうだと言うことは、お伝えできるだろう」
 どのような境遇に置かれようとも、ルルーシュはルルーシュだった。
 それを知っただけでも、彼等は安心するだろう。
「それに、枢木スザクの存在もあるからな」
 あの少年は、自分自身の矜持を捨ててでもルルーシュを守ってくれるに決まっている。だから、何も心配はいらない。
「そう思いたいだけかもしれないが」
 苦笑と共にそう呟く。そのまま、彼はゆっくりと歩き出した。

 しかし、このような状況になるとは……とジェレミアは目の前に集まっている人々の姿を見て思う。
 もちろん、今までにも彼等が一同に揃っている場面に何度も出くわしている。いや、もっと多くの皇族達が揃っているところを見たことがあった。しかし、自分はあくまでも警護という立場でその場に臨席していただけだと言っていい。このように注目されたことはない。
「あまり堅くならなくていいよ、ジェレミア・ゴットバルト辺境伯」
 一同を代表して口を開いたのは、この中では最年長に当たるシュナイゼルだ。
「……はい」
 そうは言われても、これだけ高位の皇族達の前で僅少をするなという方が無理だろう。
「ジェレミア。本当に気にしなくていい。私たちはみな、あの子の様子を知りたくて集まっただけだからね」
 自分もここまできょうだい達が集まるとは思ってもいなかったが……とクロヴィスが苦笑と共に声をかけてくれる。
「あら、クロヴィスお兄さま。そうはおっしゃいますが、ルルーシュのことを心配しているのはお兄さまだけではありませんわ」
 ねぇ、お姉様……とユーフェミアが側にいるコーネリアに問いかけた。その口調とルルーシュのそれを比べてしまうのは、二人の年齢が近いからかもしれない。
「そうだな。だから、正直に、お前が見たままのことを教えて欲しい。ルルーシュは、虐げられてはいなかったのだな?」
 さらにコーネリアが真っ直ぐに視線を向けてくる。
「……少なくとも、私の目には、お幸せそうでいらっしゃるように見えました」
 微笑むことがおできになる程度には、とそうも付け加えた。
「……笑っていたのか、あの子は……」
 よかった、とクロヴィスが呟く。そんな彼にユーフェミアも頷いていた。
「婚約者だ、と言っていた少年が、私をルルーシュ殿下に会わせてくれましたし……」
 こう言いながら、ジェレミアは胸元から布で丁寧に包んだ封筒を取り出す。
「殿下方に手紙を書かれてはどうかと、あの方に提案をしたのもその少年です」
 そういいながら、彼等の目の前でそっとその包みを開いた。真っ白な封筒に几帳面な文字で書かれた自分の名前に気付いて、四人の皇族は目を丸くしている。
「みなさまへ、出来るだけ直接お渡しするように、と……そう承っております」
 これは方便だ。
 だが、そうした方がよいだろう……と思っていたことも否定しない。だから、せめてクロヴィスにだけは直接渡そうとも考えていた。
「……それを、早く……」
 震える声でコーネリアが命じてくる。
「ご無礼を」
 言葉とともにそっと彼等の前へと進み出た。手が届くであろう場所まで近づいたところでジェレミアは足を止める。次の瞬間、まるで争うように封筒へと手が伸ばされる。
 布の上から全ての封筒がなくなったところで、ジェレミアは元の場所へと戻ろうとした。


中略


「スザクさん?」
 ルルーシュや藤堂達以外で自分の下の名前を口にする人は珍しい。そう思いながら振り向いた瞬間、彼は凍り付いた。
 しかし、彼にもなれというものはある。
「自分に、何かご用でしょうか……ユーフェミア殿下」
 皇族に対する受け答えも、その中の一つだ。普段は――側にいるのがルルーシュだから――気にすることはない。と言うよりも、そんな言動をとれば殴られるか怒られる。だが、クロヴィス達にはそういうわけにはいかない。
 ジェレミアとミレイに、行儀作法をたたき込まれていてよかった。
 心の中でそうも呟く。
「あなたとお話をしたいのですが……今、お時間はよろしいでしょうか」
 しかし、それが長時間続くかどうかとなれば、また別問題だ。普段はルルーシュがさりげなくフォローを入れてくれるからいいが、あいにくと、今はこの場にはいない。
「……申し訳ありませんが、ユーフェミア殿下。自分はルルーシュ殿下の騎士ですので」
 ルルーシュの許可なしにそのようなことは出来ないし、するつもりもない。柔らかいがきっぱりとした口調でそう付け加える。
「そんなことはないわ」
 しかし、彼女はスザクの言葉をあっさりと否定してくれた。
「ルルーシュが、わたくしのすることに文句を言うはずがありませんもの」
 この自信はどこから来るのだろうか。
「……だとしても、です。自分の一存では決められません」
 ルルーシュの許可をもらわないうちは何もしない。スザクは絶対にその一点だけは曲げるつもりはなかった。
 自分は、彼女のものだ。
 だから、彼女の許可があれば何でもする。もちろん、ルルーシュを守るためならば、彼女を怒らせても構わないとも思っている。自分がルルーシュのものであるように、彼女はスザクのものなのだ。それは体を重ねる前も後も変わらない絶対的なルールだ、とスザクは心の中で呟く。
「どうしてもと無理強いをされるのでしたら、自分にも考えがあります」
 流石に皇女である彼女をどうこうするわけにはいかない。だから、自分が、全力でこの場から逃げ出すしかないだろう。自分の身体能力が他人よりも優れていることは知っている。だから、彼女もそうすれば追いかけては来られないはずだ。
 そのまま、ジェレミアかヴィレッタか――多少心配だが――ロイドの所に逃げ込めば、後は彼等が何とかしてくれるだろう。
 ルルーシュにはあきれられるかもしれないが、ルールを破るよりはましだ。そう判断をする。
「どうされますの?」
 どこか楽しげに彼女は問いかけてきた。
「こうさせて頂きます」
 この言葉とともにスザクは後ろ向きのまま窓の方へと向かう。
「ここは、三階ですわよ?」
 そんな彼の様子をきょとんとした視線でユーフェミアは見つめている。
「ルルーシュ殿下の許可がないことを強要されるよりはましです」
 言葉とともにスザクは窓枠に足をかけた。そして、そのまま地面に向かって飛び降りる。
「きゃぁ!」
 スザクにとっては何でもないことだ。しかし、初対面に等しい彼女がそれを知っているはずもない。その結果、彼女の悲鳴が周囲に響き渡ってしまった。

「この、体力バカが」
 事の顛末を聞き終わったルルーシュが、あきれたようにため息をつく。
「……だって、ルルーシュ……」
 せめて、それなりの人物が同席をしてくれたのであればともかく、そうでないときに、未婚の皇女と二人だけで話をするわけにはいかないじゃないか。スザクはそう主張をする。
「それに、僕はルルーシュのものなんでしょう? その僕が、いくら君の異母妹君とはいえ、女性と二人だけで話をしていてもいいの?」
 これがコーネリアとかラクシャータ達であれば、お互い気にすることはない。彼女たちが、スザクに話しかけてくるのは、ルルーシュのことを確認するためだとわかっているからだ。
 しかし、ユーフェミアがそうなのかどうかはわからない。
 ルルーシュもそう考えたのか。その唇から小さなため息がこぼれ落ちた。
「だったら、せめて、走って逃げろ」
 三階の窓から飛び降りるようなことをするな……と彼女は付け加える。
「……次からは、そうするよ」
 自分にとってはごく普通の行動だったし、エリア11では、誰も驚かなかったから、普通の人からどのような反応が返ってくるのか忘れていた。スザクはそういって素直に反省の色を見せる。
「どちらにしても、お前の判断は間違っていなかったがな」
 微かな笑みと共にルルーシュはそっとスザクの頬に触れてきた。
「なら、ご褒美、貰ってもいい?」
 小さな笑いと共にこう聞き返す。その瞬間、ルルーシュの白磁の肌がうっすらと紅色に染まる。
「……後でな」
 それでも、こう言ってくれた。
「今、少し欲しいな」
 だから、キスしていい? とそっと問いかける。
「スザク……」
「いいよね、ルルーシュ」
 ダメと言わせるつもりはない。でも、本当に嫌がられたら我慢をしよう……と想いながらさらに言葉を重ねた。
「……いちいち、そういうことを聞くな……」
 そうすれば、さらにルルーシュの頬が赤くなる。
「うん。ごめん」
 これはお許しが出たと考えていいんだろうな。そう心の中で呟く。同時に、周囲の気配を探る。もしここで誰かに見られたりしたら、しばらく触れさせてもらえなくなることは目に見えているのだ。
「好きだよ、ルルーシュ」
 大丈夫だと判断をして、スザクはこう囁く。そのまま、静かに顔を寄せていった。それを受け止めるかのように、ルルーシュは静かに目を閉じてくれる。そんな彼女の仕草にスザクは目を細めると、そっと唇を重ねた。


中略




 小さな体を、そっと腕の中に抱きしめる。そうすれば、紅葉のような大きさの手が、ルルーシュの髪を握りしめた。
「こら。痛いだろう?」
 小さな笑いと共に、ルルーシュはそっと自分の頬へとその手を添えさせる。
「いいこだから、母様の髪の毛をはなして」
 こう囁いても、まだ幼い子供には理解できないのだろう。それでも、母が構ってくれているのが嬉しいのか。小さな笑い声をたてた。
「ご機嫌だね、ナナは」
 いったい、いつからこの光景を見ていたのか。スザクの声がルルーシュの耳に届いた。
「そう思うなら、少し相手をしてやってくれ」
 その間に、自分は身支度を調えてしまうから……とため息とともに視線を向ける。そうすれば、彼が既に自分の分の身支度を終えているのがわかった。それが少しだけ腹立たしい。もっとも、それを言ってもしかたがないことがわかっていたが。
「いいよ」
 言葉とともに、スザクはルルーシュの腕の中にいる娘に微笑みかけた。そのまま、彼女の目の前で指をゆっくりと動かす。そうすれば、彼女は握っていた母の髪の毛をはなしてそれへと手を伸ばした。
「いつの間に、そんなことを覚えたんだ?」
「ライがこうされると喜んでいたから。ナナも同じかなって思っただけ」
 そういっている間にも、彼女の小さな手は父のそれをしっかりと握りしめている。それを確認してスザクはルルーシュの腕から小さな体を受け取った。
「そういえば、ライは?」
「藤堂さんと一緒」
 だから、心配はいらない。そういってスザクは笑みを深める。
「……藤堂が、また後で落ちこまなければいいが……」
 誰が教え込んだのか。ライが言葉を口にするようになってからすぐに、藤堂のことを「じぃじ」と呼ぶようになってしまったのだ。確かに自分たちよりも二十ほど年上とはいえ、彼はまだ四十代である。そう呼ばれるにはまだ早いのではないか。
「大丈夫だと思うけどね」
 小さな笑いとと共にスザクはナナを高い高いしている。そしてもらうのが嬉しいのか。彼女の笑い声はさらに高くなった。
「何だかんだ言って、藤堂さんもライとナナのことは大好きだから」
 可愛がってくれている。だから、ライが「じぃじ」と彼のことを呼ぼうと気にすることはない。そうも付け加える。
「……ならいいが……」
 だが、ライの認識は後で矯正しておかないといけないだろう。そう考えながらルルーシュはコスメボックスを開ける。そして、手早くメイクをしていく。
「本当、女の人は大変だよね」
 ルルーシュはお化粧をしなくても綺麗なのに、とスザクが声をかけてくる。
「……そういわれても、しかたがないだろう?」
 エチケットのようなものだ、とルルーシュは言い返す。今回の場合、相手が相手である以上、最大限の礼をもって出迎えなければいけないのだ。
「まぁ、ね。しかし、あの方も何をしに来るのやら」
 一応とはいえ、この国は独立したのに……とスザクはため息をつく。
「ライとナナの顔を見に、だと言っていたよ」
 ご自分の子供の顔だけで満足していればいいのに、とルルーシュもまたため息をついた。
「……あの方の子供って……何人だっけ?」
「兄上は三人、だったかな? クロヴィス兄さんの所は庶子も含めて六人と言っていた」
 そういうところは、前皇帝に似たのではないか。そういってルルーシュはまたため息をつく。
「ユフィにも、今度子供が生まれる、と聞いたぞ」
 さらに付け加えた瞬間、鏡に映っているスザクの笑顔が引きつった。
「まさかと思うけどさ……今から、ライとナナに婚約者をあてがおうとは思っていないよね、あの方も」
 十分やりそうだ、と彼はその表情のまま口にする。
「……大丈夫だ。兄上がそう考えていたとしても、全力で阻止してみせる」
 恋愛だけは、自分の意志でさせたい。そして、自分が納得できる相手に巡り会えたならその時は無条件で祝福してやろう。ルルーシュはそう考えていた。


以下、発行予定の本へと続く。