書き下ろし部分の冒頭になります。 誤字脱字には目をつぶってください(T_T)

始まりの場所


 一番最初に彼ら――彼に出逢ったときには『いけ好かない奴』という感情しか抱けなかった。
 それは、自分の大切な場所を奪う奴としか思えなかったからだろうか。それとも、適当なことを言って自分たちを慰めようとしているにしか見えなかったからか。そんなことをしても、あの二人が《日本人》にとって御邪魔虫でしかないことは明白だろうに。どこまで図々しいんだ。そうも思う。
 しかし、その考えはすぐにひっくり返された。
 彼の隣にいた少女。
 彼女の瞳は世界を映すことができない。そんな彼女に、この汚い現実を気付かせたくない。その一身で、彼――ルルーシュはあんな嘘を口にしていたらしい。
 しかし、あの時の自分にはその事実はわからなかった。それでもナナリーに手を出さなかったのは、彼女が車いすに座っていたからだけではなく、女性に手を出すのは最低の行為だという認識があったからだ。それがブリタニア人であろうとも――いや、それだからこそ、日本男児たるもの手を挙げてはいけない。
 しかし、華奢とはいえ、健康な肉体を持っているルルーシュには遠慮はいらない。
 彼は日本に無理難題を押しつけてくるブリキ野郎の一人だ。しかも、皇子という立場だし。そんな理由になっているのかどうかわからない理屈で一方的に嫌悪感をぶつけた。
 それが変化していったのは、きっと、そんな感情を向けられても彼が弱音を吐かなかったからだろうか。
 ナナリーの好物を買いに行っても売って貰えないどころか、大人も子供も関係なく罵倒されている。時には暴力すら受けているというのに、日本政府が付けたSP達はそんなルルーシュを黙って見つめているだけだ。
 運良く売って貰えても、帰りにダメにされたこともある。
「……あのバカ……」
 もちろん、そんな彼を見ているだけの自分がどうこう言える立場ではないと言うこともスザクは理解していた。助けに行くべきなのだろうが、今まで何もしていなかった自分が手を出してもいいものか。
 間違いなく、彼は自分がここにいることに気付いているはずだ。
「あいつが『助けてくれ』と口にすればいいだけなのに」
 しかし、ルルーシュが自分からそんな芹を口にするはずはない、と言うこともわかっている。彼自身のプライドの高さだけではなくこの地にいるもの達は、自分たちの敵だと認識しているからだろう。それも間違いではなかった、と言うこともわかっていた。
 自分だって、最初は彼を疎ましく思っていたのだし、とスザクはため息を吐く。
 結局は、どちらかが妥協をしなければいけない。でも、自分から折れるのはいやだ。自分にだって、プライドというものはあるのだし……とそんな風に悩んでいた時のことだ。
「さっさと死んじまえよ! このブリキ野郎!!」
 酔っぱらっているのだろうか。一人の男がルルーシュをさんざん罵倒しながら、その小さな体を殴りつけている。それだけならばいつものことだ。あきればやめるのではないか。そう思っていた。
 しかし、男はそれで満足できなかったのか――それとも拳が痛くなったからか――近くの家の壁に立てかけられていたバッドを取り上げる。それは、反則だろう、とスザクは思う。大人が本気であれを振り下ろせば、ルルーシュの細い腕なんて簡単に折れてしまうだろう。それなのに、周囲のSP達はルルーシュを守るどころか制止の言葉も口にしようとしなかった。
「お前!」
 その事実に、怒りが抑えきれない。
「いったい何をしている! それ以上のことは、この枢木スザクが許さない!!」
 ルルーシュをいじめていいのは自分だけだ!
 何故かそんな考えが心の中に浮かんでくる。
 しかし、今はそれを口にすることができない。そんな独占欲で御横の行為を止めたと周囲の者達に認識されるのは色々と不都合が出てくるのではないか。そう判断したのだ。
 何よりもルルーシュがいやがるに決まっている。だから、今は別の理由で諦めさせた方がいい。その程度のことであれば自分にだってできる。スザクはそう思っていた。
「……枢木の坊ちゃん……」
 バッドを振り上げていた男が呆然とした口調でスザクに呼びかけてくる。
「どうして止めるんです!」
 だが、すぐに不満そうな口調で問いかけてきた。
「そいつがブリタニアの皇子だからだよ!」
 だから止めた、とスザクは言い切る。
「ですから!」
「バットで殴れば、病院沙汰になるぞ。それがブリタニアに知れたら、まずいのはこっちの方じゃないのか?」
 それを口実に使われたらどうやって責任を取るつもりだ、と付け加えてやれば、男の頭もようやく冷えてきたらしい。その顔から血の気が失せていく。
 どうやら、自分がしたことで戦争が起こるかも知れない、とようやくわかったようだ。
 まったく、そのくらい考えてから行動しろよ……とスザクは心の中で吐き捨てた。子供の自分ですらわかる理屈が大人である目の前の男にわからないはずがないのだ。
「目障りだから、さっさと行け!」
 吐き捨てるようにそう口にする。
 本当はSP達にもそう言いたいところだが、彼らに対してはそんなセリフをぶつけるわけにはいかない。後で政府から何と命じられているのかは確認しておいた方がいいかも知れないが……とそう心の中にメモをしておく。
「大丈夫か?」
 それよりも今はルルーシュの様子を確認することのほうがスザクの中で優先度が高い。
 しかし、だ。
 ルルーシュはそんなスザクの問いかけには言葉を返そうとはしない。黙って立ち上がるとそのまま買い物かごの中を確認している。
「……お前……」
 そんな彼の様子に、スザクはあきれたような呟きを漏らす。
「買い物のことだけじゃなく、自分のことも心配したらどうだ?」
 ケガをしたら意味がないだろう、と言外に付け加える。
「……ケガは放っておいても治る」
 スザクの問いかけに、ルルーシュは静かに口を開く。
「でも、梨はまた売ってもらえるとは限らないからな」
 ナナリーが体調を崩しているし、と彼はさらに言葉を重ねた。その、男にしてはいはみなほどに整っている――と言っているのはスザクの周囲の女性達だ――顔に初めて感情が浮かぶ。それは妹を新米してのものだろうか。
「お前が無理をしても同じだと思うが?」
 自分のためにルルーシュがケガをしたと知れば絶対に悲しむだろう。スザクはそう言い返す。
「買い物なんて、あいつらにさせればいいのに」
 さらにこんなことも口にした。
「……あいつらはそんなことはしてくれないさ」
 途端に彼の表情が変わる。日憎げな笑みを浮かべるとルルーシュは言葉をはき出した。
「あいつらの役目は僕たちの見張りだ。勝手にどこかへ行こうとしたり死のうとしなければ何もしない」
 もちろん、何かあっても自分を助けることもしない……と乾いた笑いと共に口にする。さっきのようにな、とさりげなく付け加えた。むしろ、ケガをした方は勝手に出歩かなくていいとすら考えているのかも知れない。そんなことまで彼は言いきる。
 そんなことはない、とスザクは言い返したい。
 日本人はそこまで非情ではない、と思いたいのだ。
 だが、今まで目にしてきた光景を見ていれば、ルルーシュの方が正しいように思える。
「……わかった……」
 それに、父をはじめとした連中であればそのくらいぐらいやりかねない。息子だからこそ、そのくらいはわかってしまう。
 だからといって、自分が知らないところで同じようなことが繰り返されるのも気に入らない。ならば、とスザクは意を決した。
「これからは俺が買い物に付き合ってやる!」
 そうすれば、誰もルルーシュに手出しできないし、彼が無駄足を踏むこともなくなるだろう。我ながらグッドアイディアだ、とスザクは自画自賛をした。
「……君は何を考えているんだ?」
 だが、ルルーシュはあきれたような口調でこう問いかけてくる。
「君だって僕たちを『邪魔だ』と思っていたのではないか?」
 それなのに、どういう風の吹き回しだ? と彼は真っ直ぐにスザクを見つめてきた。
「邪魔だからと行ってケガをさせていいわけはない」
 それとこれとは別問題だ。第一、弱いものいじめなどもってのほかだ! とスザクは言い返す。
「第一、お前に何かあったらナナリーが悲しむじゃないか」
 彼女は守らなければいけない存在だ。だから、とも口にする。
「……それで、君にメリットがあると思えないが?」
 いったい自分たちに何を求めているのか……とルルーシュが問いかけてきた。いくら親切にされても、ブリタニアの機密は教えられないぞ、とも。どうやら、ゲンブあたりからそんなことを言われているのだろう。
「そんなの関係ない!」
 父は父で自分は自分だ。
 自分はやりたいからやるんだ! とスザクはルルーシュを怒鳴りつける。
「……何を言っているんだ、君は」
「うるさい! 俺がやると言ったら、やるんだ!」
 自分の身自分で守りこともできない――いや、彼の場合は守ろうとしないと言うべきか――奴は黙って守られていればいいのに。そう思うが、いくら綺麗な顔をしていてもルルーシュだって男だ。彼にも譲れない一線というものはあるはず。だから、そのくらいは我慢してやろうと思う。
「……なら、勝手にすればいい」
 自分も勝手にする、と口にしながらルルーシュはさっさと歩き出す。
「あぁ。勝手にする」
 この意地っ張り、と心の中で呟きながらスザクはルルーシュの隣を当然のように歩き出した。

 今思えば、これが二人にとって、本当のスタートラインだったのかも知れない。


以下、発行予定の本へと続く。