ぐるり、と周囲を見回す。
 明日、この部屋を後にしたら、もう戻ってくることはない。だから、せめて記憶の中に焼き付けておこう。そう思ったのだ。
「辛いか?」
 不意に、声がふってくる。その声がした方向へと視線を向ければ、暗がりの中から黄金の瞳が自分を見つめているのがわかった。
「いえ……しかたがないことです」
 何度の何度も、それこそ物心が付く頃から目の前の相手だけではなく父や母からも説明をされてきている。だから、理性では納得できていたはずだった。それでも『寂しい』と感じてしまうのは、あの妹をここに一人で残していかなければならないとわかっているからだろう。
「なら、何故泣いている?」
 言葉とともに、目の前の相手はゆっくりとルルーシュの方へと歩み寄ってきた。そうすれば、柔らかな曲線を持った女性の姿が光の中ではっきりと見える。
「泣いてなんていません」
 おそらく、この言葉が嘘だ……と言うこともばれているのだろう。
「私に、嘘を付いても無駄だぞ。お前の考えていることなど、お見通しだからな」
 予想通り、彼女はこう言ってくる。それにルルーシュは視線を揺らす。同時に、怒りすらわき上がってきた。こんな状況に自分を追い込んだのは彼女ではないか。そうも思うのだ。
「ルルーシュ……私を恨んでいいのだぞ」
 そうすれば、目の前の存在はこう言ってくる。
「私が何も言わなければ、お前は本来の立場でここにいることができたのだからな」
 それを許さなかったのは自分だ、とさらに彼女は言葉を重ねた。
「    」
 自分だけが呼ぶことを許された彼女の名前を、ルルーシュは唇に乗せる。
「貴方のせいではない。それは、私もわかっている。強すぎる力が生み出す不幸も、な」
 それでも、生まれ育った場所を離れなければならない寂しさと、体の不自由な妹を残していかなければならない不安を消せないのだ。ようやくルルーシュは自分の中に隠していた気持ちを口にする。
「ナナリーのことは心配するな」
 言葉とともに、彼女はそうっとルルーシュの体を抱きしめた。
「コーネリアは、誰よりも信頼が置ける人物だ。そして、あの男もちゃんと気を付けている」
 決して不幸にはしない。彼女はきっぱりとそういいきった。
 他の人間――それには父も含まれている――が口にしたセリフであるのならば信じる気にもなれない。だが、目の前の相手は違う。
 いったい、その瞳はどれだけの時間を見つめてきたのか。母や大叔父の言葉を信じるのであれば、彼女は二人が幼少の頃から少しも変わっていないのだという。言い伝えが正しいのであれば、ブリタニアがこの地に国を移す前、まだ、ブリテンを世慣れていた小さな島国の王であった頃から、今の姿のままで存在しているとか。
 そして、そんな彼女の《王》であった人物は、自分と同じような力を持っていたらしい。その王との約束を果たすために、彼女は今でもここに存在しているのだ、と聞いた。つまり、彼女は絶対に約束を違えない存在だと言うことだろう。
「……ナナリーを、必ず……」
 それがわかっていてもこう言ってしまうのは、自分が弱いからだろうか。
「わかっている。それに、いつか会える日も来る」
 だから、何も心配するな……と言う彼女に、ルルーシュは小さく頷いてみせる。
「それに、あの地ではお前の半身が待っている。絶対に、離れなくていい相手だ」
 もっとも、それはお前次第だが……と小さな声で彼女は笑う。そして、細い指でルルーシュの顔を上げさせた。
「大丈夫。お前も、絶対に幸せになれる」
 いや、ならなければいけない。言葉とともに、彼女はルルーシュの額に別れのキスを贈ってくれた。


 翌日、ブリタニア第三皇女ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは静養のために日本へと向かった。



以下、発行予定の本へと続く。
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