|
手を伸ばしても、指先は空を掴むだけだ。 目の前で、何かが壊れる音がする。 また、自分は間に合わなかった。 そんな思いが胸に広がる。同時に、目頭が熱くなった。 泣いてはいけないのに。そう考えて必死に溢れ出しそうになる涙を押し止めようとする。自分が泣けば、兄やみんなを悲しませてしまう。ただでさえ、自分はこんな体だから、周りの皆に迷惑をかけてしまうのに。 しかし、一度緩んでしまったたがはそう簡単に締め直すことは難しい。止める間もなく、ぽろり、と涙がこぼれ落ちてしまった。 「あっ」 小さな声が唇から飛び出す。 そのまま、何かを探そうとするかのように指先をさ迷わせた。 「ルルーシュ、どうしたの?」 一際輝きながら、耳慣れた声がルルーシュの意識を刺激してくる。 「カレン?」 夢にしてははっきりとしすぎている。ということは現実なのだろうか。そう考えながらその名を呼んだ。 「他に誰がいるの?」 苦笑混じりの声とともに温かな手が所在なさ気にさ迷っていたルルーシュの手をにぎりしめてくる。 「夢、を見ていたんだが……どこまでが夢なのか、わからなくなって……」 起きていても眠っていても自分の瞳に映るのは闇だけだ。だから、本当にこれが夢ではないとすぐには認識できない。今だって、カレンのぬくもりだけが夢ではないと教えてくれる唯一のものなのに。 「馬鹿ね」 言葉とともに、柔らかな胸に抱きしめられる。 「そう言うときは、遠慮なくあたしを呼べばいいでしょう?」 彼女はそう言って抱きしめる腕に力を込めた。 「そのために、あたしはあなたのそばにいるんだから」 だが、この言葉にルルーシュは素直にうなずけない。カレンが本当は、自分のそばにいるよりも仲間達と一緒にいる方を好んでいると知っているからだ。 「……ごめんなさい……」 せめて自分の目が見えていれば、カレンにもっと自由を与えられるのではないか。あるいは、彼がそばにいてくれるか、だ。 「なんで謝るの? ルルーシュが悪いわけじゃないのに」 それに、と彼女は続ける。 「あなたのそばにいるって言ったのはあたし自身よ。誰に頼まれたからでもないわ」 「しかし……本当はみんなのそばにいたんだろう?」 「いいの。それにみんなに頼まれているもの」 ルルーシュの言葉にカレンは明るい口調で言い返してきた。 「理由はちょっとむかつくのもあったけど、みんな、あんたを心配しているのよ? あんたが大切だから」 だから、と言葉を重ねる。 「……私のことがなければ、好きなだけ暴れられるのに?」 昔は自分をいじめていた者達を彼女達が追い払ってくれたのだ。 「それは内緒でしょ?」 苦笑とともにカレンは言い返してくる。 「一応、あたしは病弱なお嬢様、なんだから」 自分でも笑ってしまうけど、と彼女は笑う。 「でも、おかげでこうしていつでも一緒にいられるし……ルルーシュと一緒にいるのは大好きよ」 後で自慢をしてやろう。いったい誰に、とルルーシュは首をかしげる。仲間達ではないだろう。彼らには会おうと思えば会えるし、この程度ぐらいでうらやましがるとは思えない。 「あいつも、連絡ぐらいしてくればいいのに」 だが、この一言で想像がついてしまった。 「元気でいるかな」 全く情報が入ってこない。だから、時々不安になる。 「大丈夫よ。あいつは殺しても死なないもの」 だから、無事に決まっているでしょう。カレンは言外にそう付け加えた。 「もっとも、あの人は何かを知っているかもしれないけれど……でも、教えてくれないわね」 ため息とともに彼女はそうはき出す。 「あたしが知れば、絶対、ルルーシュにばれるもの。いずれは教えてくれるレしょうけど、それはまだ先のことだわ」 自分達の準備ができるその日まで、と言われてルルーシュはうなずく。 「そうだね。そのときまで、待っているだけか」 だが、それも自分も納得したことだ。ルルーシュはそういうと、カレンの胸に、そっと手を置く。次の瞬間、今までとは違った意味でため息がこぼれ落ちてしまう。 「ルルーシュ?」 「カレンの胸は大きくていいな」 自分と比べると雲泥の差だ。どうして、自分の胸はこんな風に育ってくれなかったのだろう。 「大丈夫よ。これから、まだまだ大きくなる可能性は残っているわ」 もっとも、と彼女はさらに言葉を重ねる。 「今みたいに、小鳥の餌ほどしか食べないならいつまで経っても変わらないわよ?」 痛いところを突かれた。そう思うと同時に、先ほどまでの不安が完全に消えていることをルルーシュは自覚する。 「ちゃんと食べてきちんと眠っていれば、それなりに大きくなると思うけど」 最初は自信ありげだったカレンの言葉が、最後には小さくなってしまった。 「そうだね」 それでも、彼女が心配してくれているのはわかるから、こう言ってうなずいた。 「……そう言えば、神楽耶様がこちらに来られるそうよ。こっそりと会いにいく?」 自分の失言を取り繕うとしたのか。カレンが不意にこう言ってきた。 「本当?」 だが、それはいやなことではない。むしろ嬉しいことだ。 「なら、他のみんなにも、会えるかもしれないね」 神楽耶が一人で来るとは思えない。当然、護衛の者がついてくるはずだ。その中に、知っている誰かがいたとしてもおかしくはないだろう。 「ナオトか扇あたりか?」 もっと適任者はいるが、彼らはブリタニア側に顔を知られている上に、犯罪者扱いされている。だから、こういうときには表に出るはずがない。 「……だったら、ついでにみんなのところに連れて行ってもらいましょうよ」 「そうできればいいな」 小さな声で呟く。 「大丈夫よ。あっちもそろそろ《ルルーシュ不足》になっているはずだもの」 連絡とってみるから、とカレンは笑った。 「後のことはあちらでお膳立てをしてくれるんじゃないかしら。不足分はルルーシュは何とかしてね」 「あぁ」 今の自分では周囲の様子はわからない。それでも、データーをもらえるなら何とかなるはずだ。それに、そのときはみんながフォローしてくれると思う。 「じゃ、そうしましょう。あなたも、外出は久しぶりになるんだし……気分転換は必要よね」 ここは安全だけど、と彼女は付け加える。 「そうかもしれない」 確かに、ここはエリア11の中では一番安全だと言っていい。それは、みんなが自分のためにこの場を作ってくれたからだ。しかし、そのために、どれだけの犠牲を払ったのだろうか。 「そんな表情をしないの。せっかくの美人がもったいないわ」 そう言いながら、カレンがルルーシュの額を軽くつつく。 「何しているの? 二人だけで」 そのときだ。頭の上からミレイの声が降ってくる。 「すみません……怖い夢を見たので……」 「あたしが慰めていたところです。この方が安心してくれるから」 そう言ってカレンはルルーシュを抱きしめる腕にさらに力を込めた。 「ルルちゃんの場合、それは仕方ないんだけど」 でも、と言いながらミレイはルルーシュをカレンから引きはがす。 「会長?」 何を、と恐怖すら覚えながらルルーシュは問いかける。 「そういう楽しいことは、私抜きでやらないの!」 そういうと同時に、彼女は自分の胸へルルーシュを引き寄せた。 「……ずるいです。あたしの方が先だったのに」 カレンがふてくされたような声音でそう言っている。 「いいでしょう? ルルちゃんはみんなのものよ」 文句あるの? と言い切るミレイに反論できる人間がどれだけいるだろうか。 「ルルーシュの面倒を見るのがあたしの楽しみなのに」 実力行使に出られない以上、ぶつぶつと文句を言うのが関の山らしい。 「なら、部屋に帰ってからにしなさいな。そのために、二人を同室にしているのだもの」 だから、生徒会室にいる間ぐらい、カレンは自重しろと言いたいのだろうか。 「第一、胸の大きさでは負けていないでしょう?」 「そういう問題じゃないです!」 「……胸の大きさの問題なら、私はルルーシュちゃんの面倒を見られないの?」 カガリだけではなく、部屋の隅でパソコンに向かっていたはずのニーナも口を挟んでくる。ルルーシュとしてみれば、ニーナの胸は――カレン達とは別の意味で――安心できる存在だ。だから、自分勝手かもしれないが、できればそのままでいて欲しいと思う。 「そう言っているわけじゃないのよ。ただ、カレンばっかりずるいって意味」 ルルーシュを独占して、とミレイは釈明の言葉を口にする。 「私はものじゃないんだけど……」 ため息とともにルルーシュは口を開く。 「ニーナがそばにいてくれるのも嬉しいし、シャーリーでも同じことを言うな。でも、さすがにリヴァルに抱きしめられるのは遠慮したい」 いろいろとまずいだろう。ルルーシュはため息とともにそう言った。 「当然でしょ」 カレンが力強く口にする。 「あんたは女の子で、あいつは男。そんなことが許されるはずがないわ」 いくら本人が『ルルーシュを好きだ』と言っても許せるはずがない。そう力説した。 「そうね。あいつじゃ釣り合わないわ」 「……そのときは、電撃ショックぐらいならしてもいいかな?」 さりげなく物騒なセリフを口にしたのはニーナなのだろうか。 「あれぇ。みんなおそろいで、ルルーシュをかまっているんですか?」 タイミングがいいのか悪いのか。ドアが開く音とともにリヴァルの脳天気な声が周囲に響く。 「いいなぁ。俺も混ぜてくださいよ」 しかし、このセリフだけはフォローできない。 「リヴァル!」 「セクハラよ、そのセリフは」 「リヴァル君、最低」 三人が同時に言葉を口にする。 「冗談ですよ〜! まぁ、階段上がるときとかは俺の出番でしょうけど」 力仕事なら、任せておけ。リヴァルはそう言う。 「そのときはシャーリーさんがルルーシュちゃんのこと連れて行くに決まっているでしょ?」 珍しくも即座に突っ込んだのはニーナだ。その事実に、誰もが一瞬言葉を失う。しかし、すぐに笑い声が響き出す。 「え? 何々? どうしたの?」 そこにシャーリーが飛び込んでくる。これで生徒会役員が全員そろった。 「内緒」 ミレイの腕の中からルルーシュはそう告げる。 「え〜! ずるい!!」 自分にも教えて欲しい。シャーリーはそう叫ぶ。その瞬間、他の者達から笑いが上がった。それが柔らかなさざ波となってルルーシュを包んでくれる。この場所はとても優しい。だから、失いたくないと思う。 同時に、ここが砂上の楼閣だと言うこともわかっている。 この優しい世界がいつ、壊れるか。 幸せだからこそ、その影で不安が大きくなっていく。しかし、今はそれから目を背けても許されるのではないか。いや、許して欲しい。ルルーシュはそう願っていた。 続きは本へ |