クロスロード
1
ここはいったいどこなのか。
知っているような場所なのにどこなのかがわからない。
「そもそも……俺は死んだはずだ」
スザクの剣に刺されて、とルルーシュはつぶやく。
それとも失敗したのか、と考える。だが、すぐにそれを否定した。
スザクが失敗するはずがない。彼の剣は自分の心臓を間違いなく貫いたはずだ。この胸の痛みがそれを伝えている。
では、どうして自分はここにいるのか。
「ここは……地獄か?」
それ以外に考えられない。そうつぶやきながら立ち上がる。
「それにしてはきれいすぎるようだが」
ため息を吐きながらルルーシュは周囲を見回した。そうすれば遠くに木立がみえる。
「アリエスにもあったな」
三本まとまった木の下に椅子を置いて何度も母やナナリーとお茶をした。たまにユーフェミア達が乱入しに来た、と続ける。そんな懐かしい場所も今は存在しない。
それを寂しく思ったこともある。
たった一発の爆弾がすべてを奪い去るとは思ってもみなかった。トウキョウ上空で爆発したときはアッシュフォード学園は微妙にずれていたし、と心の中で付け加える。
だが、ペンドラゴンの上空で爆発したフレイヤはすべてを奪い去ってしまった。優しかった母との思い出も、だ。母の本性を見た後では涙も出なかったが。
しかし、なぜか同じ場所にアフタヌーンティーのセットが準備されている。そして、人影が見えた。
「なぜ……」
ここにゼロがいるのか。真っ先に思い浮かんだのはそれだ。
ゼロはあちらにいるはず。そして、皆とともに平和を守るために働いているはずだ。
もし、ここが地獄だというのであれば、どうして彼がここにいる。彼の罪も彼に向けられた憎しみもすべて自分が背負ってきたはず。それなのになぜ、と思いながら相手をにらみつける。
「……お前は、誰だ」
なんとか声を絞り出すとそう口にした。
「まずは座りたまえ」
ゼロが静かな声でそう言ってくる。その声に聞き覚えがあるのは錯覚ではないだろう。しかし、それを確かめる勇気が今ひとつない。
仕方がなくルルーシュは指し示された椅子に座った。
頭の上に薄紫の花が咲き乱れている。その甘い香りが体を包む。と言うことは、今は初夏だろうか。
ルルーシュはそう考えて苦笑を浮かべる。
死んでしまった自分がそんなことを気にするとは思ってもみなかった。
そんなことを考えながら目の前の人物へと視線を向ける。
こいつはスザクではない。
では、誰なのか。そんな疑問がわき上がってくる。
他にゼロをやっていたのはC.C.だ。しかし彼女にしては体の線が違いすぎる。
では、いったい誰なのか。
「そんなに私の正体が気になるのかな?」
少なくともそれを態度に出したつもりはない。だが、目の前の相手にはわかっていたようだ。こう問いかけられる。
「気にならないはずがないだろう」
その仮面の下の貌が、とルルーシュは口にした。
「お前が何者かは知らない。それでも、その仮面をかぶっている以上、責任はとらなければいけない」
世界の平和を守るために、と続ける。その瞬間、相手が笑った。いや、まさしく爆笑というのが正しいのかもしれない。
「何がおかしい!」
「世界が変われば存在が変わるとは知っていたが……ここまで変わると笑うしかないな」
笑いながら彼は仮面に手をかける。
次の瞬間、仮面の下から現れたのは自分の顔だった。
「なっ」
信じられない、とルルーシュはその貌を見つめる。
「改めて自己紹介をしよう。ルルーシュ・ランペルージだ。君とは異世界のだがな」
異世界の自分と言われてもすぐには信じられない。だが、目の前に彼がいる以上、信じないわけにはいかないだろう。
「そして、世界に混乱をもたらす魔王だ」
ルルーシュの知らない貌で彼は笑うとそう告げる。
「魔王?」
それは比喩なのか。それとも、と思いながら相手の本心を探ろうと見つめた。
「信じられないかな?」
彼は笑みを消さないまま問いかけてくる。
「まぁ、それはそうだろうとは俺も思う。異世界とはいえ、自分と同じ存在が『人外』の存在だと言われて納得できる人間はそういないからな」
今までの《自分》もそうだった、と彼は続けた。
「俺以外もここに引っ張り込んだのか?」
「引っ張り込んだとはお言葉だな。落ちてきただけだよ」
自分は何もしていないと目の前の男は言う。
「俺がしていることは世界に混乱の種をまくことだけだ」
「混乱の種だと!」
またスザクやナナリー達に負担をかけるのか、とルルーシュは男をにらみつける。
「安心しろ。お前の世界には手を出さない。少なくとも今はな」
「どういう意味だ!」
「お前達の世界ではまだあの女が生きているのだろう? 俺はあいつにだけは手出しできない」
困ったことにな、と彼はため息をつく。
「あの女──C.C.には手出し出来ないと気づいたのは界を渡った後だったからな」
忌々しい、と彼は拳を握りしめるとテーブルを叩いた。その瞬間、音を立ててカップがひっくり返る。
「俺ともあろう者が、随分な行為だな」
せっかくのお茶がもったいない、とルルーシュは思わず口にしてしまう。
「あぁ、すまないな。あの女に振り回された日々を思い出してな」
「それに関しては同意だ」
あのピザ女、とルルーシュは歯の隙間から吐き捨てる。ただ一言なのにその言葉には彼の恨み辛みがしっかりと含まれていた。
「苦労したようだな」
彼がこう言ってくる。
「本当にあの女は人に迷惑しかかけない」
ため息とともに彼はそう続けた。
「だが、永遠の眠りについた人間についてあれこれ言うのは失礼なことだからな」
永遠の眠りと言うことは、とルルーシュは驚きを隠せない。
「死ねたのか……お前の所の彼女は」
自分の所の彼女は死を望んでも得られなかった。だが、個人的には彼女が生きていてくれて良かったと思うのだ。たとえどれだけ迷惑をかけられていようともだ。もっとも、それがスザクに向かうと思えば申し訳ないとしか言えないが。
「あいつは最初から死ぬ予定で俺にこれを押しつけたからな」
この契約を、と目の前の男は言う。そして、自分には生まれつき彼女を殺せる力が合った。それを使うことが契約の対価だった、と男は言葉を重ねる。
「まぁ、俺もこれを受け入れるだけの理由があったわけだが」
「……自分が死んだらナナリーはどうなる」
「あぁ、まさにそれだよ」
その思いだけが自分を生きながらえさせた。その結果、見なくてもいいことを見ることになった訳だが、と男は苦笑を浮かべる。
「こういうことだとは思わなかったよ」
まぁ、それも必要なことだったと今なら言えるが……と男は言う。父も母も納得して消えていった、と笑う。
「あの世界は今はいい。あいつらが平和な世界を作っているだろうからな」
俺は必要ない、と男は続けた。その声がどこか寂しげに聞こえるのは気のせいだろうか。
「だが、あの世界に混乱を与えるのが魔王C.C.としての俺の役目だ」
ルルーシュがそう考えていたときだ。男はさらに言葉を続ける。
「何をする気だ」
「難しいことではない。少しの間、君に俺の世界を見てもらおうと思っただけだよ」
そう言って男は笑みを深めた。
「意味がわからない。平和ならそこに異物を投げ込むことはないだろう」
「だから言っただろう。俺は世界にカオスをもたらす存在だと」
平穏なだけの世界はつまらないからね。男はそう言って笑う。
「君という異物を放り込んでカオスを引き起こす。その結果がどうなるか、楽しみだろう?」
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、と目の前の男は付け加える。
その瞬間だ。
いきなりルルーシュの体が宙に投げ出される。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「まぁ、楽しんできてくれ」
男の声が聞こえた。しかし、それにこたえる余裕はルルーシュにはなかった。
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