ぎゅっとしてね
スザクの事情
「……はぁ?」
スザクは父の顔を見つめると、思い切り息を吐き出す。
「いきなり何を言い出すんだよ。婚約なんて、神楽耶が結婚するまでできるはずないだろう?」
それは父も知っているはずだ。
「皇は関係ない」
それに対し、父はこう言い返してくる。
「これは日本にとっても重要なことだ。マルカル家と繋がることが出来れば、EUへのパイプが太くなる」
さらに彼はこう付け加えた。
「……別に、僕じゃなくてもいいじゃないですか」
むしろ、自分でない方がいい。スザクはそう判断する。
自分は皇に近すぎるだろう。そんな人間が反旗を翻すことはゆるされない、と考える人間の方が多いはずだ。
「儂の血をひく人間はお前しかおらん」
しかし、父はそうではないらしい。
「明日、先方との顔合わせがある。必ず家にいるように」
さらにこう付け加えてくれる。
「ずいぶん急ですね。僕の都合は無視ですか?」
ため息とともにスザクはそう言い返す。
「残念ですが、不可能です。明日は決勝ですから」
大会があったことも知らないのか、と言外に告げる。
「大会?」
「えぇ。優勝すれば強化選手に選ばれます」
準優勝ではだめだ。ため息混じりにそう続けた。
「父さんが『そうしろ』と言うのであれば、あきらめます。ただし、迷惑をかける人たちに父さんから説明してくださいね?」
自分は行く予定だったのだ。それを勝手に予定を割り込ませてきたのならば、その分のリスクも背負え。そんなことを考えながら父の顔をにらみつける。
「……時間は夜だ。秘書の一人をつける」
いくら何でも、それまでに試合は終わるだろう。父はそう言う。
「わからないよ。打ち上げだってあるし、その前の反省会はサボれない」
「……そうか」
スザクの言葉に父は何かを考え込むような表情を作る。
「ったく……だから、最初に確認しておけばいいのに」
予定の有無ぐらい、とスザクは呟いた。
「……明後日に延ばせるかどうか、確認しておこう」
流石に分が悪くなったと判断したのだろう。父はこう口にすると、そそくさと立ち上がる。
そのまま部屋を出て行く彼の背中を見送りながら、スザクは小さなため息をつく。
「本当に、何を考えているんだか」
それでも、相談できる時間が出来ただけマシなのだろう。そう考えることにした。
しかし、事態は予想外の展開を見せてくれた。
結局、見合い――というのだろうか――から逃れることが出来なかった。
しかし、だ。
いわゆる『ここから先は若い人同士で』という状況になったとき、爆弾が投下された。
「……私、好きな方がいるんです」
少女――レイラ・マルカルがいきなりこう言ってくる。
「はぁ」
いきなりそう言われて、どんな反応を返せというのか。
「その方も日本人で……その話が途中で変に伝わったんだと思います」
自分が日本人の男性と結婚したがっていると、と彼女は続けた。それに関してはよくあることだと言えるかもしれない。
「その方があなたとご親戚だと言うことも関係しているのかもしれません」
しかし、こちらは初耳だ。
「……誰ですか?」
親戚に自分と同じくらいの年齢の人間がいただろうか。
少なくとも、六家の本家筋にはいない。と言うことは分家だろう。
「……アキトですわ。日向アキト」
その言葉にスザクはようやく彼女の言う《親戚》の顔を思い出した。
「正確には枢木ではなく桐原の分家だけどね」
自分の母親は桐原の人間だから、親戚と言おうとすれば言える。
しかし、枢木ではない。
だから父がこんなことをやらかしてくれたのか、とスザクは納得する。
「それで? 僕にどうしろと?」
とりあえず、と問いかけた。
「今回の話、断っていただけませんか?」
即座にレイラがこう言い返してくる。
「それは無理だと思います。父が乗り気なので」
こちらから断るのは無理だ、と言外に告げた。本人がいやがっていてもあの父ならまとめかねない。
「とりあえず、帰ったらでいいです。アキトに言って桐原のじいさんに相談するように言っておいてください。ついでに、僕に連絡をよこすように、とも」
不本意だが、彼らの手を借りるしかない。スザクはそう判断して言葉を綴った。
「わかりました」
「後は……出来るだけだだをこねて時間稼ぎをすることですね」
その間に打開策を見つけるしかないだろう。
「こちらを説得しようとしてくるでしょうけど、流されないようにしてください」
「わかりました」
状況が理解できたのだろう。レイラはそう言って頷く。
「後は……出来れば神楽耶を味方につけてください。そうすれば、間違いなく何とかなります」
年下だが、そういうことに関しては大人顔負けだ。何よりも、親戚への影響力が違う。不本意だが頼るしかないだろう。
「……そうですか」
わかりました、とレイラは頷く。
「一番いいのは、さっさとあきらめてくれることなんだろうけど……」
「無理ですわね」
顔を見合わせると同時にため息が出る。
その後は、自分達の親に対する愚痴の言い合いだった。
結果として、スザクは交換留学という形で日本を逃げ出した。少なくとも、学生の間は時間稼ぎが出来るだろう。
後は、と父にメールを送りながら続ける。
「あいつがさっさと既成事実を作ってくれることを祈るか」
無理かもしれないが、とこっそりと呟く。
だが、レイラならばアキトを連れて逃げるぐらいのことはするだろう。そして、最後には自分の希望を叶えるに決まっている。
「恋愛ぐらい、自由にさせてよね」
そう呟くとスザクは携帯をしまう。そして、cartを引きずりながら歩き出した。
彼がとんでもない現実を目の当たりにするまで、後数時間だった。
14.08.29 up