ぎゅっとしてね
全ての始まり
「まいったなぁ、もう……」
スザクはそう言うとため息をつく。
「ちゃんと書類もあるのに、ここまで偏見がひどいとは思わなかった」
訳ありで日本を追い出されたあげく、留学先で寮には入れないとはどういうことか。
「こうなったら、最後の手段かな?」
出来れば鳥は苦はない。しかし、他に方法がない。
そう考えながら、携帯を取り出す。そして、先輩の携帯番号を呼び出そうとした。
その時だ。
腰に軽い衝撃を感じる。
「……子供?」
見れば、自分の腰に抱きつくような形で凍り付いている子供の存在が確認できた。その表情から判断して、
近づいてくることにすら気づかなかったなんて、と自分にあきれたくなった。
「大丈夫?」
それでも、それでダメージを負ったかもしれない相手の方を優先するべきだろう。そう考えて問いかけた。
「……うん」
一瞬目を丸くすると、子供――女の子だろうか――は首を縦に振ってみせる。だが、腰が抜けたのか。未だに立ち上がろうとはしない。
仕方がないな。心の中でそう呟くと腰を落とす。そして、子供の脇の下に手を差し入れた。
「なに?」
子供の体がこわばる。ひょっとしてこんなことをされたことがないのだろうか。そう思いながら小さな体を持ち上げる。そして、そっと地面に立たせた。
「けがはないね? お家の人は?」
出来るだけ優しい微笑みを浮かべながらこう問いかける。
しかし、その瞬間、子供の表情が曇った。
これはもしかしなくても、だろう。
「迷子か」
この言葉に子供の瞳に涙があふれ出す。
「あぁ、泣くなよ?」
慌ててスザクはそう言う。
「お家の人を探す手伝いをしてあげるから」
ね、と言えば子供は少し考え込むような表情を作る。しかし、すぐに首を横に振って見せた。
「いいの?」
遠慮しているのだろうか。
それとも、とスザクは考える。何か他の理由があるのか。
「それとも、誰か見つかりたくない人がいるのかな?」
この言葉に子供が大きな反応を見せた。と言うことは、それが正解なのだろう。
そう考えると同時に怒りがわいてくる。
いったい、どこのバカがこんな子供を狙っているというのか。
子供は大切に守られるべき存在なのに。
しかし、それは目の前の子供に言っても仕方がないことだ。
それよりも、と思う。
「電話番号かメールアドレスがわかるなら、連絡とれるんだけどね」
自分は携帯を持っているから、と続けた。
「ばんごう、わかる」
そうすれば、子供はこう言ってくる。
「なら、電話をかけてあげるよ。それとも、自分でやる?」
「かしてくれるの?」
「君なら大丈夫だと思うからね」
逃げたとしても捕獲するのは難しくないだろう。スザクは心の中だけでそう呟く。
「ありがとうございます」
子供はそう言うとぺこりと頭を下げる。
スザクが手にしていた携帯を差し出せば大切そうに受け取った。
「……あれ?」
しかし、すぐに驚いたような表情を作る。
「どうかした?」
何かまずいものでも表示していただろうか、とスザクは呟く。
「ううん。なんでもない」
そう言うと子供はためらうことなく携帯を操作し始めた。世界どこでも使えるとは言え、日本製の携帯は結構特殊な操作をしなければいけないと思うのに、迷う様子すらない。
あるいは身近に日本製を使っている人間がいるのだろうか。
「ぼく」
その間にも、どうやら目的の相手が出たらしい。子供――一人称から判断すれば男の子らしい――は声をかけている。
「うん、ぶじ。しんせつなひとといっしょ」
相手もはぐれた彼を心配していたらしいというのが会話だけでも十分に伝わってくる。
「うん。かわる」
言葉とともに携帯が返された。連れてきて欲しいのか、それとも待っていて欲しいのか。おそらくそのどちらかだろうと思いながら携帯を返してもらう。
「もしもし?」
そして、こう呼びかけた。
『もしかしなくてもスザク君よね?』
だが、携帯から聞こえてきたのは、聞き覚えのありすぎる声だった。
「……会長? この子の知り合いって、会長なんですか?」
なんていう偶然だ。だからと言って嬉しくないが。そう思いながら確認を求める。
『黒髪のかわいい子でしょう? うちのルルちゃんよ』
そうすれば、しっかりと肯定されてしまった。
『今から迎えに行きたいんだけど、どこにいるのかしら?』
どこと言われても、と思いながら周囲を見回す。しかし、目印になるものはない。
「アッシュフォード学園の寮から駅に向かって五分ほど歩いたところです」
仕方がないとそう告げる。
『近くに公園みたいな場所がある?』
「ありますね」
多分あれだろう。そう思えるものがあったので、素直に言葉を返す。
『じゃ、そこに入らないで反対側で待っていて。ルルちゃんはあまり丈夫じゃないから、絶対に日陰よ?』
相変わらずの口調で彼女はそう告げる。
「後半は了解しました。でも、前半は納得できませんね」
公園にはベンチがある。丈夫ではないというのであれば、あそこに座っている方がいいのではないか。
『目立つからよ。それはまずいの。詳しいことは合流してからにしてくれる?』
ルルの方の事情だ、とミレイが言外に告げてくる。
『ついでに、スザク君の方の事情もね。アッシュフォード学園の寮にどんな用事があったのかも含めて』
きっちりと白状してもらうわよ。そう告げる彼女にスザクは微苦笑を浮かべるしか出来ない。
「お手柔らかにお願いします」
その表情のままスザクはそう言い返した。
14.03.07 up