ぎゅっとしてね
小さなお家
アッシュフォードが用意してくれたのは、彼らの館から五分とかからないマンションの一室だ。一階だから、小さいながらも庭が付いている。
それについては文句はない。
問題は、だ。
「……ベッドが一つ? いいの?」
自分用のベッドがなくて、と言外に問いかける。
「いっしょだと、だめ?」
それにルルーシュが即座に聞き返してきた。
「時間が合わないかなって……ルルーシュが寝るときにはまだ僕は起きているし」
朝はいつも早いし、と続ける。
「……だいじょうぶです」
ルルーシュは少し考えた後でこう言ってきた。
「ならいいけど……だめなときにはちゃんと言うんだよ」
ため息とともにスザクは言葉を口にする。
今、自分が何を言ってもルルーシュは『大丈夫』としか言わないだろう。それならば、しばらく様子を見た方がいいのではないか。
「はい」
そんなことを考えていれば、ルルーシュが頷いているのが見える。
「じゃぁ、後はルルーシュの服をどこに置くかだね」
他のものは自分がメインになって片付けてもいいだろう。しかし、万が一を考えると服の場所は把握しておいてもらった方がいいのではないか。
「自分一人で着替えはまだ無理にしても、場所がわかれば手伝ってもらえるだろう?」
そう説明しておく。
「ぼく、おそそうはしないよ?」
すぐにルルーシュがこう言い返してきた。
「そっちは心配してないよ。でも、汗をかいたりするだろう? そう言うときはすぐに着替えた方がいいんだって聞いたからね」
「わかりました」
説明すればきちんと納得してくれる。こういう所は大人びているように感じられた。
それは誰かの教育によるものではないだろう。おそらく、自分の身を守るために自然と体得したのではないか。
自分はこうなれるのにどれだけの時間がかかっただろうか、とスザクは少しだけ遠い目をする。
同時に『本当に彼は何者なのか』と思う。
いずれ、教えてもらえるといいな。
スザクは心の中でそう付け加える。
今すぐと言わないのは、自分達の間にはまだ、それがゆるされるだけの信頼が育っていないと知っているからだ。
どうやら、なついてはもらえているようだが、と心の中だけで付け加えた。
しかし、その理由が未だにわからない。日本にいた頃はなつかれるどころか姿を見ただけで逃げ出されたのに、だ。
ブリタニアの子供だからかもしれない、とさらに付け加えたときだ。
「お食事の支度が出来ました」
入り口の方から声が響いてくる。
「もうそんな時間ですか?」
気がつかなかった、と呟きながら声の主へと視線を向けた。
「ありがとうございます、咲世子さん。今行きます」
アッシュフォードがつけてくれたメイドは意外なことに日本人だった。
それがスザクに気を遣ってくれたからか、それともルルーシュのためなのかはわからない。
だが、彼女が家事だけではなく護衛としても優秀なのだろうと言うことは立ち振る舞いから推測できた。
「行こう、ルルーシュ」
そう言いながら視線を戻す。
「……ようふくだけしまいたかった……」
ルルーシュが小さな声でそう告げる。
「ご飯食べてからにしよう?」
そんな彼に向かってスザクはこうささやく。
「スザクさん?」
「今日だけじゃなくて明日もあるからね。焦らなくてもいい」
午後もあるだろう、と微笑んでみせる。
「だから、ご飯が優先。でないと大きくなれないよ?」
こう付け加えれば、ルルーシュの表情がおもしろいように変化した。
「ごはん、たべます」
そして、最後にはこう口にする。
「いい子だね、ルルーシュは」
言葉とともにスザクは彼の頭をなでた。その瞬間、嬉しそうな笑みが返される。
「あっという間に仲良くなられたのですね」
「僕が男で、ルルーシュも男の子だからじゃないですか?」
スザクはそう言う。
「後、ルルーシュって騒がしいの苦手みたいだし……」
ミレイの行動に微妙にルルーシュの腰が引けていたことを思い出しながらそう付け加えた。
「……スザクさんは足音も立てられませんね、そう言えば」
さりげない口調で咲世子が言葉を綴る。
「そうでしたか? 武道をやっていた影響が出ていたかもしれません」
指摘されなければ気づかなかった。そう思いながらこう言い返す。ひょっとして、それはまずいことだろうなのか。
「気配まで消されていないのでよろしいかと」
やはりか。ひょっとしたら、自分よりも実力が上かもしれない。スザクはそう判断する。
「それにこの広さであれば、どこにいようと声が届くのではないでしょうか」
咲世子の言葉にスザクは納得した。確かに、今自分達がいる部屋ぐらいならばどこにいても声が聞こえるだろう。
そう。庭にいても、だ。
「……咲世子さん。お願いがあります。後で少し時間をいただけませんか?」
「かしこまりました」
即座に彼女はそう言い返してくる。
「スザクさん?」
どこか不満げな声が耳に届いた。
「ルルーシュがお昼寝している間のことだよ。僕が学校に行っている間のことも相談しておかないと」
後でちゃんと説明するから。そう続けた。
「……なかまはずれはない?」
「ないよ」
「ぜったいだよ」
「約束する」
必死になっている様子がかわいいな。そう思いながらもスザクは頷いて見せた。そうすれば、ルルーシュはほっとしたような表情になる。
「じゃ、ご飯にしよう」
「はい」
言葉とともにルルーシュが手を差し出してきた。それが何をねだっての行為なのかわからないはずがない。
「ルルーシュはかわいいな」
こう言いながら、スザクはその手をそっと握りしめた。
「鳴子ですか?」
スザクの話を聞き終わった咲世子がそう聞き返してくる。
「セキュリティシステムはしっかりとしていますが?」
「でも、電気でしょう? 万が一のことを考えると、アナログな手段も併用した方がいいかな、と」
おそらく、普通のセキュリティシステムはあちらも警戒しているだろう。だから、逆に引っかかるような気がする。
ついでに、ルルーシュが逃げだそうとしたときにもわかるのではないか。
「そういうことであれば協力させていただきます。鳴子の調達に数日いただけますか?」
「なら、当面は鈴にしましょう。音が鳴ればいいんですから」
「そうですね。では、そのようにさせていただきます」
スザクの言葉に咲世子もそう言って頷く。
「設置にはルルーシュにも手伝ってもらいましょう」
これで仲間はずれにならない。そう告げれば、咲世子は微笑んで見せた。
しかし、それが役立つ日が来るとは、この時はまだ誰も考えていなかった。
14.05.30 up