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ぎゅっとしてね

学校に行こう


「スザクさん、がっこう?」
 アッシュフォード学園の制服に身を包んだまま朝食の席に着けば、ルルーシュがそう問いかけてくる。
「うん」
 言葉を返せば、彼は少し寂しそうな表情になった。
「今日は手続きだけだから、早く帰れると思うけど」
 スザクはそう言って微笑む。
「咲世子さんも一緒だから寂しくないだろう?」
「……うん……でも、スザクさんもいっしょがいい……」
 ここまでなついてくれたのは嬉しいと言っていいのだろうか。
「学校は行かないといけないから……帰ってきたら、たくさん一緒にいようね」
 それで我慢してくれないかな、と思いながら口にする。
「こちらでは部活に入る予定はないから、授業さえ終われば帰ってこられるよ……ミレイさんさえ何もしなければ」
 後半は小声で付け加えた。それでも二人にはしっかりと聞こえたらしい。
「……ミレイなら、やるかも……」
「お嬢様ならあり得ますね」
 二人とも即座に頷いて見せる。彼らがそう断言する暗い、ミレイは傍若無人を繰り返していたのだろうか。 「スザクさん、はやくかえってきてね。ルーベンにもたのんでおくから」
 ルルーシュはしっかりとした口調でそう言った。
「伯爵のお手を煩わせたくはないんだけど……でも、ルルーシュのためなら聞いてくれるのかな」
 子供のわがままを受け入れるほどルーベンは甘くはないと思うが、と心の中で呟きながらも、スザクは言葉を返す。
 だが、ルルーシュと彼らの関係が未だにわからない以上、うかつなことは言えない。咲世子さんのこと一つとっても異例と言えば異例かもしれないが。
 子守ならばともかく、ここまで優秀なメイドを三歳児の専属にするとは、スザクの常識では考えられない。
 だが、彼らにしてみればそれだけルルーシュという存在が大切なのだろう。
 実際、咲世子がいてくれて助かっている。日本語でも通用するというのは嬉しいのだ。
『当面は帰宅部かな』
 ぼそっとスザクはそう呟く。
『そうしていただければ助かります。せめて、ルルーシュさまが落ち着かれるまで』
 即座に咲世子が日本語で返してくれる。
「なにをはなしてるの?」
 自分だけ内容がわからないからか。ルルーシュがこう問いかけてきた。
「ブリタニア語だと何と言えばわからない言葉?」
「こちらにはない習慣ですので、スザクさんがお知りにならなくても当然です」
 咲世子が即座にそう言い返す。 「スザクさん、そろそろお出にならないと。ルルーシュさまには、私が説明をさせていただきます」
 この言葉に時計を見れば、確かにそろそろ出かけないとまずい時間だった。
「お願いします。出来るだけ早く帰ってくるから」
 前者は咲世子さんに後者はルルーシュに向けて告げる。
「……はやくかえってきてね。ぼく、まってるから」
「うん、わかってる」
 何というか。これで奥さんがいれば父親と子供の会話に聞こえる。それに違和感を感じなくなってきているのはまずいのではないか。
 でも、ルルーシュはかわいいし。何よりも、誰かが待っていてくれるという状況がいやではない。
「じゃ、行ってくるね」
 そんなことを考えながらも、スザクは鞄に手を伸ばした。

 アッシュフォード学園の本校まで、マンションから走って十五分ほどだ。スザクにしてみれば微妙に物足りない距離ではある。だが、その分、他の時間に走ればいいか。心の中でそう呟く。
「後は……ミレイさんに見つからないといいんだけど」
 無理だとはわかっていても、そう言わずにいられない。
「今日は必要なものを買いに行きたいし」
 さらにこう続ける。
「本人に言えば?」
 脇からいきなり突っ込みが入った。もっとも、その声には聞き覚えがある。
「君が見なかったことにしてくれればいいと思うんだけど、リヴァル」
 苦笑とともに視線を向けた。
「だから、遅いって。もうばれてる」
「……どういうこと?」
 嫌な予感を覚えつつ聞き返す。
「俺はただの使いっ走り。会長が連れてこいってさ」
 どうやらどこからか彼女は監視していたらしい。
「じゃ、怒られて」
 こうなれば逃走するに限る。
「えっ?」
 そのままその場から駆け出す。
「スザク!」
「ミレイさんには今日はルルと約束があるからだめなんだって言っておいて!」
 慌てて手を伸ばしてくるリヴァルにこう言うと、そのままその場を後にする。
 多分、スザクのそんな行動は予想していたはずだ。ただ、リヴァルの反射神経よりもスザクのそれの方が上だっただけだろう。リヴァルの手が空を切った。
「ちょっと待てって!」
「聞く耳もてない!」
 何が何でも自分は手続きが終わり次第帰らなければいけないのだ。
 だから捕まるわけにはいかない。
「だから、あきらめて!」
 そのまま全速で目的地へと向かう。事前に校内の地図を頭に入れておいてよかった、と心の中だけで付け加えた。
「ミレイさんが管理棟にいる可能性はあるけどね」
 その時はその時だ。そう考えると人の隙間を縫いながら進行方向を変える。
 あと少しで管理棟に着く。
 その時、入り口の所に立っている人影を二つ、見つけた。
「……やっぱり……」
 どうして、こういうときだけ素早いのか。そう思わずにいられない。
「他にやることがあるだろうに」
 少しずつ速度を落としながらそう付け加えた。
「いっそ、このまま駆け込んじゃおうか」
 ミレイに声をかけられる前に、と続ける。
 おそらく、彼女のことだ。それはわかっているだろう。だから、足を引っかけることぐらいはするのではないか。
 しかし、事前にわかっていれば避けることは難しくない。軽やかなステップでミレイの足をよける。そのまま、開け放たれていた入り口を駆け抜けた。
「すみません。手続きをお願いします」
 言葉とともに持ってきた書類を受付に差し出す。
「中にお入りください」
 そう言われた瞬間、スザクは『勝った』と思う。
「ちょっと、スザク君!」
「今日は早く帰るって約束したんです」
 背中を追いかけてきたミレイの声にそう言い返す。
「ルルとの約束だけは破れません!」
 さらにそう付け加えた。
「……あの子からも頼まれている。お前はあきらめて授業に行きなさい」
 ミレイの肩に手を置くとルーベンがそう言う。
「せっかく、歓迎会の準備をしてたのに!」
 ミレイの叫びが玄関ホールに虚しく響く。
「ルルーシュを優先しろ言ったのはミレイさんですよ?」
「あの子の希望は最優先だろう」
 二人がかりで却下されてしまったミレイだった。

 手続きが終わった頃を見計らって、正門前にルルーシュが来ていたとは、まだ知らないスザクだった。




14.06.13 up
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