ぎゅっとしてね
歓迎できぬ訪問者
買い物から帰ってくれば、ドアの前に人影が確認できた。
ブリタニアでの知り合いは学校関係者しかいない。だが、その誰とも体型が違う。
「……誰かな」
かすかに眉根を寄せてそう呟く。
「咲世子さん、知っていますか?」
あの人を、と小声で問いかける。
「間近でお目にかかったことはありませんが……おそらくはルルーシュさまの姉君のどなたかと」
「ルルーシュのお姉さん?」
そう言いながらスザクは腕の中で熟睡中の彼へと視線を移す。
「……年齢、離れてない?」
きょうだいと言うよりは叔母と甥と言った方が正しいのではないか。
「確か、あの方はミレイ様より年上ですから……」
と言うことは、最低でも自分より2歳は年上だと言うことか。ミレイとの年齢差を考えてスザクはとっさにそう計算する。
つまり、ルルーシュの姉は成人していると言うことだ。
母親――それが後妻だとしても――が死んだ幼い子供を引き取るのに何の問題もないはず。
しかし、現実としてルルーシュの保護者はルーベンだ。
そのあたりに違和感を感じない人間がいるだろうか。
「……とりあえず、僕としては関わり合いになりたくないんだけど」
そう言うわけにはいかないのだろう。そう呟いてため息を漏らす。
「旦那様に連絡を?」
「お願いします」
その言葉に咲世子は頷く。
「とりあえずルルーシュをベッドに寝かせてあげないと」
まずはそれが最優先だ。
そう判断をしてスザクは足を進める。
「人の部屋の前で何をしておいででしょうか」
そして、咲世子がルルーシュの姉だという人物に向かって声をかけた。
「……貴様……私が誰か、知らないのか?」
即座にこう言い返される。
「残念ですが、僕は日本からの留学生です。こちらに来て、まだ一月と経っていません」
それが何か? と相手の目をまっすぐに見つめながら問いかけた。
「……貴様は……」
「そう言うわけですので、どいてください。部屋に入れません」
例え相手が皇族だろうとかまうものか。そう思いながら付け加える。
「いい度胸だな、貴様は」
「名乗りもしない、初対面の相手を見下す。それって、この前たたきのめしたバカと同じ態度ですね」
それとも、とスザクは続けた。
「この国では、他国の人間に危害を加えてもかまわないと考えておられるのですか?」
だとするなら、最低ですね。さらにそう付け加える。
「ルルーシュには泣かれるかもしれませんが、帰国の準備をしないと。そのままEUに留学してもいいですね」
これは口から出任せだ。EU何かに行ったら今まで以上にがんじがらめになるだけだろう。
もっとも、目の前の相手がそれを知っているはずがない。
「……スザクさん、どこかにいっちゃうの?」
今までの会話で目を覚ましてしまったのか。それともまだ眠いのか。ルルーシュがどこか泣きそうな声でこう言ってくる。
「かあさんみたいに、ぼくをおいて?」
「……その人次第だよ」
そう言いながら、スザクはルルーシュに女性の顔が見えるように体の位置を変えた。
「……コゥ、ねえさま」
次の瞬間、彼はスザクの腕の中で体をこわばらせる。
「ルルーシュ? 怖いの?」
反射的にこう問いかけた。
「……ねえさま、ひとり?」
それにルルーシュはこう言い返してきた。
「少なくとも、他に気配はないと思うけど……」
「安心しろ。ダールトンもギルフォードも置いてきた」
スザクの言葉を遮るように彼女はこう言ってくる。
「だから、話がしたい。お前と」
「……ぼくは、おはなしすること、ないです」
もう、と彼は付け加えた。
「ぼくはもう、ねえさまたちとはかんけいのないにんげんだ。ちちうえがそうおっしゃいました」
だから、話はしない。彼はそう言葉を重ねた。
「ルルーシュ!」
「ぼくのかぞくはルーベンとミレイとスザクさんです」
こう言うと、ルルーシュはスザクの肩に顔を埋める。それだけではない。両手で自分の耳を塞いだ。これ以上に明確な拒否の反応はあるだろうか。
「ルルーシュがこう言っています。すみませんが、お帰りください」
どのような事情があるのかは知らない。それでも、まだ幼いルルーシュがここまで言うのだ。これ以上彼女にそばにいて欲しくない。
「だが……」
「ルルーシュのためになりません」
スザクはさらに言葉を重ねる。
「あなたがどのような身分の方であろうとも、僕には関係ありません。それに、僕はルルーシュの味方ですから」
きっぱりとそう告げれば、目の前の女性は怒りを向けてくる。しかし、それはすぐに消えた。
「だが、私はそれの姉だ」
代わりにこう言い返してくる。
「ですが、お父上が『二度と接触しないように』とお命じになられましたよ、コーネリア様」
「……ルーベン……」
よほど急いで駆けつけてきたのか。ルーベンの服は普段着とわかる。
「お戻りください。今ならばお目にかからなかったことに出来ます」
だが、と彼は続けた。
「わがままをおっしゃるのでしたら、父君に報告しますぞ」
「しかし、私はルルーシュを……」
「何よりも、それがルルーシュさまのおためです。スザク君がいてくれているからこそ、安全とは言え、あなたがここを訪れたとなればバカがまた騒ぎましょう」
そうなれば、ルルーシュの命を守れないかもしれない。それでもいいのか。
ルーベンが言外にそう告げた。
そのまま二人がにらみ合う。だが、先に視線をそらしたのはコーネリアの方だった。
「……私達はあきらめぬ。覚えておけ」
こう言い残すと、彼女はきびすを返す。そのまままっすぐに歩き出した。
「ルーベン……」
その足音が聞こえなくなったところでルルーシュが彼に呼びかける。
「大丈夫です、ルルーシュさま」
ルーベンがそう声をかけてきた。そうすればルルーシュは顔を上げる。彼の表情は三歳の子供が浮かべるようなものではなかった。もっと年上の、人生にあきらめてしまっているような人間が浮かべるものだと言っていい。
「……引っ越す?」
その表情を見た瞬間、スザクは思わずこう言ってしまう。
「スザク君?」
「それならば、もう二度と会わなくてすむんじゃないかな?」
ルーベンの言葉には答えを返さず、こう続ける。あるいは、これが答えになるのではないか。
「……いいの?」
ルルーシュがそう問いかけてくる。
「その方が安心できるだろう?」
しかし、完全に情報をシャットアウトできるだろうか。
「……考えてみよう」
ルーベンの言葉でようやくルルーシュの顔に安堵の色が浮かぶ。
それにしても、本当にルルーシュって何者なのだろうか。自分はそれを知らないままでいいのか、とスザクは心の中で呟いていた。
14.07.11 up