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ぎゅっとしてね

絵本



「お荷物が届いておりました」
 そう言いながら咲世子がA4サイズぐらいのつつみを差し出してくる。
「ありがとうございます」
 お礼の言葉を口にしながらスザクはそれを受け取った。そして、差出人を確認する。
「神楽耶?」
 そこに書かれていた名前に反射的に顔をしかめた。自分がここにいることをまだゲンブに伝えていない。婚約話が完全に立ち消えになるまでは教えるつもりもないのだ。
 だから、桐原とのやりとりも間にワンクッション置いている。
 神楽耶もそれは知っているはずなのにどうして、と思ったのだ。
 だが、それよりも先に確認しなければいけないことがある。
「何を送ってきたんだ?」
 そう呟くと素早く包みを開く。
「……絵本?」
 小さな頃から何度も目にしていた柔らかなイラストが表紙を飾っているそれは自分も何度も読み返したものだ。
 しかし、だ。
「これならブリタニア語のがあるはずだろう」
 なのに、何故、日本語のものをわざわざ送りつけてきたのだろうか。
「それはルルーシュさまがお好きなお話しの日本語版ですね」
 スザクのわきから彼の手元を覗き込んできた咲世子がそう告げる。
「それならば、ルルーシュさまは筋をご存じですし、日本語の学習にはぴったりかもしれません」
 さらに続けられた言葉で、スザクにも神楽耶の意図が理解できた。
「その前にひらがなとカタカナの本を送ってくれればいいのに」
 まずはそれからだろう、とスザクは思う。
「それならば、スザクさんがお作りになればよろしいのではありませんか?」
「……僕?」
 まぁ、確かにそのくらいはちょっと手間をかければ出来ることだ。パソコンがあれば難しくはない。
「プリンターってありましたっけ」
 確認するようにそう問いかけた。
「書庫に会ったかと思います。なくても、すぐにご用意できますが?」
 どうしますか、と咲世子が聞き返してくる。
「ないときには、ミレイさんに頼んで学校のを使わせてもらいます」
 万が一のときを考えればものはあまり増やさない方がいいだろう。
「いっそ、カード作りを協力してもらってもいいかな」
 代わりにルルーシュの動画データーを渡せばいいのではないか。
「とりあえず、ルルーシュにこれを見せようか」
 まずは彼が日本語を覚えたいのかどうか。それを確認してからだろう。
「ルルーシュさまはリビングにいらっしゃいます」
 即座に咲世子がこう告げる。
「ありがとう」
 言葉とともにスザクは絵本片手に立ち上がった。

 絵本を見たルルーシュの反応は予想以上だった。
「これ、にっぽんのじ?」
 そう言いながらスザクを見上げてくる。
「そうだよ」
 うなずき返せば、ルルーシュは改めて文字を見つめた。
「なんてかいてあるの?」
 当然読めなかったのだろう。彼はそう問いかけてくる。
「日本語でいいの?」
「にほんごがききたい!」
 そう言うならかまわないか。そう思ってスザクはまず、ルルーシュを膝の上に座らせた。そして、彼にも見えるような位置で絵本を開く。
「大きな大きな木の下に小さな小さなお家がありました」
 そしてゆっくりと読み始める。それをルルーシュは静かに聞いていた。
 ページをめくるたびに首がかしげられるのは、きっと、話の筋を思い出しているからだろう。
 それを待ってからそのページの分を音読していく。
 その繰り返しでようやく最後のページまで進んだ。
「にほんごってふしぎなおとだね」
 こう言いながらルルーシュがスザクの胸に背中を預けてくる。
「そうかな?」
 自分は聞き慣れているから当然のように思えるのかな、と思いつつ聞き返す。
「でも、すき」
 ルルーシュがそう言って笑う。
「ぼくもはなせる?」
 さらに彼はこう問いかけてきた。
「話せるようになるよ」
「よむのは?」
 これは難しい問題だ、と思う。
「ひらがなとカタカナはすぐかな?」
 問題は、とスザクはため息をつく。
「漢字は覚えるのに少し時間がかかると思うよ」
 日本人の自分ですら全て覚えているわけではない。読むことは出来ても書くことが出来ない漢字というのは結構あるのだ。
「ひらがなとカタカナとかんじ?」
「日本語には文字の形が三種類あるんだよ。読み方となるともっとたくさんあるね」
 世界で一番複雑な言語らしい。何でも、女子高生がメールで使っていた表記は普通の暗号よりも複雑らしいし。確かに、自分も読めないことがあったな、とスザクは苦笑とともに思い出す。
「でも、日本人でも全部覚えているわけじゃないから。とりあえずはひらがなとカタカナを覚えよう。そうすれば、読める本はたくさんあるから」
 漢字にふりがなが振ってあるものもある。それで覚えればいいし。
「でも、ルルーシュが本当に覚えたいなら、だよ?」
 この言葉にルルーシュは少し首をかしげる。
「がんばればおぼえられる?」
「もちろんだよ」
 そう言えば彼は嬉しそうに笑った。
「とりあえず、最初にルルーシュの名前を教えてあげるね」
 言葉とともにスザクはペンを取り出す。
「本に名前を書いてあげるから。まずはひらがなかな」
 最後のページにひらがなで【るるーしゅ】と大きく書く。
「これが『る』?」
 二つ並んでいるからわかりやすいのか。ルルーシュが期待に満ちた視線とともに問いかけてきた。
「そうだよ。カタカナだとこうだね」
 ひらがなの下にカタカナで【ルルーシュ】と書く。
「これがカタカナ? ぜんぜんちがうね」
「元になった漢字が違うからね」
 たしかと思いながらメモ帳を引き寄せる。そしてひらがなの【る】のわきに【留】を、カタカナの【ル】のわきに【流】と書いた。
「……かたちがぜんぜんちがう……」
「でも、どちらも『る』という読み方もあるんだよ」
 他にもたくさん、と付け加える。
「あんごうみたいでおもしろい!」
 もっと教えてと伝えてくる彼に、スザクは笑みを返した。

 カードに関してはミレイが張り切って作ってくれた。しかし、それがつかえるものだったかどうかは別問題だとだけ言っておこう。




14.10.11 up
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