ぎゅっとしてね
散歩
朝、学校に行く前にルルーシュと一緒に近所を散歩することは最近の日課になっている。
それはルルーシュに体力をつけさせるのが目的で始めた日課だ。しかし、それ以外の目的も増えてきている。
「スザクさん、あれ、なにかな?」
そう言いながらルルーシュが塀の上から顔を覗かせている花を指さした。
「あれはエンジェルストランペットかな……」
大きなラッパ状の花を見つめながらスザクはそう言い返す。
「きれい」
ルルーシュはそう言って微笑む。
「そうだね。でも、近くに行ってみようと考えちゃだめだよ」
その笑顔は可愛いから曇らせるのは本意ではないのだけど、と思いながらスザクは口を開く。
「どうして?」
「毒があるから。触ったぐらいなら大丈夫だけど、手を洗わないまま口に入れたりしたらだめだったはずだよ。特に種は絶対に食べたりしちゃだめ」
アルカロイド系の毒があったと聞いた覚えがある。だから、とスザクは続けた。
「きれいだからね。見るのはいいけど、触っちゃだめ。約束してね」
さらに念を押すようにこう言う。
「わかった」
普段から聞き分けのいい子供だからだろうか。ルルーシュはあっさりと頷いて見せる。
「きれいなおはなもじつはこわいね」
「全部じゃないよ」
ルルーシュの言葉にスザクはそう言い返す。
「多分、あまりに摘まれたり食べられたりしたせいで絶滅しかけたことがあるんだろうな」
それらから身を守るために毒をまとうようになったのだろう。もっとも、それは何百年――いや、何千年という時間の流れの中で起きた進化だと思う。
「バラにとげがあるのも同じ理由じゃないかな」
この言葉で、ルルーシュは納得したのだろうか。
「おはなもつまれるのはいやなんだ」
「きっとね」
植物に感情があるかどうかはわからないけどね、と苦笑とともにスザクは続けた。
「じゃ、おへやにかざれないね」
そう来るか。ルルーシュの言葉にスザクは『しまった』と思う。
「でも、お花だって『きれいだ』って言ってもらえれば嬉しいだろうし、全部摘まなければいいと思うよ」
これで納得してくれればいいのだが。そう思いながら言葉を綴る。
「それに、お店で売っているようなお花は、最初から飾ってもらうために専門に作っている人がいるからね」
何よりも、とスザクは微笑む。
「咲世子さんがルルーシュに危ないものを近づけるはずがないだろう?」
この言葉に、ルルーシュは一瞬目を丸くする。どうやら、それに関して考えたことはないらしい。
「さよこさんなら、そうだよね」
だが、すぐにほっとしたような表情で頷いている。
「と言うところで行こうか。そうしないとシェリーの散歩に間に合わないよ」
この言葉にルルーシュの表情が大きく変わった。
「いそぐの」
そして早足で歩き始める。
ちなみに、シェリーというのは、最近ルルーシュがご執心のアフガンハウンドだ。日本では珍しい部類のあの犬種も、居住環境が違うブリタニアではよく見かける。
そして、その飼い主はルーベンも認めるくらいルルーシュにとって安全な人物らしい。だから、スザクもこうしてルルーシュを促すのだ。
「ちゃんと足元を見ないと転ぶよ」
そんな彼に一応注意をしておく。もちろん、無駄だろうとは思っていた。
「あっ」
実際、彼は目に見えない何かにつまずいてバランスを崩す。
「ほら」
すぐに手を差し出すとスザクは彼の小さな体を支える。
「気を付けて、って言ったでしょ?」
小さな笑い声とともに彼の体を一度持ち上げた。そして、慎重に地面に下ろす。
「心配だから、手をつないでいこうね」
スザクが手を伸ばせば、ルルーシュは素直に握りかえしてくれる。
「うん」
今度は慎重な足取りで進んでいく彼の様子にスザクは小さな笑みを浮かべた。
本当は今いる家でペットを飼えればいいのだろう。
しかし、次にまた、いつ急な引っ越しがあるかわからない。
何よりも、自分は未だに動物に嫌われまくっているのだ。一緒に暮らすのは難しいと判断できる。
だから、ルルーシュに危害を加えずに、なおかつペットと戯れるのを許可してくれる人物は重要なのだ。
「ジェレミアさんが待っていてくれるといいね」
そう言いながら交差点の角を曲がる。
「シェリー!」
そこには純白の毛並みをした彼女が飼い主と一緒に立っていた。
「約束はちゃんと守るんだよ」
スザクはそう言うとつないでいた手を離す。
そうすれば、ルルーシュはまっすぐにシェリーの元へと歩み寄っていく。
シェリーの方も心得たもので、飼い主の顔を見てからルルーシュの方へと優雅に近づいてきた。
ルルーシュの少し前で止まるとシェリーは挨拶をするようにその頬をなめる。
「おはよう、シェリー」
それに嬉しそうな笑みを浮かべると、ルルーシュは手を伸ばしてその首筋をなでた。
「ジェレミア卿、おはようございます」
ルルーシュの様子を横目に見ながら、スザクはシェリーの飼い主へと声をかける。
「あぁ」
それに彼は小さく頷くことで応えてくれた。
「毎朝、すみません」
彼は辺境伯で騎士なのだと聞いたことがある。そんな人物がわざわざ自分でペットの散歩などしなくてもいいのではないか。
しかし、毎日こうして付き合ってくれるのは、きっと、こちらの事情をおもんばかってのことだろう。
あるいは、ルーベンが話をつけてくれたのかもしれない。
「気にするな」
彼は短くそう言い返すだけだ。
「シェリーも喜んでいる。それで十分だ」
それにスザクは苦笑を浮かべる。
「ルルーシュもシェリーしか目に入っていないようです」
ジェレミアに目も向けないあたり筋金入りかもしれない。
「何か動物を飼ってやればどうだ?」
ジェレミアがかすかに目元を和らげながら問いかけてくる。
「ルルーシュだけならばいいのでしょうが、僕がいると嫌われるんですよ。シェリーにも警戒されていますし」
少し動いただけで視線を向けられる。それはいつものこととは言え、こういうときには困るかもしれないな、と心の中だけで呟いた。
「難しい問題だな」
「そうですね」
「まぁ、いい。今しばらくは私も時間がとれる。その間に何かいい方法はないか、考えてみよう」
ジェレミアの言葉にスザクは小さく頷く。
「お願いします」
好意は受け取っておくべきだろう。問題は、とスザクは意識を切り返す。
「どうやってルルーシュを連れ帰りましょうね」
放っておくといつまでもシェリーにまとわりついている。そんな彼をなだめて連れ帰るというのが、今のスザクにとって最大の難問だと言っていい。
「……そうだな」
がんばれ、とジェレミアは苦笑を向けてくる。それにスザクは小さなため息をついた。
その後、ルルーシュを連れて帰るまで三十分ほどかかった。そのせいでスザクが学校まで全力疾走する羽目になったのはたいしたことではなかった、と言うことにしておこう。
14.10.11 up