ぎゅっとしてね
ご機嫌斜め
今日は朝からルルーシュの機嫌が悪い。
「……珍しいね」
声をかけても振り向いてくれない彼に、スザクはそう呟く。
「僕、何かしたかな?」
ため息とともに振り向くと咲世子にそう問いかける。
「ご安心ください。スザクさんが原因ではありません」
そうすれば、彼女は即座にこう答えてくれた。
「そうなんですか?」
では、どうしてルルーシュの機嫌が悪いのだろうか。咲世子が彼の機嫌を損ねるようなことはないだろうし、とスザクは首をかしげる。
「ご自分が悪いとわかっていても納得できないようで」
咲世子は声を潜めるとこう教えてくれた。
つまり、何かミスをしたのだろうが、それを認めたくないのだろう。きっと、自分では『出来る』と信じていたことなのだろうな、とスザクは心の中だけで呟く。
「ルルーシュはプライドが高いですからね」
そう言うところも可愛いのだが、と小声で付け加えた。
「とりあえず、この場はお任せしてもかまいませんか?」
時計を見ながら咲世子が申し訳なさそうに告げる。確かにそろそろ朝食の準備をしてもらわないとまずいだろう。
「わかりました」
「そばにいていただけるだけで十分ですから」
この場をスザクにだけ任せるのを申し訳なく思ったのか。彼女はさらにこう言ってきた。
「大丈夫ですよ」
確かにルルーシュの機嫌は悪い。だが、自分や神楽耶の子供の頃に比べればかなりましだ。
「では」
そう言うと咲世子はキッチンへと向かう。それを確認してから再びルルーシュへと視線を戻す。
「ルルーシュ。散歩に行かない?」
無理だろうな、と思いながら言葉をかける。
「今日はシェリーに会えるんじゃないかな?」
いつもなら無条件で飛びついてくる提案にも、ルルーシュは首を横に振って見せただけだ。
「そうか。残念だな。じゃ、僕だけでも会いに行ってこよう」
そう告げるとスザクは体の向きを変える。そして、ゆっくりと足を踏み出した。
「だめ!」
次の瞬間、スザクの腰を衝撃が襲う。その正体が何なのかは確認しなくてもわかった。
「どうして?」
振り向きながら腰に抱きついている小さな頭に問いかけの言葉を落とす。
「一緒に行けばいいだけでしょう?」
「それは、や、なの」
ルルーシュは即座にこう言い返してくる。
「どうして?」
もう一度同じ問いかけを口にした。
「ずるいから」
しかし、これは予想の斜め上を行く答えだった。
「ずるいって、僕が?」
「ちがう。シェリー」
何故そうなるのだろうか。
「……シェリーは僕よりもルルーシュの方が好きだろう?」
「ぼくは、シェリーよりスザクさんのほうがすきだもん」
面と向かって言われると嬉しいと同じくらい気恥ずかしさを感じてしまうのはどうしてだろう。
「だから?」
そんなことを考えながら、さらに言葉を促す。
「シェリーがぼくよりもスザクさんをすきになったらこまるの」
その言葉にスザクは自分の頬が赤くなるのがわかった。それを悟られないように慌てて天井を見上げる。
「大丈夫だよ。僕は動物には嫌われるからね」
それを克服できなければ一流とは言えない、と師匠に言われていたっけ。スザクは不意にそんなことを思い出す。
「それよりも、ご機嫌は治ったの?」
思い出したように聞いてみた。
「……さいしょから、わるくないもん……」
それにルルーシュはこう答える。
「でも、咲世子さんがうるさいから……」
この年の子供だから、やはり少し反抗期のようなものがあるのだろう。それでも、ルルーシュのそれはかなり自制されている。咲世子にわがままを言ったのは甘えているからに違いない。スザクはそう判断する。
「ルルーシュのことを考えて注意してくれるんだからね」
少し厳しいかもしれないが、と思いながらもスザクは言葉を綴った。
実際、自分がルルーシュと同じくらいの年齢のときにはどうだったかと言われたら、もう、裸足で逃げ出すしかない。
それでも今は分別も付いているし、年長者として少しはいいところを見せたいと思うのだ。
「謝らなくてもいいけど、次からはもう少しちゃんと話を聞くんだよ」
こう言えば、彼は小さく頷いて見せる。
「じゃ、ご飯を食べに行こうか」
それにルルーシュは少し考えるようなそぶりを見せた。おそらく咲世子の反応が気になっているのだろう。
「食べないと、それこそ咲世子さんにあれこれ言われるよ」
この言葉にルルーシュは嫌そうな表情を作る。これは後一押しだろう。
「一緒に行こう?」
言葉とともに彼の肩を軽く叩く。そうすれば、ルルーシュは小さく頷いて見せた。
テーブルの上には温かな料理が並んでいる。それを確認してスザクはまずルルーシュを座らせた。そして、自分も席に座る。
「いただきます」
言葉とともにすぐにスザクはパンに手を伸ばした。
ルルーシュは挨拶はしない。それはきっと、まだすねているという意思表示なのだろう。本当に何があったのだろうか。
それでもきちんと食事をしているだけいいのだろうと判断する。
「明日はお散歩に行かないとね」
ルルーシュが必死に口を動かしている様子を見ながらスザクはこう言う。
「きっと、シェリーもジェレミアさんも心配しているよ」
そう言えば彼は食べる手を止めた。そのまましばらく何かを考え込みような表情を作る。それでも、やがて小さく頷いて見せた。
「いい子だね」
微笑みとともにスザクはそう口にする。
「いいこじゃないもん」
口の中のものを飲み込んでルルーシュはそう言い返してきた。
「僕はいい子だと思うなぁ」
さらにこう言えば、ルルーシュは視線をそらす。
「だから、もう少しわがままを言ってもいいんだよ?」
ね、と言いながらスザクはルルーシュのほっぺたに付いていたパンくずを取ってやる。
「だから、何かあったときにはちゃんと話してね」
この言葉にルルーシュは小さな返事を口にしてくれた。
「……それで、原因は何だったんです?」
咲世子にそう問いかける。
「ルルーシュさまの脳内にあるイメージと実際に描かれた絵のギャップが予想以上に大きかったようです」
あぁ、なるほど……とスザクは頷く。
「運動と違ってそちらは才能がありそうですけどね」
「えぇ。大きくなられればきっと、うまく描かれると思います」
だが、ルルーシュに取ってみれば『今』でなければいけないのだろう。
「他のことに興味を移させるべきでしょうね」
さて、どうするべきか。スザクは難問に対する答えを考えることにした。
15.01.31 up