ぎゅっとしてね
兄
ジェレミアが案内してくれたのは私的な談話室だろうか。表向きのそれとは違いものはいいが実用的な家具が置かれている。
だが、それよりも気になったのは、すでにそこに客らしき人物がいたことだ。
「……お客様ですか?」
彼の顔に見覚えがあるような気がするのは錯覚ではないだろう。そう思いながらスザクはジェレミアに問いかけた。
「君のね」
即座に彼は答えを返してくる。
「僕の、ですか?」
いったい彼が自分にどのような用事があるというのだろうか。
「そう、君だよ。枢木スザク君」
自分たちの会話が聞こえていたのだろう。彼が口を挟んでくる。同時にゆっくりと立ち上がった。
大きいな。
真っ先に彼に対して抱いた感想がこれである。おそらく二メートル近くあるはずだ。
それでも動きがなめらかに見えるのは、指先まで注意を払っているからだろう。
「初めまして。私はシュナイゼル……ルルーシュの異母兄になる」
そんなことを考えていれば、とんでもないセリフが耳に届いた。
「ルルーシュのお兄さん?」
まさか、と思う。
それならば、どうして彼はあんな風に隠れなければいけないのか。
「正式には名乗れないがね」
苦笑ですら美しいと思えるのは反則だろう。そんな感想を抱く表情を浮かべてシュナイゼルはうなずいてみせる。
「もし、正式にあの子が私たちの《弟》だとしれれば、今以上にあの子は狙われる。それだけは避けたくてね」
本人には寂しい思いをさせているが、と彼は続けた。
「コーネリアさん達にも『ルルーシュに会わないように』と伝えたのは?」
「あの子達はルルーシュが大好きだからね。大好きすぎて毎日でも押しかけかねない。そうなれば、あの子の命を狙っている者達をおびき寄せかねないだろう?」
もっとも、とシュナイゼルはため息をつく。
あちらの執念にはそんな気遣いすらも凌駕されてしまったが。
「本当に、あの子のそばにいてくれたのが君でなければ、今頃どうなっていたことか」
彼は眉尻を下げながらそう告げる。
「なぜ、ルルーシュは狙われるんですか?」
スザクは一番の疑問をぶつけた。
「その前に、二人とも座ってください。その方がゆっくりと話ができるのではありませんか?」
ようやく我に返ったのか。それとも、単にタイミングを見計らっていたのか。ジェレミアが口を挟んでくる。
「あぁ、そうだね」
シュナイゼルがそう言ってうなずく。そのまま彼はスザクへと視線を向けてきた。
「失礼なことをしてしまったね。こちらがお願いをする立場なのに」
「いえ。あなたのお立場であればそれが当然でしょう」
言外に自分が彼の地位も知っているとスザクは告げる。
「あぁ、そうだったね。君は皇の一員だった」
そしてクルルギの、とシュナイゼルはうなずく。
「こちらの事情を多少は知っていると考えていいのかな?」
さらに彼はこう続けた。
「皇妃方の名前と表に出ている方の名前ぐらいは。後は、あなたと第一皇子殿下のお顔ぐらいですね」
スザクはそう言い返す。
「……なるほど。それでコゥには反応しなかったわけだね」
「可能性の一つとしては考えていましたが」
ただ、とスザクは続けた。
「できればルルーシュの口から聞きたいなとそう思っていただけです」
その前にタイムリミットが来るかもしれない。それならばそれでかまわないとも考えていた。
だから、ある意味、残念と言えば残念だ。そう心の中で付け加える。
「……あの子にしても話せれば話していただろうね」
おそらくだが、とシュナイゼルは微笑んだ。
「たまにルーベンが届けてくれるあの子からの最近の手紙には、君のことしか書かれていないしね」
少し妬けるね、と彼は続ける。
「普段顔を合わせているのが僕と咲世子さんだけだからでしょう、それは」
うかつに彼を怒らせてあれこれされるとまずい。そんなことを考えながらスザクは慌てて口を開く。
「だといいのだが」
シュナイゼルはそう言い返してきた。
「それで、今回、わざわざおいでになったのはどうしてでしょうか。説明だけならば通信でも十分だと思いますが?」
ここに来ることで危険度が跳ね上がるだろう、と言外に問いかけてみる。
「今、私を殺せば国内が大混乱だからね。だからこそ、ルルーシュが狙われている訳だが」
困ったものだ、と彼はため息をつく。
「……ルルーシュはまだ、何の影響力も持っていませんよね?」
「あの子本人はね。なくなられたあの子の母君は違うが」
彼女は平民や軍人にもっとも愛されていた皇妃だ。そう言われて一つの名前が思い浮かぶ。
「閃光のマリアンヌ様?」
つぶやくようにその名を口にすればシュナイゼルが驚いたように目を見開く。
「知っているのかね?」
「お名前と騎士としての活躍だけは」
皇妃になったことも大きなニュースになったから一応は記憶の中にある。しかし、前者ほどのインパクトはない。そう続けた。
「お子様が生まれていたことも知りませんでした」
少なくとも自分は、と付け加える。
桐原あたりであればそれ以上のことも知っていた可能性はあるだろう。ただ、自分に教える必要はないと判断されただけだ。
「ルルーシュはあの方のお子だよ。私たちの末弟になる」
ただ、と彼は小さなため息をつく。
「マリアンヌ様は平民出身だからね。強力な後ろ盾はない。アッシュフォードだけではあの子を守り切れないと陛下が判断された」
だから、ルルーシュはアッシュフォードの遠縁の子どもとして皇籍を離れたのだ。シュナイゼルはそう教えてくれた。
「多くの者達はそれで手を引いてくれたのだがね」
自分の母も含めて、と彼はいらだちを隠そうともせずにはき出す。
「まぁ、母やコゥ達の母君をはじめとした后はあくまでもポーズだったろうね。彼女たちが動くことで他の者達は手出しできない部分もあった」
そして、ルルーシュが皇族ではなくなったところで彼女たちが手を出す理由はなくなったのだ。
「……今手を出している人たちの理由は?」
「逆恨みだよ。子を産めなかったと言うね。自分たちが陛下の寵を引き留める努力をしなかったというのに、あきれた方々だ」
自尊心のために幼子を傷付けてもいいと考えている女性に魅力を感じられないのは当然ではないか。スザクはそう思うのだが、他の者達は違うのだろうか。
「流石に君を巻き込んだと言うことで、それなりの処分はさせてもらうよ」
「うちの家名が役立ちましたか」
「残念なことにね。それがなかったとしても思いとどまってくれれば良かったものを」
それができなかった以上、きちんと責任はとってもらわなければ。そう言ってシュナイゼルは笑みの色を変える。
「だが、まだあきらめない方もいるだろうからね。最後の手段を執らざるを得ないだろう」
すぐに表情を変えると彼はため息をつく。
「皇の許可はいただいた。後は君の意思次第だよ」
「何でしょうか」
彼の言葉にスザクは居住まいを正す。
「あの子を連れて日本に戻ってくれないかな? あちらであればあの子の髪の色も目立たないだろう?」
ブリタニア人で黒髪なのはあの子くらいだから。シュナイゼルはそう続けた。おそらく、そのせいでルルーシュの居場所がばれたのだろう。
「……ルルーシュが『行く』と言ってくれたなら」
だから、スザクはそう言い返した。
数日後。スザクはルルーシュと共に日本へと向かった。
15.06.13 up