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ぎゅっとしてね

幼稚園



 日本に来て一年近くがたった。
「と言うことで、日本語も不自由しなくなったし……幼稚園に通ってみようか」
 春のある日、スザクにいきなりこう言われてルルーシュは驚く。
「ようちえん?」
 それは何なのだろうか。そう思いながらスザクを見上げる。
「君と同じくらいの年齢の子ども達が通っている場所だよ」
 学校なのかな、一応。スザクは首をかしげながらそう言った。
「内容はルルーシュには物足りないとは思うけど、日本語の練習と友達作りにちょうどいいかなって」
 友達の存在は確かに気になる。しかしだ。
「スザクさんも、いっしょ?」
 そう問いかける。
「さすがにそれは無理だね」
 自分が行くのは大学だ、とスザクは苦笑を浮かべる。
「でも、行く時間と帰る時間は一緒にできるよ」
 うちで一人で待っている時間がなくなるよ、と彼は続けた。
 確かに、一人で本を読んでいるにもあきた。
 咲世子も一緒に来てくれてはいる。しかし、日本に来てから、彼女は一人で外出することもあるのだ。そうすれば、自分はこの部屋に一人だ。
 以前は、それが普通だった。だから、なんとも思わなかった。
 だが、今は一人でいるのは寂しいと感じてしまう。
「ごほん、よめる?」
 とりあえず、一番興味のあることができるかどうか。それを確認する。
「できると思うよ」
 そのための時間もあるはずだ。スザクはそう教えてくれる。
「でも、もっと楽しいことがあるかもしれないよ?」
 彼はさらにそう言葉を重ねた。
「何事も経験してみないとわからないこともあるだろうし」
 その言葉にルルーシュは小さくうなずく。確かにそうだと思ったのだ。
「お試しもあるみたいだしね。だめならばだめでいいからね」
 無理はしなくていいよ、とスザクは続ける。
「ただ、ここの幼稚園にはブリタニア人の先生がいるらしいんだよね」
 さらりと告げられ言葉にルルーシュは目を丸くした。
「ブリタニアじん?」
「そう。日本人と結婚したんだって」
 だからこの国で先生をしているのか、とルルーシュは納得する。
 あるいは、スザクがそういう先生のいる幼稚園を探してきてくれたのかもしれない。
 そんな彼の気持ちを無駄にするのはいけないのではないか。それに、お試しがあるのならばそれだけでもやってみていいだろう。
 母が死んでから止っていた時間をスザクが動かしてくれた。
 今度は自分が一歩を踏み出すときなのではないか。
「いってみる」
 そう考えてこう言う。
「いい子だね、ルルーシュ」
 言葉と共にスザクはルルーシュの頭をなでてくれた。

 しかし、同じ年の子ども達がここまで騒がしいものだとは思わなかった。
「ルルーシュ君、どうしたのかな?」
 反射的にカーテンの影に隠れた彼に向かってこのクラスの教師だという男が問いかけてくる。
「怖くないよ?」
 誰も怖いとは思っていない。
 ただ、こんなに騒がしい空間というものを経験したのは初めて名だけだ。そう言いたいのに言葉が出てこない。
「大丈夫。みんな、新しいお友達が来てはしゃいでいるだけだし」
 あれで、とブリタニア語でつぶやいてしまう。
「それまでにしておきなさい、要」
 その時だ。柔らかな声が耳に届く。
 視線を向ければ、浅黒い肌に銀色の髪の女性が苦笑を浮かべながらこちらを見つめている。
「その子は初めて同じ年の子ども達とふれあうと調査票に書かれてあっただろう。それに、言葉もまだ完全ではないと。今日明日はそうっと様子を見ておいた方がいい」
「ヴィレッタ……」
「そういうわけで、その子のことは私に任せておきなさい。元ブリタニア人だから、言葉に問題はない」
 そうだろう、と彼女は笑う。その笑みがどこか死んだ母に似ているような気がするのは錯覚だろうか。
 同時に彼女が《ブリタニア人》だと言うならば、おそらくエリア1の血が入っているのだろうと推測する。
 彼の地はブリタニアに併合された時期が早いから、血が混じっていてもさほど差別を受けることはない。その多くが平民だと言うことも理由の一つだろう。
 逆に低くとも貴族──主に騎士候だ──の地位にある者達は皆優秀な存在らしい。『力こそが正義』と言うブリタニアの国是を体現する者達として尊敬されているとも聞いた。
 では、彼女はどうなのだろうか。ふっとそんなことも考えてしまう。
「どうかしたのかな?」
 ヴィレッタが微笑みながらこう聞いてくる。
「せんせい、しせいがきれい」
 反射的に出たセリフがこれだった。
「かあさんににてます」
 ここまで口に出して、どうして彼女と母を重ねたのかようやく理解できた。
「お母さんに?」
「はい……でも、もうあえないけど」
 もし、母が今でも生きていればそんなことは考えなかっただろう。同時に、そうだったならばスザクに会えなかったのだ。
 どちらがいいのか。
 そう考えてもわからない。
「……そう」
 ヴィレッタは余計なことは聞かない。代わりにそっと手を伸ばしてルルーシュの頭をなでてくれた。

「いい先生のようだね」
 ヴィレッタの話を聞いてスザクがそう言ってくる。そんな彼の手を握り返すことでルルーシュは同意の意を伝えた。
「明日も行けそう?」
 幼稚園に、と付け加えながらスザクがルルーシュの体を抱き上げる。
「たぶん」
 明日になって気持ちが変わるかもしれない。その時はきちんとそう言おう。ルルーシュはそんなことを考えていた。




15.09.26 up
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