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ぎゅっとしてね

絵本



 なんだかんだと言って、ルルーシュの登園は続いていた。
 もちろん、子ども達の騒がしさになれたわけではない。面白半分に近づいてくる者達には辟易しているのも事実だ。
 それでも通っているのはあの次の日にヴィレッタから紹介された存在があるからだ。
「ロロ君、アーニャちゃん。この子がルルーシュ君よ」
 初登園の翌日、スザクに送られて渋々幼稚園へと向かったルルーシュの前に二人の子どもが押し出されてくる。
 その容姿から判断して彼等もブリタニア人だろう。しかも、自分よりも年下だ。
 でもなぜ、と思いながらヴィレッタを見上げる。
「この二人は在日ブリタニア軍人の子どもよ。日本の風習を覚えさせたいというのでここに通っている」
 柔らかな声音で彼女は説明を開始した。
「まぁ、もっと端的に言えば、この子達の親は私の昔の同僚で……その縁で押しつけられたとも言う」
 どうもあちらの教育にはなじめないらしい。そう彼女は続ける。
「この子達も日本語は苦手なの。一緒に練習してくれるかな?」
 ルルーシュの顔をのぞき込みながら彼女はそう言った。
 どうしたらいいのだろう。
 助けを求めるようにスザクを見上げる。
「ルルーシュが決めていいよ」
 それに気がついたのだろう。彼は微笑みながらこう言う。
「ルルーシュももうじき五つだしね」
 一つお兄さんになるんだから、とさらに言葉を重ねられた。
「うん。ぼく、おにいさんになるの」
 だが、それは事実だから素直にうなずく。
「……ぼくでいいの?」
 それからロロ達に向かってこう問いかけた。
「Yes」
「I think so, too.」
 即座に二人はこう言い返してくる。
「こら。二人とも、お約束は?」
 それにヴィレッタが注意をした。
「幼稚園ではできるだけ日本語でお話をする約束でしょう?」
 この言葉に二人は『しまった』と言う表情を作る。どうやら無意識にブリタニア語を使っていたようだ。
「ルルーシュ君はできるだけ日本語でお話をしてね」
 その言葉にルルーシュは小さくうなずく。
「大丈夫だね、ルルーシュ」
 スザクが問いかけてくる。 「うん」
 大丈夫、とルルーシュは言い返す。
「いつもの時間に迎えに来るからね」
「わかってる」
 待ってるから、と笑顔で言い返した。
「だから、おべんきょう、がんばってね」
 スザクが自分のためにあれこれと我慢してくれていることもわかっている。だから、こう続けた。
「ルルーシュもね」
 言葉と共にスザクはルルーシュの頭をなでてくれた。そのままヴィレッタに小さく会釈をする。
「じゃ、いってくるね」
 そう言うと彼は離れていく。遠ざかっていく背中を見ていると寂しくなる。だが、自分よりも年下の人間の前で涙を見せるのはなんか違うような気がする。そう考えて必死にこらえた。
「さて。三人とも、教室に行こうか」
 ヴレッタがそう促してくる。それにルルーシュは小さく首を縦に振って見せた。

 二人と一緒にいるようになったからか。同じ年の子ども達があまり近づかなくなった。
 はっきり言って、それはありがたい。
 こうしてゆっくりと絵本を読めるのだ。
「じ、わかるの?」
 アーニャが日本語で問いかけてくる。それはきっとまだ使い慣れていないからだろう。
「スザクさんがおしえてくれた。ひらがなとカタカナはぜんぶよめるよ」
 漢字は簡単なものしかわからない。今はまだそれで十分だ、とスザクは笑っていたがもう少し覚えてもう少し難しい本を読みたいと思う。
 でも、絵本は見ていて楽しいというのも事実だしと考えれば今のままでもいいような気がする。
「……これ、ブリタニアごだとどんなおはなしになるの?」
 ロロがこう問いかけてくる。
「ところどころ、わからないことばがあったの」
 さらにこう付け加えられた。
「わかった」
 確かにそれでは楽しめないか。そう判断をしてルルーシュは日本語とブリタニア語を交互に読むことにした。自分もそうやって文字を覚えたのだから、きっと正しいやり方なのだろう。
 問題はうまく翻訳ができるかどうかだ。
 だが、難しい言葉はないからなんとかなるはず、と自分に言い聞かせる。
「じゃ、よむね。ブリタニアごとにほんごのじゅんだよ」
 ルルーシュはそう言うとまた絵本を開く。
 ロロとアーニャはそんな彼の膝の上にある本をのぞき込んできた。

 しかし、どうしてこうなったのだろう。
 新しい絵本を音読しながらルルーシュは心の中でそうつぶやく。
 気がつけばルルーシュの周囲には他の子ども達までが集まってきている。そして、普段は騒がしいメンバーまで静かに聞いているのだ。
 なぜ、彼等がこうしているのか。その理由がわからない。
 わからないが、聞いてくれるならばいいのではないか。
 先生達も『やめなさい』とは言わないし、と心の中で付け加える。
 それに、こんな風に静かにしていてくれるならば彼らの存在も煩わしくない。
 何よりも、これでブリタニアに興味を持ってくれる人間が出るかもしれないのだ。そう考えれば次々と『読め』と言って差し出される本も妥協できる。
 押しつけられる本があまりにも数が多くなれば、扇やヴィレッタが適当に意識をそらしてくれるというのは、ちゃんと見ていてくれているからだろう。
 でも、やっぱり本は一人で静かに読みたい。
 そうも考えてしまう。
「……せんせい」
 今日の分を読み終わったところでルルーシュは扇に声をかける。
「ぼくだけごよんよむの、つかれます」
 そういえば、彼は少し考え込むような表情を作った。
「みんな、ルルーシュ君がご本読むのを楽しみにしているよ?」
 それでも、すぐにこう言ってくる。
「でも、のどがいたくなります」
 三人だけならばそんなに声を大きくしなくても良かったが、今の人数では大声を出さなければいけない。だから、と主張した。
「おうちかえるとこえがでません。おうちでおはなしできないのは、いやです」
 なんとかしてほしい、と言外に続ける。
「……どうしても?」
「もう、や、です」
 ロロとアーニャだけならば最初に約束したからかまわないが、と付け加えた。
「せんせい、よんでください」
 そうすればすべて解決するのではないか。そう言う。
「みんなが興味があるのはブリタニア語だからなぁ」
 困った、と扇はつぶやく。どうやら、彼はこのままルルーシュに本を読ませたいらしい。
「あしたから、よみません」
 スザクに相談して、読まなくていい理由を考えてもらおう。ルルーシュは心の中でそうつぶやく。
「ルルーシュ君」
 それとも幼稚園を休もうか。だが、せっかく友達ができたと思ったのに、とそれもためらう。
 どうしよう。何度目になるかわからないつぶやきを漏らした。その時だ。
「あなたが頑張ってブリタニア語で訳せばいいだけだろう」
 ヴィレッタが丸めた紙で扇の頭をたたきながら言葉を挟んできた。
「あるいは、私が読んであなたが連絡帳をチェックするかだ。どちらにしろ、これ以上子どもに負担をかけるな」
「……ヴィレッタ……」
「紙芝居を読む回数を増やせばいいだろう?」
 さらに彼女は言葉を重ねる。どうやら、この二人の力関係はヴィレッタに軍配が上がるらしい。
 ブリタニア軍人の女性は強いのだろうか。
 新たな疑問がわき上がってくるルルーシュだった。
 もちろん、その答えはルルーシュだけではなくスザクも持っていなかったが。




15.10.10 up
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