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ぎゅっとしてね

訪問者



「明日、幼稚園休んでくれるかな?」
 不意にスザクがこう言ってくる。
「なにかあるの?」
 絵本を読まないと宣言したばかりだから、ルルーシュとしてはかまわない。でも、いきなりどうしたのだろうか。
「従妹が来るんだよね。どうせなら平日じゃなく休日に来ればいいのに」
 こっちの都合も考えてほしいよ、とスザクはため息をついてみせる。
「そういうわがままが通る立場にある。周囲もいさめないしね」
 それではだめだろう、と彼はつぶやく。
「僕も昔はそれなりだったけど、たたき直してくれた人がいるから。でも、あいつには誰もいない。困ったものだね」
 スザクの言葉で真っ先にルルーシュの脳裏に思い浮かんだのは母だ。
 物心ついたときから、彼女は常に『自分がされていやなことは他の人にしてはだめよ』と教えてくれた。
 しかし、だ。
 父をはじめとした兄姉達は逆に『もっと振り回してもいいんだよ。その権利がお前にはある』と言う。そのたびに彼等は母に怒られていた。
 しつけをしないことと甘やかすことは違う。
 母が父をはじめとする者達に言っていたセリフだ。
 きっとそれがスザクが口にしていることと同じことなのだろう。
「そういうわけだから、ひょっとしたらいやな思いをするかもしれない。でも、その時は我慢しなくていいからね」
 むしろ我慢しないでくれ、と彼は続けた。
「スザクさん?」
「言っては何だけど、今のルルーシュは小さな子どもだから。多少礼儀に外れた行動も、それですべて片がつく」
 日本では『七つまでは神のうち』と言う言葉がある。今は民間では忘れ去られていることが多いが、一種の神職にある皇や枢木では今でも言われていることだ。
 そういう理由からルルーシュの言葉はある意味神託とも言える。
「そして、子どもにそう言われるような態度しかとれないと言うことは、神楽耶の考えが恥ずかしいと言うことなんだよ」
 だから、遠慮はするな。スザクはそう言って笑った。
「一度、あの天狗の鼻をたたき折らないと。そこで終わってしまう」
 この言葉にルルーシュは小さくうなずく。
「がまんしません」
 そしてこう続ける。
「咲世子さんもさりげなく嫌みを言ってください。できればブリタニア語で」
 スザクは壁際に立っていた彼女に向かってもこう言う。
「よろしいのですか?」
 使用人の立場としてはそう問いかけてくるしかない。
「ルルーシュへの教育という意味でだめ出しをお願いします。ブリタニア語なら一応、配慮していることになりますから」
 子どものしつけはその場で、と言う名目が立つ。スザクはそう言って笑った。
「ついでに根回しはすんでいます。さすがの桐原公も今の神楽耶の言動は目に余るようで」
 この言葉に咲世子がうなずく。
「わかりました。それでは遠慮なく」
 どうやら彼女も『教育のためだ』と理解したようだ。
 主をいさめるのもそば仕えの役目、と咲世子は考えているらしい。そして、ブリタニアでは上級使用人に関しては、それが認められている。
 あるいは、スザクはその従妹のそばにいる者達も教育したいのかもしれない。
「……スザクさんもいそがしいね」
 日本に帰ってきてからは特に、とルルーシュはつぶやく。それでもブリタニアにいたときと変わらない時間、そばにいてくれるのはどこかで無理をしているからではないか。
「全くだよ。縁を切ったはずなのにね」
 実家とは、とスザクはため息をついてみせる。
「まぁ、これが終われば後は放置してもかまわないから……そうなったら、遊園地にでも行こうね」
 水族館か動物園もいいな、と彼がつぶやいているのが耳に届く。
「たのしそう」
 そういうところならばスザクも無条件で楽しんでくれるのではないか。ルルーシュはそう思う。
「だろう? 写真もたくさん撮ろうな」
 言葉と共にスザクはルルーシュの髪をなでてくれた。

 スザクがどうして神楽耶の来訪をいやがったのか。それはあって三分と経たないうちにわかった。
「……ずいぶんと貧相な生活をされておりますのね」
 リビングに通された瞬間、彼女が口にしたセリフはこれだった。
「皇本邸と比べたら、どこだって貧相だろう。これでも平均からすると広い方だ」
 スザクが即座にそう言い返す。
「相手が僕だったから、まだこのくらいですんでいる。これがごく普通の家に生まれた方が相手だと『侮辱された』と思われかねないぞ」
 だから箱入りは、と彼はさらに付け加えた。
「ついでに言っておく。ルルーシュは訳があって預かっている子どもだ。あの子のことをあれこれ勘ぐることも、ついでにしつけに悪いと思うこともやめてもらうからな」
 先制攻撃とばかりに言葉を投げつける。
「わたくしのどこが?」
「すでにやらかしているだろう? 今日は平日だよな」
「それが何か?」
 本気で意味がわからないというように神楽耶が首をかしげた。
「普通は学校や幼稚園があるんだ。お前が無理矢理押しかけてくるから、僕らは学校を休むことになった」
 重要なテストがあったらどうするつもりだったんだ、とスザクは付け加える。
『普通は相手の方の予定を考慮していくつかの選択肢を提示するものなのです、ルルーシュ様』
 打ち合わせ通りと言うべきか。咲世子がこうささやいてくる。もっともこの距離だ。当然神楽耶の耳にも届いているはず。
「見ての通りだから、茶菓子に文句を言うなよ。昨日の今日で買いに行っている暇はなかったんだから」
 そう言いながら、スザクはきれいな所作で日本茶を淹れる。ただし、出されているのはマカロンだ。
「……あいませんわね」
 小さなため息と共に神楽耶は手を伸ばす。
「なら食べなければいいだろう?」
 そう言うと、スザクは紅茶を用意し始める。
「元々、うちにはコーヒーか紅茶、ルルーシュ用のジュースしかないって最初に言っておいただろうが」
 当然、お菓子もそれしか用意していない。そう続けた。
「そちらの方に作らせればよろしいでしょう?」
「咲世子さんは僕が雇っているわけじゃないからね。彼女の仕事はあくまでもルルーシュのお世話。僕の食事だのなんだのは彼女の雇用主の好意だよ」
 そもそも、とさらに彼は言葉を重ねる。
「僕は一人暮らしで十分なんだよ。使用人なんて別に必要ないし。誰かに一からお世話してもらわなければいけないほどだめな人間にはなりたくないしね」
 ルルーシュにも、と彼は続けた。
「もちろん、ルルーシュは大丈夫だよ。自分のことは自分でできるし、約束もちゃんと守れるもんね」
 スザクはそう言って頭をなでてくれる。
「お前も、よそ行きの顔はいいんだよね。問題は身内に対しての言動だよ」
 そのまま視線だけを神楽耶に向けた。
「世の中にいる人間が全員、お前の意に沿うような行動をとるわけじゃない。そして、相手も自分の生活があると言うことを、いつになったら覚えてくれるんだよ」
 まったく……とつぶやくとスザクは立て板に水とばかりにあれこれとだめ出しを始める。その言葉が重ねられるうちに神楽耶の顔色が変わっていく。
「まさか、お兄様に常識を唱えられるとは思いませんでしたわ」
 三十分後、疲れ切った表情で神楽耶は負け惜しみを口にする。
「僕だって成長しているからね」
 スザクはそれにこう言い返す。
「ルルーシュと一緒にいることもプラスになっているのかな?」
 さらに彼は付け加える。そう言ってもらえるとうれしいような気がする。
「なら、わたくしがいただいていこうかしら」
「却下」
 さっさと帰れ、と言うスザクに神楽耶は意味ありげな笑みを向けた。その表情は姉達が良く浮かべていたものに似ているような気がする。
「ちょっかいをかけてきたら、全力でたたきつぶさせてもらうから」
 そう言って笑うスザクは母に似ていてかっこいいとルルーシュは思った。




15.10.24 up
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