ぎゅっとしてね
疲労困憊
あの後ユフィ──ユーフェミア・リ・ブリタニア皇女はノネットさんに引きずられるようにして退場していった。
「……ずいぶんとまた、すごい人だね」
スザクはため息と共にそう言う。
「悪い人じゃなさそうだけど……あんなに自分の気持ちに正直に動いて大丈夫なのか?」
同じような年代と立場の少女と言えばすぐに神楽耶を思い出す。だが、彼女は自分の欲求を理性で押さえ込んでいる。そして、皇にとって一番いい選択肢を選ぼうとしているのだ。
「……ユフィねえさまにはあねうえがついておられるから」
「大概のことはあの方がフォローされておられるとの話です」
スザクの疑問に二人がこう答える。
「コーネリアさんか。ルルーシュにだけ過保護なのかと思ったけど、妹にはさらに甘かったんだね」
敵には鬼神のように厳しいのに、と心の中だけで付け加えた。
「あねうえとねえさまはおかあさまがいっしょだから」
あぁ、それで特別なのか。スザクは納得する。
「そうなると……最後の手段はクロヴィス殿下経由でシュナイゼル殿下にお願いすることかな」
それとも、とスザクはつぶやく。
「その前に話が来た時点で父さんが断ってくれると思うけどね」
ブリタニア嫌いのゲンブならば、と思う。もっとも、そこに余計な利権が絡んできたら話は別だろうが。
「第一、僕はまだ結婚はもちろん婚約をする気もないしね」
せめて大学を卒業するまでは、と続ける。個人的に言えばルルーシュの行く末がしっかりと見えてくるまでは、と思う。もっとも、それは本人に伝えない方がいいだろう。
「……旦那様のお耳に入れておきます」
危機感を抱いているのか。咲世子がそう言う。
「……お願い。さすがに普通の女性に実力行使はできないしね」
スザクは苦笑と共にそう言い返す。
「ふつうでなければいいの?」
その言い回しに疑問を抱いたのだろう。ルルーシュが問いかけてくる。
「コーネリアさんとかノネットさんならね。きっと、大丈夫だと思うよ」
彼女たちは女性である前に騎士だ。そのための鍛錬を怠っていない。
「咲世子さんもそうだし」
この言葉に言われた本人は当然だというようにうなずいている。
「ああいうふわふわとした女の子って、ある意味、鬼門かもね」
まだテロリスト相手の方が楽だ。スザクの言葉にルルーシュは首をかしげて見せた。
スザクの膝の上に座ってその胸に頭をつける。
ふれあった場所から伝わってくる彼のぬくもりに、ほっとため息をついた。
「どうしたの?」
そう言いながらスザクが髪をなでてくれる。
「ねむいです」
それにルルーシュはそう言い返す。
「今日はお昼寝をしなかったからね」
スザクがそう言って苦笑を浮かべた。
「晩ご飯を早めにしてもらって早めに寝る?」
その表情のまま、彼はルルーシュの顔をのぞき込んでくる。
「うん」
それに首を縦に振った。
同時に彼にすがりつく。
「今日は甘えるね」
「……つかれた、から?」
自分でも自信がない。だが、一番可能性があるとすればこれだろうか。しかし、何かが違うような気がする。
「まぁ、いきなりだったしね」
もっとも、スザクはそれで納得したようだ。
「やっぱり、事前に連絡してほしいよね」
アポなしで押しかけてくるのはやめてほしい。真顔で彼はそう続けた。
「でも、あの様子だと無理かなぁ」
思いつくと同時に行動に移しているようだから、と告げる言葉をルルーシュは否定できない。
いや、そこまで自分は彼女と接した記憶がないのだ。月に何度か母を訪ねてやってきたときに遊んでもらった程度の思い出しかない。だから、あそこまで強烈な性格だとは知らなかった。
それはまだいい。
自分に会いに来てくれたことは嬉しいし、と思う。
でも、スザクに迷惑をかけるのは困る。それと同じくらい、彼との時間をとられるのがいやだった。
コーネリアとの時間はどうではなかったのに。
その違いがなんなのか。
いくら考えてもわからない。
それは自分の理解の範疇を超えているからなのか。それとも、経験が足りないからか。いったいどちらなのだろう。
「まぁ、次からは断るけどね」
ルルーシュの背中を軽くたたきながらスザクは言葉を綴る。
「幼稚園の方にも連絡しておくし……大丈夫じゃないかな」
元々事前に登録していた人間以外がお迎えに行っても子どもを渡さないことになっているそうだし、と彼は言う。自分であればスザクと咲世子だけだ。だから、ユーフェミアがあちらに押しかけていっても大丈夫だろう。
それでも騒ぎになるのはわかりきっている。
そうなったらやはりスザクに迷惑をかけることになるのか。それはいやだな、と心の中でつぶやく。
どうせならずっと放っておいてくれればいいのに。
スザクと咲世子と自分の三人だけで暮らす生活は本当に心地いい。ここに母がいてくれたらとは思うが、それができないならばこのままでいいとすら思う。
こんなことを考えている自分は悪い子なのだろうか。
わからないならスザクに確認すればいいのかもしれない。
しかし、肯定されたらどうすればいいのだろう。
そう考えれば問いかけられるはずもない。
「ルルーシュ?」
黙ってしまった自分を心配したのか。スザクは声をかけてくる。
「何でもないです」
ただもやもやしているだけで、と心の中でつぶやいた。
眠りに落ちるまで、そのもやもやの正体はわからなかった。そして、目が覚めたときにはきれいさっぱり忘れていた。
16.02.27 up