ぎゅっとしてね
佳境
シュナイゼルが手配した迎えが来るまでシャルルは地面に崩れ落ちたままだった。
「……陛下、何をしておいでですか?」
そんな彼に声をかけたのは妙齢の女性だった。
「ギネヴィア姉上?」
まさかと思いながらもルルーシュはそう問いかける。
「久しぶりだこと、ルルーシュ。元気そうで何よりだわ」
皇族らしい表情で彼女はそう言い返してきた。
「シュナイゼルが大変そうなので、わたくしが代わったのよ」
コーネリアも来たがっていたが、今は戦場を離れられないの。彼女はそう続ける。
「枢木スザクくんね。末弟がお世話になっているわ」
シャルルから視線をそらすことなく彼女はこう言った。
「好きでやっていることですから。ルルーシュはいい子ですし」
スザクが微笑みながらそう言う。
「そうであろう?」
彼の言葉に応えたのはギネヴィアではなくシャルルだった。その瞬間、その場に言いようのない空気が広がる。
「とりあえず、これ以上勝手な行動は慎んでいただきます。ヴァルトシュタイン卿も邪魔立てしないでくださいね」
彼の言葉をきれいに無視してギネヴィアがそう告げた。
「Yes,you are Highness」
いくら彼でも、ギネヴィアが連れて来た騎士達からシャルルを連れて移動するのは難しいと判断したのだろう。あっさりとうなずいてみせる。
もちろん、これがブリタニアであれば話は違っていたのだろうが。
「ビスマルク!」
「さすがにこれ以上国を開けておられるのは国益のためになりません」
「しかしだなぁ」
彼の言葉にシャルルは難色を示す。と言うよりも、これはただのだだコネではないか。幼稚園で同じような光景をよく見たな、とルルーシュは心の中だけではき出す。
「まだ、ルルーシュを抱きしめてもおらんぞ」
シャルルは真顔でこう言う。それを耳にした瞬間、ギネヴィアが深いため息をついた。
「正規の手段をお使いになればわたくし達も協力しましたわ。ルルーシュとスザクくんの説得も含めて」
ため息と共にギネヴィアはそう言う。
「陛下を大使館にお連れして」
そのまま彼女はそう命じた。一拍送れて騎士達が動き出す。
「悪いけど、あなたたちも付き合ってくれる?」
シャルルを連れていくのに、と彼女は初めて視線をこちらに向けた。
「どうしたい?」
スザクが問いかけてくる。
「……行きます」
ルルーシュはそう言う。
「ボクはもう皇族じゃないから、こんなことに巻き込まれるのは嫌です。だから、ちゃんと自分の口から陛下にお話しします」
そのためにも行く、と続けた。
「スザクさんも一緒に来てくれますか?」
「ルルーシュが望むなら」
スザクはそう言って微笑む。そんな彼の笑みがとても力強く思えた。
ブリタニア大使館に来たのはこれで二度目だ。しかし、以前とは全然雰囲気が違う。
『……さすがに厳戒態勢だね』
スザクがつぶやくように言葉を口にする。
『まぁ、皇帝陛下がおいでなら仕方がないのか』
『ギネヴィアあねうえもいます』
『そうだね。これで日本に厄介ごとが降りかからなければいいんだけど』
スザクの言葉にルルーシュもうなずく。
『ようちえんのみんなといっしょにしょうがっこうにいくの』
『大丈夫だよ。今度、ランドセルを買いに行こうね』
こんな会話を交わしていたときだ。
「それならルーベンも参加させるわね」
ギネヴィアが口を挟んでくる。
「姉上」
「ようやく陛下の拘束が完了したわ。話し合いに入っても、多分大丈夫ね」
拘束とはいったい、と疑問に思う。だが、ギネヴィアを待たせるのもまずい、とルルーシュはそう判断した。
「お手数をおかけします」
スザクがそう言っている。
「むしろそれはこちらのセリフよ」
ギネヴィアはそう言って微笑む。
「こちらよ」
そのまま先に立って歩き出す。
大使館の奥。おそらく関係者以外は立ち入らないであろう場所に皇族が使うために使う応接室はあった。
ルルーシュの記憶の中にある離宮のそれよりも狭いが、置かれてある調度はそれらよりも上等だろう。
その中央に置かれたいすの上にシャルルの姿はあった。しかし、彼の大きな身体は今はロープに巻かれてはっきりとは見えない。
彼の正面に当たる場所にはモニターがある。そして、そこにはシュナイゼルが壮絶な笑みを浮かべて映し出されていた。
「シュナイゼル兄上?」
『久しぶりだね、ルルーシュ。それにスザクくんも』
画面の中のシュナイゼルが柔らかな視線を向けてくる。だが、それはすぐに先ほどまでのそれへと戻った。
『今回のことでどれだけの人間が余計な仕事をする羽目になったのか。陛下は理解しておられますか?』
皇にどれだけの借りを作ったのか。彼はさらにそう続ける。
『スザクくんがいてくれたからこそ、彼等も適度なところで退いてくれたのですよ? それがなければブリタニアはどれだけ不利益を被ったことか』
「仕方があるまい! 行動を起こさなければ儂はルルーシュに会えなかったのだぞ」
『それは陛下がその子の皇籍を取り上げたからではありませんか』
もしそうだとしても、と彼は続ける。
『一言ご相談いただければいくらでも対処方法をご提示いたしましたものを』
「そうですわね。そうであれば桐原公と相談をした上でスザクくんに協力を仰ぎましたわ」
シュナイゼルの言葉をギネヴィアも支持した。
「それもこれも、ここがブリタニアの支配地ではないのが悪い」
不意にシャルルがこんなセリフを口にしてくれる。
「そうだ。さっさとここを侵略してしまえばいいのか」
「そんなことをしたら、僕は一生、陛下を恨みます!」
反射的にルルーシュはそう叫ぶ。
「もうこれ以上、僕の大切なものを奪わないでください!」
さらにこう続ければ、シャルルだけではなくギネヴィアも表情を凍り付かせている。そんな二人をルルーシュは涙をまつげにまとわりつかせながらにらみつけていた。
「大丈夫だよ、ルルーシュ。シュナイゼル殿下が全力で阻止してくれるから」
指先でその涙を払いながらスザクが言う。
『もちろんだよ。いざとなれば皇位の簒奪をしても君の幸せは死守してみせるよ』
シュナイゼルもきっぱりとした口調で言い切る。
『これに関してはオデュッセウス兄上も協力してくださるそうだし』
「その時は、陛下はしっかりと幽閉させていただきますわ」
『もちろん、ヴァルトシュタイン卿とは離れていただくが』
「大丈夫よ、シュナイゼル。その時にはスザクくんにお願いしてルルーシュのそばに置いてもらえばいいわ」
『あぁ、それなら卿も不満はなかろう』
何かどんどん話が勝手に進んでいくような気がする。
「Yes,you are Highness」
さらにビスマルクまでがあっさりと同意をしたからなおさらだ。
「ビスマルク!」
「ナイト・オブ・ワンは皇帝一代限りの役職です。その後、次の皇帝に使えるような恥知らずとは言われたくありません。そのくらいでしたら、ルルーシュ様のおそばにいてフォローして差し上げるべきかと」
シャルルの抗議を彼はあっさりとかわした。
『それで、ルルーシュ。君の希望は?』
不意にシュナイゼルがこう問いかけてくる。
「スザクさんと日本で普通に暮らしたいです。兄上達があいにく手くださるのは嬉しいけど、スザクさんの迷惑になるのはやめてください」
重要なのはこのまま静かに暮らしていくことだ。
「だから、もし、陛下が日本を侵略するなら、僕は徹底的にあらがいます。二度とお会いしません!」
そんなシャルルは大嫌いだ、と続けた。
「ルルーしゅぅ」
その瞬間、シャルルの顔が絶望に染まる。
このくらいのセリフは普通に言われているのではないか。それなのに何故、と思う。
「ルルーシュの『大嫌い』は、本当に威力があるね」
スザクがそう言って笑いを漏らす。
「そうなの?」
「そうだよ。面と向かって言われたらしばらく立ち直れないかもね」
だからとっておきにしてね、とスザクは続ける。
「大好きと一緒?」
「そうそう」
スザクがそう言うならそうなのだろう。
『ちょうどいい。姉上。そのまま陛下を本国に送還してください』
「そうね。今なら素直にお帰りくださるでしょう。これ以上、ルルーシュに嫌われたくなければ」
うふふふ、とギネヴィアが笑いを漏らした。
「……儂は皇帝だぞ……」
「陛下は本国におられますわ」
そういうことになっているのだ、と彼女は言い返す。しかし、シャルルがそれを素直に聞き入れてくれるだろうか。
「ルルーシュ」
何かを思いついたのか。スザクが彼の名を呼ぶ。
「はい?」
「いいかな」
こう言いながら彼はルルーシュの耳元にそっと唇を寄せる。そして、あることをささやいてきた。
「そんなことで?」
「多分大丈夫だと思うよ」
スザクが自信満々に言葉を綴る。それならば、とルルーシュは行動を開始した。
僕の誕生日の時には会いに来てください。
あの後、シャルルは素直に帰っていった。
その事実に驚きながらも、ルルーシュはまた日常へと戻っていく。ただし、何かあったときのためにという理由でブリタニアの騎士が一人、同じマンションで暮らすことになった。
「シェリー、おさんぽにいこう?」
そう言いながらルルーシュは彼の部屋へと顔を出す。これは最近出来た習慣だ。
「おはようございます、ルルーシュ様。スザクくんもご苦労様だな」
「ルルーシュが楽しみにしていますから」
こんな日々がずっと続けばいい。そう思いながらルルーシュはシェリーの首筋に抱きついていた。
16.04.25 up