ジノルル??

 ある意味、小気味よい破裂音が周囲に響いた。
「いいかげんにしてください!」
 ロイヤルパープルといわれる純度の高い紫の瞳が相手を睨みつけている。艶やかな黒髪が、その白磁の肌に張り付いていた。その様子に、相手は気おされたように凍り付いている。
 いや、見とれているといった方が正しいのだろうか。
 それだけ、彼女の怒りに染まった表情は美しい。
「何を言われようとあなたと付き合うつもりはありません」
 だが、さらに付け加えられた言葉に、断られた相手の顔が怒りに染まる。それは、きっと、自分の誘いを断られると思っていなかったからではないか。そのことが、少女に侮蔑を抱かせていると思ってもいないだろう。
「平民のくせに……」
 吐き捨てるようにこういった相手に、彼女は嘲笑を向けた。
「ご自分の身分しか誇れるものがないのですか?」
 それはそれで恥ずかしいことではないのか。そう言い返す。
「……お前……」
「悔しければ、ご自分の実力で私を負かしてみてください。そうしたら、多少は見直して差し上げます」
 この言葉とともに少女はきびすを返した。そして、毅然とした足取りでその場を後にする。
 そんな彼女の背中を男は苦々しい表情で見送っていた。

「……ルルーシュってば……」
 少し離れたところで、桃色の髪の少女があきれたような表情と共に近づいてくる。そのまま、彼女は親しげな仕草でルルーシュの腕に自分のそれを絡めた。
「あんな事を言って、大丈夫なの?」
 その声音には間違いなく自分を心配してくれる気持ちが感じられる。でも、とルルーシュは心の中で苦笑を浮かべた。その気持ちが重く感じられるのはどうしてなのだろうか。
「物珍しいだけだ。きっと、あきたら忘れる」
 自分に従順で見目のよい女性を見つけたら……と内心とは裏腹に優しい笑みを彼女に向けた。
「私なんて、面白い人間じゃないからな」
 そうだろう、ユフィ……と問いかける声に棘を滲ませないように気をつけながら口にする。
「ルルーシュ!」
 そういうことは言わないで、とユーフェミアは泣きそうな声で言ってきた。
「……そういうことだよ。みんな、私の側から離れていく。それは、私が側にいる価値のない人間だから、だろう?」
 もっとも、後ろ盾を失った《皇女》には、何の価値もないに等しいが……と自嘲の笑みを口元に刻む。
「……ルルーシュ……」
 そんな彼女に、何と声をかければいいのかわからない。それでも、彼女の言葉は違うのだ……と言うようにユーフェミアは彼女の腕に添えた自分の手に力をこめる。
「……貴方が傷つけば、わたくしが悲しむことだけは忘れないでください」
 いや、自分だけではない。
 コーネリアをはじめとするきょうだい達も、スザクも悲しむに決まっている。
 その言葉は嘘ではないだろう。
 だが、スザクの名前を聞いた瞬間、ルルーシュの口に刻まれた笑みに、あきらめの色が深まった。
 それに、ユーフェミアは気付いているだろう。しかし、彼女にもどうすることも出来ない問題だ。
「ルルーシュ」
 それでも自分の存在を伝えようとするのか。さらに体をすり寄せてきた。

「……それは、困った問題だね」
 ユーフェミアから話を聞いたシュナイゼルが言葉とともにため息をつく。
「やはり、あの時、ルルーシュを《日本》に行かせたのが失敗だったのでしょうか」
 こう問いかけてきたのはコーネリアだ。
「それとも……無理矢理連れ戻したことかもしれませんよ、姉上」
 それが、みなの望みだったとしても彼女にとっては違ったのではないだろうか。そう言ったのはクロヴィスである。
「あの子は、あの地で幸せだったと言っていましたから」
 その幸せを奪ったのは、結果的には自分たちだ。そのせいで、彼女はようやくできた友人達を失ってしまったと言っていい。
「クルルギの事もあるしな」
 ルルーシュが淡い思いを抱いていた少年。
 彼の方もそれを憎からず思っていたのだろう。いや、彼の方もルルーシュが好きだったのではないか。だからこそ、この地まで追いかけてきたのだろう。
 しかし、その思いは形になることはなかった。
「……陛下も、ご自分の気持ちを素直に告げてくださればいいものを」
 ルルーシュを連れ戻したのも、彼女を現在保護しているのも、皇帝であるシャルルだ。
 だからこそ、アッシュフォードは彼に遠慮をしてルルーシュと距離を置いているのではないか。しかし、そのことが彼女を頑なにさせている原因となっていたとは思わなかった。
 それだけではない。
「……クルルギもラウンズに取り立てられてしまったしな」
 そのせいで、ルルーシュと顔を合わせることが難しくなっている。もっとも、彼の場合はそれだけではないようだが。
「陛下に相談をして、あの子に護衛をつけるのがいいのだろうが……」
 コーネリアがこう言ってため息をつく。
「ですが……適任のものがいるかどうか」
 年齢だけならばそれこそスザクがいいだろう。しかし、彼はブリタニア人ではないのにラウンズに任命された初めての存在だ。だからこそ、シュナイゼルやコーネリアと違った意味で有名人だといっていい。そんなものが側にいれば、ルルーシュの身分がばれる可能性がある。
「かといって……グランストンナイツも使えないな」
 彼等は軍の間ではそれなりに力を持っているが、相手が貴族では無視されかねない。
「……やはり、皇帝陛下に相談をしよう」
 と言うよりも、この状況を何とかするために責任をとって頂こうではないか。シュナイゼルはこう言って笑った。
「……兄上?」
「責任は、元凶にとっていたかなければいかないだろうしね」
 そう言って、低い笑いを漏らす。それに、誰も反論など出来なかった。

 翌日、ユーフェミアと別れた瞬間、ルルーシュは見知らぬ者達に囲まれてしまった。
 何を考えているのだろうか。そう思ってよくよく相手を観察すれば、そこに見覚えのある顔を見つけてしまう。
「……あれほど言ったのに……本当にひまですね、あなたは」
 しかも、一人ではかなわないと判断をして手下を連れてきたのか、とあきれたくなる。
「うるさい!」
 そんなルルーシュの態度が相手の逆鱗に触れたのか。怒りを隠せないというように両腕を振り回している。同じ大げさな仕草でも、クロヴィスのそれの方が優雅だな、とルルーシュは考えてしまった。もっとも、こんな相手と比べるのはクロヴィスにとって失礼かもしれないが。
「別に、騒いでいるつもりはありませんが?」
 自分は、普通に話をしているつもりだ、とルルーシュは言い返す。
「それとも、図星を指されたからですか?」
 この一言が相手をさらに煽ってしまうと言うことはわかっていた。それでも言わずにはいられないのは、いい加減、相手の存在を鬱陶しく思えているからだろうか。
 もし、ここで自分が傷つけられれば、いくら自分に無関心なあの父とはいえ、行動を起こさずにはいられないはず。それが、シュナイゼル達に対処を命じることや、自分を皇籍から排除することだとしても、だ。
 そんなことでもいいから、自分の存在を思い出して欲しい。
 こう考えてしまうのは、自分の今の立場に飽き飽きしているからなのだろうか。
 皇族ではなくなれば、きっと、日本に渡っても誰も何も言わないだろう。
 周囲から無関心を貫かれるなら、知っている者がほとんどいないあちらの方がマシなのではないだろうか。
 だが、とルルーシュは心の中で呟く。
 ひょっとしたら、スザクはそんな自分の行為をイヤミと受け止めるかもしれない。
 自分との約束を反故にして父の騎士になった幼なじみ。そして、今は自分ではなくユーフェミアを選ぼうとしている男。
 それは、きっと、自分よりも彼女に魅力があるからだ。そのことがわかっていても諦めきれないのは、彼が自分を皇族ではなく《ルルーシュ》として見てくれた初めての《他人》だからだろう。
「……あの子にとっても同じなのにな、それは」
 だからこそ、ユーフェミアも彼を好きになったのではないか。
 わかっていても、その事実は辛い。
 そんなことを考えていたせいか。目の前の男達から注意がそれる。それがまた、あの男には面白くなかったったのだろう。
「……平民のくせに、貴族様をバカにするな!」
 こう怒鳴りつけてくる。
「それしか威張れることがないのですか?」
 自分もおもしろみのない人間だが、それに輪をかけた存在がいるとは思わなかった。ルルーシュはため息とともにこう呟く。
「後悔するなよ!」
 男のこの言葉とともに周囲にいた者達が襲いかかってくる。
 一人ぐらいは倒さないと、コーネリアにあきれられるかもしれないな。そう思いながらルルーシュが身構えようとしたときだ。
 いきなり、目の前に壁が出来る。
 誰かが自分と男達の間に割り込んできたのだ、というのはわかった。しかし、いったい誰が、と思いながらルルーシュは視線をあげる。
 その瞬間、まばゆいばかりの黄金が視界に飛び込んできた。

 いったい誰だろう。ルルーシュはまた心の中でこう呟く。髪の色からすれば、シュナイゼルかそれともクロヴィスに似ているかもしれない。しかし、それならば目の前の相手がその顔を知らないはずがないだろう。
 何よりも、体形が違う。
 背の高さから言えば、クロヴィスと同じくらいだろうか。だが、芸術家肌の彼とは違って、目の前にある背中は鍛え上げられたものだ。
 では、誰なのだろう。
 何度目になるかわからない呟きを繰り返したときだ。
「邪魔をするな!」
 男がこう言ってくる。どうやら、ようやく衝撃から抜け出したらしい。
「……申し訳ないが、しっかりと邪魔をさせて貰おう」
 しかし、目の前の人物は楽しげな口調でこう言い返している。その声に、どこか聞き覚えがあるような気がするのは錯覚だろうか。
「こちらの姫には、私も交際を申し込んでいるところなのでね」
 しかし、それを思い出そうとするよりも早く、ルルーシュの耳に爆弾発言が届いた。
 いったい、誰が誰に交際を申し込んでいるというのか。はっきり言って、そんな記憶はないのだが……と心の中で呟く。しかし、それをここで口に出すわけにはいかない。そんなことをすれば、あの鬱陶しい男がどのような行動に出るかわからないのだ。
「……貴様……」
「恋に先着はないはずだよ? まして、こちらの姫は君のことを拒んでいるのではないかな?」
 それなのに、しつこく追いかけるのは男としてみっともないと思うが……と彼はさらに男は続ける。
「貴様も、俺をバカにするのか?」
 貴族の申し出を断る平民なんて、とバカの一つ覚えのように繰り返す。
「そんなのは関係ないだろう? 少なくとも、学校内では平等なはずだ」
 校内にそのようなものを持ち込むのは野暮というものだろう……と告げる口調は軽い。しかし、その口調に隠されている怒りはどうしてなのだろう。
「彼女が優秀なのは、誰もが認めることだ。そして、ブリタニアは力さえあれば上の上ることも出来る。貴族でなくてもね」
 それを体現された方もいるだろう? と言う問いを耳にして、男はあきれたような表情を作った。
「不相応な身分を手に入れたから、殺されたあの后妃か」
 この言葉を耳にした瞬間、ルルーシュの中で怒りがふくれあがる。自分のことであればともかく、母とナナリーのことだけは誰にも何も言わせたくない。それが彼女の本音だ。
「その言葉……皇帝陛下のご判断をないがしろにしている、と思ってよいのかな?」
 あの方を后妃にと望んだのは皇帝陛下だ。それに対し異を唱えていると言われてもおかしくはない言動だろう。
「……こちらの姫の事だけならば、君達が引き下がれば見逃してもいい、とは思っていたが……今の一言はそういうわけにはいかないね」
 自分の立場上。そう付け加える彼は、軍人なのかもしれない。
 しかし、どうしてそんな人物が、と言う疑問は消えないままだ。それを問いかけることも出来ずに、ルルーシュは目の前の人物の背中を見つめ続けてきた。
「……そんなもの、お前達の口を封じてしまえばいいだけだ!」
 どうやら、あのバカに似て、部下もバカらしい。目の前の人物の力量すら正確に測れないのか。確かに多勢に無勢かもしれない。しかし、たった一人でも彼が負けるはずがないと思える。
 きっと、スザクと同等の力量の持ち主なのだろう、彼は。
 だとするならば、とルルーシュはある可能性に気付く。
「……ナイト・オブ・ラウンズ……」
 皇帝直属の騎士。
 ブリタニア最強の存在。
 しかし、そのような存在がどうして自分を守ろうとしているのだろうか。それがわからない。
 などと考えている間に、あっさりとバカどもは地面に叩き伏せられていた。
「さて……残っているのは君だけだけど?」
 かかってくるか、それとも諦めるか。彼はこう問いかけている。
「諦めるならこれ以上、何もしない。ただし、こちらの方の事は諦めて貰わないとね」
 でなければ、出るところに出なければいけない。それは、そちらの家名にも傷が付くことになるだろうね。そうも続けられて、男は悔しげな表情を作っている。それでも自分一人ではどうにもならないとわかっているのだろう。
「後で、後悔するなよ!」
 捨てゼリフとしか思えない言葉を口にすると男はその場から駆け出した。もちろん、周囲の取り巻きを見捨てて、だ。
「……まったく。どうして、こうもバカはバカなんだろうな」
 これで諦めてくれるといいのだが。こう言いながら、彼はルルーシュの方へと振り向いた。そうすれば、その青い瞳が確認できる。
「ともかく、この場を離れましょうか、姫」
 バカが戻ってきても厄介だ。微笑みと共に彼は手を差し出してくる。その手を取るべきか、それとも……とルルーシュは悩む。
「お前は、誰だ?」
 まずはそれを確認しなければいけない。自分の立場を考えれば、迂闊な相手について行けるわけがないのだ。それはナイト・オブ・ラウンズであれば知っているのではないか。
「これはご無礼を」
 確かに、自己紹介をしていなかった。そう言って笑うと、どこかスザクと印象が似通っている。
「私は、ジノ、です。ジノ・ヴァインベルグ」
 その名前にはルルーシュも聞き覚えがあった。
「ナイト・オブ・スリー」
 スザクが『友人だ』と言っていた相手だ。
「ご存じでいてくださいましたか」
 嬉しいです、と彼は満面の笑みを浮かべる。それがとてもまぶしく思えた。

 ともかく、移動をした方がいい。
 それに関してはルルーシュも反対をする気はない。あの男のことだ。今のことだけで諦めたとは思えない。もっと手勢を連れてくる可能性も否定できないだろう。
「……そう、だな」
 あれこれ聞きたいこともある。だが、ここでは間違いなく人目に付いてしまう。いや、今の一件だけでもかなり注目を浴びているのではないだろうか。
 その上、自分が名ばかりとはいえ《皇女》だと知られたら、どんな騒ぎになることか、想像に難くない。自分だけならばともかく、ユーフェミアにまで騒動が飛び火してはかわいそうだ。彼女は、自分とは違って高位の継承権を持った《皇女》なのから、とそうも考える。
「講義の方は、一日ぐらいならさぼっても何とも言われないか」
 友人達には心配されるかもしれないが、その時には変な奴に追い回されたから……と言っておこう。そうすれば、きっと、こちらに都合のよいように広めてくれるかもしれない。
「なら、よろしければ私の知り合いの店までお付き合いくださりますか?」
 そこであれば安全だし、周囲を気にせずに話が出来る。ジノはこう言ってきた。
「……だが……」
 それはそれで新たな問題が起きないだろうか。自分は構わないが、彼の立場が困ることにはならないか、と不安になる。
「それに……そこのパティシエの作るスイーツは絶品なんです。特にプリンは有名で……」
 しかし、その不安もこの一言で揺らいでしまう。
「是非とも、姫に食べて頂きたいなと思うわけです」
 スザクから、ルルーシュがプリン好きだと聞いたときからと彼は笑う。
 そうすれば、人なつっこい印象だ。もちろん、それだけが彼の一面ではないと言うこともわかっている。
「……そうか……」
 本人の知らぬ間に何を口にしてくれているのか。ルルーシュはとりあえず、ここ最近顔を合わせていない幼なじみの面影に向かってため息をつく。
「それならば……その『姫』という呼び方はやめろ」
 それが条件だ、と付け加える。
「どうして、ですか?」
 姫は姫だろう、と彼は言い返してきた。彼の中ではルルーシュ=皇女なのだろう。しかし、それは身分を隠して通学している自分にとってはマイナスにしかならない。
「私は、ルルーシュ・ランペルージ、ですから」
 少なくともここでは、と言外に付け加える。
「……わかりました」
 それだけで状況を認識したのか――それとも、事前に注意されていたことを思い出したのか――ジノはあっさりと引き下がってくれた。
「では、ランペルージ嬢と言うことに」
 もっと親しくなったら、名前で呼ばせて頂きますね。そういうのが彼にとっての妥協点なのだろう。
「あぁ。構わない」
 こう言って、ルルーシュは彼に笑いかけた。

 意外なことに、ラウンズにルルーシュの護衛を命じたのはシャルルだったらしい。
「もっとも、本来であれば女性陣に割り振られるはずでしたが、自薦で名乗り出ました」
 ルルーシュと是非とも近づきになりたかったのだ。そう言ってジノは笑う。
「……何故、だ?」
 自分と知己になっても何の益にもならないぞ。ルルーシュはそう言い返す。
「それを決めるのは、私だと思いますが?」
 他の誰に何を言われても困らない。彼はそう言い返す。
「スザクもそう思っているから、姫の側にいるのではありませんか?」
「いや、違うだろう」
 あいつが自分の側にいるのは半ば義務感からではないのか。むしろ、自分よりもユーフェミアといるときの方が楽しそうだ。ルルーシュにはそう見えていた。
「……そうでしょうか」
 だが、ジノはこう問いかけてくる。
「少なくとも私にあなたの話をするときのスザクは、本当に楽しげですよ」
 だから、義務感ではないのだろう。
「それに……私は以前、姫をお見かけしたことがあります」
 この言葉に、ルルーシュはいつのことだっただろうか、と悩む。記憶の中を探っても、すぐに出てこないのだ。
「覚えておられなくて当然ですよ」
 自分が一方的に見かけただけだ、とジノは言葉を重ねる。
「あの時、姫はクロヴィス殿下とチェスをなさっておいででした」
 その時の表情に自分は惹かれたのだ。そう言われて、ルルーシュは少しだけ目を丸くする。
「……チェス、か」
 確かに、あれは自分が誇れる数少ないものだ。しかし、女で強くても意味がないだろう。そう言われていることも事実。
「あの日から、こっそりと姫のことを見させて頂きました」
 それは、ストーカーとは言わないだろうか。ルルーシュは心の中でそう呟く。
「ご無礼とはわかっていましたが、どうしても、視線が向いてしまったのです」
 申し訳ありません、とジノは苦笑を浮かべた。
「ですが、そのおかげで姫の魅力をたくさん見つけられました」
 それをもっと近くで見たいのだ、と彼はさらに言葉を重ねる。
「ですから、姫をお守りする許可をいただけませんか?」
 ここまで言われて断ることが出来るだろうか。ルルーシュは悩む。そして、救いを求めるかのようにプリンに手を伸ばした。

 その日から、ジノの姿がルルーシュの側で見られるようになった。
 任務はないのか。そう思うのだが、何故かジノへの出撃命令は出ないらしい。そこに誰かの作為を感じるのはルルーシュだけではないだろう。
「……何を考えているんだ、あのロールケーキは……」
 そうは思うが、自分の側にいてくれるのがジノでよかったかもしれない。そう考えていたことも否定しない。
 他の誰かと違って、側にいられても苦ではないのだ。
 自分にとってそう言える人間は少ない。
 ブリタニアであれば、今はいない肉親二人とスザク、それに今であればジノぐらいだろうか。これがかつての日本――今はエリア11と名を変えたかの地であれば、もう少し増えるのだが。
「……どうかしましたか?」
 待ち合わせの場所で待っていれば、不安そうな声音でジノが問いかけてくる。
「何でもない」
 少し考え事をしていただけだ……と言葉を返しながら視線を向けた。その瞬間、ジノの背後にもう一つ、小さな人影を見つけてしまう。
「……ジノ?」
 誰だ、と言外に問いかける。
「……同僚のアーニャです」
 姫のことを話したら興味を持ったらしくて、付いてくると騒いでくれたのだ。そう言ってジノは申し訳なさそうな視線を向けてくる。
「……アーニャ、と言うとアールストレイム卿か?」
 確か、最年少でラウンズに取り上げられた少女だったはず。スザクと同じ特例措置だと言って騒がれていたはずだ。
「……アーニャ、でいいです」
 そう言いながら、彼女は手にしていた携帯をルルーシュに向ける。そして、そのままシャッター音を周囲に響かせてくれた。
「何を?」
「記念」
 姫様と会った……と彼女は感情を感じさせない声で告げる。
「ジノ……」
 意味がわからない、と彼に説明を求めるように視線を向けた。
「姫に会えて嬉しいんですよ、こいつ。ブログも趣味だし」
 とりあえず、ブログにアップはしないようにさせるから……と彼は笑う。
「ついでに、私の携帯にも転送しておいてくれ」
 さらにこう続ける彼に、アーニャは小さく頷いてみせた。
「……本当に、何を考えていらっしゃるんだ、陛下は……」
 ルルーシュはまたこんな呟きを漏らす。
「と言うわけで、三人でプリンの食べ歩きに行きましょう」
 そんな彼女の耳に、実に楽しげなジノのこの言葉が届いた。

 寡黙なせいだろうか。アーニャも側にいられても気にならない。
 それに、とルルーシュはルークを動かしながら心の中で呟く。彼女はチェスもそれなりに出来る。だから、こうしてゲームをするのも楽しい。
「……姫様」
 だが、不意にアーニャが手を止めた。それだけではなく、彼女は立ち上がる。
「……アーニャ?」
 どうかしたのか、とルルーシュは問いかけた。
「バカ」
 相変わらず、彼女は単語だけを口にする。しかし、それだけでルルーシュには十分理解できた。
「ジノがいないからか」
 アーニャならば勝てると思ったのかもしれない。
「多分」
 どうしますか、と彼女は問いかけてくる。
「……殺さないように」
 殺してしまえば、後々面倒だから……とルルーシュは言い返す。
「わかりました」
 言葉とともにアーニャは身構えた。
「何だ、お嬢ちゃん」
 そんな彼女の姿に、あきれたような声が届く。あの日見た男達の姿に、ルルーシュはあきれたようにため息をついた。
「ケガをしたくないなら、下がっていろって」
「そうそう。用事があるのはそっちの女だけだからな」
 大人しくしていれば何もしない。このセリフに、アーニャの拳に力が入る。どうやら、彼女の矜持を思い切り傷つけてくれたようだ。
 よりにもよって、帝国最強の騎士の一人にそのようなことを言うとは、とルルーシュもあきれたくなる。
「……バカはお前達」
 相手の技量もわからないのだから。言葉とともに彼女は地面を蹴った。次の瞬間、男達の大きな体が、あっさりと沈む。
「……まだ、やる?」
 一人残されたあの男に向かって、アーニャは問いかけた。
「……お前達……」
 こう言いながら、男は銃を持ち出してくる。ここまで来ればもう、穏便に済ませることは不可能だろう。
「姫様?」
 どうする、とアーニャが判断を求めてくる。
「任せる」
 ここにジノがいなくてよかったのかもしれない。ルルーシュはそんなことを考えていた。

「……何で、私がいないときに……」
 全てが終わってから顔を出したジノが、本当に悔しそうにこう言ってくる。
「タイミング」
 そう言いながら、アーニャはグラスに口を付けた。
「そうかもしれないけど……ルルーシュ様の護衛を命じられたのは私なのに」
 一番おいしいところをとられたような気がする。そう言ってジノは唇をとがらせた。
「でも、ジノが私とアーニャを会わせてくれたのだから……」
 だから、今回のことが無事に収拾できたのも突き詰めればジノのおかげではないのか。ルルーシュはそう言って微笑む。
「そうかもしれませんが……」
 でも、やはり面白くない……とジノは口にする。その様子が、だだをこねている子供のように見えるのは錯覚だろうか。
「どちらにしても、これで、お前達に迷惑をかけることもなくなるな」
 あれがいなくなれば、護衛がいなくても大丈夫だろう。だから、とルルーシュは告げた。
「……ルルーシュ様、それは……」
「姫様……私、いらない?」
 二人が途端にショックを隠せないという表情で見つめてくる。
「そういうわけではない。だが、お前達の本来の役目は、私の護衛ではないだろう?」
 ブリタニア最強の騎士を独り占めするわけにはいかない。
 何よりも、彼等の力を必要としている場所が他にあるのではないか。
「もっとも、それがなくても会いたいのならば来てくれて構わないが……」
 自分に会いに来るような物好きはそうたくさんいないから。そう言って笑う。だが、二人はますます微妙な表情を作る。
「……陛下は尊敬。でも、姫様の側にいたい」
「そうです。任務とあればいかようなことでも受け入れますが……それとこれとは別問題です!」
 二人はすぐにこう言ってきた。
「ですから、護衛の件はこのままに」
「……任務は任務。姫様のこととは、別」
 だから、と二人とも詰め寄ってくる。
「皇帝陛下に直訴してでも、護衛は続けさせて頂きます」
 その迫力は流石《ナイト・オブ・ラウンズ》と言っていいのだろうか。反射的に、ルルーシュは頷いてしまっていた。

 だが、それが予想外の事実に結びついたことも否定できない。
「……ヴァインベルグが?」
 久々にシュナイゼルの元に顔を出した時のことだ。いきなり、こう言われてルルーシュや目を丸くしてしまう。
「それと……久々にアッシュフォードも本国に戻ってくるそうだしね。以前のようにとは言えないが、君の援助をしたいそうだ」
 君は彼等が自分を見捨てたと思っているようだから……と彼は続ける。
「そうなのでは、ありませんか?」
 違うのか、とそう聞き返す。
「……彼等が今どこに本拠を構えているのか、知っているかね?」
 ルルーシュの言葉に、シュナイゼルは逆にこう問いかけてきた。ということは、それにきちんとした理由があるのだろう。そう考えて、ルルーシュは記憶の中から答えを引っ張り出そうとする。
「……エリア11……」
 彼の地で学園都市を築いているとそう聞いた。
 でも、それは……と考えてルルーシュはあることに気が付く。
「まさか……」
 自分があの地に留まると思っていたから、だろうか。
「そのまさか、だよ。まさか、陛下が君を『連れ戻せ』と命じられるとは誰も思っていなかったしね」
 もっとも、シャルルの命令がなかったとしても、自分たちが君を連れ戻しただろうが。しかし、その時期はもっと遅くなっていただろう、とシュナイゼルは苦笑と共に告げる。
「兄上?」
 いったい何を、とルルーシュは思う。
「君も、私にとっては大切な妹なのだよ」
 だから、側にいて幸せにしてやりたいと思ったのだ。彼はそう言って柔らかな笑みを浮かべる。
「幸い、兄上も姉上も――もちろん、コーネリア達やクロヴィスは言うまでもないけどね――そう思っていてくださったからね。話は早かったと言うだけだよ」
 しかし、それよりもシャルルの動きの方が早かった。それだけのことだ。
 そう言ってくれるのは嬉しい。でも、と考えてしまうのは、きっとあの日のことを忘れられないからだろう。
「……何故、ですか?」
 理由がわからない。ルルーシュのこの言葉に、シュナイゼルは小さなため息をつく。
「兄上や姉上が何を考えておいでなのかは、私にもわからないけどね。私やコーネリア達は君が好きで大切だから、だよ」
 だから、安全な場所に保護したかった。それだけだ……と彼は口にする。
「陛下が何をお考えなのかは、それこそ、私にもわからないね」
 それでも、君はここにいて、平穏に過ごしていられる。それも、シャルルが君を気にかけている証拠だろう。そう言われては反論のしようもない。
「ともかく、今回の話は受けておきなさい」
 あちらの思惑はともかく、その事実はルルーシュにとってプラスになるだろうから。シュナイゼルはそう言って微笑んだ。
「はい」
 確かに、悪い話ではない。それはわかっているが、今ひとつ釈然としないのはどうしてなのだろうか。
 あるいは、ヴァインベルグ家がジノの実家だからかもしれない。
 彼が何か画策をしたのだろうか。しかし、どうしてそれが釈然としないのか、ルルーシュにはわからなかった。

「言っておきますが……私は、何もしておりませんから」
 いつものように学校までで迎えに来たジノは、ルルーシュの問いかけにきっぱりとした口調でこう言い切った。
「……私自身が希望してルルーシュ様の護衛の任を受けたことは、母にあれこれ相談したことで知っていると思います。ですが、私はそれ以上のことは何も言っておりません」
 だから、きっと、父の独断ではないか。そう彼は続ける。
「でも……私としては父に感謝したいところですが」
 そう言って、ジノは笑う。
「ヴァインベルグが後見になると言うことは、ルルーシュ様と私の繋がりがまた一つ出来たと言うことですから」
 それが嬉しい、と彼は続ける。
「……何故、だ?」
 自分との繋がりが増えたところで、プラスになることはないだろう。真顔でそう続ける。
「姫。私も我が家も、別に帝国内での力を求めているわけではありません。そのようなもの、自力でなんとでも出来ます」
 ですが、人の縁だけはそうはいかない。だから、確実さを求めたいのだ。
「私にとって、ルルーシュ様はとても魅力的な方です」
 自分が、誰にも忠誠を誓っていなければ、ルルーシュを主と呼ぶ機会も得られたかもしれない。しかし、既に自分はシャルルとブリタニアそのものに忠誠を誓っている。だから、とジノは真面目な表情を向けてくる。
「……お前は、変な人間だな」
 ため息とともにルルーシュはこう口にした。それは、もう何度も目の前の相手に投げつけた言葉である。
「ルルーシュ様のそれは、既にほめ言葉にしか聞こえません」
 そのせいだろうか。ジノはこう言って笑みを浮かべた。
「どこをどう聞けば、ほめ言葉にになるんだ?」
 ルルーシュにしてみれば婉曲的な罵倒のつもりだったのだ。
「お前といいスザクといい……ラウンズは、どこかずれているのか?」
 自分のことを棚に上げているとは、当然本人は思っていない。
「どうでしょうね」
 それに関して、ジノもあえて指摘はしてこなかった。

 久々にブリタニア本国に戻ってくることが出来た。これだけ長期間、本国を離れていたのは、ラウンズに任命されてから初めてだ。
「……ルルーシュの顔を見に行けるかな?」
 本当。これではいったい何のためにラウンズになったのがわからない。名誉ブリタニア人のままでは皇族の側にいるのは難しいから、と手っ取り早く地位を手に入れようとしただけなのに。
「ルルーシュの側にいられないなら、本末転倒じゃないか」
 まったく、何のために厄介な地位についたと思っているのか。そう呟きながら、手早く軍服を脱ぎ捨てていく。
「とりあえず、報告書は出したし……携帯は持っているから心配はいらない、と」
 ルルーシュ達が通っている学校は、万が一のことを考えてなのか。皇宮からさほど遠くない。だから、何かあってもすぐに戻ってこられるだろう。
 だから大丈夫だよな、とそう判断をする。
 そのまま私服に着替えた。
「……今の時間だと……下校にぶつかるかな?」
 それならば、ルルーシュと一緒にお茶をしてもいいのではないか。ひょっとしたら、ユーフェミアも参加して来るというかもしれないけど、それはそれで楽しいような気がすする。
「ユフィといるときのルルーシュは、妙に可愛いしね」
 本人はそのことに気が付いているだろうか。きっと、気が付いていないだろうな。そう心の中で呟く。
 もちろん、自分も教えるつもりはない。
 そんな自分の性格が歪んでいる、ということもスザクは自覚していた。
 しかし、そんな自分でもルルーシュはきっと好きでいてくれるだろう。そう信じている。だからこそ、こんな態度をとっていられるのかもしれない。
 でも、それが当然のことなのだから、しかたがない。
「だって……ルルーシュは絶対に俺のものにならない」
 なってくれないから。
 せめて、まだ《日本》が存在していたなら、可能性があっただろうか。いや、十分にその可能性はあったに決まっている。
「だから、俺のことを考えていて欲しいんだ」
 自分のことで悩んでいる姿を見るうちは、安心できるから。そうそう考えて、スザクは少し歪んだ笑みを浮かべる。
 そのまま、彼は部屋を後にした。



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08.08.18移動