世界で一番優しくて、一番哀しい奇跡。
それを見届けから、C.C.はそっとその場所に背を向けた。
C.C.はふらりとある家の門をくぐった。そのまま、真っ直ぐに玄関へと続く路を歩いていく。その左右には、綺麗に剪定をされた木々が整然と並んでいる。
それが何という樹なのか、彼女はよく知っていた。どれだけ大切に育てられているかも、だ。
しかし、彼女にしてみればそれはどうでもいいことだといっていい。
自分にとって大切なのはそれではない。木々の奥に隠れるように建てられた家にいる人間の方だ。
そう考えながら歩いていたときだ。
「お帰り」
木の陰からそんな声がかけられる。
「アーニャか。今日の作業は終わったのか?」
微笑みながらC.C.は視線を向けた。
「とりあえず。後は、無理」
相変わらず、必要最低限の単語以外、彼女は口にしない。しかし、それは逆に彼女らしいと思える。
「そうか」
そんな彼女に、C.C.はこの一言を返す。
「で、あいつは?」
この地の所有者、と言うことになっている男の居場所は……と言外に問いかける。
「地下」
昨日から、とアーニャは付け加えた。
「……やはり、な」
想像はしていた、とC.C.は言い返す。だから、出来るだけ足を運ぶことを避けていたこの地に赴いたのだ。
「C.C.?」
「詳しいことは、家に着いてからだ」
どこに誰の目があるかわからない。不本意だが、ここも安全ではない……とC.C.は付け加えた。
「とりあえず、人の気配はない」
アーニャはそれに反論を返しては来ない。
「でも、C.C.の言葉は正しい」
自分たちは要注意人物として監視されていたとしてもおかしくはないから……と逆に同意をする言葉を口にした。
「だから……いつまで守っていられるか、わからない」
悔しいが、と小さな声で付け加える。
「あの男はともかく、他の者達が、な」
少なくとも、スザクとカレンは二人をそうっとしておいてくれるだろう。ナナリーもだ。
だが、他の者達がそれを認めていない。もちろん、表だって動くことはないだろうが、影で何をしているかわからないのだ。
「大丈夫。何があっても、守るから」
そのために、自分はここにいる。アーニャのこの言葉にC.C.は笑みを浮かべる。同時に、彼女たちは玄関へとたどり着いていた。それをアーニャはためらいもなく開く。
「待ってて。汚れを落としてくる」
C.C.を招き入れたところで、彼女はそう言った。
「あぁ」
綺麗にしてこい、とC.C.は頷く。それを確認してから、彼女はまた外へと出て行った。
勝手知った流他人の言え、とばかりにC.C.はソファーに飛び込むように腰を下ろした。そうすれば、視線の先に一枚の写真を見つける。
それは、アーニャがアッシュフォード学園に通っていた頃のものだ。どうやら、彼女にとっても、あそこは居心地がいい場所だったのだろう。もちろん、他の者達にとっても、だ。
ならば、一緒に来ればいい。そう言ったのだが、彼女は首を横に振った。
自分はここにいて守らなければいけないから。
何を、と聞かなくてもわかっている。そして、本心からそう考えていることがわかったから、それ以上は何も言わなかった。もちろん、ジェレミアは行かせたいようだったが。
自分が一番その場にいたかったくせに。
そう心の中で呟く。その時だ。「お待たせ」と口にしながらアーニャが戻ってくる。
「ジェレミアが、待ってるって」
どうやら、いつの間にか連絡を取っていたらしいな。本来ならば怒るべきなのだろうが、彼等に対してはそんな気持ちにならない。むしろ、その位慎重な方が嬉しい。
「わかった。案内してくれ」
あいつの所に。そう告げれば、彼女は小さく首を縦に振る。そのまま、奥へと歩き出した。
その後に付いていけば、やがて何度と言うべき場所へとたどり着く。その床板の一角を外せばそこには端末が据え付けられていた。慣れた仕草で、彼女はそれを操作する。次の瞬間、少し離れた床が口を開けた。そこには地下への階段がある。
二人は無言で階段を下りていく。
一番下まで降りると、そこには細い通路がある。その奥へと向かっていけば、やがて神根島にあったのと同じような遺跡へとたどり着いた。
その中央に、一つの寝台が置かれている。そして、その脇にジェレミアの姿があった。
「まだ起きないようだな」
そう言いながら、C.C.は真っ直ぐにその寝台へと歩み寄る。そこには、あの人変わらぬ姿でルルーシュが横たわっていた。微かに胸が上下していることに気付かなければ、彼そっくりの人形がそこにいるようにしか思えないだろう。
「だが、微笑んでおられる」
静かな声で、ジェレミアがそう言い返してきた。
「わかっている。あいつには幸せな誕生日だったのだろうな」
いろいろとあったが、と付け加えながら、C.C.はそっと彼の頬に触れる。
「ナナリーがいて、枢木がいて……カレンにニーナ、リヴァルがいて……ロロとシャーリーが笑っている。そんな光景が見たかったのだろう?」
この問いかけに、彼は何の反応も示さない。
「しかし、人を巻き込んだことは許し難いな」
だから、と彼女は目を細める。
「さっさと目を覚まして、ピザでも作れ」
できれば、彼等二人が生きているうちに。そう心の中で付け加える。
「……それまでは、まぁ、適当にお前の夢に付き合ってやるさ」
自分たちは共犯だからな、とそう言って笑った。
「ご心配なく。ルルーシュ様がおきようと思われるまで、我らがお守りいたします」
ジェレミアがそっと付け加える。
「起きたら、また、プリンを作ってくれると嬉しい」*
アーニャがこう告げた瞬間、彼の頬が引きつった。それを見て、C.C.は笑いを漏らす。
「なぁ、ルルーシュ。世界はこんなにも優しいぞ」
その言葉に答えは返ってこない。ただ、ルルーシュの口元が微かにほころんだように見えた。
09.12.29 コミックマーケット77配布 10.04.12up