ブリタニア第五皇妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアはかなり変わった性格だった。いや、これでもかなり控えめな表現だろう。
どれだけ変わった性格だったか。
結婚後も自分でナイトメアフレームを乗り回すのはもちろん、戦場へと出て行く。
もっとも、これは元々が騎士候と言うことと指揮官としても有能だと言うこと、そして彼女が戦場に出れば負けたことはないという事実から仕方がないのではないか。
皇帝を皇帝とも思わない言動をたまに見せる。これに関しても、その皇帝が認めているのだから誰も文句は言えない。
自分が産んだ息子を『似合うから』という理由で十歳近くまで女装させていた。
これに関しては、他の皇族達も認めていたらしい。それどころか、皆、共謀して納得させていたのだから、彼女だけの罪ではないのかもしれない。
もっとも、させられていた当人からすれば、穴を掘って埋めたい過去であることは事実だ。
しかし、それでも悪いことばかりではなかった、とルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは考えている。
たとえば、彼と出会えたことだろうか。
心の中で呟きながら、ルルーシュはあの夏のことを思い出していた。
あの時、何故、マリアンヌが『日本へ行こう』などと言い出したのか。それはわからない。ただ、自分だけを連れて行ったのは、間違いなくシャルルのせいだろう。マリアンヌが『出かける』と宣言した瞬間、人目もはばからず泣き出したのだ。そんなシャルルに同情をしたのだろう。ナナリーは自分から残ると言ったのだ。
しかし、そう言ってくれてよかった、と今ならわかる。
「……男の子は皆、男の子の服を着ているじゃないですか!」
ルルーシュはそう言って母をにらむ。
「だって、あの子達は女の子の服が似合わないでしょう?」
ルルーシュにはよく似合うのだからかまわないではないか。彼女はそう言って笑う。
「ですが!」
「気にしないの。男の子の服なら、これからいくらでも着られるわよ」
さらにマリアンヌはこう言ってルルーシュの主張に耳を貸してくれない。
「どうせ、大人になっても着せるつもりでしょうに」
ぼそっとルルーシュは呟く。
「わかっているなら、早いわね。母さんは命がけであなたを産んだんだもの。そのくらいのわがままを言う権利はあるわ」
自分の息子に産まれたことをあきらめなさい。彼女はさらにこう言い切った。
「……少し、散歩してきます」
悔しいが、今の自分では口でも母に勝てそうにない。それを実感して、ルルーシュは悔し紛れにこう言った。
「何か、季節限定の迷路があるそうなので」
おもしろそうだから、と彼は続ける。
「転ばないようにね。あなたは何もないところでも転ぶから」
こう注意するものの、マリアンヌは止めようとはしない。そう言うところも皇族らしくないと言われるのだろう。
しかし、今はありがたい。
一人でゆっくりと考え事ができそうだ。そう考えながら、緑の迷路の中へと足を踏み入れていく。
普段から、こういった植物で作られた迷路を体験しているからだろうか。すぐに出口へのルートは推測できた。しかし、考え事をしたいから、わざと間違っているルートへと向かう。
「全く……このままではいつまで経ってもドレスを着せられるぞ」
さすがに十歳を過ぎてそれは悲しい。
いや、声変わりまでは妥協してもいいかもしれない。だが、マリアンヌのあの様子ではその後もことあるごとにドレスを着せられそうだ。
「オデュッセウス兄上みたいにひげが生えてもドレスを着せられたらどうしよう……」
もちろん、マリアンヌのことだ。しっかりと『ひげを剃れ』と言うに決まっている。
もちろん、ルルーシュにしても自分にひげが似合わないだろうことは想像がついていた。
それでも、ドレスは着たくない。
こんなことを考えていたせいだろうか。しっかりと転んでしまった。
それですりむくだけだったならばまだマシだったのではないか。どう転んだのか、ルルーシュ自身にもわからない。だが、足首をひねったことだけは間違いないようだ。
「……失敗したな」
こうなれば、早々に手当をするしかない。そうでなければ、さらにひどくなるだろう。
「そういえば、声を上げれば誰かが来てくれるようなことが注意書きされていたな」
しかし、そんなことをすればマリアンヌに何を言われるか。足を引きずってでも何とか抜け出すしかない。そう考えてルルーシュは立ち上がった。
「っつ!」
一歩足を踏み出してみたが、痛みのためにその場に凍り付いてしまう。
いったい、どうすればいいのだろうか。
そう考えていたときだ。
「大丈夫か?」
不意にそんな声をかけられる。
まさか、ここに自分以外の人間がいるなんて、と考えていたからだろう。
「……誰?」
思わずこう問いかけてしまう。無意識でも日本語で問いかけられたことに気づいて、ルルーシュは少しだけほっとした。
「俺? 俺は、スザク……」
そうすれば、彼はきまじめな口調でこう言い返してくる。
「私はルルーシュです。初対面の人にはきちんと挨拶をしなさいって、母さんが」
とっさにこんないいわけを口にできた自分に内心苦笑を浮かべたくなる。しかし、それを彼に気づかれるわけにはいかないだろう。
「そっか。それよりもさ。足、痛くないのか?」
スザクの方もこちらの方が優先だと言うように問いかけてくる。
「痛いですが……でも、ちゃんとクリアしないと」
一度始めたことだし、と呟く。
「ルートはわかっているのですが」
ここからならば自分の足でも三分とかからないはずだ。しかし、今は無理だ、とため息をつく。
「無理だと思うぞ、それ」
スザクもまた、冷静にこう指摘してきた。
「でも」
そう言われると、俄然反発したくなるのはどうしてだろう。反射的に反論をしようとする。
「出口がわかっているなら、負ぶっていってやるよ。俺もそろそろここから出たいし」
しかし、彼が続けた言葉は予想外のものだった。
「……でも、重いですよ?」
どう見ても、自分と同じか年下にしか見えない。スザクまで転んでけがをしたら大変だ。
「大丈夫。これでも鍛えているから任せておけ」
しかし、スザクも引き下がらない。
「俺は日本男児だ。そして、日本男児はできないことは言わない」
さらに彼はこう言い切った。
本当に大丈夫だろうか。だが、ここで断ったら彼のメンツをつぶしてしまうような気もする。何折も、ここまで自信満々なら任せてもいいように思えた。
「なら、お願いします」
だめならば、そのときに考えればいい。
「了解」
そう言ってスザクは笑う。その笑顔がとてもまぶしく思えた。
ひょっとしたら、これは一目惚れというものだろうか。そう考えたのは、彼と別れた後だった。
「と言うのが、俺とスザクの出会いだったはずなんだ」
ため息とともにルルーシュはそう告げる。
いったい、どうしてこんな話になったのか。それは間違いなくミレイのせいだろう。あるいは、その背後にはマリアンヌがいるのかもしれない。
「なのに再会したときにはしっかりと忘れられていたな」
そう考えながら、ルルーシュはさらに言葉を重ねた。それに少し非難めいた響きが混じっていたのは、ここで再会したときのことを思い出したからだ。
「そうは言うけど、ルルーシュ……あの頃の君はワンピース着ていたし、それがものすごく似合ってたし……だから、僕は君がてっきり美少女だと思ったんだよ!」
それが実は男でしたなんて、とスザクはため息混じりに言い返して来る。
それに関しては、否定できない。昔の写真を見るたびに、自分もそう思うのだ。
「そりゃ、確かに、今も美人だけどさ」
さらに付け加えられた言葉に少しだけ機嫌が浮上する。
「……本当か?」
「本当だって」
信じて、とスザクは土下座する勢いで頭を下げた。
「ひょっとして、俺たちはのろけを聞かされているのでしょうか」
それにどう言い返してやろうか。そう思っていれば、リヴァルのあきれたようなセリフが耳に届く。
「間違いなくのろけね……こういうことは二人だけの時にして欲しいわ」
ミレイがしっかりとそれに便乗してくれる。
「でも、ルルちゃんが女装というと……お母様の趣味であれこれ着せられていたときね」
確かに、あれは間違えても仕方がないわ。ミレイはさらに人の忘れた過去をつついてくれる。これは間違いなくわかっていてやっているのだ。
「ルルちゃんって、本当に昔から罪作りよね」
ため息とともに彼女はさらに言葉を重ねる。
それは半分以上、マリアンヌの責任だと思うのは自分だけだろうか。
「今もきっと似合うよね」
女装、とスザクが呟いている。とっさに手にしていただいるの背表紙でスザクの頭を殴りつけてしまった。
「お前、言うに事欠いてそれか?」
その勢いのまま、こう怒鳴りつける。
「本心を言っただけです」
絶対似合うと思います、とスザクは言い返してきた。
「だから、余計な事を言うな! 会長がよからぬことを考えつくだろう!」
今すぐにでもマリアンヌに連絡を取りかねない。そうなったら、彼女は喜々としてドレスを送りつけてくるだろう。
「あぁ、その可能性はあるね」
実際、ミレイは何かを思いついたというような表情をしてる。
「まぁ、そのときは僕がルルーシュを抱えて逃げるから」
それで許して、とスザクは続ける。それに苦笑を返すしかできないルルーシュだった。
12.08.21up