小さな音を立てて、藤堂の胸ポケットから何かが落ちた。そのまま、それがカレンの足元に転がってくる。
 それを拾い上げて、初めて指輪だとわかった。
「……藤堂さん、この指輪は?」
 こう言いながら、カレンはそれを差し出す。
「拾ってくれたのか」
 ほっとしたような表情と共に彼はそれを受け取った。
「すまなかったな。妻との唯一の思い出の品なんだよ」
 しかし、その後に続けられた言葉にカレンは驚愕を隠せない。いや、それは彼女だけではなかったらしい。周囲から注目をするような視線が二人に向けられている。なかにか、何かを期待するようなものも感じられた。
「ご結婚、されていたのですか?」
 ここでさらりと流しては、後々恨まれるのではないか。そう思って、カレンはおずおずと問いかける。
「正式には、まだだったな」
 婚約者、と言うのが一番正しい状況だった。それでも、共に暮らしていたのだから《妻》と呼んでも構わないのではないか。そう続ける。
 その瞬間、何やら悲鳴のような声が聞こえたような気がするのは錯覚ではないだろう。それどころか、その声の主までわかってしまった。
「もっとも、七年前、離れ離れになってしまったがな」
 それでも、死んだとは思っていない。だから、自分の《妻》といえるのは彼女だけだ。そう藤堂は続けた。
 こう言うときに空気を読めないのはこの男しかいないだろう。興味津々と藤堂の手の中の指輪をのぞき込んでいた玉城がこんなセリフを口にしてくれる。
「……それとにたような指輪、見たことがあるぜ」
 だが、問題なのはその内容だ。
「いつ!」
「誰が持っていた?」
 カレンと藤堂が即座に追及を開始する。
「……いつって、おとといかなぁ。ゼロが持っていたのをC.C.が取り上げて……それで騒ぎになっていたぜ」
 その後、自分がそれを拾ってゼロに返した。ものすごく感謝の言葉を口にされたからよく覚えているんだ……と彼は続ける。
「ゼロが……」
 ひょっとして、彼の関係者だったのだろうか。カレンはそう思って首をかしげる。
「紅月君」
 藤堂は藤堂で何かを思いついたのか。そんなカレンに呼びかけてくる。
「何ですか?」
「ゼロは、日本人ではない、と桐原公がおっしゃっておられたのだった、な?」
 それは、彼に会いに行ったときのことだ、と直ぐに思い出す。
「はい。でも、信頼してもかまわないと」
 彼のブリタニアに対する憎悪は本物だ、と桐原が断言したのだ……とカレンは頷き返す。
「そうか」
 なら、と呟きながら藤堂がいきなり歩き出す。
「藤堂さん?」
 いったいどうしたのだろうか。そう考えているカレンの耳に「面白そうだから付いていこうぜ」という玉城の声が届いた。
 反射的にそれを諫めようとする。だが、他の者達も同意をしている様子を見ては難しいだろう。
「せめて、代表者だけにしましょう」
 こう言うのが精一杯だった。

 そのころ、ルルーシュはラクシャータと医療環境について話し合いを進めていた。
「やっぱり、早急に用意しなければいけないか」
 一体どこから手に入れてこようか。いざとなればギアスを使ってブリタニア側から貰ってくればいいか。その方が無駄な費用がかからなくていいかもしれない。
 そんなことを考えていたときだ。
「ここにいたのか、ゼロ」
 何の前触れもなくドアが開かれる。そして、そのまま藤堂が歩み寄ってきた。
「どうかしたのか?」
 彼がこんな行動を取ったことは今までにない。だから、逆に何かあったのではないかと判断させた。
 だが、藤堂はその問いかけにも言葉を返してはこない。
「藤堂?」
 いったいどうしたというのか。今までの付き合いの中で、彼のこんな態度を見たことはない。ルルーシュが心の中でこう呟いたときだ。いきなり彼の手が、ルルーシュの手首を掴む。そして、反対側の手が仮面の後ろへと伸びた。
「やめろ、藤堂!」
 反射的に彼を突き飛ばそうとする。しかし、腕の自由は既に奪われていた。だから、と言うわけではないが、反射的に彼の弁慶の泣き所を蹴り上げる。だが、それを相手が気にする様子はない。
「藤堂!」
 ここで自分の正体がばれるわけにはいかないのに。
 そんなルルーシュの願いもむなしく、彼の大きな手が仮面を外してしまった。
「……嘘……」
 いつの間に来ていたのだろうか。カレンが信じられないというような呟きを漏らしている。
「やっぱり、皇女ひめさんか」
 これは卜部だろう。
「昔の面影がしっかりと残っておられるが……やはりお美しくなられたな」
 はっきり言って面はゆいセリフを言ってくれるのは仙波か。と言うことは、四聖剣も勢揃いしていると言うことか。
「……ブリキ?」
 しかし、玉城まで来ているとは思わなかった。これは、絶対にあとがうるさい。
 だが、それよりも先に片づけなければいけないことがある。それがわかっていても、意識をそらしておきたかったのは、自分が今まで彼を騙していたという自覚があったからだろうか。
「無事でいてくれたんだな」
 死ぬはずがないと思っていたが……と低い声が呟く。
 その後に、どれだけの恨み言が続くだろうか。そう考えて、ルルーシュは内心で覚悟を決める。
「よかった」
 しかし、藤堂はそのようなことを一言も口にしない。代わりというようにきつく抱きしめられた。それにどう反応をすればいいのだろう、と本気でルルーシュは悩む。
「って事は、何だ? 藤堂の嫁さんって、ゼロだったのか?」
 玉城のこの空気を読まないセリフに和まされる日が来るとは思っても見なかった。

「って言うか、ゼロって女なのかよ」
 で何者よ、とさらに玉城は続ける。
「胸は多少物足りないかもしれないが、確かにそいつは女だぞ」
 それにこう言い返したのは、もちろんC.C.だ。どれも否定できないことばかりだが、だからといって真実を突きつけられて嬉しいはずがないだろう。
「黙れ、魔女!」
 いつもの口調でルルーシュはそう怒鳴り返してしまった。
「そう怒るな。愛しい男が帰ってきたんだろう?」
 お前の手の中に、と彼女はさらに唇の端を持ち上げる。
「四聖剣が手助けを求めにやってきたとき、本当に嬉しそうだっただろうが」
 己の手で愛しい相手を救い出す。それもお前の望みの一つだったはずだ、と彼女はさらに言葉を重ねた。
「C.C.!」
 だから、どうして自分が隠しておきたいことをあっさりとばらしてくれるのか。そう思ったルルーシュの体を藤堂の腕がさらにきつく抱きしめてくる。
「……すまない。心配をかけたな」
 そして、耳元でこう囁いてきた。
「……気にすることはありません。当然のことをしたまでです」
 正体がばれてしまった以上、《ゼロ》としての口調を作ってもしかたがない。そう思って、ルルーシュは普段の口調で言葉を返す。
「それでも、だ。顔を隠していたからとはいえ、君のことがわからなくなってしまうような馬鹿者を助けてくれたのは君だろう?」
 こんなセリフを口に出来る人だっただろうか。ルルーシュは思わず首をかしげてしまう。
「……って、あれ、誰?」
 まじで藤堂? と呟いたのは南だろうか。
「間違いなく、朝比奈の影響だな、あれは」
 あきれたように告げたのは仙波だ。
「男なら当然でしょう……と言いたいところですが、藤堂さんの声で聞くと威力絶大です……」
 しかし、と朝比奈は首をかしげる。
「ずいぶん若いように見えるけど……ゼロって、いくつ?」
 そっちの方が気になる、と彼は続けた。
「……私と同じ学年だから、十七?」
 ぼそりとカレンが言葉を返す。
「それって、犯罪じゃねぇ!」
 しかしこのセリフは何なのか。
「いくつの時に婚約したんだ?」
 藤堂は今年で三十七だろう? と頬を引きつらせながら扇が仙波へと視線を向けた。
「七年前だから、藤堂さんが三十で皇女ひめが十だったか?」
「あぁ。ブリタニアとの開戦前だからそんなものだろう?」
 しかし、自分の娘まで戦争のためには殺そうとするとは思わなかった。そういったのは卜部だ。
「皇族なら、その位の年の差、普通よねぇ」
 しかし、マリアンヌ様のお子様とは……とラクシャータも話題に加わる。
「将としての才能はもちろん、あの桐原のおじいちゃんが私にいくように言ったこともなっとくだわぁ!」
 そうと知っていたら、もっと真面目に協力をしたのに。こう言いながらラクシャータはルルーシュの頬を撫でてくる。
「でも、もっと太ったほうがいいわよぉ」
 でないと、赤ちゃんを産むときに大変だわ……と言うセリフは何なのか。
「もっと言ってやれ。胸はともかく、そちらの方は自分で何とかしないといけない問題だろうが」
 同意だ、と言うようにC.C.が頷いている。それに関してあれこれ言い返したい。
「胸なら、藤堂が大きくしてくれるだろうしな」
 だが、この言葉の意味の方が気になってしまう。
「どうやって、鏡志朗さんが俺の胸を大きくするんだ?」
 意味がわからない、と言えば周囲の者達が意味ありげな視線を向けてくる。
「それよりも……ルルーシュって、ブリタニアの皇族なの?」
 ちゃんと教えなさい! とカレンが叫ぶ。
「……言われてみれば、そういうことになるのか」
「目の前の光景の衝撃に、すっかりと忘れていた」
 扇と朝比奈がこう言いながら、頷きあっている。
 こんな状況でばらす予定はなかったのに、とルルーシュは思わず頭を抱えたくなった。

 ともかく、ここまで周囲の者にバラされてしまってはごまかすことは不可能だろう。
「……間違いなく俺はブリタニア第九十八代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの娘だ」
 もっとも、既に鬼籍に入っているはずだが……と付け加える。その声音に自嘲の響きが含まれたとしても当然のことではないか。
「もっとも、あの男にとって見れば俺も妹も、どうでもいい存在だったようだがな」
 母だけがあの男にとっては大切だったのだ。平民でありながら皇帝の妃に取り立てられた彼女は間違いなくあの男に愛されていたのだろう。しかし、それは他の后妃達やそれに連なる貴族の恨みを買うことにもなった。
「だからこそ、俺たちは日本に捨て石として送り込まれた」
 死ぬことを望まれて……とルルーシュはため息をつく。
「日本側も、厄介な荷物を押しつけられたと思ったのだろうな」
 だが、何故か自分を待っていたのは《婚約者藤堂》の存在だった。押しつけられた自分の存在に最初は驚いたようだ。しかし、藤堂はそれでも自分たちの存在を慈しんでくれた。
 だから、少しでも彼の役に立てるように頑張っていたつもりだ。
 そのまま時が過ぎてくれればいい。
 そう願っていたときだ。いきなり、自分たちの死亡がブリタニア側から発表されたのは。
 それから何度暗殺者が送られてきただろうか。藤堂達とこっそりと手を回してくれていたアッシュフォードの手助けがなければ、今頃、冷たい土の下だったことは否定出来ない事実だ。
 だが、自分たちは生き残ることが出来た。
 しかし、藤堂達とは引き離されてしまったし、自分たちも隠れて過ごさなければいけない。自分は構わないが、妹にはせめて何の苦労もさせたくない。そのためには、現状をどうにかしなければいけないのではないか。
「……それでテロリストか」
 あきれているのかいないのかわからない口調で、扇が呟く。
「いけないのか?」
 それ以外の方法があったなら教えて欲しい。ルルーシュはそう言い返す。
「第一、それ以外に日本を取り戻す方法は見つけられなかったからな」
 日本を取り戻せなければ、藤堂達も自由に動くことは出来ないだろう。そんなのは、自分が嫌だ……とルルーシュは言い切った。
「……ルルーシュ……」
 そんな彼女の頬を藤堂が優しく撫でてくる。
「ともかく、二人だけで話し合うんだな」
 不意にC.C.が口を挟んできた。
「そうね……色々とつもる話もあるだろうし」
 それでなくても、せっかくの再会なのだから……とカレンも頷く。
「確かにねぇ」
「そうそう。野暮なことはするなって」
 次々と他の者達も同意の言葉を口にした。
「だけどよぉ」
「黙りなさい、玉城!」
 言葉とともに、カレンが彼の後頭部に向かって回し蹴りを食らわす。あれに耐えられる人間がいるだろうか、とルルーシュは思わず首をかしげた。
「適当なところで切り上げてくれよ」
 倒れた玉城の襟首を掴むと、卜部はこう告げる。そして、そのまま彼を引きずって部屋の外へと向かう。他の者達もそれに続いた。
「胸のことに関しては、藤堂に聞いておけ」
 ドアのところで立ち止まったC.C.がこんなセリフを投げつけてくる。それは、先ほど彼女が口にした胸のサイズのことだろう。
「鏡志朗さん?」
 知っているのか、とルルーシュは彼を見上げる。それに何故か藤堂は困ったように視線をそらした。

 ルルーシュが真実を知るまで、まだしばらくの時間が必要だった。



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09.06.24日記より移動