夏休み


「スザク」
 こう言いながら、ルルーシュが歩み寄ってくる。
「何?」
 親友――というには、少し複雑な感情を相手に抱いていることは否定しない――の呼びかけに、スザクは視線を向けた。
「頼みたいことがあるのだが……」
 そんな彼に、少しためらいながらルルーシュはこう告げる。
「僕に出来ること?」
 ほほえみとともにスザクは言い返す。
「あぁ……お前にしかできないことだ」
 もっとも、と彼は続ける。
「夏休みがまるまる開いているなら、の話だがな」
 バイトや何かで忙しいのではないか。彼はそう続けた。
「……今月はね。来月はバイトを入れていないんだ」
 といよりも、誰かさんの横やりで入れられなかった……と言った方が正しいのだが。しかし、それ以上のことはあちらも強要できないはず。そう心の中で呟く。
「そうか」
 その瞬間、ルルーシュはほっとしたような表情を作る。
「ならば、それからでいい。俺と一緒に、家に行ってくれないか?」
 その表情のまま、彼はそう告げた。
「……はい?」
 それはどういうことですか。スザクは言外に詳しい説明を求めた。
「……家の母がな」
 スザクの向かいの椅子に座りながら、ルルーシュは口を開く。
「俺の友達が見たいと言い出して……」
 だから『連れてこい』といわれたのだ。ため息とともに彼はこう続ける。
「なら、リヴァルでもカレンでもいいんじゃないの?」
 それに、スザクがこう言い返してきた。
「……ブリタニア人じゃない方が、母さんとナナリーが喜ぶ。それでなくても、女性はな……」
 別の意味で厄介なことになりかねない。そう言ってルルーシュはため息をついた。
「あぁ……そう言うこと」
 確かに、迂闊に女性を家に招くことはあらぬ憶測を呼んでしまう。
「カレンが完全な日本人なら遠慮はしなかったんだが……」
 父親は貴族ではない。だが、それなりに名家の当主なのだ、と聞いている。だからまずいのだ。ルルーシュはそう付け加える。
「君のうちは、貴族じゃなかったよね?」
 自分の知っている中で『ランペルージ』という貴族はいなかったはず。スザクがそう問いかけてくる。
「あぁ。うちは貴族じゃない」
 といっても、それなりに厄介な家柄だ。苦笑と共にそう言い返す。
「そうなんだ」
 ということは、カレンの父親と同じような家柄なのかな? と彼は続ける。
「来るのをやめるか?」
 嫌ならいいのだ、とルルーシュは口にした。
「ううん。せっかくのルルーシュのお誘いだもん。御邪魔させてもらうよ」
 スザクはすぐにこう言ってくれる。そんな彼の言葉に、少しだけルルーシュの良心が痛んだ理由は、あえて言わなくてもいいだろう。

 八月に入ると同時に、二人はブリタニアの首都、ペンドラゴンへと向かった。
 ここまでは普通の旅行だったと言っていい。
「……ルルーシュ?」
 なのに、今目の前に広がっている光景は違った。
 タラップから続く通路には、赤い絨毯が敷かれている。そして、その左右には軍人と思われる者達が整然と並んでいるのだ。
「……何を考えているんだ、あのロールケーキは……」
 ルルーシュの唇からあきれたような声音でこんなセリフが漏れる。
「ともかく……説明は後でいいか?」
 ゆっくりと出来る環境になってから説明をした方がいいだろう。そう彼は続けた。
「その前に……ルルーシュって何者?」
 貴族じゃないんだよね? とスザクは確認の言葉を口にする。
「あぁ……俺は、皇族だ」
 とりあえず、とルルーシュは言葉を返してくれた。
「こうぞく……」
 ぎぎぎ、と音を立てそうな仕草で、スザクは彼へと視線を移す。
「もっとも。母は民間人だったがな」
 父に見初められて傍にあがった人間だ。だから、自分たちは皇族という意識はないのだ。ルルーシュはそう言う。
「だから、今回も家に帰り着くまではそのつもりでいようと思ったものを」
 本当に、というルルーシュにスザクは「そう」と言い返すのが精一杯だった。

 しかし、それはまだ序の口だったらしい。
 二人一緒――流石にルルーシュの《友人》を無碍に扱うことは出来なかったようだ――に乗り込んだ車が到着したのは、どう見ても普通の屋敷ではない。それどころか普通の皇族の屋敷でもないだろう。
「……ルルーシュ……」
 ここ、どこ? と思わず問いかけてしまう。
「母と俺と妹が暮らしている家だ」
 一応、太陽宮内では一番狭い……と彼は視線をそらせながら告げる。
「太陽宮って……確か、皇帝がすんでいる場所じゃないっけ?」
 そんな彼に、さらに追い打ちをかけるようにスザクはつっこみを入れた。
「他の皇族もすんでいるがな」
 だが、ルルーシュはこう言い返してくる。しかし、その声には、いつもの迫力がない。
「……他の皇族って?」
 例えば? とスザクはさらに追い打ちをかけるように問いかけた。
「確か……今生きている皇族って、皇帝とその后妃、それに子供達じゃなかったっけ?」
 先日の授業が正しいなら、とさらに付け加える。
「表向きには、な」
 だが、何にでも例外というものはあるのだ……とルルーシュは言い返してきた。
 つまり、そちらからは切り崩せないと言うことか。しかし、何と言えば彼は正直に教えてくれるのだろうか。
「……母さん、が出てきたな」
 その時だ。目の前の大きな扉が開く。
「いらっしゃい!」
 次の瞬間、鮮やかなオレンジ色のドレスを身につけた女性が飛びだしてくる。その後ろを従妹と同じくらい年齢の少女が追いかけてきた。
「あれが、俺の母……ブリタニア第五皇妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア、だ」
 ルルーシュの声が、耳を右から左へと抜けていく。
「えっ?」
 その言葉が理解できない。
「俺の本名は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。あのロールケーキの、十一番目の息子、ということになっている」
 非常に不本意だがな、と付け加えられた言葉に、頬を引きつらせるしかできなかった。

 それでも、スザクだって日本ではそれなりに名家といわれる家の嫡子だ。衝撃が抜けるのは早かった。
「……なるほど。確かに、ブリタニア人の友人を連れてくるわけにはいかないよね」
 ここに、といいながら、差し出されたお茶に口を付ける。
「俺は、さっさと皇位継承権を返上してしまいたいんだ」
 そうして、自由になりたい。きっぱりとした口調でルルーシュは言い切った。
「お兄さま……」
「大丈夫だ。そうなったとしても、俺とナナリーが兄妹なのは変わらない」
 そして、マリアンヌの息子だと言うこともだ……と口にして彼は微笑む。
「だが、あの男は鬱陶しいからな」
 だから、できればさっさと離れてしまいたい。今回だって、マリアンヌに言われなければ帰ってくる予定ではなかったのだが……とルルーシュはため息を吐く。
「あらあら」
 そうだったの? とマリアンヌが苦笑と共に問いかけてきた。
「……先日、また、弟だったか、妹だかが生まれたそうですが?」
 まったく、あのロールケーキは……と憎々しげに付け加える。
「あら。それで怒っていたの?」
 本当にあなたは、とマリアンヌはさらに笑みを深めた。
「諦めなさい。あの人の女あさりは不治の病なんだから」
 そして、男と女がすることをすれば子供が出来る。
「生まれてくる子供には罪はありませんからね」
 確かに、それはそうだろうとスザクも思う。
「でも、シャルルは違う。だからしっかりとお仕置きを受けて貰うことにしたわ」
 ルルーシュがここにいる間、彼は一歩もここに足を踏み入れられない。それどころか、ルルーシュの顔を見ることも出来ないだろう。そう言いきる。
「お父様には、それが一番のおしおきですよねって、シュナイゼルお兄さまとコーネリアお姉様もおっしゃっておられました」
 ナナリーがかわいらしく微笑みながらこう付け加える。
 そうなのか。そう思わずにはいられないスザクだった。

 だが、その疑問は直ぐに解消された。
「君がルルーシュの友達か」
 穏やかなほほえみと共にこう言ってきた金髪の人物が、第二皇子であり帝国宰相でもあるシュナイゼル。
「なかなかよい面構えをしているな」
 男性のような口調でこう告げた豪奢な赤毛の女性は第二皇女のコーネリア、だ。
「だって、ルルーシュのお友達ですよ?」
 その隣でかわいらしく微笑んでいるのはいったい誰だろうか。
「妹のユーフェミアだ。コーネリア姉上と同母の」
 その疑問が顔に出ていたからだろう。ルルーシュが教えてくれる。
「言っておくが手を出すなよ?」
 コーネリアに殺されたくなければ……と笑いながら付け加えられた。
「そんなこと、考えてもいないよ」
 下手にそんなことをすれば国際問題になりかねない。だから、とスザクは心の中で呟く。
「第一、そろそろオーバーヒートしそうなんだけど……」
 この状況に、と苦笑と共に付け加える。
「……そうか?」
 それにルルーシュは意味ありげな笑みを返してきた。
「このくらいまだまだ序の口だぞ」
 今、ここに来ているのは特に親しい者達だ。その他にもそれなりに付き合いのあるきょうだい達はいる。彼等もそのうち押しかけてくるのではないか、と彼はそう続けた。
「そう言えば、オデュッセウス兄上も君に会いたいと言っておいでだったね」
 不意にシュナイゼルが口を挟んでくる。
「ギネヴィア姉上も、似たようなことをおっしゃっていたよ」
 ルルーシュが連れてきた初めての友人だから。そうも彼は続けた。
「申し訳ありませんが、公的な場には、俺もスザクも出ませんので」
 ルルーシュのこの言葉がとても嬉しいと思うのは、自分の礼儀作法に自信がないからだ。こうなるとわかっていれば、もう少し真面目に学んでおくべきだった……と思っても既に後の祭りだろう。
「わかっているよ。だから、こっそりとね」
 出なければ、あの方が乱入してくるに決まっている。そう言いながらコーネリアはため息を吐く。
「……ルルーシュ……」
「何だ?」
「やっぱり、あれって、僕の目の錯覚じゃないんだ」
 先ほどから、視界の隅をうろついているあの特徴的な髪型の人物は……とスザクは続けた。
「……見なかったことにしろ」
 あれは、この世界に存在していない! と力説をするルルーシュがどこか可愛いと思えた。

「そう言えば、スザクさんは剣道をおやりになると、お兄さまから聞いたのですが」
 話題を変えるかのように、ナナリーがこう問いかけてくる。
「あぁ。スザクは強いぞ」
 どこかほっとしたような表情でルルーシュがそんな彼女に頷いて見せた。
「この前も、全国大会で優勝していたしな」
 それは事実だ。しかし、ルルーシュが知っているとは思わなかった。
「覚えていてくれたんだ」
 だから、思わずこう口にしてしまう。
「当たり前だろう?」
 友達だろう、俺たちは……とルルーシュは笑い返してくれた。
「本当に仲がいいわね、あなた達」
 マリアンヌが笑いながら口を挟んでくる。
「でも、剣道がどのようなものか、教えてくれる?」
 ちょっと気になるわ、と彼女は付け加えた。
「気をつけろよ、スザク」
 慌てたようにルルーシュが口を開く。
「母さんは、今でも、ブリタニアで一二を争う実力の持ち主だ」
 死ぬほど強いぞ、と彼は付け加えた。
「ルルーシュ。それが母親に向かって言うセリフかしら?」
 マリアンヌが即座につっこみを入れてくる。
「母だから言うんです。俺が何度入院したと思っているんですか」
 自分の体力が標準だと思わないでください! と言う彼にシュナイゼルが頷いていた。
「そうですよ、マリアンヌ様。ルルーシュは頭は非常にいいですが、体力に難があるのはみなが知っているではありませんか」
 そう言ったのはコーネリアだ。
 このセリフは事実だ。しかし、高い矜持の持ち主であるルルーシュが、この状況を黙って聞いているのか、と考えれば不安になる。こっそりとその横顔を盗み見れば、仕方がないというような表情を作っているのがわかった。
「どうして、ブリタニアの皇族は、女性の方が身体能力が高いのか」
 こう言ってルルーシュはため息を吐く。
「体力勝負ではお前も負けてはいないと思うが……母さんはその上を行くと思うぞ」
 だから、付き合うときには覚悟をしておけ……と彼は視線を向けてきた。
「止めないの?」
「本当は、止めたいんだがな」
 スザクの方が興味を持っている。だから、止めても無駄だろう。彼はそう言ってくる。
「……稽古はしないといけないし、一人よりは付き合ってくれる人がいる方が嬉しいから」
 流石に、自分の性格をよく理解しているな。そう心の中で呟きながら、スザクは言い返す。
「後悔しても知らないぞ」
 この言葉の意味を実感できたのは、翌日のことだった。

 夕食の時には、さらに人数が増えた。
「……ルルーシュ……これって、晩餐会じゃないよね?」
 一番広いホールに用意された席を見て、スザクはこう言う。
「晩餐会なら、他の貴族達も押しかけてくる」
 それに対し、ルルーシュはこう言い返してきた。
「第一、この離宮ではちょっと無理だな」
 晩餐会を開くには狭すぎる。彼はそう断言をしてくれた。
「……そう、なんだ……」
 なら、この人数は何なのだろうか。そう言いたくなる。
「心配するな。兄上達の護衛と腰巾着は入ってこない」
 昼間のメンバーの他に、オデュッセウスとギネヴィア。そして、親しい貴族達が数名来るだけだ。そう言ってルルーシュは笑う。
「……だけって……」
 そう言いながらも、スザクはとっさに脳内でルルーシュのきょうだいたちの数を数え出す。そうすれば、確かにこの部屋に用意されている半分近くは彼等で埋まることがわかった。
 残りが、親しいという貴族達なのだろう。
「そのうちの何人かは、お前も知っている人間だぞ」
 ニヤリ、と笑いながらルルーシュはそう付け加えた。
「……ブリタニアの貴族に、知り合いなんていたっけ?」
 こう言いながら、スザクは首をひねる。その瞬間だ。
「酷いわね、スザク君ったら」
 いくらルルーシュ以外に興味がないとは行っても、それは酷いのではないか。そう言いながら細い指が彼の頬を掴んだ。
「そうですね」
 さらに背中からのしかかってくるものもいる。
「会長に、ジノ?」
 何で、と思わず呟いてしまう。
「アッシュフォードは家を後見してくれている。ヴァインベルグは公爵家だしな」
「もっとも私は四男だから、本来であればこのような席に呼ばれる立場ではないのだがね」
 もう一つ、別の立場がある。そう言って彼は笑った。
「ヴァインベルグ卿は、そう見えてもラウンズのお一人よ」
 くすくすと笑いながらミレイが教えてくれた。
「ラウンズ?」
 聞いたことはあるが、どのような立場なのかはわからない。だから、救いを求めるようにとルルーシュへ視線を向けた。
「ラウンズは、皇帝直属の騎士だ。十二人しか選ばれない」
 そんなジノが自分に付いているのは、あのロールケーキが過保護なだけだ。そう付け加える。
「こいつを連れて行かなければ留学を許可しない、と言われたからな」
 仕方がない、とルルーシュはため息とともに口にした。
「アッシュフォード学園で、俺の身に危険があるはずがないのに」
「そう言って頂けるのは嬉しいですけどね。でも、万が一のこともありますし」
「だからといって、帝国最強の騎士ナイト・オブ・ラウンズを派遣することか?」
 自分たちと年齢が近い騎士だっているだろう、とルルーシュは付け加える。
「その上、教師にまで騎士を配置するとは……」
 やりすぎだろう。そうも彼は続けた。
「ルルーシュ」
 そのままでは、延々と父親批判をしかねない。そう判断をして、スザクは声をかける。
「あぁ、すまない。だから、この二人は《友達》といえる相手だが、母さんが希望する《友達》ではなかったんだよ」
 すまなかったな、とルルーシュは口にする。
「気にしてないって」
 むしろ、秘密を共有させてくれて嬉しい。そう言って笑う。
「ありがとう」
 そんな彼に、ルルーシュは笑い返してくれた。

 だからといって、この面々でゆっくりを味わうことが出来たかと言えば、それは別問題だった。






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