夏休み


「スザク君。よかったらちょっと付き合ってくれない?」
 そう言いながら、マリアンヌは手にしている剣を持ち上げてみた。
「母さん!」
 そんな彼女に向かって、ルルーシュが焦ったような声を上げる。
「大丈夫。ケガはさせないわ。ちょっと実力を確認したいだけ」
 うふふ、と笑い声を漏らしながら、マリアンヌが言い返す。
「日本のケンドウだったからしら。それを教えてくれると約束したでしょう?」
 いえ、約束していません……とスザクは言い返したい。しかし、そうできないのは彼女が身に纏っている迫力のせいだ。
 確かに、彼女がこの国で一二を争うくらい強いと言う言葉は嘘ではないらしい。
「その前に、ナナリーが今日、ここの周囲を案内すると約束していたのですが……」
 マリアンヌが本気になれば時間を忘れてしまうだろう、とルルーシュは続ける。
「それに、その間に俺が料理を作ろうか、と思っていましたが……スザクが母さんの相手をするとなると、俺がナナリーをなだめないとダメですよね?」
 料理をしている時間はない、と彼はため息を吐いた。
「……それは、困るわね」
 マリアンヌもそう言う。
「ルルーシュの手料理は滅多に食べられないもの」
 しかし、スザクと剣を交えてみたいし……と彼女は考え込む。
「……できれば、今日一日、猶予をいただきたいのですが……」
 移動その他で体を動かしていないから、とスザクもそっと口を開く。
「そう言われてみれば、そうだな。飛行機ではずっとシートに座っていたし……こちらに来てからも兄上や姉上達がおいでになったからトレーニングどころではなかったか」
 それでマリアンヌの相手は難しいのではないか。ルルーシュも頷く。
「ダメよ。いつでも戦えるようにしておかないと」
 そう言われて、スザクは困ったようにルルーシュへと視線を向ける。
「母さん。スザクは一応、民間人ですから」
 ブリタニアの風習を押しつけてはいけない……と彼は告げた。
「あら、そう?」
 まぁ、いいわ……と彼女は直ぐに微笑む。
「なら、明日の午後にしましょう。ジノとアーニャもまた顔を出すそうだから」
 その時にね、とマリアンヌは続ける。
「……わかりました」
 これ以上のワガママは無理だろう。そう判断をしてスザクは頷いて見せた。

 それにしても、厄介なことになった。ストレッチをしながらスザクはため息を吐く。
「ケガをさせたら、まずいよね」
 流石に、とそう呟いた。
「心配するな」
 傍で本を読んでいたルルーシュが口を開く。
「母さんが訓練でケガをしても、誰も何も言わない」
 もっとも、と彼は言葉を重ねる。
「二人がかりでも、母さんにケガをさせるどころか逆にやられるのがオチだろうが」
 ラウンズの中でも本気になった彼女にある程度打ち合えるのはビスマルクだけだ。そうも彼は続ける。
「三十路も後半なのに、未だに『帝国最強の騎士』の称号を返上していないからな」
「……あの方なら、それもあり得るかも」
 ルルーシュの言葉にスザクは頷き返す。
「なんて言うか……隙がないんだよね、マリアンヌさん」
 どこから打ち込んでも返されそうだ。そう言ってため息を吐く。
「でも、逃げるわけにもいかないし」
 自分もぶち切れないように気をつけないといけないだろうし……とスザクは続ける。
「ともかく、今日の夕食は、お前の好きなものを作ってやるよ」
 明日は、胃にやさしいものを用意してやろう。そう彼は口にした。
 つまり、そう言う状況になるのだ、と言いたいのか。
「ありがとう、と言っておくべき?」
「……まぁ、お前は俺の客だから……その程度ですむと思うぞ」
 ジノの方はどうなるかわからないが、とルルーシュは頬を引きつらせる。
「今のところ、テロも反乱も起きていないからな。ラウンズは出撃の予定もない」
 一人ぐらい減っても問題はないと言い出しかねないし、と彼は口にしながら、本を閉じた。
「前例があるとか?」
「ありすぎるくらいにな」
 だから、諦めてくれ。そう彼は続ける。
「逃げだそうとしても、ばれるからな」
 ついでに、日本でとんでもない噂を流されかねない。そう言われてはスザクも苦笑を浮かべるのが精一杯だ。
「とりあえず、最後まで立っていられるようにしておくよ」
 ケガをさせるどころか、こちらがさせられる可能性がある、とルルーシュは考えているのか。それはそれで複雑だな、とスザクはこっそりと付け加えた。

 しかし、その言葉は嘘ではなかった。
「……お母様、本気ですわ」
 彼女の服装を見たナナリーがそう言ったのは、十分ほど前のことだっただろうか。
 《閃光》と冠された彼女の本領は、攻撃にある。それは両手に握られた細身の剣からでも想像が出来るだろう。
「そうだな」
 確かに、ルルーシュにしても彼女が双剣を手にしている姿を見るのは本当に久しぶりだ。以前は、確かジノとアーニャが揃ってラウンズに取り立てられたときだっただろうか。
 と言うことは、ジノは二回連続でたたきのめされると言うことになる。
「それは構わないが……何故、姉上達が?」
 自分は誰にも知らせていないぞ、とそう付け加えた。
「お母様、だと思いますわ」
 元々、今日はユーフェミアと約束をしていたのだ……とナナリーが申し訳なさそうに告げる。
「ナナリーがユフィと約束していても当然だが……スザクにとっては災難だろうな」
 女性陣の前でたたきのめされるのか、とため息混じりに口にした。
「俺たちはともかく、あいつにはちょっと衝撃が大きいかもしれない」
 自分だけならばともかく、女性陣の前で完膚無きまでに叩きつぶされるだろう。あれでもスザクは自分の実力にかなりプライドを持っている。それが木っ端微塵に砕かれたら、彼はどうするだろうか。そんなことも考えてしまう。
「……とりあえず、今日もあいつの好物を作っておくか」
 不本意だが、食べ物で浮上させないといけないだろう。ルルーシュはそんなことも考える。
「もっとも、食べられるようならば、だがな」
 そのあたりは、マリアンヌが配慮してくれることを祈るしか出来ないが。そんなことを考えながら、ルルーシュは芝生の上で軽くすぶりをしているスザクを見つめていた。

 はっきり言って、信じられない。
 今の一撃は、師匠である藤堂でも避けるのが難しいと言っていたのに、と思いながらスザクは竹刀を握り直した。
 そんな彼の隣では、ジノが同じように剣をかまえ直している。軽薄とも言える言動とは裏腹に、彼の実力は確かだ。
 あるいは、その実力があるからこそ、あんな態度を取っていたのかもしれない。
 ルルーシュの話では、彼は大貴族の四男と言う気楽な立場だそうだ。実力もないのにあんな態度を取っていてはただのいやな奴だよな、と心の中で呟く。
 しかし、実際の彼は結構付き合いやすそうだ。
 後は、ここできちんと共闘できれば、マリアンヌに一矢報いることが出来るのではないか。
 そうは考えるが、相談をしている暇なんてない。
「つっ!」
 気が付けば、直ぐ傍までマリアンヌが近づいている。その気配を感じたときには、とっくに死角に入られているのだ。彼女が振るう剣を避けるので精一杯だと言っていい。
「あらら……また避けられたわ」
 残念、と口にしながらマリアンヌが離れていく。彼女の動きに一瞬遅れて、ジノの剣が彼女の残映を切った。
「凄いわねぇ。ジノだけなら、とっくにダウンしているはずなのに」
 楽しげな笑いを漏らしながら、マリアンヌが言葉を綴る。
「うん。鍛え甲斐があるわ」
 しかし、その後に続けられた言葉は何なのか。
「なら、もう少しレベルを上げてもいいかしら?」
 と言うことはなんですか。今まで、手を抜いていたと言うことですか、とスザクは心の中で呟く。
 本当に彼女はルルーシュの母親なのか。
 そう考えた瞬間だ。
「うわっ!」
 直ぐ傍でジノの驚愕に満ちた声が響く。それを認識すると同時にスザクは腹部に衝撃を感じた。

 目の前にはおいしそうなお菓子が並んでいる。
 口はそれを食べたい。
 しかし、しくしく痛む胃がそれを拒んでいた。
「大丈夫か?」
 そう言いながら、ルルーシュがそっと別のものを目の前においてくれる。それは卵色も優しいプリンだった。
「多分、これなら大丈夫だろう」
 胃に優しいはずだから、と彼は続ける。
「ありがとう」
 その気遣いが嬉しい。そう思いながら、スザクはスプーンを手に取った。
「……マリアンヌ様……もう少し手加減をしてくださってもよかったのではないかと……」
 だが、ジノにはその余裕もないらしい。
「あら。何を言っているの? この程度で根を上げるなんて……ラウンズの座を返上したら?」
 しかし、マリアンヌは悠然と微笑んだままだ。
「第一、私はスザク君相手にも一切、手加減はしていないわよ」
 それなのに、どうしてこれだけ差があるのかしら……と彼女は首をかしげた。その瞬間、長い黒髪がさらりと音を立てて流れる。
「母さん……それでは、ジノがかわいそうです」
 スザクが人外なのは当然だが、彼は人より強い人間、と言うだけだ……と言うルルーシュのセリフはフォローしようとしてのことか。
「……酷いです、ルルーシュ殿下……」
 ぼそぼそとジノが告げる。
「深く考えるな。ビスマルクにも同じセリフを言っているからな」
 マリアンヌやスザクレベルが特別なのだ……とルルーシュはため息を吐く。
「そう言えば、もう一人、人外がいたか」
 ぼそっとルルーシュがそう告げる。
「あ〜〜、いたね」
 それが誰のことかわかるのは、自分だけだろう。そんなことを考えながらスザクは頷く。
 その瞬間、マリアンヌの瞳が輝きだしたのは見なかったことにしておこう。スザクだけではなくルルーシュも同じ事を考えていたのか。揃って彼女から視線をそらしていた。

 マリアンヌの訓練に付き合わされるのはともかく、ナナリーをはじめとするルルーシュのきょうだいたち――と言っても、彼等と親しい者達だけ、だそうだ――も親しくしてくれて、スザクのブリタニア滞在は心地よいと思えるものだった。
 そう、この日までは、だ。
「スザク!」
 緊張した様子で、ルルーシュが駆け込んでくる。
「……どうしたの?」
 珍しくも肩で息をしている彼に、スザクは不審そうに問いかけた。
「いいから……直ぐに必要なものだけをまとめてくれ」
 焦りを隠さない言動に何か厄介な状況が起きているのだと推測をする。そして、それに関わって避難をしなければいけないのだろう。
「……大切なものというと、とりあえずパスポートと財布ぐらい、かな?」
 その他のものは後でいくらでも入手が可能だ。だから、と言いながら、とりあえず適当にポケットにつっこむ。
「……落とすぞ、それじゃ」
 鞄にぐらい入れろ、とルルーシュはため息を吐く。
「だって、持ってないし」
 日本にいたときも、いつもこうだったじゃないか。そう言い返す。
「好きにしろ」
 それよりも、準備が出来たなら、移動をするぞ……と言うと同時に、彼はきびすを返した。
「……何があったわけ?」
 そのまま歩き出した彼に追いつくと、こう問いかける。
「俺にも、詳しい状況はわからない」
 移動しながら報告を受ける予定だ、と言い返してきた。
「ただ……母さんが軍に向かったから……そう言うことだろう」
 自分たちはシュナイゼルの元へ行くのだ。そう彼は続ける。
「あそこなら、俺でも手伝えることがあるからな」
 やるべき時にやるべきことをするのが、自分たちの義務だ。そう言う彼が格好良く見えたのは内緒にしておくべきだろうか。
 心の中でそう呟いてしまったスザクだった。

 しかし、部外者の自分がここにいていいものか。どう考えても、ブリタニアの中枢ではないか、とスザクは焦る。
「無事だったようだね」
 微笑みを浮かべながらシュナイゼルが言葉を口にした。
「えぇ……それで、他のみんなは無事なのですか?」
 ルルーシュの問いかけに彼は頷いてみせる。
「クロヴィスと兄上は太陽宮に、ギネヴィア姉上とユーフェミア達はイルバル宮に避難しているよ」
 他のきょうだいたちも適当に避難しているだろう、と言うセリフから判断をして、彼にとって大切な者達は本当に僅かなのだろう。そして、それはルルーシュが大切にしている者達とイコールなのではないか。
 きっと、思考パターンが似ているんだろうな、と心の中で付け加える。
「わかりました。母さんは既に前線に行っているはずですし……俺に出来ることはありますか?」
 その間にも、ルルーシュが静かな声でシュナイゼルに問いかけていた。
「そうだね。君には私のフォローを。ナナリーとスザク君には、雑用をお願いしようか」
 ここからどちらかに移動するのは危険だ。だからといって、何もしないのでは二人も落ち着かないだろう。シュナイゼルはそう告げる。
「わかりました」
 追い出されないことに、スザクはほっとしていた。
「何でもします」
 ナナリーも頷いてみせる。
「ルルーシュもそれで構わないね?」
 彼の問いかけに、ルルーシュは小さく頷いて見せた。
「それで、兄上。現在、どのような状況なのですか?」
 テロが起きている、とは聞いたが……と彼はそのまま顔をしかめる。
「……テロ、と言うよりは、反乱と言った方がいいかもしれないね」
 ため息混じりにシュナイゼルが言葉を返す。
「首謀者は、陛下の后のお一人と、その父君のようだからね」
 もっとも、その后には子供がいない。このままではただ朽ちていくだけだ。それよりは、と考えたのかもしれない。
 あるいは、ルルーシュが帰国しているからか。
「どちらにしろ、許されることではない。そうだろう?」
 この言葉に、頷くしかできなかった。

 ルルーシュがその手のことに関して優れた才能を持っている、とは知っていた。しかし、ここまでだとは思わなかった、とスザクは心の中で呟く。
 それは、日本が平穏の中にあるからだろうか。
 それとも、と考えたときだ。
「手を出すな! 俺が対処をする」
 ルルーシュの厳しい声が周囲に響いた。
 いったい、何があったのだろうか。そう思って視線を向ける。
「……何があったのかね?」
 シュナイゼルが側近のものへと問いかけている声が耳に届いた。
「ハッキングを受けております」
 静かな声で側近が言葉を返す。
「なら、ルルーシュに任せるしかないね」
 自分たちは手を出せない。少し悔しそうにシュナイゼルは言葉を綴る。
「ここのセキュリティは彼が作ったものだしね」
 だから、と言いながらそれでも何かを考えるかのように彼はあごに手を当てた。
「で、犯人は誰だと思う、カノン?」
 静かな声で問いかけの言葉を口にする。
「シュナイゼル殿下?」
 何を、と彼が聞き返す声が周囲に響く。
「普通の人間であれば、そもそも、このシステムに侵入することは出来ない。なのに、犯人はここまで侵入してきた。それは、ある程度の権限を与えられているから、と私は考えているのだがね」
 だとするならば、誰だと思う? と彼は続けた。
「……自分の力を誇示するため、でしょうか」
 それとも、こちらを混乱に陥れるためか……とカノンは言い返す。
「……ルルーシュのミスを見つけるため?」
 スザクは小さな声でそう呟いたつもりだった。だが、彼の声は予想以上の大きさで周囲に響く。
「君もそう思うかい、スザク君」
 シュナイゼルが満足そうに頷いてみせる。
「何故……」
 どうして、そんなことをするのだろうか。スザクにはそれがわからなかった。

「あの子の優秀さは、誰もが認めている」
 そうだろう? とシュナイゼルは周囲の者達へと問いかけた。そうすれば、その場にいた者達は即座に頷いてみせる。彼等の表情から判断をして、決してシュナイゼルの言葉だから同意をしたとは思えない。つまり、彼等自身がそう思っているのだ、とスザクは思った。
「なのに、あの子は自分から地位を求めることはしなくてね。周囲をやきもきさせているのだよ」
 自分から進んで何かの地位に就いてくれれば、自分たちはあれこれ画策しなくてすむのだが……とシュナイゼルはわざとらしいため息を吐いてみせる。
 しかし、ハッキングを阻止することに集中しているのか。ルルーシュは何の反応も返してこない。
「しかし、逆に才能はないくせにプライドだけは高いものもいてね」
 努力もしないくせに地位だけは欲しがる。もちろん、そんなバカに与える地位などないのだが……とシュナイゼルは爽やかな笑顔で口にした。
 その表情と言葉の内容のギャップに、スザクは目を丸くする。
 しかし、それが普通なのか。周囲の者は当然と言ったような表情を作っている。
「もっとも、そう言うバカに限って味方は多いようだがね」
「あら、違いますわ、殿下」
 シュナイゼルの言葉にカノンがつっこみを入れた。しかし、その口調は何なのか。
「……あの人、男だよね?」
 思わず傍にいたナナリーに問いかけてしまう。
「えぇ。カノンさんは男性ですわ。あの口調は、趣味だそうです」
 シュナイゼルはそう言うところも気に入っているらしい、と彼女は微笑みながら教えてくれた。
「実際、あの方はとても優秀ですから。私も色々と教えて頂いています」
 優秀であれば、多少のことは目をつぶると言うことか。スザクがそう納得をしたときだ。
「無能者が頭を付き合わせて慰め合っているだけです」
 同病、相哀れむと言うではないか。そう言って微笑む。
 その言葉に、スザクは直ぐに『ただの類友なのか』と考えを変えた。
 どちらにしても、カノンが優秀でなければ続かなかったのかもしれないが。まぁ、ルルーシュの味方だからいいことにしよう、と結論づけた。

 しかし、ルルーシュは大丈夫なのだろうか。
 指の動きは止まっているようだが、と思いながら視線を移動させる。
「兄上」
 モニターをにらみつけながら彼は口を開いた。
「なんだい?」
 柔らかな声音でシュナイゼルは言葉を返す。その様子だけを見れば、仲のよいきょうだいの日常会話、としか見えないのではないか。
「兄上直属の騎士は、今どこに?」
 しかし、その内容は違う。
「……確か、隣の部屋、だったかな?」
 それがどうかしたのかね? と彼は問いかけている。しかし、その背後ではカノンが既に動き出していた。
「なら、大至急、ここの出入り口を固めてください」
 そんな彼にも聞こえるようにルルーシュはそう言う。
「現在、あちら側と思える兵士が突入してきましたから」
 面倒なので、防火壁を下ろしているが、突破されるのは時間の問題だろう。そう彼は続ける。
「おやおや……困ったものだね」
 シュナイゼルが苦笑を浮かべながらこういった。
「母さんとヴァルトシュタイン卿には連絡を入れました。直ぐに対処してくれるとは思いますが……」
「それまでの時間稼ぎなら、何とかなるだろうね」
 とりあえず、という言葉に、ルルーシュは頷き返す。
「それで、今回の原因は何なのですか?」
 知っているのでしょう、と言いながら、彼はシュナイゼルをにらみつけた。
「陛下の先日のお言葉かねぇ」
 それに、自分たちもついつい同意をしてしまったから……と彼は笑みを返す。
「どのようなお言葉だったのですか?」
 自分も聞いていないのだが、とナナリーが口を挟んだ。
「……次の皇帝に、ルルーシュはどうだろうか……と言う話だったかな?」
 出た瞬間、マリアンヌに雷を落とされていたが……彼の様子では諦めているかどうかわからない。そう言ってシュナイゼルは笑みを深めた。
「……あの、ロールケーキは!」
 余計なことばかり、ルルーシュは拳を握りしめる。
「いや。適任かもしれないよ」
 そう告げるシュナイゼルの言葉が、さらに彼の怒りを増幅させていたことは否定できない事実だろう。

 もっとも、いつまでも怒っていられない、と言うことも事実だったようだ。
「……最短ルートでこちらに向かってくるか」
 ルルーシュが小さな声で呟く。
「おかげで、対策は取りやすいが……」
 問題は時間だけだな、と彼は付け加えた。
「まぁ、ここに持ち込める武器は実剣だけだからね。私の騎士達の実力を考えればかなり持ちこたえてくれると思うが」
 それでも、問題は人数だろう。シュナイゼルはそう告げる。
「銃はないのですね?」
 確認するようにスザクは問いかけた。
「隠している可能性はあるが、まぁ、それでも小型のものだけだろう。だが、何故かな?」
 興味深そうな表情でシュナイゼルが言葉を綴る。
「銃がないなら、僕でも多少の時間稼ぎは出来るかな……と」
 殺さなくていいんだろう? とスザクはルルーシュに視線を向けた。
「そうだが……だが、お前はあくまでも客なのだぞ?」
 進んで危険の中に飛び込まなくても、と彼は柳眉を寄せる。
「だって、ここにテロリストが来たら僕も危ないじゃない。それに……マリアンヌ様の相手をさせられるよりはマシかな、と」
 八つ当たりをしたいだけだ、と冗談めかして付け加えた。
「確かに、マリアンヌ様に比べれば、彼等はかかしみたいなものだね」
 シュナイゼルが納得したように頷いてみせる。
「しかし、ルルーシュの気持ちもわかる」
 大切な友人を危険にさらしたくないのだろう? と彼は視線をルルーシュに向けた。そうすれば彼は小さく頷き返している。
「だからね。スザク君が実際に行動に出るのは、ここにテロリストが来てから、と言うことで双方妥協してくれないかな?」
「……それなら、そうするしかないでしょうね」
 確かに、ここに侵入してこられては、スザクだけ安全な場所に逃がすことも出来ない。ルルーシュはそう言って頷く。
「できれば、その前に母さんか姉上達が来てくれることを祈りますよ」
 そうすれば、一番確実だ。ルルーシュはそう言った。
「それは私も同じだよ」
 とりあえず、途中を閉鎖して麻酔ガスでも流そうか。彼のその言葉にカノンが頷いてみせる。
「分散されると使っても意味がないですけどね。ルルーシュ殿下の判断が的確でいらしたから、ようやく使えますわ」
 これで少しでも人数が減ればいい。それに誰もが同意をした。

 しかし、多勢に無勢なのか。じりじりと敵は奥まで侵入してくる。それを確認して、スザクは軽く体を解し始めた。
「……スザク?」
「万が一の時に動けないと困るからね」
 それが強がりだ、と言うことは、自分自身が一番よくわかっている。何かをしていないと落ち着かないだけなのだ。
「そうか」
 そんな彼の気持ちをわかってくれたのだろうか。ルルーシュは小さく頷いてみせる。
「でも、無理だけはするなよ?」
 彼は静かな声付け加えた。
「わかっているよ、ルルーシュ」
 その言葉に微笑み返す。
「無理はしない。それでも、万全の体勢を整えておきたいから」
 だから、とスザクは続けた。
「もっとも、迷惑ならやめるけど……」
「そんなはずないだろう?」
 スザクの言葉に、彼は直ぐにこう言ってくる。
「第一、巻き込んだのはこちらだ」
 ここに来なければ、このような状況に巻き込まれることはなかったはず。だが、と彼は続けた。
「他の誰でもなく、お前でよかったと思っているよ」
 しかし、この言葉はどういう意味なのか。
「ルルーシュ?」
「お前だからこそ、安心していられる。俺たちが二人手を組んで、失敗したことはないだろう?」
 他のものならそうはいかない。だが、と言って彼は笑った。
「そうだね、ルルーシュ」
 確かにそうだ、と。スザクも頷き返す。
「と言うことで、あてにしている」
 そう言いながら、彼はまた眉根を寄せた。
「兄上の騎士はともかく、親衛隊のものは母さんに鍛え直して貰った方がよいのではありませんか?」
 言葉とともにルルーシュは視線をシュナイゼルへと向ける。
「そうだね。それがいいかもしれない」
 不甲斐ない、と言われた本人はため息を吐く。
「ナナリー。こちらにおいで」
 そのまま、彼は彼女を手招いた。
 それを合図にしたかのように他の者達は入り口の前へと机や何かを積み上げ始めた。
「……突破されたんだ……」
「まだ、完全ではないがな……時間の問題だろう」
 後は、それこそ救援が先か、自分たちが捕らわれる方が先かのタイムレースだ、とルルーシュは言い返してくる。
「少しでも、それを遅らせればいいんだね?」
 スザクは確認のために問いかけた。
「あぁ」
 それに彼は不本意そうな表情で頷いてみせる。
「大丈夫。その位なら、僕でも出来るから」
 言葉とともに、スザクは立てかけておいた木刀へと手を伸ばした。

 ドアの外から、罵声と喧噪が響いてくる。その大きさから判断をしてかなり近くまで来ているのではないか。
 しかし、銃声はしない。
 と言うことは、確かに彼等は銃を持っていないのだろう。
「……なら、気絶させればいいだけか」
 大丈夫、出来る……とスザクは自分に言い聞かせる。
 どんなに訓練を積んだ人間でも、絶対に鍛えられない場所があるのだ。そこをめがけて木刀をたたき込めばいい。
 いつもなら、相手にケガをさえないように、と気をつけている。しかし、今回はそんな気遣いは無用だろう。
 だから、全力で打ち込める。
 後は一対多数にならないように気をつけるだけだ。
 一対一なら、負けるはずがない。
「マリアンヌさんも、そう言ってくれていたし」
 それに関して、彼女が嘘を言うはずがない。だから、大丈夫だ。
 言葉とともに木刀をしっかりと握りしめる。
 まるでそれにタイミングを合わせるかのようにドアが破られた。
 即座に、騎士達が行動を開始する。
「殿下方が、奥へ!」
 カノンの声が周囲に響く。そして、その場に残っていたシュナイゼルの部下達が三人を取り囲む。
 それを見てから視線を入り口へと戻した。
 バリケードのおかげか。一斉に中に侵入しては来られないらしい。
 そして、シュナイゼルの騎士達も――マリアンヌやジノと比べては劣るが――かなりの手練れだ。的確に相手をたたきのめしている。そうすれば、その体がまた新しい障害へとなっているようだ。
 それでも、そんな味方の存在に気づいていない者がいた。
 倒れているものを平気で踏みつけて中へと飛び込んでくる。その勢いに、騎士達は反応が遅れた。
 だが、スザクは違う。
「させるかよ!」
 言葉とともに、思い切り相手のみぞおちへと突きをたたき込んだ。

 いったい、何人、たたきのめしたときだろう。
 もうそろそろ感覚が失われてきている。ただ、今、自分が手にしているのが木刀でよかったな、と本気で感じていた。これが真剣なら、既に人の脂で斬れなくなっている頃だ。
 しかし、木刀なら折れるまで相手をたたきのめせる。
 そんなことを考えていたせいか。次第に自分の中で凶暴な《何か》が目覚めようとしていた。
 その時だ。
「ルル様! ナナリー様!!」
 男達を蹴飛ばして小柄な影が飛び込んでくる。そして、真っ直ぐに彼等の方へと向かおうとしている姿が確認できた。
 とっさに、スザクはその人影をたたきのめそうとする。
「スザク、待て! それは味方だ」
 そんな彼の耳にルルーシュの制止の言葉が届く。反応できたのは、彼の声だから、かもしれない。
「……味方?」
 止められてよかった、と思いながらスザクはその相手を改めて確認する。そうすれば、確か、先日、ルルーシュとジノが紹介してくれた少女の姿があった。
「えっと……アーニャ、だっけ?」
 確認するように彼女の名を口にする。
「そう」
 アーニャはそう言って頷く。
「ルル様とナナリー様を守ってくれたの?」
 そのまま、こう問いかけてきた。
「友達だから」
 当然のことだ、と言外に付け加えれば、彼女ははんなりと微笑んで見せる。そうすれば、彼女がナイト・オブ・ラウンズだとは信じられない。
「君が来たと言うことは、外の制圧は終わったのかな?」
 シュナイゼルが問いかけの言葉を口にする。
「はい。マリアンヌ様が……」
 凄く怖かった。小さく呟かれた言葉は彼女の本音なのだろう。しかし、どのような行動をしてくれたのか。考えたくはない。そう思うスザクの気持ちも嘘ではない。
「……とりあえず、無事な姿を見せてこようか」
 マリアンヌをなだめるためにも、と言うシュナイゼルにその場にいたものは即座に首を縦に振った。



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