結婚物語

おでかけ


お出かけ


 日差しが強くなってきたような気がする。
 さすがに、最近はジャケットも薄いものを身につけている人が多くなった。
「ルルーシュ」
 そんなことを考えながら、手にしていた帽子を彼女の頭に乗せる。
「スザク?」
「忘れてきたんだろう? それ、かぶってなよ」
 好みではないかもしれないが、プレゼント……とスザクは笑う。
「でないと、日焼けしちゃうよ?」
 体質なのか。ルルーシュは自分のように黒くはならず肌が真っ赤になる。それを見ているととても痛そうだ。さすがに、まだ風は心地よい涼しさを保っているから手足を露出はしていない。それでも、鼻の頭とかは日焼けするのではないか、と思う。
「そうだな。一応、日傘は持ってきたが……ここでは使わない方が良いか」
 人が多いから、と彼女はうなずく。
「ルルーシュが使いたいならかまわないと思うけど?」
 今日の服装であればそちらの方が似合うだろうし、とスザクは言い返す。
「いや、いい。せっかくお前が選んでくれたんだ。このままでいい」
 目を細めると、彼女はそう言った。
「しかし、お前にしては気が利いている」
 これはほめられているのだろうか。
「似合うか?」
 さらに彼女はこう問いかけてくる。
「似合うと思って選んだんだけど」
 本当によかったのか、と不安になってきた。
「そうか」
 そういうと、彼女はふわりと微笑む。
「なら、行くか?」
 そのまま、視線を移動する。次の瞬間、彼女の表情が悲壮な決意に彩られた。
 目の前にあるのは、千十五段の石段だ。それを登るのにどれだけの体力がいるか。それが不安なのだろう。よくよく見れば、まだ小さな子供も一生懸命登っている。すでに成人に近い自分が登れないのは恥だと思っているのかもしれない。
「途中、休むところもあるし……だめなら、負ぶっていってあげるから、安心して」
 ルルーシュを背負っていても、ここの一番上まで駆け上がる自信がある。
「……そのときになったら、頼むかもしれないが……」
 だが、極力、自力で上まで行きたい。そう彼女は口にした。
「そうでないと、母さんに何を言われるかわからないからな」
 最初からスザクに甘えているだけでは、と彼女は続ける。
「別にかまわないのに」
「お前ならそう言ってくれるだろうとはわかっているが……男に甘えるだけの女にはなるな、というのが母さんの口癖でな」
 むしろ『男を振り回せる女になれ』だそうだ。ルルーシュは苦笑混じりに付け加える。
「ずいぶんと豪快なお母さんだね」
 間違っていないのかもしれないが、普通、自分の娘にそんなことを教えるだろうか。いや、ブリタニアではあり得る話なのかもしれない。それに、相手はルルーシュだ。そのくらいはっきり言わないと納得しないようにも思える。
「ルルーシュなら、振り回されてもいいけどね、僕は」
 むしろ、振り回して欲しいくらいだ。そう言っても、ルルーシュの性格上、故意には難しいだろう。実は、無意識に振り回してくれているのだが、それは指摘しない方がいいような気がする。
「変わった奴だな、お前」
 普通の男は逆のことを言うのではないか。ルルーシュはそう言い返してくる。
「そうかな?」
「そうだ」
 スザクの言葉に、彼女はきっぱりとした口調で言い返してきた。
「でも、僕が本気で君を振り回したら、君は大変だよ?」
 体力的に、とスザクは笑う。
「あぁ……それは願い下げだな」
 スザクの体力につきあえるはずがないだろう。ルルーシュは本気でいやそうな表情でそう言った。
「だから、君が振り回す方がいいんじゃないかな?」
 違う? と問いかければ彼女は小さくうなずいてみせる。
「だから、遠慮しなくていいからね」
 疲れたときには、すぐに言うこと。そう告げると同時に、スザクはルルーシュに手を差し出した。
「別に、手をつながなくても大丈夫だぞ」
 転ばない、と彼女は続ける。
「わかっているけど、この方が安心できるから」
 だめかな、と聞き返す。
「……前言撤回だ。お前も十分私を振り回してくれている」
 全く、と彼女は苦笑を浮かべる。
「そんなことないよ。ただ、ルルーシュが心配なだけだって」
 スザクはまたそう言った。
「そういうことにしておいてやる」
 言葉とともに、ルルーシュはスザクの手に自分のそれを重ねてくる。スザクはその繊手をそっと握りしめた。

 ここは観光地だからだろう。石段はぐらつくこともない。
 だが、やはり急な斜面に作られているせいか、結構きついらしい。あちらこちらで老人や女性が休んでいる姿が確認できる。
 ルルーシュもそろそろ一休みさせた方がいいのではないか。しかし、自分とともにいる少女が、素直に休憩を受け入れてくれるとは思えない。
「ルルーシュ。あそこのお堂にお参りしようか」
 だから、とスザクはこう言った。
「お堂?」
「パンフに書いてある。一応、こういうときは本殿に行く前に末のお堂からお参りをするのが礼儀なんだよ」
 参拝の、と付け加える。少なくとも、自分は小さな頃にそう教えられた。そう付け加える。
「そうか。それならば仕方がないな」
 ルルーシュはそう言ってうなずいてみせた。だが、彼女の表情に安堵の色が見え隠れしていたのはスザクの錯覚ではないはずだ。
「そう。そうしたら、少し水分をとらないと。かいていないようで、結構汗をかいているしね」
 倒れたら困るでしょう? と続けた。
「確かに。熱中症は予防が重要なんだろう?」
「そう。スポーツドリンクは用意してきたから」
 ルルーシュの分があるから、今回はいつもの倍以上の量をバッグに入れてある。
「いつの間に?」
 というよりも、気がつかなかった。彼女は驚いたようにそう言った。
「なれているから」
 トレーニングだ、大会だと走り回っていれば、自然と身につく。だから、そう言うことに縁遠いルルーシュが気づかなかったとしても当然のことだろう。
「そうか。ならば、次からは忘れないようにしないといけないか」
 今回だけで終わるはずはないからな、と彼女はうなずく。
「荷物持ちは男の役目だよ」
 スザクはそう言って笑った。
「それよりも、ほら、そこ」
 石段から少し外れた場所に木で作られた小さなお堂がある。その周囲には参拝客が休むことを想定してか。座るのに都合の良さそうな石が置かれていた。
「お参りをしたら写真を撮ろうか」
 ちゃんとデジカメも用意してある。そういえばルルーシュは苦笑を浮かべる。
「本当に、今日は用意がいいな」
「だって、送らないといけないでしょう? ブリタニアのご家族に」
 そういう話をしていたではないか。スザクはそう言い返す。
「別に、私が写っていなくてもいいんだが」
 ルルーシュはため息とともに告げる。
「必要なのは風景らしいからな」
 だから、自分は写らなくていい。彼女はそう告げる。
「だめだよ。やっぱり、ルルーシュがいないと」
 風景は別に撮るとしても、やはり肝心なのはルルーシュではないか。
「連休にも戻らないんだろう? なら、写真ぐらいは妥協してあげないと……それに、僕も欲しいし」
 最後にぼそっと本音を漏らす。
「そう言うことなら、妥協してやろう」
 ため息とともにルルーシュは言葉を吐き出した。
「ただし、送るのは私が選んだのだけにしておけ」
「もちろん、全部、ルルーシュに見せるよ」
 撮った写真は、と続ける。
「被写体の許可を取るのは当然のことだろう?」
 だから、ちゃんと見せるよ……と笑う。
「と言うことで、まずはお参り。ちゃんとご挨拶をしてからでないとね」
 不本意だが、子供の頃からたたき込まれた考えはそう簡単にぬぐえない。そう付け加えた。
「なるほどな。それで、どうすればいいんだ?」
「ここはお寺だから、普通に頭を下げた後に手を合わせてお祈りすればいいんじゃないかな? でも、拍手はだめだよ。柏手を打つのは神社だけ」
 ちょっと面倒かもしれないけど、とスザクは続ける。
「……ここは寺院だから、神ではなく仏、と言うことか」
 仏相手だから柏手は打たないんだな? とルルーシュは確認するように口にした。
「そう言うことらしいよ」
 自分もよくわからないけど、と言い返しながら、スザクは手本を見せるようにやってみる。それをまねしてルルーシュも参拝を済ませた。
「じゃ、写真を撮ろうか。まずは、ルルーシュが入った奴だね」
 それだけは何があっても忘れてはいけない。スザクはそう思う。
「その後は、適当に風景を撮ればいいのかな?」
「あぁ」
 スザクの言葉にルルーシュはうなずいてみせる。
「でも、建物は多めにしてくれると嬉しい」
 興味を持つ人間は身内にたくさんいるから、と続けられてスザクは「わかった」と言い返す。
「と言うことで、お堂の前に立ってね。ただし、正面じゃなくて、ちょっとずれてくれる?」
 その方が大きさもわかると思うから、と続けたのはいいわけだ。お堂の真っ正面に立って記念写真を撮るというのは日本人として認めがたいことだと言っていい。しかし、それを上手く説明できる自信がスザクにはないだけだ。
「お前に任せる」
 ルルーシュの言葉に、スザクは微笑みを浮かべる。
「了解」
 そして、微笑むとデジカメを構えた。

 こんな風に、ルルーシュの体力を観察しながらスザクは撮影という名の休憩を適度に入れていた。
 その結果だろうか。普通の倍以上の時間をかけて彼らは頂上にある奥の院までたどり着いた。
「ここがゴールだけど……でも、個人的には納経堂の見学は外せないと思うんだよね」
 一番古い建物だし、とスザクは続ける。
「でも、辛いなら、下りる?」
 そして、そろそろ東京に帰る? と問いかけた。
「いや。お前のお薦めなら見て行く」
 ここまで来れば同じことだ。ルルーシュはそう言う。
「それに、連休だろう? 多少遅くなっても困らないと思うが?」
 でも、と彼女は何かを考え込むような表情を作る。
「運転するお前が大変か?」
「大丈夫。休み休み帰るしさ」
 高速を使えば脇から飛び出してくる子供はいないだろうから、と続けた。
「いざとなったら、どこかで宿をとってもいいしね」
 さらに笑みを深めるとそう言った。
「もちろん、そのときはシングル二つとるから」
「……別に、一緒の部屋でもかまわないぞ、私は」
 そうすれば、ルルーシュは小さな声でそう言い返してくる。
「ルルーシュ?」
「それで、お前お薦めの場所にはどうやって行くんだ?」
 何かさらりとごまかされたような気がするが……こういうときは仕方がないのだろうか。
「こっちだよ」
 ともかく、彼女をあそこに連れて行こう。
 後のことはそのときだ、と心の中で呟く。
「こっち」
 そういうと、先に立って歩き始めた。そう遠くない場所に、崖ぎりぎりのところに建てられている朱塗りの建物がある。それが目的地だ。
「できた当初はもっと鮮やかな色だったと思うよ」
 自分はこちらの色の方が好きだけど、とスザクは言う。
「……時間を経なければ見られない色だからな」
 確かにきれいだ、とルルーシュもうなずいてみせる。
「それに、ここからの景色も見事だな」
 感心したような声音で彼女はそう言った。
「他にもいろいろときれいなところはあるけどね」
 全部は見せられないか、とスザクは言葉を返す。
「それとも、お嫁に来る? そうなったら、全部連れて行ってあげるよ」
 スザクは冗談交じりにそう続けた。
「それもいいかもしれないな」
 だから、ルルーシュのこの言葉は意外だったかもしれない。
「考えておいてやろう」
 こう言って彼女は微笑む。
 その笑顔に、スザクは思わず見とれてしまった。

 後で、あの笑顔を写真に残しておかなかったことを思い切り後悔したが、それはまた別の話だろう。







12.06.11 インテ用ペーパー再録