01:プロポーズしました
明日で二十歳になる。
そうなったら、好きな相手と結婚しても誰も文句を言えないはずだ――少なくとも、法律上は。
だから、というわけではない。
自分自身が彼女と結婚したかったのだ。
高校一年の時に出逢ってから今日までずっと共に過ごして、その気持ちを深めていった。きっと、彼女もそうだとそう考えていた。
だから、と思いながら、スザクはジャケットのポケットに忍ばせたビロードの箱を握りしめる。
「今すぐ結婚したいってわけじゃない。式は卒業してからだっていい。ただ、僕の気持ちを受け入れてさえくれれば、それでいいんだ」
そのためにも、今日は失敗できない。
「頑張らないと」
自分に活を入れるようにこう呟く。
その時だ。
「珍しいな」
言葉とともにルルーシュが歩み寄ってくる。
「お前の方が先に来ているなんて」
これに関しては、返す言葉もない。
「たまにはいいだろう」
それでも、今日だけは遅れるわけにはいかなかったから……と心の中で呟く。
「雨が降りそうだがな」
苦笑と共に彼女はそう言った。
「まぁ、お前の方からデートのお誘いがあった時点で、雨どころか雹が降りそうだったが」
「酷いな」
そこまで言われなければいけないようなことをしただろうか。本気で悩んでしまう。
「いつもは、デートなんてしないだろう?」
どちらかの部屋で二人で過ごすことはあっても、と彼女は笑った。
「……そう言えば、そうだね」
しかも、ここ一年ほどはルルーシュの手料理をごちそうになっていたし……とスザクは続ける。
「私としてはどちらでも構わないんだが……本当に、今日はどうしたんだ?」
首をかしげれば、鴉の濡れ羽色と表現するにふさわしい髪の毛がさらさらと音を立てて流れ落ちる。その髪に指をからめたくなりそうな自分をスザクは必死に押さえた。
「ちょっと、ね。付き合ってくれればわかるよ」
それに、たまにはいいでしょう? と笑えば彼女は小さく頷いてくれる。
「じゃ、行こうか」
それに安心をして、そっと手を差し出した。
ルルーシュはためらうことなくその手に自分のそれを重ねてくれる。スザクはその手をしっかりと握りしめた。
こう言うときにはここがいいだろう。
リヴァルが教えてくれた店は、確かにとてもいい雰囲気だった。もちろん、その分だけ懐にはいたいが、バイトを頑張っていた分、余裕だった。こことポケットの中のものを購入しても、まだ八桁のお金が財布の中に入っている。
だから、突発的に何かが起きても大丈夫だ。
それでも、緊張のために口の中が乾いてくる。
何よりも口を開くきっかけが見つからない。そんな彼の様子に気付いているのかいないのか。
「……うまいな、ここは」
ソースの味付けは何だろう、とルルーシュが必死に考え込んでいる。
「あのね、ルルーシュ」
今を逃しては絶対に言い出せない。意を決してスザクは口を開いた。
「何だ?」
言葉とともにルルーシュは真っ直ぐにスザクの顔を見つめてくる。その瞬間、彼女のアメジストの瞳がきらりと光をはじいた。
「僕と結婚してください!」
そんな彼女の前に、バイト代三ヶ月分の指輪を差し出す。
「……スザク?」
ルルーシュが驚いたように目を丸くした。
「……ダメ?」
恐る恐るというように問いかける。
「そんなことはないが……勝手に決めるわけにはいかないからな」
実家の関係で、と彼女は呟く。
「仕方がない。母さんに話をして……だな」
彼女さえ味方につけてしまえば、他の誰が反対しても大丈夫だ。そのためにも、スザクに彼女にあってもらわなければいけない。ルルーシュはぶつぶつとそんなことを言う。
「それは当然のことだと考えているけど……ルルーシュ個人は、僕と結婚してもかまわないと思ってくれているの?」
「当たり前だろう!」
即答してくれる彼女に、とりあえずは今はそれだけでいいか……とスザクは心の中で呟いていた。
02:母来襲
「うちの母は軍にいたせいか……ちょっと常識がずれているから」
空港に向かう車の中で、ルルーシュはため息混じりにこういった。
「……わかった」
幸か不幸か、スザクには軍人の知り合いが多い。そして、彼らがどんな人物かもよく知っていた。確かに、普通の生活を送っている人間から見れば、ちょっと――というのはかなり控えめな表現だ――常識がずれている。それでも、悪い人たちではない。
だから、きっと、ルルーシュのお母さんもそうだろう。
何よりも、大切な人(ルルーシュ)のお母さんだ。多少のことは気にならないに決まっている。
第一、自分の親戚以上に常識のない人間はいない。スザクはそう考えていた。
しかし、真実は小説よりも奇なり、というのは事実だった。
「この便だと思ったんだが……出てこないな」
入国ゲートを見つめながらルルーシュが呟く。
「ひょっとしたら、予定が変わったのかもしれないよ? 誰か、確認できる人はいないの」
午前と午後を間違えていたとか、とスザクは苦笑混じりに告げた。
「そうだな……あの人の気まぐれは昔からだ」
言葉とともにルルーシュはバッグの中から携帯を取り出す。しかし、電波が弱かったのか液晶画面を見つめながら小さなため息をついている。
「僕がここにいるから、電波の強いところでかけてくれば?」
微笑みとともにスザクはこう声をかけた。
「わかった。だが、気をつけろよ? 母さんはお前の顔を知っている」
何をしでかしてくれるかわからない、と予想もしていないセリフが返される。
「大丈夫だよ」
いくら何でも、いきなり殴りつけられる事はないだろう。
たとえそうだったとしても――ルルーシュに手を出した事に関して、何を言われても仕方がないという自覚はある――藤堂の突きよりすごいと言うことはあり得ないのではないか。
そう信じていたのだ。
「……お前がそう言うなら信用するが……」
ルルーシュはまだ不安そうな声音で言葉を綴る。
「母さんは、お前と同じで人外だからな」
それはほめ言葉なのか。本気で悩んでしまう。
「大丈夫だよ。それで何かあったら、絶対反対されるだろうし」
違う? と問いかければルルーシュは渋々ながらも頷いて見せた。
「まったく……お前も妙なところで頑固なんだから」
そして、ため息混じりにこう言ってくる。
「君には負けるよ」
「好きに言っていろ」
笑みと共にルルーシュはこういう。そのまま彼女が体の向きを変えた瞬間だ。首筋がちりちりと粟立つ。それが何であるのか、不本意ながらスザクは知っていた。
誰かが自分たちを狙っている?
心の中でそう呟いた瞬間、何かが空を切った。
「ルルーシュ!」
反射的に彼女の体を抱きしめる。そのまま、地面を蹴った。
「あら。残念」
先ほどまで自分たちがいた場所に、一人の女性が立っている。
「……母さん」
ルルーシュのこの呼びかけがなくても、この女性が彼女の母親だ、ということは一目でわかってしまった。何というか、父親の遺伝子は瞳の色以外にないのですか。そう言いたくなるくらいよく似ていたのだ。
「でも、気に入ったわ。私の攻撃を避けられる人間はほとんどいないのよ?」
微笑む彼女にどのような反応を返せばいいのか。スザクにはすぐには判断できなかった。
03:衝撃の事実
とりあえず、空港ではゆっくりと話しもできない。
だから、ということで三人が移動したのはルルーシュが暮らしているマンションだった。もちろん、スザクが運転する車で、である。
「あら。ずいぶんと綺麗にしているのね」
感心したようにルルーシュの母――マリアンヌはそう言った。
「このくらい普通です」
ルルーシュはため息混じりに言い返す。
「たんに、母さんが整理整頓が苦手なだけではありませんか?」
さらに彼女はこう付け加えた。
「別に、その程度じゃ死なないもの」
にこやかな表情と共に付け加えられた言葉は何なのか。
「それに、私がしなくても、皆が片づけてくれるわ」
彼女たちに任せた方がものが壊れなくていい。マリアンヌが無邪気な口調でそう言えば、ルルーシュはまた深いため息をついた。この調子では次に続くのはお小言ではないか。
「ともかく、座って貰ったら? それと、荷物はどこに置けばいいのかな」
その前に、と思ってスザクは口を挟む。
「そうだな。母さんが疲れているとは思わないが、一応客だしな」
やはり、どこか引っかかる口調でルルーシュは頷いてみせる。
「……ルルーシュ……」
君は、とスザクは続けようとした。
「ひょっとして、貴方、怒っているのかしら?」
だが、それよりも早くマリアンヌがこういう。
「ひょっとしなくても、怒っています。母さんがスザクに、出会い頭に何をしたか。忘れてはいませんから」
スザクだからよかったものの、他の友人達では避けるどころか気付くことも出来なかったのではないか。ルルーシュはそう言って、彼女をにらみつける。
「あら。ただのお友達なら何もしないわよ」
でも、とマリアンヌはスザクを見つめてきた。
「貴方の夫になるかもしれない相手でしょう? 確実に貴方を守りきれる人間じゃないとダメだわ」
自分がどのような立場なのか忘れたの? とマリアンヌはルルーシュへと視線を戻すと問いかける。
「……その話は国を出るときに終わったはずですが?」
「あの人があの程度で諦めると思っていたの?」
甘いわね、と彼女は続けた。
「未だに貴方は継承権十七位のままよ」
手ぐすね引いて連れ戻そうとしている、と彼女は言う。いや、その後にも何か続けられていたようなのだが、それは左から右へと抜けていく。
「……継承権?」
って、何? とスザクは思わずルルーシュに問いかけてしまった。
「……ルルーシュ、貴方。まさか、彼になにも教えていないの?」
さらにマリアンヌがこんなセリフを彼女に投げつける。
「だから、全て終わったと思っていたんです!」
開き直ったようなルルーシュの声が周囲に響き渡った。
「……ブリタニア第三皇女?」
ルルーシュ達の話を聞き終わった後で、スザクは確認のためにこう問いかけた。
「継承権はとっくに放棄したつもりだったんだ。だから、こちらでは《ランペルージ》で通していたのに」
あのロールケーキめ、とルルーシュはため息をつく。
「そんな私はいやか?」
だが、すぐに真顔になってこう問いかけてきた。
「ルルーシュこそ、僕でいいの?」
ならば、自分は構わない、とスザクは言い返す。
「スザク?」
「……厄介なのは、うちも一緒だから」
さらに彼は付け加えた。
「そう言えば、お前の父君は……」
「困ったことに、現首相だよ。この国の」
それでなくても、六家と呼ばれている厄介な家柄の、しかも跡取り息子だ。
そんな自分でもいいのか、とスザクは逆に聞き返す。
「私は、お前がいい」
そうすれば、ルルーシュは即答してくれる。
「なら、問題はないよ。僕的にはね」
スザクはそう言って笑い返す。
そして、いつものように彼女の髪に指をからめた。
「あらあら」
その瞬間だ。第三の声が割り込んでくる。そう言えば、ここには彼女も居たのだ、と今更ながらに思い出す。
「お熱い事ね。母さん、見ていて照れちゃうわ」
でも、と彼女は笑う。
「十分に合格よ。母さんは認めてあげる」
だから安心しなさい。そう言って彼女はルルーシュによく似た笑みを浮かべた。
11.08.30拍手より移動