結婚物語



07:妹来襲 

その1

 もうじき、夏休みが終わる。
 そうしたら、テストが待っているなぁ……と訳のわからないことを考えていたときだ。
「……ユフィとナナリーが?」
 ルルーシュが叫ぶようにこう言った。彼女が口にした名前に聞き覚えがある。確か、実の妹と一つ違いの異母妹だったはず。
 その二人がどうしたというのだろうか。
 厄介事でなければいいけれど。そう思いながら、スザクは耳を澄ます。
「二人だけですか?」
 それとも、護衛がついているのか……と彼女は続けている。
「……そうか、ダールトンとロロが一緒か」
 どこかほっとしたような口調でルルーシュは言った。
「ともかく、すぐに大使館に動くように命じてください。それと、到着時間を。可能なら、私も空港に向かいますから」
 その言葉に、スザクは無意識に時計を確認する。
「ここからなら、空港まで二時間、といったところかな?」
 それ以降なら何とかなるだろう。もっとも相手が専用機で来ればちょっとややこしいことになるかもしれない。そのときは、ゲンブか桐原に融通を利かせてもらわなければいけないが。そんなことを考えていたときだ。
「……わかりました。とりあえず善処します」
 小さなため息とともにルルーシュがこういうのが聞こえる。どうやら、相手に押し切られたな、とわかった。
「ルルーシュ?」
 彼女が通話を終えたというのを確認して、スザクが問いかける。
「あぁ……妹たちが宮殿を抜け出してこちらに来ているそうだ。かろうじて、護衛がついていることだけが救いか」
 あの二人なら彼女たちがやらかすかもしれないあれこれを止めてくれるのではないか。彼女は額を押さえながらそう呟く。
「とりあえず、空港にいてみようよ」
 でも、特別機なら行かない方がいいのかな? とスザクは首をかしげる。
「民間機だそうだ。さすがにファーストクラスを確保したそうだが」
 ダールトンに感謝だな、と彼女は言う。
「誰?」
 知らない名前だ、と思いながら問いかける。
「姉上の副官だ。騎士としても指揮官としても有能な人物だよ」
 ついでに、年齢的に言えばマリアンヌよりも上だ……と笑いながら彼女は付け加えた。どうやら、スザクが何を気にしているか察したらしい。
「そうなんだ。って、まさかと思うけど、また出会い頭に攻撃されたりしないよね?」
 マリアンヌとの出会いが脳裏にこびりついているせいか。ついついそう口にしてしまう。
「……たぶん」
 その一瞬の間は何なのだろうか。
「まぁ、やったとしても母さんほどの実力はない。だから、お前なら大丈夫だろう」
 何が大丈夫だというのでしょうか、とスザクは問いかけたくてたまらない。しかし、下手に突っ込まない方がいいだろう。
「……とりあえず、空港に行く?」
「そうだな」
 スザクの言葉にルルーシュはうなずく。
「準備をするから、ちょっと待っていてくれ」
 そのまま彼女はきびすを返そうとする。
「ほわぁぁっ!」
 だが、そこでバランスを崩してしまったのは愛嬌というものだろう。
「気をつけないとだめだよ」
 反射的に抱き留めながらスザクはそう言った。
「再会する前にけがをされたら、それこそ、反対されそうだから」
「……すまない」
 手間をかけさせて、とルルーシュはうつむく。
「まぁ、君のフォローは僕の権利だけどね」
 だから、任せておいて……とスザクは笑う。
「それよりも、早く出ないと、間に合わなくなるよ?」
「あぁ、そうだ」
 この言葉とともに、今度こそ彼女は出かけるための準備を開始した。


その2

 何とか到着の時間前に到着ロビーにたどり着くことができた。それも前回と同じだ。
 そういえば、ここでマリアンヌに出会い頭の攻撃を受けたのだったな。ふっとそんなことを思い出しながら、腕の中に抱きかかえていた少女の体をそっとおろす。
「……恥ずかしいやつ」
 その瞬間、ルルーシュがこう言う。
「転ぶ方が恥ずかしいと思うけど?」
 特に、今日のルルーシュのスカートは、珍しくも短めだから……とスザクは続ける。その言葉の裏に隠されている意味に彼女は気づいたのだろう。かすかに頬を染めている。
「それに、これは僕の特権でしょう?」
 この言葉とともにスザクは歩き出す。周囲の視線には優越感というバリアーを張っていた。
「どの飛行機?」*
 到着を知らせるボードの前までたどり着くと、そう問いかける。
「どうやら、着陸はしているようだ」
 こう口にしながら彼女は視線だけで『下ろせ』と告げてくる。少しもったいないが、ここで逆らう方が怖い。そう判断して、スザクは渋々ルルーシュの体を解放した。
「後は、あの子達が出てくるまで待つしかないんだが……」
 問題は見つけてもらえるかどうかだ、と彼女は呟く。
「でも、マリアンヌさんはすぐに見つけたでしょう?」
 それどころか、気配を消してまで攻撃してきたではないか。そうスザクは続ける。
「母さんは、な。いくらブリタニアでも、母さんレベルの人間がごろごろしているわけではないぞ」
 自分が知っている限りでは、後一人だけだ。もっとも、その人物もマリアンヌには勝てないが……と彼女は口にした。
「そうなんだ」
 言葉を返しながらも、スザクは先ほどから誰かの視線を感じているんだけど、と心の中で呟く。しかも、このちりちりとした感じは好意的なものではない。
「でも、みんなルルーシュが大好き、と言うことでいいのかな?」
 確認しておくけど、と微笑む。
「スザク?」
 意味がわからない、と彼女は首をかしげた。
「君をこの国に縛り付けてブリタニアに返さない僕は、そんな人たちに恨まれているのかな、って思っただけ」
「そんなことはない、と思うぞ」
 即座にそう言い返される。
「そう?」
 言葉とともにポケットからさりげなくハンカチを取り出す。それを結んでボールのようにするとしっかりと握り混んだ。
「じゃ、どうして狙われているんだろう?」
 この言葉とともに視線の方向へと体の向きを変える。そのまま手にしていたハンカチを投げる。
 一瞬遅れて、金属が床に落ちる音が響いた。
 とっさに少年がそれを拾い上げる。
 しかし、その動きが止まった。
「……ロロ」
 やはり顔見知りだったか。ルルーシュの表情からそう判断をする。しかも、その声には怒りがにじみまくっていた。
「どういうことか、きっちりと説明をしてもらおうか」
 お前たちもな、と続けると彼女は視線を移動させる。そこには少女が二人、同じように凍り付いていた。


その3

「お前が付いていて、何故止めなかった。ダールトン」
 ロロが二人に逆らえないのは仕方がない。しかし、ダールトンであれば二人――特にユーフェミアをいさめることが可能だったはずだ。
「どうせ、今回の首謀者はユフィなのだろう?」
「どうして、そう断言するのですか?」
 淡い桃色の髪をゆらしながら、年上の方の少女が問いかけてくる。
「ナナリーは母さんに釘を刺されているはずだ」
 そうだろう、とルルーシュは視線を移動させた。そうすれば、小柄な方の少女が小さくうなずいてみせる。
「ごめんなさい、お姉様」
「仕方がないさ。お前よりもユフィの方が立場は上だ。ロロも逆らいきれなかったんだろうし?」
 違うのか? とルルーシュは言う。しかし、少なくともロロは本気だったはずだ。あの時感じた殺気がそれを告げている。しかし、本人は視線をさまよわせることでそれをごまかそうとしているらしい。スザクも、あえて指摘はしない。
「そもそも、ロロが勝てるわけないだろう? スザクは母さんの初手を避けたし、稽古でも五分以上組み合えるんだぞ?」
 ルルーシュがこういった瞬間、誰もが視線を彼に向けてきた。
「五分しか、だよ。できればもう少し相手ができればいいんだけどね」
 ため息混じりにそう言い返す。
 はっきり言って、男として恥ずかしいではないか。何よりも、これではルルーシュを守れないような気がするし……と心の中だけで付け加える。
 しかし、そう考えていたのはスザクだけだったようだ。
「……クルルギ殿」
 ダールトンが呼びかけてくる。その声が震えていたような気がするのは錯覚だろうか。
「今の言葉は、真ですか?」
「えぇ……そうだよね、ルルーシュ」
 何故、疑わなければいけないのだろう。そう思いつつルルーシュに確認を求める。
「本当だ、と言っている。何なら、母さんに確かめてみるか?」
 小さな笑いとともに彼女はそう言った。
「いえ……まさか、あのヴァルトシュタイン卿レベルの方が――失礼かもしれませんが――この日本にいるとは思っておりませんでしたので」
 この国はよい意味でも悪い意味でも平和だと聞いている。そう続けられた言葉にスザクは苦笑しか返せない。それは、ブリタニアの現状をルルーシュにさんざん聞かされているからだろうか。
「だから、お母様がお姉様は『心配いらない』とおっしゃったのですね」
 ナナリーが微笑みながらこう言った。
「ロロも安心でしょう?」
 さらに彼女は無邪気にそう告げる。
「……はい……」
 そう思っていないな、と彼が言葉を返すまでの間からスザクは推測した。
「それで? ユフィ、いいわけは?」
 聞くだけなら聞いてやる、とルルーシュはそれには気づかなかった様子で問いかけている。
「……だから、です……」
 それに彼女は小さな声で何かを言い返した。
「……ユフィ、聞こえないよ」
 もっとはっきりと言いなさい、とルルーシュは厳しい口調で命じる。そうしていると本当に怖い。ユーフェミアもそう感じたのか、思い切り首をすくめている。
「姉上に相談するしかないか」
 そんな彼女の態度にルルーシュは小さなため息をついた。
「ルルーシュ殿下、それは……」
「仕方がないだろう。理由を言わない以上は、私が勝手に処罰するわけにはいかない」
 日本の、しかも民間の人々が多くいる場所でロロに攻撃をさせようとした。そのことだけでも両国の関係は最悪になっていたかもしれない。そうである以上、何もなかったことにするわけにはいかない。彼女はそう続けた。
「お姉様?」
「……殿下」
 そんな彼女を思いとどまらせるかのようにナナリーとダールトンが声をかける。
「皇女である以上、その程度のことを考えられなかった、と言う言葉は通用しない。お前もすでに公務に関わっているのだからな」
 皇族である以上、自分の言動すべてに責任を負わなければいけない。他国での行動であればなおさらだ、と言い切った。
「お前がそれを理解できていない以上、姉上を巻き込むのは当然のことだ」
 自分が何か失敗すれば、当然のようにマリアンヌに報告が行くように……とルルーシュは言う。
 この言葉にユーフェミアは完全に顔から血の気が失せている。今更ながら自分が何をしでかすところだったのか、理解できたのかもしれない。
「ルルーシュ。今日のところはその辺で許してあげなよ」
 ね、とスザクは口を挟む。
「僕は無事だったわけだし……それに、それだけ君のことが好きなだけでしょう?」
 その言葉に、ルルーシュは渋面を深める。
「お前がそう言うなら、今日のところは勘弁してやる。ただし、うちに泊めるのはなしだ。大使館に連絡してやるから、ホテルを手配させろ」
 いいな、と言う彼女に逆らわない方がいいのではないか。そう思いながら視線を移動させれば、二人の護衛も同じ結論に達したらしい。
「姫様。今回の非は姫様にございます。ルルーシュ殿下が落ち着かれるまで、ご指示に従うのがよろしいかと」
「ナナリー様、申し訳ありません……」
 口々に二人にこう言っている。
「気にしないでください。ユフィ姉様を泊められなかった、私も悪いのです」
 ですから、ルルーシュの言うとおりにしよう。ナナリーは素直にうなずく。
「……ルルーシュ……わたくしは……」
 だが、ユーフェミアは納得していないのか。
「わたくしは認めませんから! あなたがお嫁に行くなんて!」
 しっかりとこう叫んでくれる。
 その後、連絡を受けた大使館の者達が駆けつけるまで、しっかりとにらみつけられていた。


おまけ

「怖いね」
 ルルーシュの淹れてくれたお茶を飲みながら、スザクはこう呟く。
「どちらが、だ?」
 即座に彼女がこう聞き返してきた。
「ナナリーちゃんの方」
 ユーフェミアは確かに騒いではいるが、それだけだ。だが、ナナリーはじっくりと自分の出方を観察していたように思える。
「でも、それも君を大切に思っているからだろうけど」
 乾いた笑いとともにスザクはそう付け加えた。
「……すまない、スザク」
 ため息とともにルルーシュが言う。
「まさか、あそこまでするとは思わなかった」
 邪魔するぐらいのことはするだろう、と考えていたが……と彼女は肩を落とす。
「邪魔はされたんだ」
 いったいどんな……と頬が引きつる。
「そんな派手なことはしないと思うぞ。いや、できないか」
 マリアンヌが止めるだろうから、と彼女は続けた。
「そうだ! 母さんに報告しないと」
 今回のことを、と口にすると同時にルルーシュが立ち上がる。
「でないと、後で厄介なことになる」
 それはまずい、と彼女は続けた。
「……確かに、まずそうだね」
 言葉は悪いが、今回来日したメンバーだけならば自分だけでも止められる。しかし、彼女はどうあがいても不可能だ。かといって、今回の面々の協力を得ても難しいだろう。何よりも、ロロは自分に対して何か敵愾心に近いものを抱いているような気がする。
「僕も神楽耶に連絡を入れておくよ」
 彼女であれば、いざというときに根回しをしてくれるはずだ。それに、ナナリーと年が近いから、気が合うかもしれない。もっとも、それはそれで怖いのだが……と心の中だけで呟いた。
「そうだな……頼む」
 気分転換に観光でもさせれば、二人も落ち着くのではないか。ルルーシュはそう言う。
「とりあえず、大きめの車と運転手を確保しておくね」
 それにはルルーシュも同行しないといけない。もちろん自分も、だ。
「……そうだな」
 問題はそれが成功するかどうかだ。そんなことを考えたからか。二人とも思い切り深いため息をついた。






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