結婚物語


お宅訪問

その1

 怒濤のテストとレポートの山を片付けて一息ついていたときだ。
「お従兄様」
 何故か目の前に神楽耶の顔があった。
「……神楽耶? 何で……」
 確かに鍵をかけていたのに、と呟いてしまう。
「そんなもの。合い鍵で開けてさせていただきましたわ」
 決まっているではありませんか、と彼女は当然のように言い返してくる。
「……ルルーシュが泊まっていたらどうするつもりだったんだよ……」
 そうなっていたら、当然、一緒のベッドで眠っているに決まっているだろう、とスザクは言い返す。
「わたくしがそこまで愚かだと思っておられますの? お従兄さま」
 ちゃんとルルーシュに確認をしてから押しかけて来たに決まっているではないか。彼女はそう言って胸を張る。
「……だからといって……」
 いくら身内とは言え、男の部屋に押しかけてくるな。他人が誤解したら困るだろう、とため息をつく。
「誰が誤解するのですか?」
 自分達はもちろん、ゲンブですら『ルルーシュがスザクの嫁』と認めているではないか。言外に神楽耶はこう言ってくる。
「お前たちはな。でも、未だにお前と僕を結婚させようとする連中はいるだろう?」
 純血主義の者達が、と言い返す。
「それ以前に……わたくしが一人でここに来ると思っておりますの?」
 ちゃんと護衛を連れてきたに決まっているだろう。その言葉とともに彼女は視線を入り口の方へと向けた。そうすれば、朝比奈と千葉の姿が確認できる。
「鍵は枢木首相からお借りしてきたから」
 言葉とともに朝比奈が指に鍵を挟んでふらふらさせているのが見えた。それで、神楽耶がどうして進入できたのかがわかった。
「……ともかく、一服させてくれる? さっき、やっと最後のレポートを提出してきたところだから」
 さすがに、ここしばらく、連日、睡眠時間が三時間以下、と言うのはきつかった。
「僕が入れたのでいいなら、お茶ぐらい出してやるし」
 ルルーシュが整理をしてくれているキッチンを引っかき回されたくないし……と心の中で付け加える。
「わかりましたわ」
 それは当然のことだろう、と神楽耶もうなずく。
「ただ、できればわたくしの分は日本茶にしていただけます?」
「はいはい。朝比奈さんと千葉さんはコーヒーでいいですよね?」
 いやだと言われても、コーヒーにするが……とついつい本音が飛び出してしまう。
「あぁ、先に言っておきますけど、醤油は出しませんから」
 こう付け加えたのは、朝比奈がコーヒーにも入れるからだ。それでは、せっかくいい豆を取り寄せても意味がない。神楽耶も千葉も何故自分がそう言ったのかわかっているのだろう。苦笑を浮かべている。
 しかし、相手の方が一枚上手だった、と言うべきなのか。
「大丈夫。持ち歩いているから」
 この一言にため息しか出てこなかった。

 濃いめに入れたコーヒーを飲んで、何とか思考をクリアにすることができた。
「それで? このアポなし訪問の理由は何?」
 礼儀知らずと言われても仕方がないよね? とスザクは言う。
「確かに、ここは父さんの持ち物だけど、現在すんでいるのは僕だよ?」
 さらにこう続ける。
「わかっていますわ.でも、お従兄様がルルーシュ様のところへ挨拶に行くと耳にしては、黙っていられませんでしたの」
 下手な行動をとられては日本の名折れだ、と神楽耶は言い切った。
「何を言っているんだか」
 訳がわからない。スザクはそう言ってため息をつく。
「第一、僕が一緒に行くのはルルーシュだよ? そのあたりのこと、抜かりがあると思う?」
 マナーについてはすでに彼女から合格点をもらっている。スザクはそう言い返す。
「それ以前に、子供の頃から礼儀作法についてはたたき込まれているからね」
 父に、ではない。ほとんど藤堂に、だ。
「後は、これから最低限の貴族の顔と名前を覚えなきゃないけど……親しい人だけでいいと言っていたからそれも何とかなるんじゃないかな?」
 それもリストをもらってある。そう続けた。
「見せていただけますか?」
 それを、と神楽耶は言ってくる。
「……まぁ、このくらいならいいか」
 言葉とともに手を伸ばしてプリントアウトしておいたリストを取り上げた。
「必要なら持っていってもいいぞ。また、プリントアウトするから」
 そう言ったのは早々に彼女に帰って欲しいからだ。しかし、この時はまだ、そんな自分の行動を後々、後悔するとは思わなかった。
 数日後、そのファイルが数倍の厚さになって戻ってきたのを見るまでは。



その2

 日本から飛行機で十四時間。
 ようやく、ブリタニアに着いた。
「エコノミーにしなくてよかったね」
 必要なものはこちらにあるから、と言うルルーシュの荷物は少ない。それを預かりながら、スザクはそういう。
「ビジネスでもよかったのかもしれないが……ファーストクラス、が妥協のしどころだったな」
 そうでなければ専用機を飛ばす、と言ってきたのだ。彼女のきょうだい達は。スザクはもちろん、ルルーシュも必死に抵抗をして落ち着いたのがファーストクラスしようだったのだ。
「僕はエコノミーでもよかったけどね.君はファーストクラスで」
「それでは、飛行機に乗り込んでいる間、お前と話ができないだろうが」
 せっかく、誰にも邪魔されない時間なのに……とルルーシュは頬を膨らませる。そんな表情もかわいいよな、と心の中だけで呟いたつもりが、しっかりと口に出ていたらしい。彼女の頬が真っ赤に染まっている。
「ルルーシュ?」
「お前は、何でそう恥ずかしいことを……」
 そう言いながらもどこか嬉しそうに見えるのは自分の錯覚ではないだろう。
「だって、本当のことだし」
 ルルーシュなら変顔でもかわいいと思うよ、とスザクは断言した。
「だから……」
 ここはとか誰かに聞かれたらと彼女は焦ったように付け加えている。つまり、自分の正体がばれた上にこんな会話をしていると知られるのはまずいというところなのだろうか。
「日本語わかる人っているの、ここ」
 そもそも、と聞いてみる。
「……そうだな……少なくとも、会話はばれないか」
 本当に想定外のことになると思考能力が極端に下がる。自分達が会話をしている言語が何であったのかすら理解できていなかったのか、と苦笑を浮かべたくなる。そういうどこか抜けているところも好きだな、と思う。
「ともかく」
 しかし、これ以上あれこれ言って彼女の機嫌を損ねるのはやめておきたい。そう考えてスザクは口を開く。
「これからどうすればいいの? まさか、タクシーで行くわけじゃないでしょう?」
 国際免許は取ってきたから、レンタカーでもいいのかもしれない。それでも、と思いながら問いかけた。
「迎えが来るはずなんだが……」
 一応、マリアンヌには到着時間を伝えてあるが……とルルーシュが言い返してくる。
「また、いきなり襲ってこられるのはごめんだなぁ」
 マリアンヌといいロロといい、とスザクはため息をつく。
「それはないと思うぞ。ここでは目立ちすぎる」
 いくら自分達でもごまかすのは難しい。彼女はそう続ける。
 そのときだ。背後から誰かが歩み寄ってくる気配がした。今回は消していない、と言うことは攻撃をするつもりはないのだろうか。できれば、そう会って欲しいな。そう思いながら視線を向ける。
「ジェレミア?」
 同じ方向へと視線を移動させたルルーシュが、確認をするようにそう呼びかけた。
「お迎えに上がりました、ルルーシュ様。そちらが枢木殿でしょうか」
 礼儀正しく相手はそう告げる。
「……ブリタニア皇室関係の人では二人目だ……」
 こんな風に礼儀正しい人は、と思わず呟いてしまう。
「そう言われると悲しいが……現実だから、な」
 マリアンヌとロロという前例がある以上、と彼女もうなずく。
「マリアンヌ様からは、くれぐれも失礼のないように……と申しつかってきましたが、そう言うことですか」
 納得しました、とジェレミアは口にする。
「ジェレミア卿、でいいのかな? それとも、ゴッドバルト卿とお呼びすべきなの?」
 スザクはルルーシュに問いかけた。
「ルルーシュならともかく、僕が呼ぶときにはどれが正しいのかな?」
「ジェレミア卿でいいと思うぞ。ゴッドバルト卿と呼ばれるのはもう一人いるからな」
 だから、こいつは名前で呼ばれている……と続ける。
「爵位で呼ばれるときはそれで区別が付くが……」
「辺境伯、だっけ?」
「そうだ。覚えてきたようだな」
 スザクの言葉にルルーシュは満足そうにうなずく。
「ジェレミア。彼が母さんが認めた私の婚約者だ」
 わかっているな、と彼女は視線を移動させる。
「もちろんです」
 そう言って首を縦に振ってみせる彼に、苦笑を浮かべるしかできないスザクだった。



その3

 どうやら、運転手は別にいるらしい。リムジンの後部座席に三人で乗り込みながら、スザクは居心地の悪さを覚えていた。
 それでも、せめて彼とは険悪な関係になりたくない。そう思って、声をかける。
「ジェレミア卿は、確か、先年、日本軍との合同訓練に参加されたそうですね」
 神楽耶から渡されたファイルに書かれていたデーターを思い出しながらそう告げた。
「あぁ。他の者達はいろいろとあったようだが……少なくとも私は悪い対応をされなかったな」
 その言葉に、スザクは苦笑を返す。
「藤堂さんが感心していました。さすがはブリタニアの騎士だと」
 彼の部下に、ジェレミアの所作を見習えと言っていたと聞いた。そう続ける。
「藤堂が?」
 それに真っ先に反応を返してきたのはルルーシュだ。
「そう。朝比奈さんが愚痴ってたよ」
 でも、確かに見習って欲しいと思うよ……とスザクは言う。
「それで、軍人としても一流だから、と言っていた。自分の部下なら、無条件で一隊を預けるのにとも」
 彼の部下の中でそう言われているのは仙波と卜部の年長者だけだ。彼らにしても藤堂の元でなければ、十分に隊長職がつとまる人材である。
「藤堂というのは藤堂鏡志郎のことでよろしいのか?」
 ジェレミアはジェレミアでそう問いかけてきた。
「そうです。僕の武芸の師匠です」
 だから、いろいろと教えてくれるのかもしれないが。
「そうか。彼は立派な軍人だ。その彼にほめられたと言うことは、喜んでいいのだろうな」
 ジェレミアはそう言って目を細めた。
「よかったな。お前がそれだけ努力してきたと言うことだ」
 ルルーシュもそう言ってうなずく。
「他の者達もそれを見習ってくれるといいのだが」
 彼女はそう言ってため息をついた。
「とりあえず、出会い頭の実力行使は禁止だと、マリアンヌ様がご指示を出しておられました」
 他国ならばともかく、このブリタニアで彼女の指示を無視できるものがいるとが思えない。ジェレミアはそう口にする。
「……つまり、誰かがやろうとしていた、ってこと?」
 ロロのときのように出会い頭でさっきをぶつけられるのはいやだ、とスザクはぼやく。かといって、マリアンヌのように気配も感じさせずに近寄られるのも嬉しくない。
「だが、逆に言えばこれであのロールケーキも馬鹿なことをできないと言うことだ」
 マリアンヌがそう言った以上、とルルーシュは笑う。
「……ルルーシュ……」
「あのロールケーキのことだ。お前を暗殺できた人間をラウンズに取り立てる、ぐらい言いかねないからな」
 全く、余計な事しかしない。彼女はそう続けた。
「ルルーシュ様……陛下のことをそうおっしゃらなくても……」
「だが、事実だろう?」
 あいつならやりかねない、とルルーシュは言い切った。
 日本でも、お嫁にもらう男性が女性の家に行って彼女の父親に殴られた、と言うのはよくある話だ。しかし、それとはスケールが違いすぎる。
「ひょっとして、僕、殺されるところだった?」
 もっとも、そう簡単に殺されてやるつもりはないが。心の中でそう付け加えた。
「そんなことになっていて見ろ。即座に私は反逆するぞ」
 もちろん、シャルルにもそう宣言してある、とルルーシュは笑う。
「それがわかっておられるから、マリアンヌ様が先手を打たれたのでしょう」
 ジェレミアが苦笑とともに口にする。
「私がそばで目を光らせておきます。それで、多少は防護壁役ができるかと」
 ジェレミアがマリアンヌに信頼されている人物だと言うことは誰もが知っているはず。だから、と言われれば納得するしかないのだろうか。
「枢木殿には楽しんでいただきたいしな」
 少しでも、とジェレミアは続ける。
「あぁ、見えてきたな」
 窓の外に視線を向けていたルルーシュがそう言った。
「あれがアリエス離宮だ」
 その言葉に、スザクも視線を向ける。そうすれば、まさしく白亜と言う言葉がふさわしい瀟洒な建物が見えてきた。
「とりあえず、あそこだけは安全だ、と思うがな」
 ただ、とルルーシュは苦笑を作る。
「母さんの鍛錬につきあってもらうかもしれないが」
「そのくらいは妥協しないとだめだろうね」
 何かものすごく怖いけど、とスザクが呟くと同時に、車が門をくぐった。








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