ひまわり

誕生日



 その子供が生まれたのは、その日最初の積雪の日だった。
 真っ白に染まった庭のような肌と母親から受け継いだ黒髪。そして、父親から受け継いだのは高貴な紫。
 まだはっきりとはしていないが、その容貌は母のそれを色濃く受け継いでいるように思われる。
「お美しい皇子でございます」
 柔らかな産着に包まれた赤子を差し出しながら侍従がそう告げる。
「男、か?」
 しかし、彼の口から出たのはほんのわずかとはいえ落胆の色を含んだ言葉だった。
「何が気に入らないの、シャルル」
 疲れた体をベッドに横たえたままマリアンヌが聞き返す。その声にとげが含まれているような気がするのは錯覚ではないだろう。
 もし、彼女が自由に動ける状態にあれば、シャルルは殴られるだけではすまなかったのではないか。
 誰もがそう考える。その瞬間、彼らの背筋を冷や汗が伝い落ちていったのは否定できな事実だ。
「これだけそなたに似ておるのだ。皇女であれば、さぞかし美しく育ったであろう」
 そんな娘を着飾らせてみたい。そして、マリアンヌと二人並べてめでたい。そう考えただけだ。彼は続ける。
「でも、女の子だったらあなたに似たかもしれないわよ?」
 からかうようにマリアンヌが言う。その瞬間、シャルルが微妙な表情を作った。
「そうなのか?」
 次の瞬間、侍従に問いかける。
「一般的に、男の子は母親に、女の子は父親に似る、と言われているそうですが……私は己の子を持ったことがありませんので」
 わかりかねます、と彼は言葉を返す。
「それに、元気に育ってくれればいい、と親戚の者達は申しておりますし」
 困ったような表情で彼はそう続ける。
「そうね。男だろうと女だろうと、元気に育つのが一番よ」
 マリアンヌもそう言ってうなずく。
「……だが」
 しかし、シャルルはまだ納得できない。と言うよりも、己の野望を捨てられないのだ。
「困った人ね、本当に」
 あきれたようにマリアンヌが言う。
「皇帝でもどうしようもないことがあると理解してくれないかしら?」
 生まれた子供の性別のように、と彼女は続ける。
「第一、生まれた子供の性別を決めるのは、私の卵子ではなくて、あなたの精子よ?」
 この子が男なのはシャルルのせいだ。言外に彼女はそう言ってくる。
「それとも何? 何もわからないうちに取っちゃえというの?」
 さらに重ねられた言葉の意味をシャルルは考えた。次の瞬間、背筋を冷たいものが駆け上がっていく。それは男としては当然の反応だろう。実際、隣で侍従も複雑な表情を作っている。
「そこまでは言っておらん」
 いくら何でも生まれたばかりの子供の人生を、勝手に変えるわけにはいかないのではないか。そのくらいの分別は、まだシャルルにもあった。
「ただ、ドレス姿を見たいだけだ」
 結論として、と彼は口にする。
「……本当に困った人ね」
 全く、とマリアンヌは深いため息をつく。
「仕方がないわ。妥協案を出しましょう」
「妥協案?」
「この子が物心がつくまで、ドレスを着せて育てるわ。それでいいでしょう?」
 五歳ぐらいまでかしら、と彼女は言った。
「小さい頃は女装させた方が丈夫に育つという話もあることだし」  もちろん、ただの詭弁だろうが。あきれたように彼女はそう続けた。
 しかし、それならば確かに我が子とマリアンヌがおそろいのドレスを着ている姿を見られるだろう。
「よかろう。それで我慢してやろうではないか」
 それでもこう言ってしまうのは、もう身についた習性のせいかもしれない。
「だから、幸せになるがよい」
 言葉とともに我が子へと手をさしのべる。その彼の指を、小さな手が握り返してきた。


 さて、とシャルルは首をかしげる。
「名前、か」
 シャルルにつけてやって欲しい。それがマリアンヌの願いだった。だから、いくつか候補は考えてきたのだが、どれもこの子供にはふさわしくないような気がする。
 それならば、この場で考えるしかないか。
 そういえば、己の名前はどのようにつけられたのだろう。ふっとそんなことを考える。
「シャ……ルル……」
 そのまま、己の名前を呟いた。
「……ルル?」
 何気なく付け加えた響きがよいもののように思える。 「ルル、だけではかわいそうだの」
 女の子であれば十分だが、と続けたのは、先ほどの会話がまだ脳内に生々しく残っているからだ。
 ならば、何か音を付け加えればいいか。 「ルルーシュ」
 無意識のうちに口にした名前がふさわしいと思えるのはどうしてだろうか。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」
 家名とともに口にすれば、しっくりとくる。
「これでよかろう」
 悪い名前ではあるまい。だから、と呟いた。
 そのまま手を伸ばすとペンを取り上げる。そして、あらかじめ用意しておいた紙へとその名前を書き付けていく。
「マリアンヌが気に入ってくれるとよいが」
 一番の問題はそれではないか。
 しかし、とシャルルは思う。我が子の名前を自分で決めるなど、初めてのことかもしれない。他の者達は妃の親族達が決めてしまったのだ。そう考えれば、マリアンヌがマリアンヌでよかったのかもしれない。
 だからこそ、余計に不安になる。
「全く……このようなことで不安になるとは思わなかったな」
 皇帝である自分が、と呟くとシャルルは苦笑を浮かべる。  だが、それもまた新鮮だ。
「マリアンヌとおると退屈せんな」
 それはきっと、彼女が貴族として教育された女ではないからだろう。彼女は、あくまでも騎士だ。その力強さが好ましいと思える。
「そう言うところも母に似ればよいが」
 だが、それは高望みなのだろうか。それすらも判断ができない。
「父親とは、誰もがこのようなことで悩むものなのだろうか」
 問いかけようにも、自分のそばにいる者達は皆、独り身だ。想像することしかできないだろう。
「ルーベンが来たときにでも聞いてみようか」
 孫がいる彼であれば、きっと、自分の疑問に答えてくれるはずだ。
「他の子達ではそんなことも考えたこともなかったのにの」
 きっとそれは、生まれてすぐの姿を見ていないからではないか。あるいは、出産の場に立ち会わなかったからか。
 それができたのも、マリアンヌが母親だからだ。
「マリアンヌにも何かを送らなければならんだろうな」
 自分にそんな楽しみを与えてくれたのだから、と呟く。
「それはそれで難問だな」
 他の妃達のように宝石を喜ばない。だからこそ、他のものに丸投げをするわけにはいかないのだ。
「それもまた楽しみだがな」
 さて、次はそれを考えようか。もっとも、どれだけ時間があるかはわからないが。シャルルは心の中でそう呟いていた。


「ルルーシュ?」
 マリアンヌがその響きを確認するように言葉を口にする。
「気に入らぬか?」
 内心焦りながらシャルルは問いかけた。
「いえ。いい名前だわ。あなたの名前の響きが入っているのね」
 小さな笑いとともにマリアンヌはそう言う。
「別に……そう言うわけではないが……」
 そう言いながら、シャルルは視線を彷徨わせる。
「そういうことにしておいてあげるわ」
 彼のその姿にマリアンヌは笑いながらこう告げた。
「ともかく、あなたはルルーシュよ」
 そのまま視線を移動させると、彼女はベビーベッドの中にいる我が子に声をかける。その瞬間、赤ん坊は小さな声を上げた。
「お前も気に入ったのか?」
 シャルルは思わずこう問いかけてしまう。
「響きが気に入ったようね」
 マリアンにも笑みを深めると言葉を口にする。
「よかったわね、ルルーシュ」
 そう言うと、彼女は彼の小さな手をそっと包み込んだ。
 シャルルもまた、おそるおそるルルーシュへと手を伸ばす。そうすれば、彼は小さな手でシャルルの指を握ってくる。その温かさと柔らかな感触に何故か胸が熱くなった。
「あらあら。ルルーシュはお父様が大好きなのかしら?」
 マリアンヌがそう言う。
「そうなのか、ルルーシュ!」
 シャルルは我が子に向かって問いかけた。それはもちろん、喜びのためだ。
 しかし、何故かルルーシュが泣き出してしまった。
「ど、どうしたのだ?」
 シャルルは慌てて問いかける。
「あなたの声が大きかったのよ。赤ん坊には」
 マリアンヌはそう言ってため息をつく。
「この子はようやくこの世界に生まれたばかりなのよ。大きな声の人間に会ったこともないの。だから、もう少し声を潜めてちょうだい」
 いいわね、と告げるその姿はまさしく母親のものだ。
「いつの間に、そのようなことを……」
 感心したようにシャルルは呟く。
「馬鹿ね。乳母に聞いたに決まっているでしょう?」
 そうすれば、マリアンヌは苦笑を作ってこう言った。
「私も、すぐに軍務に戻らなければいけないんだもの。この子の面倒を見ていられるのは今だけだわ」
 だから、その間は徹底的に甘やかすのだ。彼女はそう続ける。
「もちろん、その後も時間が許す限り、この子のそばにいてあげるつもりだけど」
 だが、それも状況次第だ。だから、乳母に任せるしかない。
「すまん」
 それも、自分のためだ。それがわかっているから、シャルルは謝罪の言葉を口にする。
「あなたが謝ることではないわ。ブリタニア皇帝であるあなたと私の間に生まれたのですもの。そのくらいは覚悟してもらわないと」
 その上、女装で過ごすことが決定しているのだから。笑いながらマリアンヌはそう言う。
「……うむ」
 その光景を望んだのは自分だ。そして、その気持ちは揺らがない。
「だから、あなたもこの子の前では決して弱い姿を見せないで」
 それだけは約束して。そう言うマリアンヌに、シャルルは静かにうなずいて見せた。






15.07.05拍手より移動