ひまわり

ウサギ




 膝丈のドレス姿で、ルルーシュは茂みの奥に頭を突っ込んでいた。
「何をしているの、ルルーシュ」
 腹部を締め付けないようなゆったりとしたドレスを身にまとったマリアンヌがそう問いかけてくる。
「うさぎがいたの」
 母の方へと視線を向けると、ルルーシュはそう言い返す。
「ふわふわでかわいかったから」
 触ってみたかったのだ、と続けた。
「あらあら」
 マリアンヌはそう言って微笑みを漏らす。そのまま、彼女はその場にしゃがみ込んだ。
「ウサギはあなたが怖かったのね」
 クスクスと笑いを漏らす彼女のそばにルルーシュは移動をする。
「でも、にげられた」
 僕のことが嫌いなのかな、と母を見上げながら口にした。
「野生のウサギなら、仕方がないわね。ウサギ狩りで追いかけ回されたのかもしれないし」
 その言葉にルルーシュは眉根を寄せる。狩りというのは生き物を殺すことだ。あんなかわいい生き物を殺すなんて、と思ったのだ。
「あれらは作物やせっかく植えている花を食べるから仕方がないのよ」
 マリアンヌははっきりとした口調でそう言ってくる。
「……しかたがないの?」
 では、全部殺されてしまうのだろうか。
「そう。仕方がないの。ウサギが増えすぎてしまうと私達の食べ物がなくなってしまうわ」
 でも、とマリアンヌは微笑む。
「あなたがウサギを欲しいなら、お庭で飼ってあげましょう」
 そのウサギはきちんと餌をもらえるから作物などに被害を出さない。それならば、みんなに可愛がってもらえる。彼女はそう続けた。
「どうします?」
 問いかけられてルルーシュは首をかしげる。
「とじこめるのは、かわいそうじゃないの、ですか?」  そして、逆に問いかけた。
「そうですね。ルルーシュがウサギをほしいと言えば、最初からペットとして飼われることを前提としたウサギを連れてくることになるわ。それらは逃がしても自分で餌をとれないから、むしろ逃がす方がかわいそうね」
 ペットとはそういうものだ。
「だから、もし、ウサギを連れてくるならあなたは最後まで責任を取らないとだめよ?」
 途中で投げ出すのはだめだ。その言葉にルルーシュは頷く。
「ぼく、ちゃんとめんどうをみます」
「わかりました。ならば、お父様におねがいしてあげましょう」
 マリアンヌは微笑みと共にこう言った。
「ただし、約束を破ったら、母さんは本気で怒りますからね?」
 力を込めてこう言われて、ルルーシュは表情をこわばらせる。それでもしっかりと首を縦に振って見せた。
「いい子ね」
 言葉と共にマリアンヌの手がルルーシュの髪をなでる。
「では、準備をしないといけないわね」
 行きましょう。そう言うと彼女が手を差し出す。その手をルルーシュはしっかりと握り返した。


 ルルーシュの部屋のすぐそばにかわいらしい小屋が作られた。庭師の力作だ。
 そして、今日、この小屋の住人がやってくる。
 夕べ、その事実を聞かされてルルーシュは夜眠れなかった。ベッドを抜け出しては小屋のそばに座り込んでマリアンヌに怒られたほどだ。
 しかし、その興奮も目の前の人物によって摘み取られてしまう。
「ひっさりぶりだなぁ、ルルゥシュよぉ」
 満面の笑みと共にシャルルが両手を広げた。それは『抱きついてこい』と言うアピールなのだろうか。
 確認するようにマリアンヌへと視線を向ける。
 小さなため息をつくと彼女は首を縦に振って見せた。
 それを確認してからルルーシュはおずおずとシャルルへと歩み寄っていく。そして、ぽすんと音を立てながら父の足に抱きついた。
「おぉ。少しは大きくなったのか?」
 そうすれば、彼の大きな手が優しくルルーシュの髪に触れてくる。
「父がな。お前に似合いそうなかわいらしいウサギを探してきたぞ」
「ほんとうですか?」
「もちろんだ。この父に不可能はない」
「ありがとうございます、ちちうえ」
 ルルーシュはシャルルを見上げながらそう告げた。そうすれば、シャルルもまた満足そうにうなずいてみせる。
「さて……そろそろ準備はできたか?」
 シャルルの問いかけに即座に使用人が駆け寄ってくる。
「できているようね」
 マリアンヌが満足そうにそう告げた。
「では、行くぞ」
 シャルルのこの言葉と共にルルーシュの体が宙に浮く。次の瞬間、しっかりと父の腕に抱きしめられていた。
「ちちうえ?」
「連れていってやろう。たまには甘えるがよい」
 そう言いながら、彼はさっさと歩き出す。
「あまり甘やかさないでね」
 そんな彼に向かってマリアンヌが注意をするようにそう言った。
「いいではないか。たまにしか一緒におられんのだぞ」
「仕方がないでしょう。他にも目をかけなければいけない子どもがたくさんいるんだし」
「マリアンヌ……」
「それでも、ルルーシュはあなたが大好きなんだから、いいじゃない」
「……仕方がないのぉ」
 シャルルは背が高い。そのせいだろうか。これだけの会話の間にも目的地に着いてしまった。自分で歩いていたらまだ部屋の真ん中にたどり着いたかどうかと言うところだろう。
「ついたぞ」
 言葉と共にシャルルがルルーシュの体を下ろす。同時に、使用人が籐でできたかごを持ってくる。
 ふたが開けられると同時に、白くてふわふわの毛並みびウサギが飛び出してくる。
「かわいい!」
 ルルーシュはとっさに手を差し出す。まるでその手に飛び込んでくるかのようにやってきたウサギにさらにうれしくなる。
「ちちうえ、かわいいです!」
 彼を振り仰ぎながらルルーシュは満面の笑みでこう告げた。
「うむ」
「そういうあなたも可愛いわよ」
 言葉を返してくる彼等もものすごく満足そうだった。


 どちらかと言えば、ルルーシュは部屋の中でおとなしくしている方が好きだった。
 しかし、ウサギが来てからは違う。
 毎日に、午前と午後の決まった時間に小屋に行って使用人が用意してくれたえさを与える。水もきちんと取り替えてやった。
 それから少しの時間、一緒に遊ぶ。
「あまり追いかけ回しても、ウサギが疲れるだけです」
 ウサギの世話に詳しい彼女はこう教えてくれた。
「でも、この子もルルーシュ様が大好きですから、もう少ししたらお膝に乗るようになるかもしれませんね」
 この言葉にルルーシュは目を輝かせる。
「おひざ?」
「えぇ。そうしたら、優しくなでてあげてくださいませ」
「わかった!」
 大きく首を縦に振ってみせれば、彼女は柔らかな笑みを浮かべた。
「すぐですよ。あぁ、おやつににんじんをあげてくださいませ」
 喜びますよ、と付け加えられながら差し出されたそれをルルーシュは受け取る。そして、ウサギの鼻先に差し出す。
 ウサギは小さく鼻を動かしてにおいをかぐとかりかりと音を当てて食べ始めた。
「にんじん、おいしいの?」
 自分は嫌いなのに、と小さな声で付け加える。
「おいしいからウサギは大好きなのですよ、ルルーシュ様」
「……ほんとうに?」
 本当においしいのか、とルルーシュは彼女に問いかけた。
「本当ですよ」
 彼女は今まで一度も嘘を言ったことはない。
 だから、にんじんもおいしいのではないか。
 そう思いたいが、今まで食べたそれはあまりおいしくなかった。
「ヴィレッタがおいしくして差し上げます。ですから、ちゃんと食べてみてくださいね」
 この言葉にルルーシュは少し考え込むかのように首をかしげる。そして、小さくうなずいて見せた。
 そんな彼を励ますかのようにウサギがふわふわの頭を小さな手に押しつけてくる。
「だめだったら、おまえにたべてもらおうね」
「ルルーシュ様。人間のために味付けされたものは動物には毒なのですよ」
 ヴィレッタの言葉にルルーシュは目を丸くした。
「そうなの?」
 知らなかった、と言い返す。自分はまだ知らないことが多い。
「えぇ」
 ならば、これからたくさん教えてもらえばいいのだろうか。そんなことを考えていた。

 ルルーシュのそんな様子をもだえながら見ていた人間がいる。言うまでもなく、それはシャルルだ。
「可愛いのぉ」
 なぜ、あんなに可愛いのか。そうつぶやく彼の姿を、周囲の者達はあえて見て見ぬ振りをしていた。

 ある意味、今日もブリタニアは平和だった。






15.12.20拍手より移動