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恋は戦争?

孔雀草


 戦争の原因なんて、自分は知らない。
 だが、知っている大人達は皆、父とその閣僚が馬鹿だったから、と言っていた。だから、日本という国がなくなったのだ、と。
「何で、父さんにだけ責任を押しつけるんだよ」
 自分たちだって止めなかったくせに……とスザクは呟く。
 もちろん、それは大人の事情だ、と言われてしまえば反論のしようがない。どうあがいても、自分はまだ十歳になったばかりの子供なのだ。
 それでも、とスザクは前を見つめる。
 父の死は自殺であったが故に『卑怯者』『自分だけ逃げて』と言われている。自分がそんな父の汚名をそそがなくてどうするというのか。
 自分にだって何かことがあるはずだ。
 どのみち、父がいなくなった今は、親しい親族と言えば従妹だけだ。しかし、こんな状況だから疎遠になるに決まっている。
 ならば、誰に遠慮することもないはず。
「……玉砕って言うのも、いいかもな」
 ぼそっとそんな言葉を呟いた。
「どうせなら、一番偉そうなやつを狙ってみるか」
 その方が目立つだろう。きっと騒ぎになる。そうすれば父を批難した連中の耳に入るだろう。
「なら、誰が偉いのか、調べないとな」
 面倒くさいが仕方がない。
 そう考えると、スザクは早速行動を開始した。

 子供、だからだろうか。
 興味があるふりをしてあちらこちらで聞き込みをすれば、知りたい情報はあっさりと手にすることができた。
「……ブリタニアの后妃が指揮官? 后妃って事は、女だよな」
 それなのに、こんなに短期間に日本を落とせる作戦を考えられるものだろうか。
 今回の戦争については、あの藤堂ですらその的確さをほめていると聞いた。
 だが、后妃という存在は皇帝のそばで微笑んでいるのが役目なのではないか。指揮官というのも、何かの事情で名目だけ押しつけられたような気がする。
 そう考えれば答えは一つしか出てこない。
 きっと、優れた副官が付いているからに決まっている。
「女を傷つけるのは男として最低だけど……男なら、いいよな?」
 確か副官の中に皇子がいたとか聞いたし、とスザクは呟く。
 皇子なら、男に決まっている。
 男なら、別段傷つけようが何しようが、自分的には気にならない。
 何よりも、皇子ならブリタニアに一矢報いること事ができるような気がする。
「うん、そうしよう」
 決めた、とスザクは呟く。
「でも、どうすれば近づけるかな」
 銃を手に入れられない以上、切りつけるしかない。そのためにはせめてその顔を見られる距離まで近づかなければいけないだろう。
「あいつが建物の中にいるときは無理だな」
 いくら自分でも忍び込むのは難しい。
 いや、忍び込むことは可能でも、誰にも気づかれずに皇子のそばまでたどりつけられるかどうか。
「忍び込むだけなら、簡単だけどさ」
 どんなところだろうと、忍び込める自信はあるのだ。でも、目的を果たせなければ意味はない。
「って事は、どこかの視察に出かけるときだよな、狙いは」
 そんな予定があるのだろうか。
「別に、公式行事じゃなくてもいいんだよな」
 内々の――軍への視察でも何でもいい。屋外に出てくれれば、だ。欲を言えば、自分が隠れられるような場所があるところだともっといい。
 しかし、こちらは調べ上げるのが難しいだろう。
「仕方がない。しばらくくっついているか」
 見張っていればそれらしい動きがあればわかるはずだ。後はその後を付いていけばいい。
「気の長い話だけど、仕方がないよな」
 汚名をそそぐにはそれなりの努力が必要だと師匠も言っていたし……とスザクはため息とともに続ける。
 第一、学校ですら今は閉鎖されているのだ。時間だけは山ほどある。
 それに、とスザクは苦い笑みを浮かべた。
 家に帰ったとしても、誰もいない。そんなところにいるよりは外の方が何倍もましではないか。
 少なくとも、自分にはそう思える。
「と言うことで、ねぐら探しかな」
 こういうときに過去のあれこれが役立つとは思わなかった。そんなことを呟きながらスザクは立ち上がった。

 軍人達には見つからず、こちらからは相手の様子が見える場所。
 そんな都合のいい場所が見つかるかどうかが問題だった。
 だが、自分の体格のせいか、それも何とかなった。
 食事に関しては、自宅から軍の携行食を持ち出していたからいい。
 でも、長期戦になったら何かを考えないといけないだろう。
 しかし、そんな心配は杞憂だった。そこに潜んで三日目。それらしい動きがあったのだ。
「ラッキーなのか、これは」
 そのときだ。スザクは初めてあることに気づいた。
「で、皇子って、どれだよ」
 考えてみれば、自分はその顔を知らない。
「たぶん、一番偉そうなやつだと思うんだけど……」
 まぁ、付いていけばわかるか。周囲にいる連中が呼びかけるだろうし。そう結論を出す。
「さて……と。適当な車の上にのせてもらおうっと」
 そう言うと、スザクは即座にねぐらから抜け出す。そして、おそらく、護衛の兵士が乗り込んでいるだろうトレーラーの屋根の上へと身を潜ませる。幸い――と言っていいのかどうかはわからないが――装備品が積まれているそこには彼が隠れても大丈夫な隙間があり、同時に外から彼を隠してくれた。
 そのおかげだろうか。
 目的地まで誰にも見つからずに到着しただけではなく、目標の確認もできた。
 指揮官である后妃とよく似た少年。あれが皇子なのだろう、と推測ができる。しかし、だ。
「あいつ、本当に男?」
 后妃も間違いなく美人だ。それは最初に調べたときから思っていたことだ。その后妃にそっくりな皇子は、あまり筋肉が付いていないであろう体格をしているせいか、どう見ても少女にしか見えない。
「なんか……神楽耶より好みかも」
 っていうか、何であれが《皇子》なんだろう。思わずそう呟いてしまう。
「なんて言っていられないんだったな」
 自分はやらなければいけないことがある。
 だから、とジャケットの胸に納めていたナイフを握りしめたときだ。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア!」
 言葉とともに兵士の一人が彼へと銃口を向ける。
 思い切り予想外の状況に、周囲の者達は凍り付いてた。いや、あるいはそれも最初から計画されていたことなのか。
「皇族の尊き血を汚すものは、この場で消えてもらおう!」
 いったい何なんだ、その理屈は。そう言いたくなるセリフを当然のように兵士は口にする。
 このままでは、あの皇子が殺されてしまう。
「あれは、俺のなのに」
 だから、勝手に殺されてたまるか。
 そう考えた瞬間、体が勝手に動いていた。
 隠れていたトレーラーの屋根を蹴る。
 そのまままっすぐに兵士の元へと駆け寄った。
「勝手なこと、言ってんじゃねぇ!」
 この叫びとともに兵士の股間を思い切り蹴り上げる。男だろうと女だろうと、ここは急所だ。ついでに、つぶれたとしても、自業自得だろう。
 次の瞬間、兵士が白目をむいて倒れ込む。
 それで呪縛が解けたのか。他の者達がわらわらと動き始めた。しかも、中にはスザクを捕まえようとしているものもいる。
「待て」
 どうやって逃げだそうか、そう考えていたときだ。
「その少年は私の恩人だ。手荒なことはしないように」
 それに、と彼は続ける。
「母さんが会いたがるだろう。丁重に連れてくるように」
 こう言いながら、彼はスザクの方に歩み寄ってきた。
「殿下!」
「まだ子供だ。あるいは、装備が珍しくて迷い込んだのかもしれない」
 言外に、ここに来る前に見つけられなかった者達にも責任がある……と彼は続ける。それに誰もが言葉を失っていた。
 ひょっとして、自分が考えているよりも彼はすごいのではないか。
「そう言うことだから、君も逃げないようにしてくれるかな?」
 しかも、彼が口にしたのは日本語である。
「……日本語?」
「勉強したよ。五年前はこの国に留学していたからね」
 その言葉に、スザクはあることを思い出す。確か、神楽耶の父がまだ生きていた頃、皇の家にしばらく見知らぬ人間がいた。
 それは彼だったのだろうか。
「……あいつは女だったような気がするけど」
 きれいな着物を着ていたように記憶しているのだが。そう思いながら、さりげなく相手の股間に手を伸ばす。
 そこには確かに、自分と同じものが存在しているらしい。
「やっぱ、男かよ! もったいねぇ」
 その瞬間、こう叫んでしまったスザクに、何故か周囲から何故か同意の視線が向けられた。



11.09.12 up
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