恋は戦争?
鬼百合
目の前にいる女性は、確かにルルーシュによく似ている。
しかし、彼と違って隙がない。
やはり、自分の認識は間違っていたのだろうか。それとも思い込みと言うべきか。
「うちの子を助けてくれたのは、あなたね」
にっこりと微笑む表情はとても優しそうなのに、何故かものすごく怖く感じる。
「……偶然だけど、な」
まさか、本当のことを言うわけにはいかないだろう。その程度の判断は今のスザクにもできた。
「ブリタニア装備は気になったし、兵士に見つからないでどこまで進入できるのか試してみるのもおもしろかったし」
これも間違いない事実だから、嘘は言っていない。心の中でそう付け加える。
「それに関しては、ちょーっとしめないとだめかしら?」
気が緩んでいるわね、と彼女は微笑む。
「母さん」
「……マリアンヌ様、それは私どもにお任せください」
即座に周囲からそんな声が上がる。
「あら、どうして?」
「母さんが本気になったら、兵の半分は使い物にならなくなります」
精神的にではなく体力的に、とルルーシュが言う。
「……なら、仕方がないわね。貴方たちに任せるわ」
やはり、彼女はお飾りの指揮官ではないと言うことか。
それにしても、そっくりなのにずいぶんと雰囲気が違う。
「……何で、女じゃないんだろう……」
この皇子は、と口の中だけで呟く。
「ものすごく好みなのに」
さらにこう付け加えたときだ。
「何故か、みんなにそう言われるわ」
苦笑とともに后妃――マリアンヌがそう言ってくる。
「……俺は男ですが?」
ルルーシュが低い声でこう言い返してきた。
「知っているわよ。私が産んだのは男の子だもの」
女の子はナナリーの方でしょう? と彼女は笑う。
「でも、あなたは私にそっくりですもの。女の子だったらお嫁にほしかったのに、とシュナイゼルも言っていたじゃない」
もちろん、冗談だとは思うけど……とマリアンヌは続ける。
「甘いです」
それに、ルルーシュは反論をした。
「あの腹黒兄上ですよ? その気になれば法律の一つや二つ、簡単に変えます」
シャルルですら、彼の弁舌に丸め込まれることがあるではないか。彼はそうも続ける。
「最悪、戸籍もいじりますよ」
自分は実は《女》だったと言い出しかねない、と言い切った。
「……やりかねないわね、彼なら」
そこまで言わせるとは、どんな人間なのか。思わず本気で悩んでしまう。
「……俺だって……」
負けない、と言いたいところだがそんなわけにはいかない、と言うことも知っている。
それでも、一目見た瞬間、復讐心も吹き飛んでしまうくらいの衝撃を受けたのは事実だ。
これ以上の衝撃を受けることはもうないだろう。そうも考えていた。
しかし、それは甘かったらしい。
「うちの子に会いたくて忍び込んだ、と言うところで酌量のよりがあるかしらね。枢木スザク君?」
マリアンヌはしっかりと自分の名前を口にしてくれる。
「……俺って、そんなに有名人だったっけ?」
あまりのことにこんなセリフを返してしまう。
「突っ込むところはそこか?」
想像もしていなかったセリフなのだろう、ルルーシュが目を丸くしながら問いかけてきた。
「本当、楽しい子だわ」
その隣ではマリアンヌが笑い転げている。
「あなたが拾ってきてくれてよかったわ、ルルーシュ」
そのまま視線を移動させるとこう言った。
「ちなみに、一応、この国の首脳陣の家庭環境その他は調べておいたの」
それに、桐原達から捜索依頼が出ていたらしい。
つまり彼らの方は自分が何かをしでかすと考えていた、と言うことか。まぁ、それは間違ってはいなかったな……とスザクは思う。
ルルーシュさえ、自分の好みの顔をしていなかったら、絶対に実行していただろう。あの鈍くささから考えて、そのときは失敗のしようもなかったはずだ。
「子供は保護すべきだもの」
もっとも、とマリアンヌは続ける。
「こんなに楽しい子だとは思わなかったわ」
いろいろな意味で、と付け加えられた瞬間、何故か背筋を冷や汗が滑り落ちていく。なんか、ものすごくまずいような気がするのは錯覚だろうか。
「と言うことで、君はこのまま、私たちがお持ち帰り、と言うことになるの」
「……何で?」
矯正施設に放り込まれるならわかるけど、と続ける。
「だから、子供は保護すべきものだから、よ。神楽耶ちゃんだったかしら。皇の跡取りは桐原老が責任を持って保護すると言っているし、こちらからも監視のものをつけるわ」
彼女は女の子だし、この国に置いておいた方がブリタニアにとっても都合がいい。
だが、スザクは男だ。
そして、勝敗が決したと言うのに、未だに反抗しようとする者達がいる。
「まぁ、それに関しては理解できるわよ。軍にいる男は頭が固いと決まっているから」
あっさりと口にしていいセリフなのか。
本当に彼女は見かけと中身のギャップが大きい。見かけだけならば、ルルーシュに負けないくらい清楚な美人なのに……と心の中で呟く。
「でも、それだけじゃ大義名分が足りないと考えているらしいのよ。ほしいのは旗印、と言ったところかしら」
それならば、男の方がいい。
何よりも、スザクの身体能力は大人達のそれと比べても遜色が内容だし、と彼女は続けた。
「そうなったら、このエリアは完全に瓦解するわ」
徹底的に抵抗の芽を摘み取るために。
「そんなの、困る」
スザクはとっさにこう叫んだ。
「でしょう? 私としても、それはおもしろくないのよね」
だから、とマリアンヌは言葉を重ねる。
「見つかってはまずいものは隠しちゃうのが一番よね」
壊すわけにはいかないし……と付け加えられた言葉に、スザクは複雑な表情を作る。
彼女が告げているものが自分だと言うことは説明されなくてもわかっているのだ。
さすがにまだ死にたくはない。
「……どこに連れて行こうって言うんだよ」
ブリタニアの駐屯地か、それとも、別のエリアか。言外にそう問いかける。
「家よ」
にっこりと微笑みながらマリアンヌが言葉を返してくる。
「家?」
「母さん!」
スザクだけではなくルルーシュまでもが問いかけるように叫んだ。
「だから、彼はアリエスで引き取ります。陛下にも許可はいただいたわ」
満面の笑みとともに彼女はそう告げた。
「……言いくるめたの間違いじゃないんですか?」
ルルーシュがため息混じりに言う。
「ずいぶんとかわいくないことを言うのね」
それはこの口かしら? と言うと同時に、彼女はルルーシュの頬をつねった。
「母さん!」
「まぁ、いいわ。その子の面倒はあなたが見るのよ?」
そのままこう言う。
「何を?」
「拾ってきたのもなつかれたのもあなたでしょう?」
ならば、最後まで責任を持て……と彼女は笑った。
「それに、母さんは忙しいの」
わかっているでしょう? と彼女はさらに言葉を重ねる。
「それとも、ここで殺しちゃう? 不本意だけど、ルルーシュがその方がいいというなら仕方がないわね」
「……脅迫ですか?」
ルルーシュはそう言って彼女をにらみつけた。
「あら。判断をゆだねているだけよ?」
どうするの? と彼女はまた問いかける。
「わかりましたよ! 拾ってきた俺が責任をとればいいんでしょう!」
目の前で殺すのは不本意だ、とルルーシュは怒鳴るように言い返す。
「決まりね」
言葉とともにようやく彼女はルルーシュの頬を放した。
「……なんか、力関係が見えてきたような気がする」
ぼそっとスザクは呟く。
「まぁ、そばにいられるのはいいけどな」
これからがんばって彼の隣にいられるようにすればいい。
「なんか、押しに弱いようだし」
攻略方法のヒントももらったかな? とどこかのんびりと考えていた。
11.09.19 up