恋は戦争?
緋衣草
なんだかんだと一通り騒ぎ引き起こした後、スザクはルルーシュ達とともにブリタニアへと向かった。
しかし、マリアンヌはまだあちらに残っている。どうやら、心配性の父親――と言っていいのだろうか――が彼だけを先に呼び戻したらしい。
これも過保護と言っていいのだろうか。
そう考えてスザクが首をひねったときだ。
「ともかく、だ」
向かい合わせに座っているルルーシュが書類から顔も上げずに言葉を投げかけてくる。
「頼むから、当分はおとなしくしていてくれ」
少なくともマリアンヌが帰ってくるまでは、と彼は続けた。
「特に、俺を嫁にとかなんかといったセリフは厳禁だ」
好きぐらいまでは妥協してやるが、と言われても、理由がわからない。
「……何で、だ?」
わからないなら聞いた方がいいだろう。そう判断をして質問の言葉を口にする。
「俺の弟妹達が、お前を暗殺しかねない。母さんがいればそんなことはさせないだろうが、な」
自分では無理だ、と彼は言う。
「それと……うちには妹がいるが、よからぬことはするなよ?」
もし、そんな状況になってたら自分がスザクをただではおかない……と彼は続けた。
「妹って、いくつ?」
とりあえず確認しておこうと思って問いかける。
「十歳だ」
「俺と同い年か。ルルーシュに似ている?」
なら、ちょっと気になるかもしれないが……と心の中だけで付け加えた。
「ナナリーはどちらかと言えば父上に似ているな」
自分達のような黒髪ではなく、ブリタニア人に多い金茶の髪をしている……と彼は微笑む。それが自分に向けられたものではない、と言うのがかなり悔しい。
「なら、大丈夫。俺、ルルーシュの黒髪が好きだし」
自分と同じくらいの女の子は従妹で懲りている。だから、と笑った。
「あったことがない以上、そう言われても当然か」
「っていうか、俺が好きなのは《ルルーシュ》なんだけど」
似たような顔をしていても、マリアンヌにはそんな気持ちを抱かなかった……とスザクは言い切る。
「信用してもらえねぇのはすごくやだ」
確かに、自分は日本人で子供かもしれないけど……と続けた。
「すまない」
即座に彼は書類から顔を上げると謝罪の言葉を口にする。
「そう言うつもりじゃなかったんだ」
「ルルーシュ?」
「信用できるきょうだい以外の人間で、俺たちに近づいてくるのは、俺たちを足がかりに兄上達の歓心を買おうとするものか、足を引っ張るためにあら探しをしたい連中だけだからな」
そんな連中にかわいい妹を傷つけられてたまるか。ルルーシュは力を込めてそう言った。
「……そんなにかわいいのか? 妹」
「あぁ」
愚問だ、と言うように彼はうなずいてみせる。
「ナナリーほどかわいい子はいない」
きっぱりと断言する彼に、スザクは別の意味で感心した。同時に、やはりおもしろくないと思ってしまう。
「ルルーシュって……シスコン?」
その気持ちのまま問いかけた。
「どうだろうな」
だが、彼の答えは予想していたものと違う。
「……へっ?」
「ナナリーはもちろん、妹たちは皆かわいい。だが、その前で気を抜けるかどうかと言えば、違うからな」
ブリタニアは弱肉強食の世界。半分とは言え、血がつながっている相手だからとはいえ、気を抜くことはできない。いや、そのような存在が一番危ないのだ。
本人達が大丈夫でも、その母君や後見の貴族達もそうだとは限らない。
そう考えれば、やはり手放しで信用することはできないのではないか。
「俺たちは『皇位には興味がない』と言っているからまだましだがな」
実際、そんなものはいらない。さっさと皇位継承権を返上してただの貴族になりたいと思っている。
しかし、それをシャルルが認めてくれないのだ。
「それでも、それはポーズだと思っているものもいる。そんな人間の前でうかつな言動をとることは、自分はもちろん、母さん達も危険にさらすことになる」
それだけは絶対に避けなければいけない。
「だから、俺が安心できるのも、本心からかわいがることができるのも、ナナリーだけだ」
両親を同じくする妹だから、と彼は続ける。
「……そこまで、俺に教えていいのか?」
ふっと、スザクはそう問いかけた。
「かまわないだろう。お前もこれから一緒に暮らすんだ」
知らないよりは知っておいた方がいいのではないか。ルルーシュはそう言って微笑む。
「それに、お前は俺の足を引っ張ろうとはしないだろう?」
とりあえず、故意には……と彼は続けた。
「当たり前だろう」
即座にスザクは言い返す。
「好きな相手を不幸にしてどうするんだよ! むしろ、守るのが男だろう?」
自分には日本男児としての矜持がある、と続けた。
「なるほど、覚えておこう」
こう言ってルルーシュはうなずく。
「とりあえず、本国に戻るまでにこの書類を読んでしまいたい。静かにいていてくれるか?」
何なら、寝ていてもいいぞ……と彼は続ける。
「んなの、もったいないじゃん」
「どうしてだ?」
「仕事しているときのルルーシュの顔って、かっこいいからさ。見ていて飽きないし」
その瞬間、ルルーシュの頬が赤く染まった。
「どうかしたのか、ルルーシュ」
熱でもあるのか? とスザクはそんな彼に声をかける。
「とりあえず、黙っていろ!」
そんな彼をかわいいと感じるのは当然だろう、とスザクは考えていた。
「いいな。俺から離れるな。ついでに、今日のところは、誰に何を聞かれても口を開かなくていい」
言葉がわからない、といいわけができるから……と彼は続けた。
「そうした方がいいなら、そうする」
ここでは、自分が招かざる客だとわかっている。だから、とスザクは素直に言う。
「俺たちが住んでいる離宮まで着けば、後は自由にしてくれていいから」
あそこは治外法権だ、と彼は笑った。
「母さんが連絡を入れているはずだからな」
さらにこう付け加える。
「……いいのか?」
「かまわないだろう。ナナリーに手を出されるのは困るが……預かった以上、お前も家族だからな」
なんか、微妙に引っかかるような気がするのは自分だけではないだろう。
でも『追い出す』と言われないだけましなのだろうか。
「……絶対、家族以上になってやる」
こうなったら、と決意を新たにする。
「ほら、行くぞ」
しかし、そのセリフはルルーシュの耳には届かなかったようだ。それはそれでなんか気に入らない。でも、今は仕方はないのか。
「わかった」
こう言うと、スザクはまっすぐにルルーシュに駆け寄る。
「ここから出たら、日本語以外は口にしなければいいんだろ」
そのまま、確認するようにこういった。
「そう言うことだ」
よくできました。そう言うように彼はスザクの髪をなでてくれる。子供扱いをされているのはおもしろくない。でも、彼がこんな風に触れてくれるのはうれしい。
「それでも心配なら、俺のマントの裾でも握っていろ」
「……どうせなら、腕の方がいいんだけど」
「そこまで甘えるな」
「え〜〜! そのくらい、いいじゃん」
こう言うと、スザクは強引に彼の腕に自分のそれを絡める。慎重さがちょっと気になったが、今はいいことにした。
もっとも、すぐに彼に張り倒されたが。避けられなかったのは、間違いなく、浮かれていたからだろう。
反省すべきなのは、それだけかな……とスザクは考えていた。
11.09.26 up