恋は戦争?
小海老草
ルルーシュの口の達者さはすごい。最後の方は早口になったせいで半分以上聞き取れなかったが、それでも相手がビビっていたことだけは伝わってきた。
そのまま、迎えに来た車に乗り込んだのは一時間ほど前だろうか。
「……まだ着かないのか?」
先ほどから、外に見えているのは森林だけだ。こんなところに本当に離宮があるのだろうか。
「あと十五分ぐらいか?」
そうすれば、ルルーシュがこう言い返してくる。
「ここはペンドラゴンの外れだからな」
それでも近い方だ。さらに彼はこう続ける。
「そうなんだ」
考えてみれば、日本でも空港から自宅までは車でそのくらいかかっただろうか。だが、それは信号だの渋滞があったからで、今はそんなものはない。
「今回は軍の関係で少し遠い空港に降りたせいもあるが」
本来であれば、十五分ぐらいのところに空港がある。しかし、今回の帰国は別の地域の隊の帰還に便乗したから仕方がない。ルルーシュはそう説明してくれる。
「でも、皇族なら特別機を出してもらえるもんじゃねぇの?」
日本の首相だって出してもらえたのに、と思いながら問いかけた。
「普通は、な。今回は俺と母さんで話し合った結果、断った」
「ひょっとして、俺のせい?」
だとするなら申し訳ない、と思う。
「気にするな。それだけが理由ではない」
もっとやっかいな理由があるから、と彼は続けた。
「下手に式典なんかやられてみろ。兄上達が何をしてくれるかわからない」
それ以上に面倒な人間が一人いるし、と彼はかすかに眉を寄せながら付け加える。
「まぁ、式典は母さんが戻ってくるときにやればいいんだから、お前は気にするな」
余計な手間をとられなくていい、と言われても、すぐに頷けない。
「それよりも、俺として早くお前をナナリーと会わせておきたいし」
もちろん、それは滞在の許可という意味で、あの子に手を出していいと言うことではないからな……としっかりと釘を刺されてしまった。
「だから、俺はルルーシュのそばにいられればいいんだって」
ため息とともにスザクは言い返す。
「でも、鍛錬ぐらいはしてもいいんだよな?」
ふっと思い出したというように付け加えた。
「母さんが楽しみにしているからな。かまわないだろう」
それに、とルルーシュは笑みを作る。
「鬼ごっこや木登りぐらいなら、ナナリーと一緒にやってくれてもいいな。あの子は母さんに似たから」
体力面で、とその表情のまま彼は付け加えた。
ルルーシュのそんな表情を見られるのはうれしい。しかし、それが自分に向けられたものではないのが少し悔しいと思ってしまうスザクだった。
ふわふわのナナリーは確かにかわいい。
マリアンヌの言葉があったからか。スザクのことをすぐに受け入れてくれたというのもありがたいと思う。
しかし、だ。
「……ルルーシュの妹とは思えない……」
この運動神経、とスザクは呟いてしまう。
さすがに体力的なものは比較にならないが、運動神経だけならば自分といい勝負ができるのではないだろうか。
「マリアンヌさんに似てるんだろうな、きっと」
顔はルルーシュの方が似ているのに、中身はナナリーの方がそっくりだ。
そう付け加えたときだ。
「スザクさん、見つけました!」
ナナリーの声が耳に届く。
「どうかしたのか?」
自分は少し探検するから、と言ってきたのに……とスザクは言い返す。そうすれば、みんな、探さないでくれるから楽なのだ。
「お兄様が、お茶にしましょうって」
満面の笑みとともに彼女は言葉を口にする。
「お時間があったから、とお菓子を焼いてくださったんです」
ものすごくおいしいのだ、と教えてくれるのはかまわない。かまわないのだが、とスザクは首をかしげる。
「……何で、ナナリーまで上ってくるんだ?」
自分が降りた方が早いだろう? と問いかけた。
「スザクさんが気持ちよさそうですから」
言葉とともにすぐ下の枝まで彼女は上ってくる。
「せっかくのドレスが汚れるぞ」
苦笑とともにそう声をかけた。
「これは汚しても破いてもいいドレスです」
即座に彼女はこう言い返してくる。
「そうなんだ」
もう、この一言しか出てこない。
「お母様が、これなら好きなだけかけっこしてもいいと教えてくれましたの」
さすがはマリアンヌ。自分の子供達の性格をよくわかっているらしい。
「じゃ、先に下りてくれよ」
「どうしてですか?」
自分としては気を遣ったつもりだった。しかし、その理由が彼女にはわからなかったらしい。首をかしげながらこう問いかけてくる。
「ナナリーのスカートの中を見たら、ルルーシュに怒られるじゃん」
そうでなくても、見ないようにするのが男の礼儀だろう。
「……ルルーシュが怒って嫌われるのもいやだけど……マリアンヌさんが怒るのはマジで怖い」
さらにそう言葉を重ねた。
「お母様は怒らないと思いますが……お兄様は怒りますね、確かに」
自分のわがままが原因でも、とナナリーはうなずく。そして、それではかわいそうだ、とも彼女は続けた。
「わかりました。先に木を下ります」
即座にそう言うと、彼女はゆっくりと下へ移動していく。
「でも、上るよりも下りる方が危ないんだよな」
彼女が落ちてけがをしたらかわいそうだ。
そういう意味で『好き』な訳ではない。だが、一緒に暮らしていれば、それなりに好意を抱くのは当然だろう。
「このくらいの高さなら、大丈夫か?」
自分に確認するように呟く。でも、下手に飛び降りればナナリーを驚かせてしまう。
「あっちの木に移動すればいいか」
こう呟いたときだ。
「ナナリー! スザク!! お前たちはどこに上がっているんだ!」
下から焦ったようなルルーシュの声が響いてくる。
「どこって……木の上だけど?」
このくらい普通だろう? とスザクは言い返す。
「そうですわ、お兄様」
ナナリーもそう言って微笑む。
「……実は、なれてるのか?」
すでに彼女はルルーシュの腕が届くところまで下りていた。それだけ素早く下りられると言うことは日常的に上り下りをしていたのではないか。
きっと、マリアンヌが許可を出したんだろうな……と思う。
だが、ルルーシュには信じられなかったのだろう。
これは、実際に大丈夫だと証明した方が早いかもしれない。
「ルルーシュ。そこ、どいてくれるか?」
この言葉とともにスザクは飛び降りる。
「馬鹿!」
ルルーシュがそんな彼を怒鳴りつけようと口を開いた。だが、それよりも早く、スザクは彼のそばに着地する。
「この前飛び降りたトレーラーの屋根と同じくらいの高さじゃん、これ」
落ちても大丈夫だ、とスザクは笑う。
「そうですわ、お兄様」
さらにナナリーまで飛び降りてくる。
「このくらいできないと、お母様に怒られます」
しかし、この一言は何なのか。
「マリアンヌさんって……」
「……母さん……ナナリーに何を教えているんですか」
スザクのつぶやきに被さるようにルルーシュがこう言う。
「ともかく、だ。お茶をするなら、早く来い。出ないと、兄上がまた仕事を押しつけてくれそうだ」
そうなれば、お茶はもちろん、顔を見ることも難しくなるかもしれない。彼はそう続ける。
「それは困る!」
「そうですわ!!」
そのセリフにスザクだけではなくナナリーも即座にこう言った。
あまりにぴったりと合ったタイミングに、思わず顔を見合わせてしまったほどだ。
「予想以上に仲良くなってくれてよかったよ」
ちょっと妬けるが、と付け加えたのはどちらに向けてのセリフだろうが。
「でも、恋人にしたいのはルルーシュだけだから!」
即座にスザクはそう言う。
「一番大好きなのはお兄様ですわ!」
負けじとナナリーも言葉を口にする。
こうなったら実力行使とばかりにスザクがルルーシュに抱きつけば、ナナリーも同じ行動に出てくれた。
「わかった……わかったから、戻るぞ」
それに、苦笑を浮かべつつもルルーシュはどこかうれしそうだ。その理由の一つに自分の言葉があればいいな。そう思ってしまうスザクだった。
11.10.03 up