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恋は戦争?

松笠菊


 スザクがアリエス離宮での暮らしになれた頃、マリアンヌ帰還の連絡が入ってきた。
「お母様が戻っていらっしゃいますの?」
 それにナナリーはとてもうれしそうだ。しかし、逆にルルーシュは渋面を作っている。
「……ルルーシュ?」
 どうかしたのか、とスザクは問いかけた。
「うれしくないはず、ないよな?」
 さらにこう付け加える。
「当然だろう」
 何を言っている、とルルーシュが言い返す。その瞬間、ナナリーがほっとしたような表情を作った。それに気づいたのだろう。彼は少しだけ表情を和らげる。
「母さんが戻ってきてくれるのはうれしい」
 しかし、と彼はため息をつく。
「同時に、やっかいな人物がしゃしゃり出てくるからな」
 そのせいで、式典がやたら長くなってマリアンヌがこの離宮にいつ帰ってくるかがわからなくなる。一息でそう言う。
「お母様に会えないのですか?」
 その言葉に、ナナリーが泣きそうな表情を作った。
「迎えに行けばいいだろ。そのくらいなら、ルルーシュが何とかしてくれるんじゃない、かな?」
 自分はともかく、ナナリーは実の娘なんだし……と慌てて付け加える。
「スザクさんはだめなのですか?」
 どうして、とナナリーが問いかけてきた。
「だって、俺、日本人だもん」
 ブリタニアに負けた、とスザクは言う。そんな人間がその場にいられるはずがないだろう、と彼は続けた。
「とりあえず、恨んでねぇけど……今度の式典って、日本が負けたことを祝うんだろう?」
 さすがにいたたまれない、とため息とともにはき出した。
「それに、さ。ここの人たちは俺のこと差別しねぇけど、他の人もそうだとは限らないじゃん。それで、ルルーシュの立場が悪くなるのは困るし、さ」
 マリアンヌだって、せっかくのお祝いに水を差されるのはいやだろう、と言って笑った。
「大丈夫。俺ならなれているから」
 こういうときに一人でいるのは、と笑って見せた。それは二人を安心させようとしてのことだった。
「……そんなことになれるな」
 ため息とともにルルーシュがスザクの頭に手を置く。
「とは言っても……母さんが戻ってきてからでないとお前のことはどうしようもないからな。今回だけは留守番をしてもらわないといけないわけだが」
 彼はそのまま、そっとスザクの髪をなでてくれる。
「……私も、留守番をします」
 ナナリーはナナリーでこう言ってきた。
「いいから、行ってこいって。マリアンヌさんも待ってると思うぞ」
「そうだな……ついでに、兄上や姉上方もお前に会いたがっているし……どうでもいいが、あのロールケーキもな」
 誰だ、それは……と言いたくなるセリフをルルーシュが吐き捨てる。
「お父様ですか?」
 なれているのか。ナナリーがあっさりとこう言った。
「すでにあれこれと余計な手配をしているらしい。シュナイゼル兄上が愚痴っておられた」
 そのような場面をスザクに見せない方がいいような気もする。彼はまたため息をつきながらそう言った。
「少しでも周囲への被害を押さえないといけないだろう」
 おそらく、マリアンヌが到着するときにはマスコミが入る。そのときにあの父の暴走を見せるわけにはいかないのだ。
「と言うわけで、スザクには留守番をしてもらわなければいけないが……ナナリーとカリーヌにはあのロールケーキのストッパー役をしてもらわないとな」
 とりあえず、カリーヌにはクロヴィスから連絡を入れてもらうとして……とルルーシュは何かを考え込むような表情を作りながら。口にしている。
「スザクのことは執事に任せておけば確実か」
 普通に過ごしてもらえばそれでいい。
「……でも、一緒に行けた方が、もっと楽しいです」
 これまでの会話でそれを望むことがわがままだと理解できているのだろう。それでもあきらめきれないのか。ナナリーが小さな声で呟く。
「今回は無理でも、母さんが戻ってきてからならみんなで出かけられるさ」
 そのときには自分が弁当を作るから、とルルーシュが言う。
「お兄様が?」
「あぁ。ナナリーとスザクの好きなものを一品ずつ作ってやる」
 それはものすごく楽しみだ。
「楽しみにしてるから」
 スザクは素直にそれを告げる。
「絶対ですよ、お兄様」
 ナナリーもすぐにこう言う。
「わかっている」
 ふっと微笑みながらルルーシュがうなずいてくれる。そんな彼はやっぱり美人だな、と思うスザクだった。

「スザク様。もうじき、式典の様子が中継されますよ」
 ご覧になりますか? と執事が声をかけてくる。
「マリアンヌさんもルルーシュ達も映るよな?」
 彼の方に視線を向けながらスザクは問いかけた。
「もちろんでございます」
「なら、見る。どうすればいいのか、教えてくれる?」
 日本にいたときから、テレビはあまり見ない。ここに来てからは余計に、だ。だから、どうすればいいのかわからない。
「基本的にはどこの国のものも同じだと思いますが」
 ルルーシュ――というよりはマリアンヌ――の指示がしっかりしているからか。アリエス宮の者達は絶対に自分を《イレヴン》とは言わないし、日本を《エリア11》と馬鹿にすることもない。それがスザクの気持ちを追い詰めるとわかっているからだろうか。
「ルルーシュ殿下はあまりテレビをご覧になりませんので、普段は収納しています」
 だから、と言いながら、彼は壁の一角を操作する。そうすれば中から大きなモニターが現れた。
「陛下の演説を拝聴するときにしか使われないのですよ」
 それすらもマリアンヌの指示で無視することも多いのだが、と執事は苦笑をともに教えてくれる。できれば内密に、と言う一言にスザクはすぐにうなずいて見せた。
 視線を感じて体の向きを変えれば、メイド達がモニターをのぞき込もうとしているのがわかる。
「あのさ。よかったら、一緒に見てくれない? ルルーシュがいればあれこれ教えてくれるけど、今いないから」
 質問に答えてくれるとうれしい、と言ったのは、ここの人たちが皆、あの母子を大好きだとわかっているからだ。
「お許しが出ましたよ」
 この言葉に、メイド達がすぐに駆け寄ってくる。
「リモコンはこれです。ここがメインのスイッチです」
 そのまま、彼女たちはスザクにテレビの使い方から教えてくれた。それが好意だとわかっているから、言われたとおりに操作をする。
 即座にモニターに空港と思われる光景が映し出された。
 すでに、マリアンヌが乗り込んでいると思われる飛行機は着陸していた。そしてタラップから通路には赤絨毯が敷かれ、兵士達が整列をしている。
「さすが、豪華」
 同時に、ルルーシュがいやがるのもわかるな……と心の中だけで呟いた。
 意外なことに、彼は質素で庶民的な暮らしが好きらしい。あるいは、こういうときの反発なのだろうか。
 しかし、彼はどこにいるのだろう。
 そう思いながらじっくりと画面をにらみつける。
「ルルーシュみっけ!」
「え、どこですか?」
 スザクの言葉にメイドの一人が問いかけてきた。
「教えてください、スザク様」
 別の一人も同じようなセリフを口にする。
「赤い髪の女性と金髪を長く伸ばしている――男、だよな、の間。陰に隠れているから見つけにくいのか?」
 その言葉に、彼女たちは画面に注目し始めた。
「確かに、コーネリア殿下とクロヴィス殿下の間におられますね」
 その言葉で彼のそばにいるのが誰かわかる。
「赤い髪の人がコーネリア殿下で、金髪の方がクロヴィス殿下、ね」
 コーネリアの方がどこかルルーシュに似ているような気がする、と思いながらうなずいて見せた。
「あの方々はルルーシュ様とナナリー様とも仲がおよろしいですから」
「そうなんだ。でも、ルルーシュも前に出ればいいのに」
 そうすれば、もっとよく見えるのに……と続ければ、周囲の者達は同意をするようにうなずく。
「今回はマリアンヌ様のお出迎えですから」
「それでも目立たないようにされるのがルルーシュ様ですもの」
 それがまた彼らしいが、と言われて納得する。
「陛下とナナリー殿下、それにユーフェミア殿下とカリーヌ殿下ですわ」
 どうやら三人セットでシャルルのストッパー役を仰せつかったらしい。そう言っていたのは誰だろう。
「陛下は、特にルルーシュ殿下と妹方をかわいがっておられますから」
 これは間違いなく、自分に聞かせるためだ。確かに、それで皇族の顔と名前が覚えられそうだ。
「ナナリー殿下のお隣にいらっしゃるのがカリーヌ殿下。クロヴィス殿下のお従妹でいらっしゃいます」
「ユーフェミア殿下はコーネリア殿下の実の妹君ですわ」
「後は、オデュッセウス殿下とギネヴィア殿下、それにシュナイゼル殿下のお顔とお名前を一致させられれば、当面は何の問題もないかと」
 それを証明するかのように執事達がささやいてくれた。
「その三人は知っている。でも、ルルーシュと似てないよな、三人とも」
 やっぱり、ルルーシュがマリアンヌに似ているからだろうか。
 そう思ったときだ。
「……テロリスト?」
 武器を持った者達が画面に現れる。それだけではない。兵士の中にも彼らに銃口を向けている者達が確認できた。
「大丈夫かよ! ルルーシュはものすごく鈍くさいのに!!」
 シャルル達の前には体格のいい騎士が彼らを守るように立ちふさがっている。そのほかの者達にもそれぞれの騎士と思われる者達が駆けつけていた。
 しかし、ルルーシュには誰もいない。
 いや、いないわけではないが、遠くに離れていたようなのだ。
「って、思い切り狙われてるじゃん!」
 自分がそばにいれば守れるのに。そう考えて唇をかんだときだ。
「……へっ?」
 人影が疾風のように画面を駆け抜けていく。その人物が動きにくそうなドレスを着ていたように見えたのも錯覚ではないだろう。
「マリアンヌさん?」
 間違いなく彼女だ、とスザクは確信した。
「本当ですか?」
 しかし、他の人たちには見えなかったらしい。こう聞き返される。
「うん」
 うなずいた瞬間、テロリスト達がいきなり吹き飛ぶ。
「うちの子に何をするの! 陛下もいらっしゃるのに」
 そのうちの一人の背中をハイヒールで踏みつけながら叫んだのは、やはり彼女だ。
「かっこいい」
 自分の国を滅ぼした相手かもしれない。それでも、彼女のあの言動は格好いいよな……とスザクは思う。
「確かに。あの方以上に格好いい方はおられません」
 執事の言葉に誰もがうなずいて見せた。



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