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恋は戦争?

山躑躅


 本当に、彼女は三十路の女性なのか。
 自分は立ち上がることも辛いのに、彼女は平然と微笑んでいる。ひょっとして、汗もかいていないのではないか、とすら思える。
「……ありがとうございます」
 何とか言葉を絞り出したのは、はっきり言って、スザクの意地だ。
「やっぱりいい子ね。こういうときにちゃんとお礼の言葉を言えるなんて」
 ふふ、とマリアンヌは満足そうな笑いを漏らす。
 それを聞きながら、スザクはその場に倒れ込んだ。芝生の感触が心地いいかもしれない、と思いながら体の力を抜く。
「とりあえず、今のところの実力は把握できたから、明日からはもう少し違った鍛錬をしましょうね」
 全く息も切らしていない。
 本当にこれが二児の母か。
 と言うよりも、ルルーシュの母親だろうか。この体力といい、運動神経といい、彼とは正反対だ。
 でも、と心の中で呟く。
 ナナリーの母親というのは思い切り納得だ。
「……母さん、終わりましたか?」
 そんなことを考えていれば、ルルーシュの声が頭の上から降ってくる。
「えぇ。どうかしたの?」
「本宮から連絡がありました。何か、軍部で厄介なことが起きたとか」
 コーネリアでは収拾がつけられないらしい。だから、と彼は続ける。
「仕方がないわね」
 コーネリアも、とマリアンヌはため息をつく。
「今日がんばったご褒美に、ちょっと遠出をさせてあげようと思ったのに」
 ナナリーも喜ぶだろうし、と彼女は続けた。
「今日のところはそちらを優先してください。近いうちにピクニックに行く約束もしていますから」
 ご褒美はそのときにでも、とルルーシュは言う。
「わかったわ。なら、別のことをご褒美にした方がいいわね」
 それについても考えておくわ、と続けると、軽い足取りで建物へと歩いて行く。
「どんだけ、体力あるんだよ……」
 自分との鍛錬はなかったことになっているのか、とスザクは思わず呟いてしまう。
「あきらめろ」
 自分はすでにあきらめた、とルルーシュはため息をつく。
「それでも、お前がいてくれるから周囲への被害は減ったな」
 とりあえず、お前を鍛えることに集中しているから……と彼は続ける。
「あまり、うれしくねぇ……それって、人身御供ってことかよ」
 マリアンヌの暴走を止める、とスザクは言い返す。
「否定はしないな」
 こういいながら、彼は手を差し出してくる。
「それでも感謝しているのは本当だぞ。おかげで、母さんがおとなしく宮にいてくれる。おかげでナナリーだけではなくあのロールケーキも喜んでいる」
 そのままスザクの手をつかむと、立ち上がれというように引っ張った。
「……起きるよ」
 地面に寝っ転がっているのは気持ちよかったんだけど、と付け加えながらスザクは引っ張られるがままに体を起こす。
「汗を流してからにしろ。そうでないと、風邪を引くぞ」
 それに、汗臭い……と彼は続ける。
「マジ?」
 思わずそう言ってしまう。同時に、自分の袖口を鼻先まで移動させた。
「……わからねぇ」
 自分では、とスザクは呟く。
「それとも、鼻が馬鹿になっているのかな」
 ともかく、ルルーシュにそう言われたから……と続けながら、歩き出そうとする。しかし、次の瞬間、何でもないのにつまずいてしまった。
「あれ?」
 ひょっとして、マジで疲れている? とスザクは呟く。
「……仕方がないな」
 マリアンヌの特訓を受けた後で自力で立ち上がれただけでもすごいから、とルルーシュは笑った。
「支えてやるから」
 寄りかかってもいいぞ、と言いながら彼はスザクの体を引き寄せる。
「服、汚れるぞ」
「まぁ、そのくらいは仕方がない」
 もっとも、と彼は続けた。
「甘やかすのは今日だけだぞ」
 苦笑とともにそう言われる。
「……何で?」
 ずっと甘やかせてくれてもいいじゃないか、とスザクは言う。
「その前に、お前の方がなれるだろう」
 マリアンヌのしごきに、とルルーシュに言い返された。
「まぁ、そうかもしれないけど」
 でも、もう少し甘やかしてくれるとうれしいな……とスザクは主張してみる。
「……考えておいてやるよ」
 それよりもシャワー浴びてこい。そう言われて、少しふてくされたくなる。
「そうしたら、お茶ぐらいなら入れてやろう」
 スザクが好きだと言っていたフルーツケーキを切ってやろう、と彼は微笑んだ。
「……わかった……今日はそれで我慢する」
 ルルーシュが作ってくれるおやつはおいしいし、とスザクは言う。でも、もう少し甘やかしてほしいな……と心の中だけで付け加えた。
 でも、逆に自分が甘やかすのでもいいか……とすぐに思いなす。
 そのためにはマリアンヌの特訓に耐えられる程度の体力と実力をつけないといけないんだろうな、と判断する。
「今日はお茶をしたら昼寝をしろ。ブリタニア語の書き取りはその後でいいだろう」
 自分の仕事が終わってからならつきあってやるから、とルルーシュは言う。
「……どうせなら、膝枕してくれるぐらいしてほしいけど……妥協するか」
 それにスザクは呟くようにこう言った。
「膝枕って……」
「……だから、我慢する」
 そう言ったじゃん、とスザクは頬を膨らませる。
「そうじゃない……子供だなって、思っただけだ」
 ルルーシュに笑われて、スザク頬がますます膨らんだのは否定できない事実だった。

「お兄様の膝枕は、私もしてほしいです」
 スザクの話を聞いたナナリーが即座にそう言う。
「お話をしてくだされば、もっとうれしいです」
 さらに彼女はそう付け加えた。
「お話か。俺も聞きたいな」
 ルルーシュの声は聞いていて気持ちいいから、とスザクもうなずく。
「お前たちは……」
 何を言っているのか、とルルーシュは言う。
「だめですか、お兄様」
「だめなのか?」
 異口同音にそう問いかけた。
「……だめというわけではないが……膝枕は一人しか無理だぞ」
 だから、お話だけで我慢しておけ……と彼はため息とともに口にする。
「……膝枕がよかったな」
 小さな声でスザクは呟く。
「そのうち、な」
 ようやくルルーシュもスザクがあきらめが悪いと理解したのか。こう言ってくる。
「でも、腕枕でもいいよな」
 と言うか、そっちの方がもっといいかもしれない。スザクはさらに言葉を重ねた。
「それならば、二人でも大丈夫ですね」
 ルルーシュを真ん中にして右と左に陣取れば、とナナリーは手をたたきながら言う。
「だよな?」
 スザクはそう言って笑った。
「その前に……俺にも仕事があるのだがな」
 昼寝なんかしている暇はない。そう言ってため息をつく。
「いいじゃん、一時間ぐらい」
「そうですわ、お兄様」
 一時間でいいから、と言いながらナナリーが彼の腕に自分のそれを絡める。
「一時間でいいから、つきあってよ」
 な、と言いながらスザクは反対側の腕に抱きついた。
「と言うわけで行こうぜ」
「そうですわね、お兄様」
 そのまま二人同時に歩き出す。
「こら!」
 さすがに二人がかりでは逆らえないのか。口ではそう言いながらも、ルルーシュは足を前に進めてる。
 そうか。何かわがままを言いたいときにはナナリーと共闘すればいいのか。
 スザクは心の中で呟く。
「本当に、一時間だけだぞ」
 全く、とはき出すルルーシュの声にスザクは笑った。



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