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恋は戦争?

猿捕茨


 離宮内が慌ただしい。それはよくあることだ。しかし、何故か、ルルーシュの機嫌がよくない。
「……ルルーシュ」
 どうかしたのか? とスザクは問いかけた。
「ロールケーキが来ると連絡があったんだよ」
 来なくていいものを、と忌々しそうにルルーシュは付け加える。
「ロールケーキって……」
「現在、皇帝の座に就いているあの横ロールだ」
 あぁ、やっぱり……と言ってはいけないのだろうか。
「そうなんだ」
 代わりにこう口にする。
「じゃ、俺、部屋にいた方がいいな」
 さすがに、皇帝相手では、敗戦国の人間である自分は顔を見せない方がいいのではないか。
「いや、同席してもらわないと困る」
 だが、何故かルルーシュはこう言った。
「何で?」
 ルルーシュ達に会いに来るのではないか。そう思いながらスザクは彼を見上げた。
「お前を見に来るつもりらしい」
 全く、とため息をつきながらルルーシュは言葉を返してくる。
「俺?」
 何で? と思わず呟いてしまった。
「……母さんとコゥ姉上の会話を耳に挟んで気にかかったらしい」
 今まで認識もしていなかったはずなのに、と彼は付け加える。
「それって、まずいのか?」
「まずくはないが、厄介だな」
 何を言い出すかわからない、とルルーシュは言う。
「もっとも、お前を預かっているのは母さんと俺だ。あのロールケーキに無駄な横やりは入れさせない」
 安心しろ、と言いながらルルーシュは頭に手を置いた。
「第一、お前を気に入っているのは母さんとナナリーも同じだからな」
 お前は、と聞きかけてスザクはあることに気がつく。
「母さんとナナリー《も》?」
 つまり、自分はどうなのか。言外にそう問いかける。
「……ともかく、だ」
 それにルルーシュは直接言葉を返しては来ない。
「今日だけはおとなしくしていろ。日本式の礼儀作法は身につけているな?」
 だが、口早に告げる彼の頬が、うっすらと赤く染まっているのが、その答えではないだろうか。
「一応、たたき込まれている」
「なら、今回はそれでいい。おとなしくしていてくれ」
 自分とナナリーがフォローする、とルルーシュは言った。
「がんばる」
 あまり自信はないが、と心の中で付け加える。
「それでいい。と言うわけで、着替えだな」
 マリアンヌとナナリーはすでに始めている、と言われて、どうして彼女たちの姿がここにないのかがわかった。
「……まぁ、女性よりは時間がかからないか」
 着替えは、とスザクは呟く。日本にいた頃だって自分よりも神楽耶の方に人手も時間もかけられていた記憶がある。
「そういう察しの良さは気に入っているぞ」
 ルルーシュがそう言ってくれた。それだけでうれしいと思えるのはやっぱり彼が好きだからだろうか。
 そんなことを考えながら、スザクはルルーシュにすり寄った。

 頭のてっぺんからつま先までじろりとにらみつけられる。
 それが品定めされているみたいで、ものすごく気に入らない。
「マリアンヌよ」
 そのまま、彼は視線を移動させると口を開く。
「かわいいでしょう? それに、才能もあるの。教えるのが楽しいのよね」
 だが、彼に最後まで言わせることなく、マリアンヌが言葉を告げた。立て板に水とばかりに続くそれに、シャルルは口を挟む余裕はない。
「スザクさんが来てくださってから、お母様がお出かけする機会が減って、私はうれしいです」
 さらにナナリーがかわいらしい表情でこう言う。
「確かに……母さんが出奔する回数は減りましたね」
 探す手間が省けていい、と言ったのはルルーシュだ。
「しかし、だ……それは、ナンバーズであろう?」
「日本人よ。全く、勝手に他人に番号をつけるのは嫌いだわ」
 戦に負けるのはもっと嫌いだけど、とマリアンヌは言い返す。
「第一、あなたに文句が言えるの?」
 にっこりと微笑むマリアンヌが怖い。反射的にスザクは一歩、後ろに下がってしまう。
「他のエリアからも有力者の娘を後宮に入れているでしょう? 日本だと、さすがに無理だったようだけど」
 ナナリーと同じ年の娘を後宮に入れるわけにいかないものね、と彼女は目を細める。それが獲物を狙う猫科の動物に見えるのは錯覚だろうか。
「だから、代わりにあの子を連れてきたの。かわいいし、なついてくれるもの」
 成長を見守るのは楽しみだし、と彼女は続ける。
「何よりも、ルルーシュの命の恩人よ」
 恩を仇で返すつもり? ととどめを刺すように言った。
「……だが……」
 シャルルはそれでも何かを口にしようとする。
「ここは、私の自由にしていいのよね?」
 誰を住まわせるかも含めて、とマリアンヌは問いかけた。
「そういう約束だったものね?」
 違うの? と彼女はさらに言葉を重ねる。
「確かにそう約束をした」
 だが、とシャルルは言い返そうとした。
「ならいいじゃない。スザク君を利用されるのもしゃくだもの」
 とりあえず、平穏なエリアに火種を投下するのはどうなのか。
「第一、何が問題なの?」
 自分達にもわかるように、なおかつ五十字以内で説明しなさい、と彼女は言う。
「せめて、百字にならんか?」
 シャルルがこう聞き返した。
「だめよ。あなたはいつも演説が長いんだから、たまには短くまとめてみなさい」
 できるわよね? とマリアンヌは笑顔で続ける。それにシャルルは複雑な表情を作った。
「あいつの演説は無駄に長いからな」
 しかも、それに寄っているのか。時々論旨がずれていくことがある。ルルーシュはため息とともにそう付け加えた。
「だから、たまにはいいだろう」
 簡潔にまとめて見せろ、と彼は笑う。
「まぁ、無理だろうが」
 ぼそっと付け加えられたセリフがルルーシュの本音なのだろうか。
「……ルルーシュってお父さん、嫌いなのか?」
 それとも、これは愛情の裏返しというやつなのだろうか、とスザクは悩む。
「まぁ、あれでも父だからな」
 そうすれば、ルルーシュはため息混じりにこう言い返してくる。
「それよりも、お茶のおかわりはいるか?」
 カップが空になっているぞ、と彼は話題を変えるように口にした。
「……もらう」
 それに小さな声でこう言い返す。
「わかった。ナナリーは?」
「当然、いただきます」
 ルルーシュが淹れてくれる紅茶は何よりもおいしいから……と彼女は微笑んだ。
「ナナリーが淹れてくれるお茶も十分おいしいよ」
 本当にこの兄妹は、と言いたくなるような会話を交わしている。それに自分が混じれないのが悔しいだけなのかもしれないが、とスザクが心の中で呟いたときだ。
「今日はあとどのくらいで値を上げられるのでしょう、お父様」
 不意にナナリーがこんなセリフを口にする。
「そうだな……よくて五分と言ったところだろうな」
 いつものパターンであれば、とルルーシュが言い返す。
「これが、いつもなのか?」
 スザクが問いかければ、二人とも大きく首を縦に振って見せた。
「だが、母さんから合格点をもらったことはない」
 いつもだめ出しばかりだ、と言いながら、ルルーシュは流れるような仕草で紅茶を淹れていく。
「でも、それでめげられないのがお父様のよいところですから」
 ナナリーのこれはフォローなのだろうか。
「どちらにしろ、お前はこのままここにいられるはずだ。安心しろ」
 ルルーシュはそう断言をする。
「それは疑ってないけど……いいのか、放っておいて」
 あの二人を、と言外に聞き返す。一応、一人はこの国の皇帝なのだし、と思わずにいられない。
「気にするな。どうせ、母さんの勝ちだ」
「お母様に負けるのが楽しいのですわ、お父様は」
 ヴィ家の二人はきっぱりとした口調でそう言いきる。ならば、それが普通なのだろう。
「……マリアンヌさん、マジで最強じゃん」
 すごい、とスザクは素直に賞賛の言葉を口にした。

 シャルルが値を上げたのは、そのすぐ後だった。



11.10.31 up
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