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恋は戦争?

百合薊


 はっきり言って、本を読むなんてことは大嫌いだ。
「マンガならもう少し興味を持てるのに」
 ブリタニア語でも、とスザクはため息をつく。
「マンガ?」
 何だ、それはとスザクの書いた文章を添削していたルルーシュが聞き返してくる。
「……絵とセリフとか何かで見せる物語? っていうのかな?」
 マンガはマンガだとしか認識していなかったから何と説明していいのかわからない、とスザクは言う。
「こっちにはないの? コミックとか何かって言うやつは」
 あったとしても、ルルーシュが読んでいるとは限らないか、とすぐに思い直す。
「……俺は見たことはないが……母さんかジェレミアなら知っているか?」
 それとも、軍の誰かか? と彼は首をかしげる。
「そうだな。どうせなら楽しんでやった方がいいのか」
 嫌々やるよりもその方が身につくかもしれない。ルルーシュはいつものきまじめそうな表情のまま考え込んでいる。
「ルルーシュが教えてくれるなら、今のままでもいいけどな」
 別に、とスザクは言う。そうすれば、彼の顔を好きなだけ見つめていられるし、と口にしかけてそれやめた。
「でも、忙しいなら無理しなくてもいいけど」
 代わりにこう言う。
「忙しいわけではないな、とりあえず」
 鬱陶しいだけで、とルルーシュは口にする。
「鬱陶しいって……俺?」
 本当? と思わず聞き返す。
「あぁ、安心しろ。お前のことではないから。第一、そう思っていたら面倒なんか見ない」
 無視するだけだ、と彼は言い切った。
「鬱陶しいのは、あのロールケーキの存在だ」
 マリアンヌだけではなく自分もそばに侍らせようとしている。それがいやなのだ、と彼はため息をつく。
「そう言うことはオデュッセウス兄上かシュナイゼル兄上にさせればいいものを」
 あるいはギネヴィアか。
 どちらにしろ、皇位に付く人間か后妃以外にさせるべきことではない。
「と言うことで、現在、断る口実を探し中なだけだ」
 これに関しては、マリアンヌは当てにならないから……と彼は続けた。
「あくまでも俺の方の事情だ。だから、お前は気にしなくていい」
 しかし、マンガか……とルルーシュは呟く。
「そうだな。探しておいてやる。それまではこれで我慢しろ」
 言葉とともに目の前に一冊の絵本が差し出された。表紙に二匹の蛙が描かれている。
「……これ、教科書に載ってたやつじゃん」
 懐かしい、とスザクは笑った。
「そうなのか?」
「もっとも、日本語だけどな」
 結構好きだったな、あの話……と付け加える。
「これに入っているならいいけど」
 とりあえず、挿絵の絵柄は記憶の中にあるものと同じだ。だから、それを手がかりに知っている話があるかどうかわかるのではないか。
 そんなことを考えながらスザクは中を確認していく。
「あった!」
 やはり、と言うべきか。その本の最後の方に見覚えがある挿絵があった。
「この話だ」
 やっぱりあった、とスザクは口にする。
「よかったな」
 即座にルルーシュが言葉をかけてくれた。その声を聞いて、あることを思いつく。
「ルルーシュ! これ、最初から最後まで朗読してくれよ。それ、録音して聞くから」
 繰り返し聞いていれば覚えるだろうし、と笑う。
「……考えておいてやろう」
 ルルーシュは少し考えた後にこう告げる。しかし、彼は絶対に朗読データーをくれるだろうとスザクは判断していた。

 事実、次の日にはデーターを入れたプレーヤーが彼の手元に届いていた。

 ランニング中やストレッチ中にルルーシュの朗読を聞きまくっていたからだろうか。さすがにあの本はブリタニア語でも暗唱できるようになっていた。
 そのおかげか。本文を読んでも単語と発音が結びつく。
「後は、意味なんだけど……まだあやふやなのがあるよな」
 それでも、前後から推測できるようになった……ような気がする。
「やっぱ、知っている話だと覚えやすいよな」
 後知っているような話の絵本はあるだろうか。汗を拭きながらスザクは呟く。
「図書室に行けばわかるかな」
 そういう本があればだけど、と付け加えたときだ。
「クルルギか」
 不意に玄関の脇から声がする。視線を向ければジェレミアが何か、箱らしきものを抱えて立っているのがわかった。
「玄関、開ければいいわけ?」
 出会いが出会いだった所為か、未だに気に入らない。それでも、ルルーシュにとっては必要な人材らしい。彼がまたスザクに何かをしたら、即座に〆るとマリアンヌが言っているし、妥協するしかないだろう。
 そんなことを考えながら声をかける。
「申し訳ないがお願いする」
 前回のことがあったからか。彼はとりあえず自分にもそれなりの態度で接することに決めたらしい。
「了解」
 それにしても、いったい何を持ち込んだのか。
「全部、ルルーシュの書類?」
 だとするならば、図書室のことはナナリーに聞いてみよう。そんなことを考えながらドアに手を伸ばす。
「いや、書類ではないそうなのだが……クロヴィス殿下からルルーシュ様にと言付かって来たものだからな。むげにもできない」
 ため息とともに彼はそう言い返してきた。
「クロヴィス殿下、と言うと、あのものすごく手の込んだ衣装を着ている方か」
 どんなときでも、スザクは呟く。
「あの衣装を着こなせるのもすごいけど……ルルーシュもあんなの着てくれないかな」
 きっと似合うだろう。でも、何故か彼は黒い服しか着ない。それでも、刺繍だのなんだので十分ではないか。
「それは皆が思っていることだ」
 だが、ルルーシュはそう考えていないらしい……とジェレミアがため息をつく。
「いっそ、ナナリー様と二人でねだってみてくれ」
 ルルーシュのそういう姿は自分も見てみたい、と言外に彼は言う。
「考えておくよ」
 着飾ったルルーシュは見たいが、ジェレミアと協力するのはいやだ。これがナナリーであればかまわないと思えるから、やはり第一印象が関係しているのだろう。
 あの出会いではそう言われても当然だよな。そう心の中で呟くと、スザクはさっさと離宮の中に足を踏み入れる。
「じゃ、俺は部屋に戻るから」
 言葉とともにさっさと離れようとした。
「また後で」
 それなのに、どうしてこんなセリフを口にするのか。自分に避けられているのがわからないはずはないのに、とスザクは思う。
 あるいは、ルルーシュ達から何かを言われているのかもしれない。
 その可能性はあるな、と思いながら彼から離れた。
 部屋に戻れば、することは決まっている。汗を流して着替えだ。その後は、マリアンヌにしごかれることがなければ、ルルーシュかナナリーが呼び出しに来るまで部屋で勉強をすることになっていた。
 ジェレミアが来たから、ルルーシュからの呼び出しは当分ないだろう。ナナリーも出かけているから、のんびりとしていればいいか。
 そう考えていたのに、だ。
「スザク様。ルルーシュ様がお呼びです」
 バスルームから出ると同時にメイドが呼びに来る。
「ルルーシュが? でも、ジェレミアさんが来ているんだろう?」
「はい。ご一緒です」
 何なのだろうか。そう思わずにいられない。
 でも、ルルーシュに呼び出されたのはうれしいかも……とスザクは考える。
「わかった。書斎かな?」
「はい」
「ありがとう」
 呼びに来てくれたことに対するお礼を言うと、スザクは書斎へと向かう。途中、階段を歩いて下りるのがもどかしくて飛び降りたくなったのは事実だ。
「ルルーシュ? 俺だけど、入っていい?」
 書斎のドアをたたきながらスザクは声をかける。そうすれば、すぐに開いた。開けてくれたのはルルーシュではなくジェレミアだった。
「悪かったな。とりあえず、マンガとやらを取り寄せてみたのだが、これでいいのか?」
 デスクに座っていたルルーシュが手元の本をめくりながらこう問いかけてくる。
「しかし、読み方が今ひとつわからないな」
 言葉とともに彼は首をかしげていた。
「なれれば簡単だけどな」
 いったい、どんなマンガだろう。それ以前に、ずいぶんと早く届いたけど……と思いながらスザクはデスクへ近づく。そして、一冊手に取ったところで理解できた。
「このシリーズ、残ってたんだ」
 確か、どこかの出版社が自分のところのマンガをブリタニア語に翻訳したものだったはず。
「つぶしてしまえ、とクロヴィス殿下が申されたそうですが、部下の者達が止めたとか」
 どうやら、日本のマンガのファンがブリタニア軍にも板らしい。ブリタニア語で描かれているものは処分の対象から外れたそうだ、とジェレミアが教えてくれた。
「日本の中で一番世界的に人気があったのはマンガとか何かだって聞いたことがあるけど」
 そう言いながら、スザクはルルーシュが見ている本をのぞき込んだ。
「この吹き出しの中にあるのがセリフ。だいたい、セリフがつながるように読んでいけば、話がわかると思う」
 基本的にセリフとモノローグ、それにナレーションぐらいしか文がないから、と続けた。後は絵で表現している。
「絵本がもっと細かくなったようなもん?」
「なるほど。だいたいわかった」
 内容はともかく、言葉を覚えるにはいいかもしれない。ルルーシュはそう言ってうなずく。
「いっそ、大筋を指示して誰かに描かせるか」
 自分達に都合のいい話を、と彼は続ける。
「まぁ、それは兄さんに任せておこう」
 スザクの勉強に役立てば、自分はそれでいい。そう言ってルルーシュは笑った。
「でも、途中が抜けてる」
 それが悔しい、とスザクは思わず呟いてしまう。
「それは手配してやろう」
 ひょっとして、彼も気に入ったのだろうか。そうだといいな、と思うスザクだった。

 ちなみに、彼の語彙が増えたのかどうかは、また別の話だった。



11.11.14 up
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