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恋は戦争?

彼岸桜


「出かけてくるわ。一月以内に帰ってくるから」
 言葉とともにマリアンヌが出かけたのは先日のことだ。
「……なんか、ものすごく静かだよな」
 そのせいだろうか。離宮内部が、と何か物足りない。
「と言っても、鍛錬をサボるわけにはいかないし……いつもと変わらないんだけど」
 そんなことをすれば、戻ってきたマリアンヌに何をされるかわからない。だから、とスザクは与えられたメニューをこなしている。
「スザクさん!」
 そろそろ切り上げようか。そう思ったときだ。ナナリーの声が耳に届く。
「どうかしたのか?」
 視線を向けると言葉を返す。
「お兄様がお茶にしましょうって」
 そう言いながら、彼女はスザクの腕に抱きつくように彼の手をつかんだ。
「汗臭いぞ、俺」
「……別に気になりません」
 ニコニコと微笑みながら彼女はそう言う。
「俺が気になるし、ルルーシュもいやがるんじゃないか?」
「大丈夫です。スザクさんの汗のにおいなら、お兄様も気になさりません」
 そう言われても、とスザクは苦笑を浮かべる。
「やっぱ、気になるからさ」
 ルルーシュなら逆に抱きつくかもしれないけど、と心の中だけで付け加えた。
「……わかりました。残念ですけど、仕方がありません」
 そう言うと、彼女は手を放す。
 しかし、何故か彼女は思い切りがっかりとしている。
 それはどうしてなのだろうか。
「手をつないで行くくらいなら、ルルーシュも怒らないと思うけど……」
 何か、誤解されそうな気はするが……と言う不安はある。でも、ルルーシュなら大丈夫だろう。自分がどれだけ彼が好きなのかを知っているはずだから、と付け加える。
 それよりも、ナナリーにこんな表情をさせている方がまずいような気がするのだ。
「はい、スザクさん!」
 ぱっと顔を輝かせると、彼女は手を差し出してくる。
 柔らかなその手を、スザクは壊さないようにそっと握りしめた。

 シャワーを浴びてルルーシュたちがいるリビングへと行った瞬間、そのまま回れ右をしたくなった。だが、かろうじてそれを思いとどまる。
「……いらっしゃいませ、陛下」
 仕事はいいのだろうか。そう思いながらも口に出す。そうすればナナリーを膝に乗せていたシャルルが視線をそらすのがわかる。
「ルルーシュ……俺、戻ろうか?」
 そのまま視線を移動させるとこう問いかけた。その瞬間、シャルルがどのような表情をしたのか。スザクの語彙では上手く言い表せない。
「気にしなくていい。前触れもなく押しかけてきた方が悪い」
 元々は自分とナナリー、それにスザクの三人だけでのんびりとする予定だったのに……とルルーシュはため息をつく。
「よいではないか。父も久々にのんびりとしたいぞ」
 彼はそう言ってふんぞり返る。
「それともなんだ? 父を邪魔だと申すか?」
 彼はそう言ってルルーシュ達の顔を見回す。
「……お邪魔とはもうしませんが……お母様がおられませんよ?」
 マリアンヌがいないのにいいのか、と彼の膝の上からおりながらナナリーが突っ込んでいる。その指摘の鋭さは、さすがルルーシュの妹、と言っていいのだろうか。
「お父様はお母様のお顔を見にいらしているとばかり思っておりましたが」
 さらに彼女はこう続ける。
「……そうなんだ」
 スザクは思わずこう呟いてしまう。
「でも、マリアンヌさんとルルーシュはそっくりだろう? 顔だけなら、ルルーシュを見ていてもいいんじゃねぇのか」
 満足するだけなら、と彼はこう続けた。
「そう言われてみればそうですわね」
 ならば、シャルルはルルーシュの顔を見るために足を運んだのか……といいながら彼女は父を見つめる。
「そうなんですか?」
 そのまま、彼女は問いかけた。
「……お前たちは儂の子ではないか」
 マリアンヌがいなくても顔を見に来たいと思っていけないのか、と彼は言い返してくる。
「とりあえず、お茶の時間だけはおつきあいしますよ」
 仕方がない、とルルーシュは言う。
「ただし、スザクを同席させること。そして、終わったら早々に戻られることを条件に、です」
 いいですね、と彼はシャルルをにらみつけた。
「……もう少し、よいではないか」
 だだをこねるように彼はそう言う。
「だめです」
 しかし、ルルーシュはそれをあっさりと却下した。
「母さんにも言われています。父上を甘やかすな、と」
 仕事をさぼっているようなら、遠慮なくたたき出せ……とも言われている、と彼は続ける。
「ルルーシュ……」
「母さんをごまかせるとは思わないでくださいよ?」
 ばれたらどうなるか。一番よく知っているのはシャルルだろう。そうルルーシュが言った瞬間、シャルルの頬が引きつった。
「……過去に経験あり?」
「らしいです」
 自分は覚えていないが、とナナリーが教えてくれた。
「と言うことは、マリアンヌさんとルルーシュにお仕置きされたのか」
 そう言うところはきっちりとしているからな、とスザクはうなずく。
「みたいです」
 ふふ、とナナリーが言い返してくる。
「やっぱり」
 そう言いながら、スザクはナナリーのために椅子をひいてやった。そうすれば、彼女は小さく礼の言葉を口にしながら座る。
「ルルーシュ?」
 自分はどこに座ればいいのか、とスザクは問いかけた。いつも彼が座っている場所にシャルルが陣取っているのだ。
「母さんが座っている場所でいいぞ」
 スザクなら彼女も文句は言わないだろう。そう言ってルルーシュは微笑む。
「全く……せめて事前に連絡をくだされば、席ぐらい、用意しておいたものを」
 だが、シャルルに向けるのはあきれたような視線だ。
「ルルーシュゥ!」
「とりあえず、茶ぐらいは入れて差し上げます。後はさっさと帰って仕事をしてください」
 いいですね、と彼は念を押す。
「……シュナイゼルがおろうが」
 任せておけば大丈夫だ、とシャルルは言う。
「皇帝は父上でしょう?」
 全く、とあきれたようにルルーシュが言い返す。
「……父親の働いている姿が一番かっこいいって言うのが、日本での定説だけどさ」
 ぼそっとスザクは口を挟んでみる。
「私も、お仕事をしているときのお父様が一番格好いいと思います」
 ナナリーも即座に同意の言葉を口にした。
「そうなのか?」
 シャルルが目を輝かせながらこう問いかけてくる。
「はい」
 ナナリーが大きく首を縦に振って見せた。
「そうか」
 では、仕事をしないとな……とシャルルは言う。
「だが、その前にゆっくりとさせい!」
 これは想像していたセリフだよな、と思いながらスザクはルルーシュへと視線を向ける。
「仕方がないですね」
 全く、と呟く彼の表情はどこか達観しているとしかいえない。本当に大変なのは彼らではないか、と思ってしまうスザクだった。

 シャルルが本宮に戻ったのは、それから二時間後のことだった。
「ルルーシュ、大丈夫か?」
 フルマラソン――ルルーシュの場合、一キロだろうか――を走りきったときのような表情をしている。それが気になってこう問いかけた。
「大丈夫だ」
 やっと帰ってくれた、と彼は呟く。
「ともかく、今回は助かった。珍しくも素直に帰ったからな」
 あのロールケーキが、と彼は続けた。
「あれで?」
「あれで、だ」
 いつもはもっとぐだぐだと言って居残る。最後にはマリアンヌが追い出すのがお約束になっているのだとか。
「……大変だな」
 大きな子供相手にしているようだったし、とスザクは言う。
「お前の方が大人だからな」
 本当に、あれがいると大変だ……とルルーシュはため息をついた。
「全く……あいつが来ると俺の心の平安が奪われる」
 自分の世界に不要とは言わないが、できるだけ関わらないでいたいのに。それは間違いなく彼の本音なのだろう。
 しかし、今まではこんな愚痴を自分にぶつけることはなかった。
 少しは彼に頼りにされているのだろうか。だとしたら嬉しいな、とスザクは心の中で呟いていた。



12.01.09 up
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