恋は戦争?
雀蘭
アリエスよりも豪奢なたたずまいの建物がアッシュフォード伯爵家だった。
「……でかい」
「そうだな」
スザクのつぶやきにルルーシュがうなずく。
「ここには工房もあるそうですから、仕方がないのだそうですわ」
マリアンヌがそう言っていた。そう教えてくれたのはナナリーだ。
「訪れる人間も泊まり込む人間も、アリエスとは比べものにならないからな」
むしろ、アリエスが特別なのだ……とルルーシュが口を挟んでくる。あそこはマリアンヌが認めた人間以外、敷地内に足を踏み入れることができない。例え、相手が皇帝でも、だ。
「……そうなんだ」
いくら何でも皇帝まで、とは思う。同時に、マリアンヌならやるだろうな……と考えてしまうことも事実だ。
「ついでに言えば、これから会うであろうアッシュフォードの孫娘は、母さんの大のお気に入りだ」
思いもしなかったことをしてくれるから、とルルーシュはため息をついた。
「それって、ものすごくまずくねぇ?」
と言うより、とんでもない相手なのではないか。そう呟く。
「……それは否定できません」
ナナリーがこう言ってくる。
「でも、たいていは楽しいです!」
さらに彼女はそう続けた。
「ミレイさんがお考えになることは」
ふわふわっとした笑みとともに知らない名前が彼女の名から飛び出す。だが、今までの流れからすれば答えは簡単に出る。
「……ミレイって言うの? その人」
アッシュフォード伯爵家の孫娘というのは、と問いかけた。
「そうだ。ミレイ・アッシュフォード。俺より一歳年長の才女、と言うことで通っているな、世間的には」
実のところ、周囲がフォローしまくって何とかなっているだけなのだが……とルルーシュは言う。
「まぁ、お前はナナリーと同じ年だからな。彼女も無体なことは言わないと思うが……」
「危ないのはお兄様の方です」
昔から遊ばれていた、とナナリーが教えてくれる。
「大丈夫なのか?」
「何とかなるだろう」
今回は人目があるから、とルルーシュが言う。
「だといいがな」
何か、いやな予感がする……とスザクは呟く。
「ロイドさんもいるんだろう?」
「……言うな」
次の瞬間、ルルーシュが深いため息をついた。
しかし、まさかこんなことを計画されていたとは……とスザクは目を丸くする。
「きれいよね、日本のキモノだっけ?」
黒髪だから、ルルーシュはよく似合うし……とミレイは満足そうに笑う。
「本当によくお似合いです、お兄様」
ナナリーもすごく嬉しそうだ。
「……でも、それ、女物。未婚の女性だけが着られるんじゃなかったけ?」
スザクはついつい、こんなセリフを漏らしてしまう。その瞬間、ルルーシュがものすごい勢いで彼を見つめてきた。
「スザク!」
「何?」
「今のセリフ、本当なのか?」
怒りを押し殺しているとわかる表情もきれいだよな、とこんな時なのに考えてしまう。
「従妹がそんなことを言っていただけだよ。実際、結婚してから着ている人は芸能人以外いなかったし」
だから、未婚の女性が着るものなのだろう。スザクはそう言い返す。
「そちらではない!」
怒りのためか。ルルーシュの頬がうっすらと赤く染まっている。そうすると、ますます美人だよな……と心の中だけで呟く。
「これが女性の衣装だ、と言う方だ!」
本当なのか、とルルーシュはさらに問いかけてくる。
「本当だよ。俺は着たことないもん」
自分が着ていたのは羽織袴だ、とスザクは言う。
「第一、そんなの着て戦えないだろう?」
今はともかく、百年ほど前まではそれが普段着だったのだから、とさらに言葉を重ねた。
「第一、それ、手描き友禅じゃん。日本でもそれを買える人間はそういないぞ」
金糸銀糸もふんだんに使われているし、と続ける。このあたりのことは、日本にいたとき、母親代わりに自分を育ててくれた老女に教えてもらったことだ。
必要ないと思っていたその知識がこんなところで役に立つとは予想もしていなかった。
「細かいことはいいじゃないですか。似合っておいでなんですし」
にこやかな表情でミレイがこう言ってくる。
「そうですわ、お兄様。でも、本当にきれいです」
いつでも見ていたいのに、とナナリーが言う。
「……人形に着せればいいんじゃないか?」
それなら、とスザクは口にする。
「そうすれば、ルルーシュに着せなくてもいいじゃん」
「そうですわね」
振り袖が気に入ったナナリーは素直にうなずいてみせる。
「ルルーシュ殿下が身につけられるから楽しいのに」
しかし、ルルーシュを飾って遊びたいミレイには不評だったようだ。
「第一、今日はみんな、ルルーシュ殿下のこの御衣装を楽しみにしておいでなのよ!」
しっかりとこう叫んでくれる。
「ミレイ!」
それに完全にルルーシュの堪忍袋の緒が切れたらしい。
「いい加減にしろ!」
大声でこう怒鳴った。
「俺は見世物でも何でもない」
それに彼はそう付け加える。
「確かにそうね」
でも、とみれは意味ありげな笑みを浮かべながら言葉を唇に載せた。
「殿下がそれを着て人目を集められれば、彼へのそれは減りますわよ?」
「俺?」
自分がいったい何の関係があるのか。訳がわからず、こう言ってしまう。
「そうよ。今日のお客の何割かはマリアンヌ様が引き取られた子供に興味津々だもの」
ロイドがあれこれと言ってくれているし、と彼女は続けた。
「……そうか……すべての元凶はあの男か」
低い声でルルーシュがそう呟く。
「ルルーシュ?」
「……お兄様」
まずいと思ったのは自分だけではなかったらしい。ナナリーもスザクと同時に声をかけた。
「心配するな。お前たちに被害は及ぼさない」
ふふふ、と笑いを漏らしながら彼はそう言う。
「もちろん、ロイドだけではないがな」
二人とジェレミアを覗いた者達がすべて対象になる。そう彼は続けた。
「……殿下?」
「お前も例外ではないからな、ミレイ」
覚えていろよ? と彼は言う。
「そんなぁ!」
私とルルーシュの仲でしょう? と彼女はわざとらしい口調でミレイが言った。
「元はと言えば、お前が余計なことをするかだろうが」
事前に教えてくれていれば対策がとれたのだ、と彼は続ける。
「だって……殿下の艶姿を見たかったんです。それに……」
「それに?」
目をすがめると彼はミレイをにらみつけた。そうするとものすごく迫力がある。
「……マリアンヌ様が見つけていらしたんですよ、その振り袖」
だが、この一言で彼の怒りはしぼんだようだ。
「母さん……こんなものをミレイに渡したらどうなるか、わかっているでしょう……」
まだ、ユーフェミアに渡されていた方がマシだった、と彼はため息をつく。
「まぁ、いい。それに関しては後で、だ。今日だけは茶番につきあってやろう」
ただし、後で覚えていろよ? と彼は嗤う。
「ロイド達の言動次第でどうなるか。責任はとらないからな」
さらに続けられた言葉の裏に隠されている意味に彼女は気づいたのだろうか。
「仕方がないですわね。今度はナナリー様とスザク君もおそろいになるよう用意します」
それともめげていないのか。こんなセリフを口にしてくれる。
「さすがはミレイさんです」
つまり、彼女は何があってもめげない人間なのか、と納得をした。だから、ルルーシュが苦手としているのかもしれない。
「ミレイ……」
「不思議の国のアリスでいいですよね?」
聞く耳を持っていない彼女に、誰もが手を焼いているのだろう。だが、きっと、本音ではルルーシュはそんな彼女が気に入っているのではないか。そんなことを考えてしまうスザクだった。
パーティはある意味、阿鼻叫喚の嵐だった。そして、後日、ルルーシュの元に貢ぎ物という名で有名店のプリンが届けられたのは、また別の話だろう。
12.01.23 up