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恋は戦争?

深山傍食


 目の前になにやら山のように本が積み上げられる。
「これから、毎日、これも勉強してもらう」
 そう言ってきたのはジェレミアだ。
「……宿題の他に、か?」
「そちらは適当でかまわないそうだ。何なら、夕食後にルルーシュ様が、面倒を見てくださるらしい」
 だから、こちらは自分だ……と続ける彼の言葉が、思わず頭の中をすり抜けていきそうになってしまった。
「ともかく、小等部を卒業するまでに礼儀作法、それにマナーを完璧に身につけてもらおう」
 ルルーシュとともに出歩くようになれば、スザクの一挙手一投足に目を光らせるものが増えるだろう。
「お前の失敗はルルーシュ様の失敗につながるからな」
 だから、心して勉強しろ。彼はそう続ける。
「……ルルーシュのためならがんばるけどさ」
 面倒くさい。それは偽らざる心情だ。
「他にも、ダンスやお茶の淹れ方など、覚えなければいけないことがたくさんある」
 だが、ジェレミアはさらにハードルをあげてくれる。
「それも必要なのか?」
 間違いなく苦手だと言い切れるんだけど、とスザクは顔をしかめた。
「もちろんだ」
 即座に彼はうなずいてみせる。
「普段は、ご自分でされる。しかし、公的な場となれば話は別だ」
 特に、お茶の支度は……と彼は続けた。そのようなときに確実にそばにいるのは専属騎士だけだ。そうなれば、その者がするのは当然だろう。
「ダンスは言わずもがなだ」
 できなければ一人前を思われない。
「……俺、ブリタニア人じゃないけど?」
 それでも必要なのか、と悪あがきをするように口にする。
「男らしくないぞ」
 それを一刀両断するようにジェレミアはそう言った。
「ルルーシュ様のためだ。ぐちぐちと言うな!」
 ここまで言われてはこれ以上何も言うことができない。
「わかったよ!」
 やってやろうじゃないか! と勢いのまま口走ってしまう。
「最初からそう言えばいいのだ」
 ジェレミアは満足そうにうなずく。
「と言うことで、まずは基本だ」
 言葉を覚えなければいけない。そうでなければ、何を言われているかわからないから、と彼は一番上に置かれていた本を取り上げた。
「一週間ですべて暗記しろ」
 いいな、と念を押されて思わず逃げ出したくなってしまう。それでも、今更そんなことができるはずもない。
「やってやるよ」
 自分に活を入れるように、スザクはそう宣言をした。

 しかし、その決意もすぐにどこかに行きそうになってしまう。
「何で、同じことを言うのに、相手によっていちいち言葉を換えなきゃないんだよ」
 面倒くさい、と呟きながらテーブルに突っ伏す。
「なれろ。それしかない」
 苦笑とともにルルーシュが彼の髪の毛に指を絡めてくる。
「第一、日本人のお前が言うセリフではないぞ」
 そのままスザクの髪の毛で遊びながら彼は続けた。
「何で?」
 意味がわからない、とスザクは視線だけを彼に向ける。
「謙譲語に尊敬語に丁寧語、だったか? あれに比べれば簡単だろう?」
 自分でも理解をするのにかなりかかった、と彼は言う。
「理解できるだけすごいよ」
 はっきり言って、日本人の中でどれだけの人間が理解できているのか。
「俺だって敬語は理解できてねぇもん」
 まぁ、それなりに使えてはいたけど……とスザクは言い返す。
「大人だって完璧は求めてなかったしな」
 自分が子供だからかもしれないが、と付け加えた。
「でも、こっちだと最初から完璧じゃないとだめなんだろう?」
 面倒、と心の中だけで呟く。
「あきらめるか?」
 なら、とルルーシュが問いかけてきた。
「それはやだ」
 そうすれば、自分はルルーシュのそばにいられなくなる。そんなのは絶対にごめんだ。
「でも、弱音ぐらい吐かせてくれよ」
 ぼそっとそう続ける。
「アーニャみたいに口数が少ないならともかく、さ。そうでないなら、何年か分のハンデがあるんだし」
 それを一月で何とかしろという方が無理ではないか。もっとも、それは彼らもわかっているのではないかとは思う。それでも、そうしなければいけないのだろう。
「マリアンヌさんがうるさく言うタイプだったら、もっと違ってたのかもしれないけど」
 ルルーシュやナナリーだってそうだ。
「……それに関しては、ちょっと甘かったかなとは思っている」
 苦笑とともにルルーシュは口を開く。
「ジェレミアにもそうは言われていたんだ」
 甘やかすのはスザクのためにならないだろうとは、と彼は続けた。
「でも、お前はもう、家族のようなものだしな」
 厳しくできない、と告げられた言葉は喜ぶべきなのだろうか。そう考えているのがわかったのかもしれない。ルルーシュはさらに言葉を重ねる。
「何があっても追い出すことはないから、安心しろ」
 ついでに、七光りぐらいはつかってやろう。そう言って彼は笑う。
「だから、顔を上げろ」
 その言葉に、スザクは渋々上半身を起こした。
「ほら。学校の宿題を出せ」
 ナナリーにちゃんと聞いているからな、と彼はさらに言葉を重ねる。
「……ナナリーの写す」
 それでいいだろう、とスザクは口にした。
「身につかなければ意味がないだろう?」
 確かに正解はするかもしれないが、とルルーシュはため息をつく。
「だって、頭ん中、いっぱいで……これ以上何かあれば、こぼれ落ちそうなんだぜ」
 今まで覚えたことが、とスザクは言う。
「そんなことはないぞ」
 大丈夫だ、と彼はスザクの頭をなでてくる。
「ルルーシュって、俺の髪をなでるの、好きだよな」
 さっきも人の髪の毛で遊んでたし、とスザクは口にした。しかし、本人は無意識だったらしい。
「そう、か?」
 今更ながらに気づいたという表情で彼は自分の手元を見つめている。
「ルルーシュになでられるは大好きだけどな」
 だから、遠慮なくなでてくれ……とスザクは慌てて口にした。
「そうか」
 それにルルーシュはうなずいてみせる。
「お前の髪の毛は触っていて心地がいいからな」
 ナナリーのそれとは違って、多少乱暴にしても文句を言わないし……と彼は苦笑を浮かべた。
「それよりも、宿題だが……」
 やっぱり、忘れていなかったか……とスザクは内心ため息をつく。
「……キスしてくれたら、がんばる」
 ダメ元でこんなことを言ってみた。
「キス?」
「挨拶のじゃないぞ。ちゃんと大人のキス。してくれたら、やる気が出ると思う」
 してくれなければ、適当なところで切り上げるだけだ。そんなことを考えながら言ってみる。
「大人のキス、だと?」
 すぐに笑い飛ばされる、と思っていた。あるいは怒られるか、だ。しかし、彼は呆然と『大人のキス、大人のキス』と繰り返している。
「まさか、知らないとか?」
 ぼそっと呟いてみた。
「誰が、だ!」
 即座に彼はこう言い返してくる。
「あぁ。経験がないだけなんだ」
 そういえば、彼は一瞬唇をかんだ。と言うことは図星だったのだろうか。
「そういうお前はどうなんだ?」
 しかし、すぐにこう切り返してくる。
「ないわけじゃないよ」
 とりあえず、と笑う。
「試してみる?」
 言葉とともに体の向きを変える。そして、まっすぐに彼の顔を見つめた。
「やれるものならやって見ろ」
 そうすれば、彼はこう言ってくる。その顔には『無理だろう』と書いてあった。本当に、と思いながらスザクは伸び上がる。
「じゃ、遠慮なく」
 この言葉とともに唇を重ねた。ついでとばかりに、唇の隙間から舌を差し入れてみる。
 その瞬間、彼が凍り付いたのがわかった。

 ルルーシュが復活するまで後数分。
 初めて勝ったかもしれない、とスザクは心の中で呟いていた。




12.02.28 up
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