恋は戦争?
イエロージャスパー
十二歳で士官学校に放り込まれてから、アリエス離宮に戻ったことはない。そんなことをすれば、きっと、ルルーシュのそばからはなれられなくなるとわかっていたのだ。
だから、卒業するまでは帰らない。
そう宣言したのを後悔したことは一度や二度ではない。
実際、長期休暇の時に転がり込んだのは、今、隣にいる人物の家だ。
そのことについて、彼があれこれ言ったことはない。そして、彼が主であるルルーシュがスザクの行動についてどう考えているのかを伝えてくれたことも、だ。
それでも、嫌われていないはず。
だが、離れていた間に彼のそばに誰か別の存在がいるのではないか。そんな不安がなかったわけではない。
しかし、ルルーシュは自分が戻ってくるまで『待つ』と言ってくれた。そして、彼が約束を違えたことはない。だから、我慢することができたのだ。
だが、それも今日までのことだ。
「しかし、上位とは……がんばったな」
さすがはマリアンヌさまが期待していただけのことはある。ジェレミアはそう続けた。
「そのあたりは、もう、意地です」
日本人――いや、あそこではナンバーズか――だからとか、マリアンヌ達のひいきだとか、そう言われるのがいやだったから……とスザクは言い返す。
「ジェレミア卿にはお世話になりました」
長期休暇の時は彼の屋敷にお世話になっていた。それ以外にも、彼がいろいろと気をかけてくれたことを知っている。
「気にするな。当然のことだ」
それに彼はこう言い返して来た。
「執事も喜んでいたしな」
孫のような年齢のスザクがいることを、と彼は続ける。
「それに、家であればマリアンヌ様もルルーシュ様も安心していただけたし」
それが一番の理由ではないだろうか。
「そう、なんですか」
と言うことは自分のあれやこれやもルルーシュにばれていると言うことなのか、と内心焦る。
「安心しろ。お前の少々のやんちゃはルルーシュ様にはお知らせしていない」
マリアンヌはしっかりと把握しているようだが、と彼はさりげなく続けた。
「うわっ……まずい?」
「安心しろ。その程度はお前の年齢では当然だろう、と笑っておられたからな」
士官学校の生徒が羽目を外すのはよくあることだ。彼はそう続ける。
「私にしても、身に覚えがないわけではない」
「ジェレミア卿が?」
まじめ一本槍だと思っていたのに、と心の中で呟いた。
「学生というのは、また別だからな」
だからといって何をしてもいいわけではないが、と彼は続ける。その言葉に妙に力がこもっているような気がするのは錯覚だろうか。
「何か経験があるのですか?」
思わずこう問いかけてしまう。
「私ではないが、な」
できれば、二度と関わりあいたくなかった相手だ……と彼は言った。
「ひょっとしなくてもロイドさんか」
彼の交友関係から推測して、とスザクは呟く。
「まぁ、そんなところだ」
だから、スザクも気をつけろ……と彼は苦笑とともに続けた。
「わかりました」
しかし、難しいだろう。心の中でそう呟く。
ロイドと彼の研究チームがマリアンヌの指揮下に移動したらしい。そうなれば、自分もテストに引きずり出されるのは目に見えている。と言うより、すでに決定事項になっているのではないか。
「当面は、私について細かな仕事を覚えてもらうことになっている」
だから、安心していい。その言葉をどこまで信用してもいいものか。
「マリアンヌさんが何か言ってきても?」
彼女ならば、おもしろがって自分を引っ張り出すのではないか。そう思いながら問いかけてみる。
「そのときは、ルルーシュ様が止めてくださるはずだ」
当面は、と彼はため息混じりに続けた。
「お前がなれたと判断された後は、どうなるか。さすがにわからないがな」
それは全く救いになっていないのではないか。
「……すぐに引っ張り出されるな、これは」
ため息とともにスザクはそう呟く。
「あきらめろ。あの方に勝てる人間は、このブリタニアにはいない」
ジェレミアが気の毒そうに言ってきた。
「だが、それもお前が期待されているからだ」
それは光栄に思え、と彼は続ける。
「わかってますよ。あの人達が期待してくれていると思わなければ、士官学校なんて早々にやめていましたよ」
こんなことを言えばジェレミアには怒られるかもしれないが、とスザクは苦笑を浮かべた。
「それでも最後までがんばっただけではなく、誰もが認めざるを得ない成績を収めたのだ。それはお前の努力のたまものだろう?」
違うのか? と言う問いにスザクは曖昧な笑みを返す。
「ならば、ほめてもしかる必要はあるまい」
ルルーシュもそういうだろう。そう告げる彼にスザクは素直にうなずいて見せた。
「お帰りなさい、スザクさん」
満面の笑みとともにナナリーが出迎えてくれる。しかし、そこにルルーシュの姿はない。
「お兄様はお部屋の方にいらっしゃいますわ」
それを残念に思っていれば、彼女はこう教えてくれる。
「クロヴィスお兄様が、また何か、言ってこられたみたいで」
いつものことだが、と彼女はため息をついて見せた。
「今日はスザクさんが戻ってこられるからと、お兄様もお仕事を入れておられなかったのに」
彼女は残念そうな表情でそう付け加える。だが、そのセリフでスザクは嬉しくなったことも事実だ。
「……また、何か厄介なことが起きているのだろうか」
エリア11で、とジェレミアが呟く。
「あぁ、すまん、クルルギ。日本だったな」
そこで何かを思い出したらしい。慌てて彼はこう言ってきた。
「いえ。気になさらないでください。士官学校時代、さんざん言われましたから」
もうなれた、とスザクは言い返す。
「……スザクさんがスザクさんじゃないみたいです」
ナナリーがその瞬間、こう言ってきた。
「ナナリー?」
「……スザクさんは、もう少し、俺様な感じでした」
だから、それはなんなのか。
「クルルギも礼儀作法を覚えた、と言うことですよ、ナナリー様」
言葉がきれいになっただけで中身は変わっていない、とジェレミアは笑う。
「実際、ナナリー様のことを呼び捨てにしています」
他の人間ではできないことだ。彼はそう続けた。
「言われてみれば、そうですわね」
よかった、とナナリーは微笑む。
「すみません。変なことを言って」
「気にしてないよ」
と言うか、普通だろうから……とスザクは昔の口調に戻しながら笑い返す。
「本当は、それも『やめろ』って言われていたんだけど」
そう言いながら、ジェレミアに視線を向ける。
「……ルルーシュ様に注意されたからな。取りやめただろう?」
とりあえず、人前で気をつければいい。そこまでは妥協する、と彼はため息とともに告げた。
「まぁ、ジェレミア卿ったら……お母様がお知りになったら怒りますわよ?」
スザクはそのままでいいのに、とナナリーは言う。
「ルルーシュ様にもそう言われました」
ジェレミアがそう言って肩を落とす。このままでは彼が気の毒ではないか。そう判断をして、スザクは口を開く。
「そろそろ、ルルーシュの顔を見たいんだけど……」
ますます美人になったのではないか、と続ける。
「お兄様はお母様に負けないくらいの美人ですわ!」
国内のどんな女性がそばに来てもかすむくらいに、とナナリーは力一杯主張した。
「私としては見ているのは嬉しいのですけど、ね」
彼と比較をするとちょっと悲しくなる、と彼女は続ける。
「ナナリーはかわいいじゃん。美人と言っても、種類があるんだし」
美人よりもかわいい人の方が好きだと言う人も多いし、とスザクは口にした
「そうだといいのですが」
「そうだよ。第一、ナナリーは僕と同じ年だから十五だろう?」
これからじゃないか、とさらに言葉を重ねる。
「お化粧するとすごく代わるし」
そういえば、彼は笑った。
「そうですよ、ナナリー様」
ジェレミアもそう言ってうなずく。
「お世辞でも嬉しいです」
ナナリーはそう言う。
「お世辞じゃないんだけど」
ルルーシュが聞いたら悲しむのではないか。そう思いながら続ける。
「そうですよ、ナナリー様」
「わかっていますわ。それよりもお兄様にお顔を見せてください」
ナナリーはそう言った。
「それが終わったら、また、お話をしてくださいね?」
「もちろん、そのつもりだから。ルルーシュにお茶を淹れてもらえれば完璧なんだけど」
「そうですわね。二人でおねだりしましょう」
ようやく、ナナリーはスザクが記憶している笑みを浮かべてくれる。それに、内心ほっとした。
「では、行こうか」
ジェレミアもそうだったのだろうか。そう声をかけてくる。
「はい、ジェレミア卿」
スザクはそう言ってうなずく。
「じゃ、また後で」
ナナリーにこう声をかけると、スザクは彼と共に歩き出す。
当然だが、アリエスの内部は以前と変わっていない。もちろん、ルルーシュの執務室の場所もだ。
しかし、ここまでぴりぴりとした空気で満ちていたことがあっただろうか。そんな風にも思う。
だが、ジェレミアはなれているのか。何でもないようにドアの前まで足を運ぶ。
「ルルーシュ様。クルルギを連れてきました」
言葉とともにドアを開く。そうすれば、受話器を片手に視線を向けている彼の姿を確認できる。確かに、ナナリーが言ったように本当に美人になっている、とスザクは思う。
「お帰り、スザク」
彼の方もスザクの姿を認めたのだろう。柔らかな笑みとともに言葉を口にする。その瞬間、周囲の空気が柔らかくなったのは、錯覚ではないと思いたい。
「ただいま、ルルーシュ」
だから、スザクも満面の笑みとともにこう言った。
12.03.21 up